▼ 55 パーティー
「兄貴、俺ちょっと出かけてくるわ」
「どこへ行くんだ? 夜の予定は忘れてないよな」
「そりゃそうだよ! ふもとの街に用があってな」
「……そうか、ならば俺が送ってーー」
「いや大丈夫! ひとっ走りすりゃすぐだからさ」
そう言って弟は昼頃、突如家から飛び出した。
この深い森から街へは二時間以上かかるが、確かに不死者の足ならば断然速い。
家に一人残されたシグリエルは、久々の状況に落ち着かなかった。
仕方なく休憩をやめにして研究を続け、気づくと三時頃になっていた。
「おい兄貴、ただいま!」
居間に戻っていた兄は大声で入ってきた弟に安堵し、ソファから立ち上がり抱擁しようとする。
けれど、その弟の姿に度肝を抜かれた。
「お前……髪を……切ったのか」
情けなくも若干声が震えてしまうと、アディルは頭を触り満足気に「おう!」と返事した。
シグリエルの視線が弟の短い黒髪から離れなくなる。
曲線がかった柔らかく艷やかな髪はかなり短く刈り上げられ、前髪も完全に上がって全体的にツンツンと立っている。
「どうだ? へへっ、男らしくなっただろ?」
「……あ、ああ。……だが、アディル、分かっているのか。もう髪は生えないんだぞ、本当によかったのか」
兄の懸念に弟は「確かにな。でもどうしても切りたくなってよ」とあっけらかんとしている。
しかし兄の反応が思ったより悪いことに気づき、次第に焦り顔になってきた。
「いや、すまん。そんなつもりではない。お前によく似合っているぞ。……ただ、ものすごく驚いただけだ。……ほら、ピアスがよく見えて凛々しく、格好いいぞ」
アディルは兄の台詞を嬉しく思いながらも、半分疑っている様子だ。
「本当かよ? んな気使わなくていいんだぜ。まああんたに気に入ってもらえなかったら微妙だけどな…」
「本当にそうではない。アディル。よく聞け」
シグリエルは弟の切ったばかりの黒髪に長い指を差し入れ、すうっと撫でる。短すぎて小動物の毛のようだが手触りは良い。
「まあ、正直に言うとな……こうしてお前の髪を梳くのが好きだった。だが……常に首筋が見えるのはいいな。気に入ったよ」
「ひぇっ!」
うなじを眺めながらそこも撫でると、アディルは大げさに飛び上がり真っ赤な顔で見返してくる。
「きゅ、急に触んじゃねえよ!」
「……そんなに急だったか? お前が悪い。触りたくなるような首をしている」
そう言って唇を近づけ、軽くキスをした。またアディルの悲鳴が聞こえたが少し行き場のない思いをぶつけた感はある。
「はあ、はあ。まったくよぉ。あんた結構スケベだよな。……今日も大丈夫だよな、夜」
冗談でこぼしたアディルにとくに返事はしない。
実は今夜、二人は組織の男達の集会に参加するのだ。
夜遅くに始まるちょっとしたパーティーみたいなものだが、会場が当主の妻の店だということで、シグリエルはやや腰が引けていた。
「お前こそ、それほどお洒落をしていくとは。随分気合が入っているな。……お前には俺がいることを忘れたか?」
「忘れるわけねーだろ! ちょっと今日おかしいぞ兄貴っ」
腕の中でもがこうとする素直じゃない弟を、シグリエルはもう一度抱きしめた。
こんなふうに、二人は知らずのうちに気分が浮ついていたのだった。
◆
夜にシグリエル達は会場へ到着した。
弟を先頭に警備を抜けると、うるさい音楽と妖しい照明に飾られた店内は男達で賑わっていた。
兄弟は二人ともシックなスーツ姿だ。とくに兄は撫でつけた金髪にしなやかな筋肉質が目立ち、長い手足も様になっている。
シグリエルはラノウ達に「いつもの黒装束で来るな」ときつく言われ仕方なく従った。
「よお! アディル、待ってたぜ! ほら挨拶しろ、俺ら先輩たちが構ってやるからよ!」
「げっ、すでに出来上がってるじゃねえかよ」
びびりながらも弟は久々の温かな仲間との交流に顔をほころばせる。シグリエルは弟の背中をそっと押した。
「アディル、行ってこい。積もる話もあるだろう。俺は適当に過ごしているよ」
「えっ、でも兄貴はーー」
「大丈夫だ。お前を遠くから眺めててやるから」
優しく囁くと弟は嬉しそうにはにかみ、礼をいって「すぐ戻るよ!」と駆け出した。
先輩達に髪型をいじられ、からかわれている弟を見ると兄も微笑ましく思う。
店内はグループ席に分けられ、屈強な男達と華やかな女性らで楽しまれていた。
この体でなくとも、酒も煙草もやらないシグリエルにはこういう場所は適していない。
見渡すと、シグリエルは店の中央付近に祭壇を見つけた。戦いで亡くなった男達の写真とともに、花が添えられている。
シグリエルはそこに向かい、静かに祈りを捧げた。
失った仲間を偲ぶ会ではあるが、明るい声があちこちから飛んでくるのは彼ららしく、気分が紛れる。
それからカウンター席についたシグリエルは、店員に注文の酒を聞かれたが丁寧に断った。
しかしその時、突然女性から声をかけられる。
「あら! 来てくれたのね、嬉しいわ」
シグリエルが振り返ると、ラノウの妻がいた。彼女は見事な金髪をゆるやかにまとめ上げ、きらびやかな薄青のドレスを着ている。
「イグノヴァ。今日はお招き頂き感謝する。よければこれをーー」
持参した年代物の酒を渡すと、彼女はたいそう喜んだ。
「すごくいいものじゃない、一緒に飲む? って難しいわね。もうあなたってば更にガードが硬くなっちゃったんだもの、でも元気そうで安心したわ」
シグリエルは彼女のまるで変わらない態度にも救われた。
夫をあんな目に合わせてしまったというのに、自分を仲間内だと思ってくれているのか、寛容で親身な女性だと感じる。
だが、この部分には少し困ってしまった。
「スーツもすごく素敵。色白もうちの男達にはない神秘的な美でイイ感じよ」
「そうか……それはありがとう」
「ねえ! 前に約束した通り、あなたのために準備したの。こっちよ」
腕に巻きつかれ、半ば強制的に奥の別室へと連れられた。そこは特別客用の豪華ルームで、待っていた女性達を見るなりシグリエルは微動だにしなくなる。
「おい、何突っ立ってんだよ。僕とこの可愛い子たちを待たせるとは、やはり色男は余裕だな。ね、皆?」
「本当〜〜! すごいイケメン! やだあ、早く隣に座って〜!」
「え、だめ〜! ここに来て、ここ〜!」
甲高い声が飛び交い、後ずさるシグリエルだが、ドアの前で当主の妻が立ちふさがっており、「じゃあごゆっくり楽しんでね」と閉められてしまった。
シグリエルは初めてここに来たことを後悔する。
仕方なく女性達に挟まれ、席に腰を下ろした。
弟がいないのはまだ救いではあるが。
楽しそうに女性と飲んでいるローブ姿のサウレスをじろりと見る。
「なんだよ。お前も楽しめよ。こんなに美形揃いで何が不満なんだ。さあ、今夜は僕にお前の男の部分を見せてくれ」
魔術師がそう宣言するとドレス姿の女性たちも「見せて〜っ」と合いの手を入れてくる。
この雰囲気そのものが理解の範疇を超えていたが、招待の場であると懸命に耐えた。
シグリエルは当たり障りのない世間話をする。両腕にこぼれそうな大きな胸が押しつけられても、完全に達観した表情だ。
「ねえお兄さんはこういうお店来ないの?」
「来ないな」
「じゃあじゃあ、この中で誰が一番好み? 正直に教えて!」
隣のあどけない顔立ちをした女性に迫られ、シグリエルは率直に告げた。
「この中にはいない。俺は弟が一番大好きな変わった人間なんだ。そんなやつ、君達も嫌だろう?」
「ええ! 全然嫌じゃなーい、可愛い〜!!」
場を白けさせようと思ったのだが、女性達はアディルにも面識があるようで兄弟を揃えようと口々に言い始めた。
失敗をしたシグリエルは盛大にうなだれる。
こんなに疲労を感じたのは初めてだ。
顔を上げると、サウレスが片腕をソファの背もたれに伸ばし、にやにやと見ている。
「……見てないで助けてくれよ」
屈辱にまみれて絞り出すと、白髪の男はけたたましく爆笑し、そこからはすぐに女性達に「ごめんね、男同士の話を始めるとするよ」と告げ、全員を部屋から去らせた。
酒と怪しい照明が照らす空間に、ようやく静けさが戻る。
「はあ、まったく。お前はつまらなすぎる男だ。よりにもよってあの台詞はなんだ? どこまで脳みそが弟で詰まってんだよ」
サウレスの嫌味には答えず、シグリエルは背を預けてくつろぎの態度を取る。
「こういう場所は苦手だ。ある意味お前とラノウを尊敬するよ。……そういえば、ラノウはどうしたんだ?」
「ああ。あいつはな、少し時間がかかるんだ。何をするにしても」
急に真面目なトーンで語り始め、シグリエルは当主を心配した。体のこともあり、あまり長居も出来ないため後で来る予定だという。
「大丈夫さ。タフなやつだ。最近は僕に後ろを取られないように、さらに躍起になって体を動かそうとしている」
ふふ、とサウレスは思い出して笑う。
シグリエルはそんな魔術師自身を見つめた。
「ラノウにはお前がいるから心配いらないと思うが……お前の調子はどうだ」
「僕を気にしてくれるのか、優しいな」
彼の主治医は信頼するゲインズのため、最適な治療を確信している。だがシグリエルは彼の腕をかばう仕草がずっと気になっていた。
「痛みがあるんじゃないか? 見せてみろ」
死霊術師の強い主張に押されたサウレスは、大人しく服を脱ぎ、上半身裸になった。
シグリエルは真剣な目つきで彼の肩の切断箇所と付近を調べる。
切断面は綺麗に整えられていたが、赤みがあり尋ねると幻肢痛に悩まされているようだった。ないはずの手足に痛みの症状が出ることだ。
「一説には以前の痛みの記憶が関係しているらしいが……とにかく、もっと早く診てやるべきだったな。悪かった」
「ふん。僕達は皆それぞれ忙しい。お前が謝ることじゃないさ」
シグリエルは神妙な面持ちで彼にシャツを着せた。
「今夜は長くここにいるんだろう? あとで痛みを和らげる薬を持ってくるよ。ゲインズ先生は忙しい人だ。時々俺に見せにきてくれ。お前さえよければ」
「そうか……分かった。そこまで言うんなら聞いてやるよ」
相手がそう受け入れてくれたことにほっとした。
「なあ。僕が普段言わないことを言ってやろうか。……もしお前がいろんなことに責任を感じているならやめておけ。僕らは自分のしたいことをしただけだ。そしてこれからもそうする。……もう分かっただろ? ラノウも僕も、自分が嫌なことは死んでもやらない人間だしな」
「……ああ。……ありがとうな、サウレス。お前の言葉を信じるよ」
多くは言わず、純粋に出た気持ちを伝える。
互いにそれで十分だった。あの戦いを経た者だけが共有する、特別に遺った思いを感じてさえいれば。
その後、シグリエルは少しすっきりした気分で部屋を出た。
◆
カウンターに戻ると当主の妻がいて男客に酒を作っている。
「イグノヴァ。俺の弟を見なかったか?」
「あら、ちょうど今、アディルがあなたのことを探していたんだけど。ラノウがもうすぐ来るからあの子に迎えに行ってもらったのよ」
話を聞いたシグリエルは納得し、座って待つことにした。
「それで、あの中にはいい子いなかったみたいね」
残念そうに耳打ちされ困惑する。シグリエルは誠実に切り出した。
「貴方には正直に言うが、俺は女に興味がないんだ」
「えっ? あらやだ、そっちだったの。ごめんなさい、私気づかなくて! 男の子がよかったなんて私の目も衰えたわね。……そうねえ……男の子のお店っていうのもいいかもしれないわ。ラノウの子達使えないかしら。……いえあれはゴツすぎるわね」
彼女の勝手な話の広がりに対し、シグリエルは無表情だが内心卒倒しそうになる。
「……いや、そういう意味じゃない……」
「わかったわ、私も色々考えてみるから。うちの男達みんなに満足した暮らししてもらわないと、ちゃんと役割果たせないもの」
彼女はやる気に満ちた表情で奮起し、どこかへ行ってしまった。
どんよりした表情のシグリエルが取り残される。
慣れぬ場にアディルがおらず、段々と寂しさも募ってきた。
そこへ数人の男達とともに、スマートなジャケット姿の当主が杖をついて現れる。
シグリエルは立ち上がって迎えた。
ラノウもこちらに気づき、目を細めて向かってくる。
「よう兄ちゃん。待たせたな。元気か?」
「ああ。俺は元気だ。あんたはどうだ? 前より良さそうだ」
すると機嫌よく「そうだろ」と笑う。
ラノウは取り巻きを去らせて奥にあるゆったり座れるテーブル席へシグリエルを誘った。
「お前と二人で話したくてな。アディルには違う用を言いつけたんだ」
腰を下ろし、酒を注文しながら告げられて身構える。
サウレスにはああ言われたが、シグリエルはある意味で覚悟していた。
だが、当主の口から出た言葉は予想外の言葉だった。
「この間は俺もお前も、まだ完全に落ち着いた状況じゃないと思ったんでな、言えなかったんだが。お前に礼が言いたかったんだ。マルグスにトドメを刺したのはお前だろう? よくやったな、シグリエル」
彼らしくない温かな声音に労われ、すぐに反応ができない。
穏やかな表情を目にしていると、不覚にも感情が引きずられそうになった。
「お前が死んだのが悲しくてな、皆手放しに祝えなかったと思うんだ。だが、あいつを確かに殺ったのはお前だ。俺達は皆誇りに思っているぞ」
「……俺は、皆がいたから、だからーー」
「一番頑張ったのはお前だよ。俺なんかこんなザマだしな」
「やめてくれ……泣きそうだ」
肩をさすられ無言でシグリエルは思いを噛みしめる。
しまいこんだものを、また強引に見せろと言われているようで。
「辛い戦いだった。あんた達が生きていて、本当によかった……」
「おうおう、そうだろ。俺はな、もうアディルだけじゃなく、お前のことも家族みたいなもんだと思ってるんだ」
瞳を揺らし、顔を上げる。
不思議とシグリエルには反抗心が起こらなかった。
「最初は俺ら、すげえ不穏だったよな? 正直どんな不届き者がアディルの兄貴なんだって、俺は意気込んでいたんだ。だがお前らを見ているうちに、また一緒になれてよかったんだなってよ、……くそ、俺も弱ってんな。あいつが戻る前に終わらせねえと」
当主の目はうっすらと赤い。
シグリエルは不思議な感覚だった。
いっときは、この男を殺そうとまで考えていたのに。
激しい嫉妬に駆らせた悪魔はもういないが、自分一人にももうそこまでの情念はないと思えた。
「ラノウ。俺はあんたに嫉妬していたよ。アディルが本気で慕っている様子が、正直腹立たしかった」
「……ぁあ? ……はははっ! そりゃいいぜ兄ちゃん!」
少しイラッときたが、気持ちを吐露出来てまたも清々しい気分が漂う。
「まああれだ、あいつも俺のもとを離れてお前といたいっつうんだから、許してくれよ。な?」
小さく大人の笑い方をする当主を見やった。
「……離れる? どういう意味だ」
「ん? 聞いてないのか? あいつ、組をしばらく抜けてお前と仕事したいって言ってたぞ」
それはまさに寝耳に水で、シグリエルは冷静に話を聞こうとした。
「本当なのか。俺はそんなこと知らなかったがーー」
そこへ偶然アディルが戻ってきた。二人が一緒なのを見つけ、「兄貴!」と駆け寄ってくる。
当主は体の向きを変え、弟に突っ込みを入れた。
「おいお前、兄貴になんも言ってねえのか? フライングしちまったじゃねえか」
「はあ? なんの話……って、あぁ!! あんたまた勝手に喋ったのか? 仕事のことは俺が言うって話しただろッ!」
ラノウは耳をわざとらしく指で塞ぐ。
「だからキンキン声を出すな。……あー、それでお前、気合い入れて髪まで切ってきたのか。初々しいねえ」
「うるせえな! 別にいいだろ!」
仲良さそうに話す姿をまだ兄は若干の戸惑いで見つめていた。
「とにかくだ、シグリエル。こいつの話聞いてやれよ。ああそうだ、組織抜けるっつってもまずは数年ぐらいの話な。俺は一度入った奴は最後まで面倒見るからよ。……それと、お前ら俺が呼んだらすぐ来いよ? 組の特別メンバーにしておいてやるから」
杖をついて立ち上がり、まだ他に顔を出すといい去ろうとする当主をシグリエルは呼び止める。
「最初からそのつもりだ、ラノウ。俺達はいつでもあんたの組の力になる。どんなことでもだ。好きな時に呼んでくれ」
やや熱のこもった兄の台詞を聞き、アディルの瞳は感極まったようだった。当主も満足げに笑って頷く。
そうして兄弟は、少しの間のあと二人きりになった。
「ええと……」
「座れ、アディル」
おずおずと向かい合うソファ席に腰を落ち着けた。
シグリエルは黙って弟の言葉を待つ。
「あのな、今聞いたと思うけどさ。俺、しばらく組織を抜けて、兄貴と働けたらなって考えてたんだ。また反対されるかもしれねーけど……」
「反対はしない」
「え? 本当か?」
ぱっと表情を明るくするアディルに確かに頷く。
「だが、俺がどんな仕事をしているのか知っているのか?」
「いや……詳しくは知らねえけど。ミズカのとこだろ?」
「大半はな。ミズカは厳しいぞ。……兄としては心配だ」
まっすぐ言われれば弟にも真実味は伝わったようだ。
「でも相棒としては期待できるか?」
アディルは簡単にはへこたれない。突然出た単語に思わずシグリエルは吹き出した。
「おいなんで笑うんだよ! ひでえぞ兄貴!」
「悪い。お前を相棒というには……俺は、愛し過ぎてしまっている」
顎をさすり、やけに瞳を細めて嬉しそうな様子に見えたため、アディルは兄の前で赤くなり、一瞬考え込んでしまった。
「だって、あんたと一緒にいたいんだよ。ずっと離れ離れだったしさ……」
シグリエルの心が少しずつ動いていく。
弟によって自分は、今も昔も生を実感するのだと感じた。
「アディル……俺もそうだ。お前と共にいたいという気持ちは、いくら時間があっても足りない。……ではそうしよう。俺と一緒に来い」
「……お、おう!」
緊張していた空気が一気に喜びに舞い上がる。
兄弟はこれからの約束を交わした。
「だが、お前が組織へ戻りたくなった時は遠慮せずに言え。俺もサポートしよう。……まあ、当主のことだ。そう遠くないうちに俺達はまた、共闘しているかもしれないがな」
「ははっ、そうかもな。どこにいても俺達なら百人力だぜ、そうだろ兄貴!」
手のひらに拳を打ち付ける弟に、口元を上げて同意する。
弟も仕事に加わるのはまったく懸念がないわけではないが、もういつでも自分はそばで見守ることができる。
その安心は、今はただ、シグリエルにとても穏やかな気分をもたらした。
けれど、一段落した話し合いも、最後の最後にまた波乱を呼ぶのだ。
「なんか今日は悪かったな。で、兄貴。パーティーで何してたんだ? 俺もだけど、酒も飲めねえし」
「……ああ。別にたいしたことはしていないが……」
「ええ? ギャルたちに囲まれてたんじゃねえのぉ?」
じろっと半分面白がる弟にシグリエルは冷めた視線を送った。
「その話をしていいのか? またお前が焼きもちを妬くんじゃないかと俺は一応気を遣ったんだがな」
「なっ!! あいつとここの女の子たちは全然ちげえだろ!!」
図星の弟を兄は余裕の笑みで見つめた。
「女の子、か。親しそうだな。お前好みの子はいたか?」
「いるわけねえだろ! 知ってんだろうがっ!」
「ああ知っている。俺以外にいるわけがない。……そうムキになるな、アディル。家に帰ったら俺がお前を落ち着かせてやるから」
子供にやるように頭を撫でると、赤いままのアディルは「それぜってえ落ち着かねえよッ」と最後まで反抗していた。
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