Undying | ナノ


▼ 5 決別

三年が経過し、シグリエルは二十歳になった。父とともに魔術の拠点としたのは山奥にある廃墟で、そこでは研究や儀式を繰り返し行った。

「父さん、準備が出来ました」
「では始めるか。この躯は精霊召喚術に必要な聖遺物の在り処を知っている。霊を呼び出すのだ」

地面に描いた同心円の中にある保護円に、二人は立つ。十字架やシンボル、神の神聖な名を記し、ハーブや香を用いて詠唱をする。

マルグスは刃渡りの大きい、細工が施された特別なナイフで自身の手のひらを切りつけ、円の中心部に血の犠牲を与えた。

激しい霊魂の抵抗を浴びながらも、やがて魔術は成功し、死者に魂が宿り見事に蘇る。
死者とのやり取りにより貴重な情報を得たマルグスは、珍しく上機嫌であった。

「よし。上手くいった。シグリエル、浄化しておけ」

ナイフを手渡し、自分はローブを脱ぎ去って床にしゃがみこみ、死者の躯を確認している。
シグリエルは持ち場に向かい、刃を聖水で洗ったあとに周辺へ戻った。

離れた場所からマルグスの後ろ姿をじっとりと見る。
成長したシグリエルは、もう父よりも背が高く体格も優れている。金髪は黒装束で隠され、肌は病的に白く表情もうつろだが、意思だけは完全な邪悪に食われることはなかった。

ナイフを握りしめ、油断している父の首めがけて思い切り振り下ろした。
ぐさり、グサッ、グサリッ、と躊躇なく首筋に深く突き刺す。

「ーーッア゛、あ、アァ゛ッ」

勢いよく噴き出る鮮血を手で押さえてもすでに遅く、マルグスは前を向いたまま、膝をつき倒れ込んだ。

体が死者の躯に重なり、横顔の青い瞳が大きく見開かれている。その憎き瞳の終わりを見たとき、シグリエルはようやく握っていたナイフを手放した。

何も感情は湧かず、無だった。
遅すぎたぐらいだ。自分が父から大抵の死霊術を教わるまで待っていた。
マルグスは強敵ではあるが、儀式の間は夢中になっていて無防備で、殺すことは容易かった。

自分が昔から父のような力を持っていれば、弟の過酷な運命も変えられたかもしれないと、達成感より後悔が消えずにいた。

「へへへッ、やっちまったかあ、おめでとさん。この機を狙ってたんだもんなぁ、シグリエルよぉ。で、どうすんだ? これから」

暗い煙の中から革服に身を包んだ悪魔が現れる。この長い黒髪の男は名をディーエといい、契約者であったはずの父の遺体を足で蹴り上げ、嘲笑っている。

「こいつが死んじまったから、俺は手がガラ空きだ。どうだ、俺と契約しねえか? お前の願いを叶えてやるぜ」

けらけらと笑いながら背を丸め、人相悪く近づく。
予想していたのか、シグリエルは悪魔を見据え口を開いた。

「俺の命と引き換えに、弟の命を助けてくれ」
「あぁー! 残念だがそれは出来ねえ。あいつの呪詛はもう完了しちまっている。死なない限り解けねえんだわ」

大げさに眉を下げ、がくっと肩を落として見せる。
シグリエルは鼓動がうるさく止まないのを感じた。汗が滲み、静かに目眩が襲ってくる。

「……そうか。じゃあ、俺がアディルを蘇らせる。あいつを不死者にするんだ。その手伝いをしろ、ディーエ」
「はははーッ! そりゃあいい。父親同様狂ってんな、シグリエル! んで、代償は何をくれるんだ? お前の死後の魂でいいかぁ? へへへッ」
「分かった。くれてやる」

人間と悪魔の交渉は、素早く決まった。
廃墟に火をつけ、躯ごと焼き尽くす。こうして父と決別したシグリエルは、己の新たな道を歩むことになる。

「ひとつだけ注文がある」
「なんだよ」
「普段は失せろ。俺の前に現れるな」

冷たく命じたシグリエルに、悪魔は文句を言わずニタリと笑い、突風のように消え去った。

一人になったシグリエルの頭の中は、まだ生きている弟のことばかりに占められていた。



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