Undying | ナノ


▼ 59 青年の行方

地下の研究室の寝台に、全裸のハラドが寝そべっている。意識はなく、黒い作業衣の魔術師二人に見下されていた。

「瞳から施術をしよう。彼の瞳は碧色だったね」
「ああ」

エルゲが両手を青年のまぶたにかざし、眼球に術式をかける。
シグリエルは彼の高度な再生魔法を少しも見逃すまいと観察する。

最初は自分が試すかと聞かれたが断った。今のシグリエルの力量を認めてのことだったが、ハラドには確実に治してほしくもあり、また師の技を間近で学びたかったのだ。

「すごい……きれいな瞳の色に戻っている。こんな短時間で……あなたは何者なんだ、エルゲ」
「ただの妖術師さ。この姿になったから知識に力が再び追いついてきたといえる」

彼は余裕の笑みを浮かべると、さらに本腰を入れた。

「問題はここからだ。全身の肌の色を操るのは最も難しい」

青年の両目に魔法をかけて保護する。今から行う施術の影響を防ぐために。
シグリエルはまとめた記録書をもとに、色素の状態と構造の仮説を説明した。

真っ白な肌に染料をつけるより、白く漂白するほうが難しい。入浴をしただけでも身体機能に影響が出るため、何が起こるか未知数だった。

「けれど、やってみる価値はあると思う。本人の気持ちのためにも」
「私も同感だ。まずは詳しく見ていこう。シグリエル、君の術式を解いてくれ」

了承し、首から下にかけられた特別な結界を剥がす。
無防備になった濃褐色の肌を、赤髪の魔術師は指で触り、全体を把握する。

それから瞳を閉じ、手をかざして集中し始めた。
だが、やがてぴくりと眉を上げ、怪訝に弟子を見やる。

「何かがおかしい。……彼は前に、自分で心臓を引き抜いたり、体を切断したこともあると言ったな?」
「ああ。その後自動的に再生をしたと言っていた」

シグリエルも思い返す。正直、弟はもちろん自身の体でも試したことがないため、青年特有の能力なのだと考えていた。
もし事実ならば不死者どころの力ではないのだが。

「彼の体には、別々の魔力が存在しているように感じる」
「……なんだって?」

シグリエルには判別できなかったことで、衝撃を受ける。
青年が接した者が父親だけというのは間違いないため、どういう理由か二人の魔力が混じり合っていると推測した。

「だが、分離しているわけじゃないんだろう?」
「していない。微かに感じ取っただけだ……」

エルゲは興味深そうに、ハラドの体を入念に調べる。
なにかの引っ掛かりを感じ、手を動かして深く探ろうとした時だった。

「エルゲ、これはーー」
「……やはりか。彼の父親の術式だ。これを解かねば、彼の奥には触れられないようだ」

文字が光の粒となって浮かび上がり、シグリエルは目を見張る。これほど複雑な術はエルゲでも集中を要するらしく、呪文を途絶えることなく唱えている。

しかし状況は一変した。
突然、白い光の粒が研究室の天井まで上り詰める。
モヤのように朧気に漂い、瞳で追うシグリエルにはその光景が、エルゲが実体をなくしたときと同じ状況に見えたのだ。

「……ッ、エルゲ!」

寝台を見下ろすと青年の体は煙のように揺らめき始めた。

「く……ッ」

師はふらつき、両足で踏ん張る。
シグリエルはすぐさま自分も術式に加わった。青年の体から凄まじいスピードで魔力が流出していく。

「ーーまずい、シグリエル、止めるんだ!」

師に叫ばれ無我夢中で自分の魔力を限界まで注ぎ込もうとした。
二人とも、吸い取られる勢いでハラドの肉体をこの世にとどめようとする。

そうしなければ、砂のように崩れてあやうく彼は消滅するところだった。

「はあ、はあ、はあ……ッ」

魔術師達の体に不規則な動悸が起こる。
二人は寝台に手をつき、形が戻って落ち着いたハラドを見下ろした。

「な……なんだ、今のは。どうなっているんだ、こいつの体は……! 不死者じゃ、ないのか……!?」

混乱したシグリエルに、師は疲弊した顔を上げた。

「彼は不死者だ、間違いない……だが、彼の肉体は、父親の魔力が動力なんだ」

ハラドの体は結界によって厳重に護られたものだった。
不死者の息子を一生見るつもりの父親が、わざとそうしたとは考えにくい。おそらく儀式の代償として魔力を奪われたのだろう。

エルゲは死者覚醒を行うときに、古文書を独自に応用した術式を使用する。禁忌だが古典的方法だ。それをシグリエルに伝授した。

一方彼の父親のやり方は異なる。百年以上も前の記録不明な実例ゆえに追えないが、覚醒の方法は何通りもあり、代償も人それぞれなのだと二人は改めて知った。

「残念だが、この術式を解いたら彼は消失してしまう。外見はこれ以上治せない」

それどころか、手を出すことも難しくなった。
他者が魔力を与える分には問題ないが、慎重な経過観察が必要だと判断する。

魔力を失ったものは、その量が多いければ多いほど寿命をすり減らす。彼の父は60才手前で病死をしたと聞いていた。

「このことをハラドに伝えるべきか……? もし父親の死期が自分が原因で早まったと知ったら、奴はこれから、自責の念で生きるのがつらくなるかもしれない」

自分と重なり危惧したシグリエルは深く動揺する。
エルゲは無念の表情で答えた。

「伝えたほうがいい。彼自身の体のことだ。父親とも向き直る機会だと私は考えるよ」

冷静な師の意見は正しく、弟子は力なく頷いた。



しばらくして、二人はハラドを目覚めさせた。
自分の瞳が変わったことに、彼はいたく感動していた。

「すごい……信じられないよ……ああ、そうだ。俺の目は、こんなふうだった……」

鏡を手に感動の面持ちの青年を、二人は神妙に見つめる。

「ハラド。大事な話がある。お前の親父さんのことだ」

シグリエルはさっき起こったことを、ありのまま彼に説明した。
青年は一転して緊迫感を全身にまとう。

「……え? 親父が俺に……自分の魔力を? そんな、何言ってるんだよ、そんなことあるわけが……」

彼は声を震わせ、挙動を止めていたが、突然叫びだした。
目の前の重苦しい空気から徐々に悟ったようだった。

「うそだ! 嘘だ! じゃあ親父は、俺のせいで死んだのか!?」

彼はせきを切ったようにわめき始めた。気が動転し、瞬きを繰り返し、泣いているような表情で黒髮を掴み上げる。

「なんでだ……一言も云わなかったじゃねえかっ、俺がいくら責めても、優しい顔して、謝るだけで……ッ」

彼の慟哭はしばらく続いた。
シグリエルは黙って見つめている。

「俺は……生きる資格がない……親父の命を奪って……」
「それは違うよ。彼が望んだんだ。息子の君が生きることを。……ハラド、私には子供はいないが、今なら少しは君のお父さんの気持ちがわかる。彼が君と過ごした日々は彼が選んで欲したものだ。なにひとつ君のせいじゃない」

断言するエルゲを青年は弱々しく見上げる。

シグリエルは今度こそなんと声をかけるべきか分からなかった。
ただ、父親の深い愛情を悲劇で終わらせることも出来ない。

「ハラド……お前の体には親父さんの魔力が備わっているんだ。他の者には手出しが出来ないように、固く保護されていた。それがお前への、紛れもない彼の想いなんだよ」

心を痛めて告げるが、青年は顔をくしゃりと歪めたまま、自身の腕をぎゅっと握る。

「少し、ひとりになりたい……」

そう頼まれて、二人は静かに部屋を出ていった。
研究室の外では、ハラドが泣く声が響いた。





皆、青年の行方を心配した。
仲間と出会い前向きになろうとした矢先に、また自暴自棄になったらと。

しかしハラドは一度決めたことをもう覆さないと、固く決心していた。……まだ溜息はやまないが。

「はあ……くそ……」
「なんだよ、いい加減元気だせって。起こったことは仕方ないだろ? 親父さんはお前に元気でいてほしいんだよ。もう何十年も悩み続けたんだ、十分だろうが」

隣に座るアディルが肩で小突くと、じとりと見返される。

「お前は……たったの18なのに、どうしてそうやって達観して明るくいられるんだ? 羨ましいよ」
「ははっ。そりゃあれだ、自分を憐れんだって飯は食えないからな。壁を打ち破って勝つしかねえんだよ!」

前に突き出した拳を、無表情の兄の掌に受け止めてもらい、にこっと笑う。

やけに闘志を燃やす弟であるが、ここは馬車の中だ。
この日は目的地へ簡単に転移せずに、移動するひとときを三人は優先した。

正面のシグリエルも青年を気にかけているものの、表情には出さない。

「ハラド。お前には俺達がいる。しばらくはそれで我慢しろ。溜まったらなんでも言え」
「……それはありがたいけどな……お前らって励まし方も全然違うよな」

小さく笑まれて兄弟は少し安心した。
今日は大事な約束の日だ。気合を入れないとならない。


やがて三人の馬車は広大な敷地にそびえる、白い邸宅前に停車した。
部下に案内されたのは大広間でなく庭園だ。

テラスには休日のラフな格好をしたラノウがいた。庭で遊ぶ双子を眺めながら、珈琲を飲んでいる。

三人がテーブルに着くと、連絡を受けていた壮年の当主は瞳を訝しげに細める。

「よく来たな。思ったより早く会えて嬉しいぜ。だがな……そいつが新しい仲間だと? まったくお前らは頭大丈夫か。ここはいつから不死者クラブになったんだ?」

容赦ない物言いにアディルは苦笑し、若干怖気づいているハラドを真ん中に座らせて紹介した。
彼は今日組に加われるかどうかの面談のため、髪をきれいに結わえ慣れないスーツ姿である。

「まあまあ。優しく迎えてくれよ。こいつはハラド。年は100才手前だ。でも考えは若々しくて屈強な見た目にしては繊細な男でもある。俺はあんたの助けになると思うよ、頼むよラノウ!」

手を合わせて頭を下げても厳しい瞳だ。当主は青年への視線をそのままシグリエルに向ける。

「おい兄ちゃんよ。確かに可愛がってたアディルがいなくなって俺は途方もない寂しさを感じている。けどよ、そっくりそのまま成長したみたいな成人男連れて来られて、はいそうですかって笑って面倒見れると思うか」
「俺からも真剣に推薦するよ、ラノウ。彼はきっとお前の役に立つ。魔術師ではなく格闘タイプだからお前の好みだろうし、力でいえばアディルより俺やエルゲに近い。まさに不死身だ」
「誰だよエルゲって」
「俺の師だ」
「え、兄貴。なんかそれ俺が一番弱いみたいに言ってねえ? 心外だな」
「言ってない」

好き勝手に喋る男達を、真ん中のハラドははらはらした面持ちで待っていた。
そのうち当主と目が合い背筋が伸びる。

「まあなぁ……体躯は立派だが。立ち居振る舞いから見て、分別もあるんだろう。お前、俺の組に入るってことがどういうことかわかるか。殺しや拷問をやることもある。出来るのか?」

直球の問いにハラドは一瞬どきりとした。
だが真っすぐ前を見据え、顔を頷かせる。

「ああ、出来るよ。あんたに命じられればやる」

はっきりと答えれば「そうかい」とラノウは腕を組み、考えている様子だ。
青年は感じたことのない緊張に包まれていた。

「それで、お前はどうしたいんだ? 俺達と働いてどうなりたい」

核心を尋ねられると、ハラドはすでに答えを持っていたのか、臆すことなく伝えた。

「俺は自分を変えたい。今の俺はもう死んでしまった者によって生かされている。それは親父なんだが……自分がこの世界に、この時代に今も生きてるってことを、伝えたい。親父のためにも、納得のいく人生を、許されるならまた歩みたいんだ」

正直な彼の思いは、当主の心にも響いたようだった。

「へっ。そこらへんは俺と気が合うみたいだな……いい心がけじゃねえか。ちょっと胸にきたぜ」

にやりと微笑み、遠くを見やる。自分も多くの者を亡くした。その上で、繋げられた命がある。

「分かった。お前を俺の組に入れてやろう」
「本当か…!?」

ハラドは頭を下げて礼を言う。
アディルの「おっしゃぁああ!」というやかましい音を当主はまた煙たがったが、若い部下が笑顔の青年と喜びを分かち合う光景は久しく、悪くないものだった。

話がまとまったところで、ちょうど子供たちが手を振ってくる。

「アディルー! 遊ぼうよー!」

活発なほうの男の子に飛び跳ねられ、当主から指示された弟は、嬉しそうに腕まくりして駆け出した。

「お前、ああいうことも仕事のうちだぞ。ちゃんとやれよ」
「あ、ああ。出来るかな…」

ハラドにとっては子供の相手のほうが汗が出そうだった。
その後しばらく会話を続けていたのだが、当主はアディルがいない隙に、二人の青年相手にあることを打ち明ける。

「ハラド。お前に頼みがあるんだが」
「何だ? 何でも言ってくれ」
「さっきは威勢のいいことを言ったがな、しばらく俺の介助を頼めねえか。……見ての通り、俺は足に問題があってな。若い奴らが手伝ってくれようとするんだが、あいつらの仕事以外のことをやらせるのは、なんつうか、申し訳ねえんだ」

彼は気まずそうに明かした。
妻と部下が手伝ってくれるらしいが、とくに夜は当主なりに心苦しい思いがあるのだという。

しかし信用できない他人を内部に入れるわけにもいかず、密かに悩みの種だったそうだ。

ハラドの印象では、組の頭は冷酷に部下の上に立つイメージだったため驚いたが、迷いなく頷いた。

「もちろんやるよ。やらせてくれ。俺はいつでも待機出来るし問題ない。それに昔、親父が病に伏せたときも世話したことがある。だから慣れていて力になれると思う」
「そうか。……へえ、お前いいやつだな。大変だっただろう」

当主はふいに優しい表情で労い、また青年の心を動かした。

「安心しろよ。俺もずっと這いつくばってるわけにはいかねえから、そのうちお前の腕も必要になってくる。準備しとけ」
「……ああ!」
「よし、じゃあ決まりだな。……おい、アディル! ちょっと来い!」

ラノウは子供らと遠くの芝生で玉蹴りをする弟を呼び戻した。そして新しく命じる。

「こいつの部屋を用意してやれ。組のルール説明もな。今日から働いてもらうぞ」
「!!」

二人は顔を見合わせる。
アディルはすぐに言いつけを守り、屋敷の中へ飛んでいってしまった。
こうして青年の勤め先は急遽決まり、ハラドは興奮が冷めやらない。

「信じられないよ。俺に仕事がもらえるとは。働くなんて何年ぶりだ」
「よかったな。この組の男達は誰もお前が不死者だと気にしていない。環境も悪くないと思うぞ」

シグリエルが告げるとハラドは喜びと感謝に満ち溢れる。
そしてラノウは去り際にこんなことを言った。

「そうだ。組から出すとは言ったが、お前の弟をニ週間ほど借りるぞ。こいつの先輩役だ。武器の扱いやら訓練やら、教えてやらねえとな」
「なるほど。わかった。では俺が送り迎えをしよう」

シグリエルは澄ました顔で了承する。あらかじめ想像出来ていたように。
当主が「相変わらず過保護だなお前」と鼻で笑ったのも気に留めなかった。



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