Otherside | ナノ


▼ 10 悪魔の家

男を管理局に引き渡し、回収した魂も提出すると所長にはえらく礼を言われた。ついでに別件を押し付けられそうになったため、ベルンホーンは愛想よく逃げ、無事にトロイエの情報を掴む。

書斎で難しい顔をして読んでいた時、後ろからシスタが覗き込んできた。

「なにか分かったか?」
「うわ! ……ふう、驚かせるな。お前はいちいち挙動が可愛らしいな。ドキドキしてしまうだろう」

畳もうとした書類をもった手首を青年に捕まえられ、悪魔は甘い顔つきで仕方なく読ませてやる。

「これはなんだ? 意味不明だ。暗号か?」
「そんなところだ。お前に見せないためじゃない。機密事項の原文さ」

だから読むのが面倒くさい。
しかしベルンホーンは重要な情報をすでに得ていた。トロイエは魔王軍に領地防衛を任された騎士団の一員であると。

上級だからもちろん高位だ。しかしそもそも下、中、上という悪魔の大雑把な区分けは出稼ぎの多い冥界が主流で、魔界では爵位が重んじられる。

重要なのは、トロイエは今現在魔界に住んでいる爵位持ちの貴族だということだ。
それ以上の情報は書いていない。家名さえも。

「つまりあとは自分で探せってことか……俺ももう少し局に貢献しておくべきだったな」
「私にも教えてくれ。頼む」
「ん? トロイエはな、魔界に住む位の高い魔術師なんだよ。どうやら宮廷に関わっているらしいが。突き止めるにはもう少し時間がかかりそうだ」
「……そうか。お前よりも高い位置にいるのか?」
「俺の家より上にいるのは魔王ぐらいだ。あとは横並びだな」

目標の素性に関しては平然と嘘をつき、内心溜息を吐く。所長が隠していたほどならば、エアフルト家と遜色ないほどの家柄で、限られてくる。

自分が手に入れた奴隷は至極最高のものだが、本当に高くつくと実感し始めていた。





これもある意味運命なのだろうか。
長く思い出すこともなかった実家に、このタイミングで帰ることになるとは。

約束の夕刻に、ベルンホーンは青年と魔界にある城へ向かった。巨大な灰色の建造物は、外界の敵から守られ、独自の重苦しい瘴気をまとう鉄壁の要塞ともいえる。

玄関では、家族の食事会用に正装した二人が多数の使用人に迎えられた。
先頭に立つ執事デシエが優美な笑みで待ち構える。

「お二人とも。こちらでございます。すでにゼフィル様がお待ちですよ」
「げっ、本当かよ。お早いな、兄上」

シスタは口調を崩した悪魔の襟足をまじまじと見る。これからまたあの凍てついた男と面会するのだ。足がすくむほとではないが、恐ろしい感じはした。

三階の長い廊下を歩き、大扉を開けると豪華な食事室が現れた。
すでにテーブルセッティングがされていて、花に蝋燭台、食器類にグラスが並んでいる。

計三人分で、堂々と肘掛けに両手をかけて座る銀髪の男、ゼフィルの隣に席があり、正面にはおそらくベルンホーンの席しかなかった。

「これはどういうことです、兄上。俺のシスタの席が見当たりませんが」
「お前の何だって? 私は元人間の下賤と共に食事する気などない」

開口一番、辛辣な兄の台詞に悪魔のこめかみが張る。

「この者は俺の大切なパートナーです。そのような呼び方はおやめください」
「はっはっは! お前は一体いくつそうやって塵芥でおままごとをしてきたんだ。笑わせるな」

ゼフィルが蔑みの目で初めてシスタを捕える。
悪感情は湧かなかったが、ここにいるべきではないと考えた。いくら着飾ろうと自分は首輪をつけた奴隷に過ぎないのだ。

「私は外に出ていよう。場を乱して悪かった」
「ああシスタ、この俺がお前を一人にするわけないだろう。行くな」

ベルンホーンはしっかりと手を取り兄を見やる。

「ではもう失礼します。二人で美味いものが食べれると思ったから来ただけなので」
「幼稚な態度を取るな、ベルンホーン。お前にエアフルト公爵家の三男だという自覚はいつ生まれる。気長に待ってやっている父上と私をこれ以上愚弄するんじゃない」

紫の瞳には呆れと真剣な眼差しが宿っている。

「父上? まさか今日来るんですか。あのお忙しい方が」
「そうだ。だからそこに座れ。もう食事を運ばせるぞ」

シスタは悪魔の空気が変わるのを感じた。どうやらさらに会の格式は上がるらしい。

「ではシスタ様には、そちらの景色がよく見える窓際の席へお着きになって頂いてはいかがでしょうか」

勧められた二人席は小さいが立派なものだ。
ベルンホーンは苦渋の表情で溜息を吐いた。

「すまない、シスタ。従ってくれ。料理は同じものを用意させよう」
「わかった。私のことは気にするな」

奴隷の青年は薄暗い灰色の空が望める席につき、少し離れたテーブル席を観察した。

仏頂面のベルンホーンが静かに兄を睨みつけている。
料理や酒が運ばれる中、会話はなかなか始まらず、緊張感がもたらされた。

「兄上。なぜ俺を呼んだのですか? 何かしてほしいことがあるとか。やりませんけど」
「お前に即答する権利はない。ここへ弟を呼ぶためだけに、あんな大金をはたいたと思うか」
「あなたには別に大金じゃないでしょ」

ゼフィルは応酬を楽しむかのように笑う。だが勿体ぶる様子が弟は常に気に入らない。

「いつまでふらふらしているつもりだ? いい加減私の力になれ。軍には有能な指揮官が必要だ。お前に領土の一部を任せたい」
「またその話か……俺は軍に合っていないんです。男達の面倒を見るのも戦いに出るのも嫌なんですよ。三年いて分かりました」
「たった三年で何が分かるのだ。いい年をした大人が好き嫌いで語るんじゃない。まったくお前は……公爵家の者があのような魂遊びで時間を潰すとは、実に嘆かわしいぞ」

感情が垣間見える眼差しで、またもシスタが槍玉に上げられる。しかし自分の話題に移ったベルンホーンは途端に笑みを浮かべた。

「シスタは素晴らしいです。兄上。特別なんですよ」
「そうか? では私にも貸してみろ。調べてやろう」

にやりと妖艶に笑まれて奴隷は怖気が走った。あの瞳は、ベルンホーンのものとは異なるが動きが封じられる。

悪魔の長い脚から静かな貧乏ゆすりが伝わった。

「絶対に嫌です。また勝手に消されたら堪りませんから」
「あれはお前が最初に盗んだんだ。私から」

シスタは穏やかでない彼らの物語に耳を傾けた。

昔、まだベルンホーンが小さな少年だったころ。すでに青年のゼフィルともう一人の兄と屋敷に暮らしていて、遠征より帰還した父に土産をもらった。

それは光り輝く魂だった。
父は兄弟三人に一見同じような色の魂を渡した。彼らは有り難く受け取り、魂の柱に並べた。

初めて手にした自分だけの魂に魅入られたベルンホーンは、毎日部屋に行って眺めた。

「きれいだなぁ……。でも、兄上のだけ、色が違う……?」

それに気づいたのは、自分だけだと思っていた。ベルンホーンは幼少から細かいことによく気が付き、とくに魂の判別は得意だった。

三つのうち、自分のと真ん中の兄のものも美しいが、長男ゼフィルに与えられた魂はひときわ輝いていた。

ベルンホーンはこっそり、その魂と自分がもらった魂を入れ替えた。
なんの罪の意識もない。欲しいものは手に入れろと教わってきたからだ。

満悦し、それから二日間、さらに嬉しい気持ちで眺めた。
まだ自分には転生させる力はないが、もう少し大きくなったら出来るだろう。

この魂は、どんなものに変身するのだろう?

「楽しみだなぁ……。えっ? うわ、兄上!」

突然部屋に入ってきたゼフィルは冷たい顔をしていた。土産をもらったときも特に表情は変わらず、この部屋にもほとんど足を踏み入れなかったのに。

ベルンホーンは近づいてくる長身の男を見上げる。
彼は弟を叱責した。

「私のものを盗んだな? 馬鹿が」
「な、何をするんです兄上! やめてえ!」

そう言ったのに、兄は取り出した刀で残酷に薙ぎ払い、消滅させてしまった。三つとも全てだ。

呆然とベルンホーンは立ち尽くす。鮮やかな緑の瞳は涙が溜まった。

「なんで……ひどいよ! 欲しいものは好きに手に入れろって言ったじゃないか!」
「ベルンホーン。盗みは悪いことじゃない。誰から盗んだかが問題なのだ。私のものに手を出したらどうなるかこれで分かったな?」

刀の切っ先を容赦なく少年の顎にあて脅す。
恐怖に頷いた弟は、まだ納得がいかなかった。

「どうして全部殺したんですか? 僕の、大事な魂だったのに……そこまでやる必要ありますか?」
「ふふ。父上には悪いが、あれは私の趣味じゃなかった。それにこの程度のものでお前を躾けられるのなら、安いものだ」

ベルンホーンは笑いながら去っていく兄の背中をじとりと見ていた。
恨みや力への羨望、自分の無力感など、多くを知った時だった。

「ーーああ、あの時のお前の屈辱にまみれた顔は最高だった。現にやんちゃだった子供が、私の前では大人しくなったしな。私の教育手腕は素晴らしい」
「もういいでしょう兄上……帰省するたびにその話するのやめてくれてませんか」

話を聞き終わり、シスタは少し分かった気がした。これは手に入らなかった魂を求め続けるこの悪魔の、原体験だったのかもしれないと。

「でも兄上。今は俺もシスタを見つけましたから。この話はハッピーエンドですよ」
「ふん。私にはこれが特別な類だとはどうしても思えん。何がいいのだ? やはり一度調べさせろ。お前の兄の頼みだ、聞けるだろう?」

本気かどうか分からないが、ゼフィルはまっすぐ見据えて話した。
するとベルンホーンは今度は不快感を全面に表す。

「二度はないぞ兄上。こいつに手を出したらあなたを殺してやる」
「はっはっは! お前のその顔だ、そういうのを私はもっと見たいのだ。やはり戦場に戻ってこい」

まるで気にとめない兄の怖さを感じたその時だ。
使用人が慌ただしく動き出し、食事室に新たな男が入ってくる。

彼は二人の父親で、この城の当主ルフォードだ。
緩やかな黄金色の髪の大人の男で、色気と渋さ、美しさすべてを兼ね備えている。細かな皺があるだけで顔はかなり若い。

「やあ、息子達が仲良く話しているではないか。遅くなってすまないな。この子に捕まってしまってね」

片腕に抱えたのは黒髪の少年だった。少しカールした髪に大きな黒目で、目が奪われる美少年だ。

彼は父の腕から降りると長男に駆け寄った。

「あっ、兄上! お食事ですか? 何を食べてるの?」
「ルニア。海でとれた深海魚だ。お前にはまだ少し早い」
「ええーっ兄上は大人でいいなぁ」

先ほどの厳しさは影をひそめ、兄は弟の頭を撫でて溺愛している様子だ。

立ち上がったベルンホーンが挨拶し手を差し出したが、当主は腕の中に息子を抱きしめる。

「ベルン。久しぶりだな。元気そうで私も嬉しいぞ」
「父上。遅くなりすみません。今日は俺のために来て頂いてありがとうございます」
「当然だ。お前はどこにいても大事な私の息子なんだから」

息子も穏やかな笑みを浮かべる。親子関係は良さそうだ。

席についた当主にシスタは見られ、どきりとした。
この長男よりもさらなる威厳に押され、さすがにあまり物怖じしないシスタも呼吸が苦しくなってきた。

そしてまさか、話しかけられるとは思っていなかった。

「彼は誰だ? お前の連れ合いか、ベルンホーン」
「ええ、そうですよ。俺の大事なパートナーです。シスタといいます」

招かれて、どうしようかと思ったが近くに行き頭を下げた。
握手こそされなかったものの、存在は認められ笑みを向けられる。

「そうか。ここに連れてくるとは、相当お前のお気に入りのようだな。シスタといったか。私の息子の役に立ってやってくれ。この子は優しい良い子なんだ。君も知ってるか?」
「はい。よく知っています」

すると当主は機嫌良さそうに頷いた。

親子の食事会が始まったため、シスタは自分の席に戻る。
遠目で眺めていると、父親が来てからのほうが雰囲気はよくなった。

この少年が緩和剤になっているのかもしれないが。
ルニアとよばれたこの男子は、八人兄弟の末っ子らしい。洗練され、ときに厳しい雰囲気をまとう大人達の中でも屈託のない笑みを浮かべる、無邪気な子だ。

なぜか彼はシスタの正面の席に座り、じっと見てきた。

「この人誰ですか?」
「ルニア。彼はベルンの大事な人だよ」
「ふーん。ベルン兄様の? そっかぁ」
「お前よくわかっていないだろう? ルニア。こっちにおいで」
「へへ! ベルン兄様も抱っこしてくれるんですか?」

彼は走り出し三男に抱きついた。食卓のそばで軽々と持ち上げると、長男から「あとにしろ」と注意される。

「ねえ兄様。誰も教えてくれなくて。僕はいつ上級悪魔になれるんだろう」
「ん? そうだな。お前はまず初級から下級悪魔にならないとな。話はそれからだ」
「ええー難しそうだなぁ。僕に出来るかな」

皆は口々に出来ると励ます。そんな家族を見ていたシスタに初級悪魔のルニアがまた戻ってくる。立場がよく分からない青年を大きな瞳で見つめた。

「ねえねえ、あなたもベルン兄様とイチャイチャしているの? 僕と兄上、父上みたいに!」

シスタはむせて飲み物を吹きそうになる。
大人達の笑い声がさらに理解できなかった。

「ルニア。お前を一番可愛いがっているのは私だろう? こんな奴らと同程度にするな」
「そうですよね兄上、僕たちが一番ラブラブなんだー!」

二人は距離を縮め、なんとゼフィルは人前で弟の口にちゅっとキスをした。
青ざめたシスタはベルンホーンを見やる。彼はただ苦笑いを浮かべただけだった。

「ーーじゃあそろそろ俺達は失礼します。ごちそうさまでした、兄上。父上」
「待て。肝心の話が済んでいない。お前、今度開かれる社交界に参加しろ」

最後の最後に要件を聞かされる。
かなり嫌そうな顔をしたベルンホーンだったが、ある程度予想していたのか、最終的には「いいですよ」と承諾した。

「やけにあっさりしているな。まあ、本来当然の責務なのだがな。父上、ようやく奴も理解してきたようですね」
「ベルンは頑固だが、やる時はやってくれる男だからな。私はまったく心配していない。普段はやりたいように過ごせばいいさ」
「まったく、父上はこいつに甘すぎますよ」
「私はわりと全員に甘いぞ。皆可愛いから仕方がない」

ベルンホーンはいつものやり取りに食傷気味な中、全員に挨拶をしてその場を離れた。
父も社交界での再会を喜んでおり、結果的にはよかったと感じている。

だが、悪魔の目的は単に親孝行のためではない。
屋敷の出口へ向かう途中、ベルンホーンに社交界に誘われたシスタは懸念を浮かべた。

「私も参加していいのか? 今日ですら危うかったぞ」
「お前がいなければ俺は一日退屈で死んでしまう」

ポケットに入れていた手を出し、青年の肩に回す。

「さっきの話は、本当か」
「んっ?」
「あの末っ子の……」
「ああ、兄上との関係か。近親相姦は普通のことだ。とくに兄上はルニアを溺愛している」

普通に説明する一方、あの魂事件のことを掘り返されたら恥ずかしさが蘇っていたため、悪魔は密かにほっとした。

「しかし、まだあんなあどけない少年を……私には分からない世界だな。……お前もやったのか?」
「ははっ。俺だけやらなかった。ゼフィルはルニアの育成に執心していてな、精気を与えるのは兄弟の義務だと説かれ、皆参加したが……俺はルニアを愛してるし、可愛いと思っている。けれど勃たなくてな、仕方なく裸で添い寝したよ。あれは思い出深い、ある意味可愛らしい夜だった。ルニアには誰にも言うなと二人の約束にしたが。お前にだけは教えよう」

シスタは妙な汗を感じながらも納得した。
これも彼なりの優しさなのか。

「お前は悪魔らしいが、らしくないところもあるな」
「それは喜べないぞ。褒め言葉じゃない」

ベルンホーンは明るく笑う。
家での関係を見て、シスタはさらにこの悪魔のことを知れた気がした。



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