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▼ 20 許す

いつから親友が自分にそんな気持ちを抱いていたのか、シスタは知らなかった。悪魔の奴隷になったことで感情が変化したのかもしれないが、どちらにせよエハルドの愛情が深いことは、何よりもよく分かっていた。

キスや行為などはたいした意味もない。
相手が誰であれ、恋愛感情がないのなら。

そう考えていたシスタだが、いつも通り優しい面を見せるベルンホーンの前にいると何故か心苦しくなった。

何もないと言いながら親友と口づけしてしまったことを。
悩んだ末に彼に告白しようと決めた。単純に、後に見つかったらどうなるかわからないという懸念もあった。

「ベルンホーン、話がある」
「ん? なんだ?」

最近また機嫌のいい悪魔は、夕食後広間のソファに座り、青年の肩に腕をまわし酒を飲んでいた。

「実は、この間エハルドとキスをしてしまった。私は怒ってあいつを殴りつけ、そういう関係になる気はないとはっきり言ったが……」
「ええとな、待て。お前はいったい何を告白し始めてるんだ?」

グラスを置き、笑みを浮かべる上級悪魔のこめかみが筋張る。

「つまりお前はあれか。浮気をしたんだな。また俺にお仕置きしてほしいという事なのか、シスタ」
「……浮気? そうじゃない。私は誰とも恋愛関係じゃないから、本来お前に弁解する必要もないが、お前がまた怒ったら何をするかわからないからーー」

頬をぎゅっと掴まれて青年の口がすぼむ。
じろじろと唇を見られた。

「あいつと間接キスをしていたとはな。あぁおぞましい。お前はいつからそんな残酷な男になった。本当は悪魔が羊の皮を被ってるんじゃないか?」

綺麗な顔に浮かぶ怒りをひしひしと感じる。
しかし発狂されるまででもなく、青年は緊張感を持ちながらもなんとか切り抜けようと考えていた。

「羊よりもう少しマシなものに例えてくれ。だがおかしいな。悪魔は浮気や不倫など背徳行為にも寛容だと思ったが違うのか」
「……それは否定しないが、俺にとってのお前に関しては別だ。俺は不貞は許さない」

不貞、浮気。
その言葉にうんざりする。
シスタは奴隷で所有物ではあるが、この男と恋人関係になった覚えはないのだ。

「ふふ。お前は物凄く恋愛初心者のようだな。仕方ない、俺がひとつずつ教えてあげるよ。最近の俺は少し反省して、寛容になってやろうとしてるんだ」

青年の頬を指でもてあそび、余裕をかもす。
冷静なシスタも少しカチンときた。

「初心者だと? 私は普通に恋愛はしてきている。見下すな」
「へえ。何人とヤッたんだ?」
「下品な質問の仕方はやめてくれ。三人だが、行為と恋愛は必ずしも直結しない」

また男のくせに経験が少ないと笑われると思ったら、ベルンホーンは真面目に話を聞いた。

「三人? ほう。どんな女だ。気になるな。お前のことだから言いたくないんだろうが」
「その通りだ。皆素敵な女性だったよ。最終的に私はいつも振られてしまったけどな。……常に仕事や他の考えに捕らわれていたからだろう」

そう考えると、恋愛が下手だという悪魔の意見が正しいとも思えた。

「そうか。お前には可哀想だが、俺は諦めてくれたその女達に感謝するよ。おかげで俺はお前を手にすることが出来たからな」

満足気に頭を撫でられ、ベルンホーンが上から目線で見つめてくる。

ではお前はどうなんだと聞こうとしたが、この男の経験など理解できない範疇だと思ってやめた。すると勝手に向こうから「ちなみに俺はいちいち覚えていない」と教えられる。

この悪魔も本気の恋愛をしたことがないようだ。
ならば自分と同じじゃないか、偉そうに。そうシスタは内心毒づいた。

以前、見つけた魂に裏切られ、始末したとも聞かされた。その相手も自分と同じような扱いを受けたのだろうか。

何度か疑問には思ったが、おいそれとは踏み込めない話題だった。

「とにかくシスタ、約束しろ。あいつにはもう触れさせるなよ。お前は俺のなんだから」
「……あぁ……そう、だな」
「なんだよその歯切れの悪さは」
「いや……実は、キスぐらいなら何度でもしてやると啖呵を切ってしまったんだ」

正直な青年はばつが悪そうに明かした。当然ベルンホーンはさっきの比ではない怒りを示す。

「お前は馬鹿なのか? なぜそんなことを言った。さすがに理解に苦しむぞ」

確かになぜなのか。率直に言えば、少し憐れに思った親友への愛情が根底にある。
だがそれは通用しないこともわかっている。

「男はな、騎士なんてものは特に性欲の塊だ。俺も軍にいたからよく知っている。お前のように淡白な魔術師には分からないかもしれないがーー」
「なっ……お前は何様だ? 自分だって性欲の塊じゃないか、私をいつも好きにして!」

強く反応した青年に悪魔の笑顔がぴくぴくと引きつる。

「それは愛だ。猿と化した騎士共と一緒にするな。……はあ、シスタ。悪いが俺は結構モテるんだぞ? そんな俺によくもそんなひどい言葉を」
「自分が言ったんだろう! もういい、お前と話していると頭が痛くなる!」

ずっとこの話題で侮られたことが予想外に腹立ち、シスタはソファから立ち上がろうとした。
しかし手首を引かれベルンホーンの膝の間にくるっと座らせられる。

愉快そうな悪魔とは対照的に、その表情は不機嫌なままだ。

「おかしいな。お前が俺にごめんなさいをする話だったのに、俺の負けみたいになっているぞ」
「ああそうだよお前の負けだ」
「くっくっく。本当に可愛いなお前は。いったいいくつの魅力を持っているんだ? 全部見せてくれ」

丸め込まれて憤慨する気力もなく、肩を落とした。
するとベルンホーンはやけに真面目なトーンで忠告する。

「いいか。体だけはやらせるなよ。そうしたら俺はあいつを殺してしまうからな。それとキスされたら俺に報告しろ。お前に罰は与えないから安心するんだぞ」

耳元への甘い声音は恐ろしいことを囁いてくる。

「なぜ報告するんだ?」
「お前はしたいだろう? 今だって、俺への罪の意識が少しでもあったから教えてくれたんだろうしな。だから許してやる。ああ俺ほど理性的で心が広い優しい悪魔はいないぞ、シスタ」

一瞬同意しそうになったが、信じていいものか疑わしい。

「だが、正直に言ったらお前は怒るだろ」
「おいそんなにするつもりか。よく聞けシスタ。俺にやらせたくなかったら、お前があの犬の首輪をきつく締めるんだ。きちんと手綱を握っておけよ」

青年の鼻先を指でとんと触り、話を終わらせる。

こうして大人な面を見せた悪魔だが、実際は腸が煮えくり返っていた。
しかし自らシスタに条件を出したことで、わずかには気持ちが和らいだ。

問題はこれからの騎士の素行だ。手を出さないと言っておきながら猿なのだから、信用は全くしていない。

それでもベルンホーンは今、邪魔なことより自分の青年との関係をもっと深めたかった。

結局相手の気持ちを得るには、自分の力で振り向かせるしかないのだ。シスタが自分に溺れれば、何の心配もなくなる。

そう気持ちを昂らせていた。



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