Undying | ナノ


▼ 4 苦しみと別れ

「……うるさい……だまれ……失せろ……」

シグリエルは屋敷の外を歩いていた。秋の晴れた日だったが日光は目に入らず、地面を見てぶつくさと呟いている。
父に術をかけられてから、視界と脳内を死霊に侵されていた。奴等は絶えず苦しみの叫びを上げ、シグリエルを引きずりこもうとしてくる。

「お兄ちゃん?」

中庭に入った時、後ろから声がした。びくりとシグリエルの体が反応する。
振り向くことも出来ずにいると、弟が手を伸ばしてきた。

「お兄ちゃん、大丈夫ーー」

握られそうになって、強く振り払う。弟を映した兄の目は、病んだように隈があり、ひどく険しく睨みつけていた。

「俺に触るな」

低く邪悪とも言える声を出し、アディルを追い払う。弟の目には涙が溜まっていき、言葉は失われた。
シグリエルは足早にその場を去る。頭を拳で小刻みに叩き、思考をまとめようとしながら。

心身が破壊されていく。もう死んだほうがいいのかもしれない。
弟に優しい態度も取れず、そばにもいられない。自分は変わってしまった。化け物になったようだ。

一人で屋敷内の遠くの部屋にこもり、カーテンを閉めて床にうずくまった。
学校にも行かなくなり久しい。苦しみや絶望から何度も命を絶とうと考えたが、弟の運命を諦めきれなかった。

父を殺そうにも、悪魔の存在や魔術の力量から敵わないと分かっている。
苦悩したあげく、シグリエルは心をさらに殺してマルグスの研究室へと向かった。

「……父さん」

よれた白いシャツを着た息子が、ふらりと部屋に入ると、マルグスは眼鏡をつけた顔を上げた。
感情のない冷えた顔立ちは変わらないが、皮肉にも今では息子に多少なりとも関心を持ったようだ。

「シグリエル。どうした。まだ生きてるのか、お前。すごいな」

嘲笑も含まず、机上の器具を弄り研究に没頭している。
シグリエルは近くに行き、言葉を選んで話しかけた。

「父さん、俺はもう終わりだ。せめてこの生に意味を成したい。死霊魔術を教えてくれないか。助手として手伝いをするから。お願いだよ」

空虚な紫色の瞳が、父をわずかな力で見つめる。
意外にもマルグスの反応は悪くなかった。

「ふふ、そうか。やっとお前も理解するようになったんだな。だがな、私を出し抜こうとするな。全てを思い通りに操る強大な魔術師には、私がなるんだ。お前じゃない。それを承知するならば利用してやってもいい」

眼鏡を外し、父の端正な顔立ちが精巧な笑みを作る。
シグリエルは吐き気を我慢して頷いた。
自分はもう戻れない。父に従順に振舞い、この道で生きると決めたのだった。



それからしばらくして、マルグスは屋敷を捨てた。
黒魔術のさらなる高みを目指し、旅に出るのだ。悪魔と息子シグリエルを従えて。

出発の夜、シグリエルは一人残していく弟に別れを告げるため、部屋を訪れた。
アディルは布団の中で眠っていた。暗がりの中、あの時の父のように見下ろす。

自分がなにか恐ろしい化け物に思える。
触れてはだめだと知りながら、邪悪な感情との共鳴が抑えられず、シグリエルは自分の唇を弟の口に押しつけた。

「んっ、んんっ」

アディルの目が覚め、驚きに金色の瞳が瞬く。息も出来ぬほどの口づけをされながら、わけが分からぬまま兄の肩を掴んだ。

唇が外され、二人は至近距離で見つめ合う。

「……お兄ちゃん?」

弟のか細い声が聞こえて、シグリエルはわずかに残っていた心が揺れた気がした。
立ち上がり、その場を離れようとする背に、アディルは身を乗り出して声をかける。

「待って、行かないでお兄ちゃん! 僕のそばにいて、いやだよ、行かないで!」

だがその声は届かず、シグリエルは振り向きもしないで告げた。

「さよならだ。アディル」

弟の表情を見ることは出来なかった。悲痛に歪むシグリエルは、部屋を後にする。

父と弟を離すために。自分から弟を遠ざけるために。
弟との約束も、全て捨てて家を出た。それは十七歳になったばかりの決意でもあった。
その後、アディルがどうなったのかは知らない。



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