Undying | ナノ


▼ 52 前を向いて

しばらくして、シグリエル達は自宅へ帰ってきた。
深い森に建つ木造住居にきちんと帰宅するのは、実に数か月ぶりのことだ。

シグリエルはまず、弟と自分に護身用として守護結界を張ったあと、敷地内や家屋の結界も全て張り直した。

肉体の移行とともに結界の保持者も変更する必要があったためだ。
不死者の自分が死霊に目をつけられ、悪さをされる可能性はもう低いが、これも習慣の一部だった。

「久しぶりだな、この家。なんか信じられないよな、まさかこんなことになって俺ら、帰ってくるとは」

がらんとした居間に入り、最小限の家具を眺めてアディルが呟く。
シグリエルが言葉を探している合間に、どこか緊張した面持ちで振り向かれた。

「なあ兄貴。俺、この家に住んでいいのか?」

その問い自体が晴天の霹靂だった兄は、一瞬戸惑ったが弟をまっすぐ見つめる。

「当たり前だろう。……自分の家に帰りたいか?」

アディルは街にアパートメントを借りていると言っていた。まだ組織の中では若く下のほうに位置していた為、あまり帰らず屋敷の部下部屋に滞在していたことが多かったらしいが。

兄の質問に弟は首を振った。

「出来ればあんたと一緒に暮らしたい」

するとシグリエルはほっとしてアディルを腕に抱き寄せた。
一連の出来事を経て、もう一度新たな生活が始まっていく。

だが仕事や周囲の関係がどうなるのかはまだ分からず、アディルの不安が兄にも伝わるようだった。


シグリエルは予想よりも不死の肉体に慣れるのが早く、もうほとんど普段の生活が送れるまでになった。

師とは定期的に連絡を取り、また落ち着いたら会う予定だ。
それとは別に、シグリエルは帰宅後まず渦中の人物と連絡を取った。

地下の研究室は薄暗く、小さな蝋燭が数本灯っている。
作業台により掛かる黒シャツ姿のシグリエルは、青い魔法鳥のメッセージを聞いていた。

『ーーもう四週間か。ラノウは今、ようやく屋敷に帰ってきてリハビリを始めているよ。相変わらず答えはノーだ。だが僕には、お前の弟の様子をしつこく聞いてくる。なんでもいいから教えてやってくれ。今なら僕もくだらない話でも許してやるから』

いつも通りのいけ好かない魔術師の文言に、シグリエルは小さくため息を吐く。
だいぶ回復してきて、ほぼ屋敷に滞在し当主についてやっているサウレスと、何度かこうしてやり取りをした。

その度に弟の近況を伝えるが、問題なく振舞っているように見えてもアディルはどこか元気がない。
理由は明白で、当主に遠ざけられているからだ。

「最近のアディルは庭いじりをしたり、自然の中で過ごすことが多い。俺の植物の栽培も手伝ってくれている。気が紛れるのだろう。……まあ、こんな感じだ。そんなに気になるならば、そろそろ会ってやってくれないか。そう当主に伝えてくれ。あいつは自分の大事な人間がどんな風に変わってしまおうと、幻滅したり離れるような人間じゃない。……出来るだけ早く、顔を見せて安心させてやってほしい。俺からも頼む」

シグリエルは自身の黒い魔法鳥に言葉を吹き込み、屋敷へ飛ばし見送った。

心から出た言葉に自分でも驚きはあった。当主への嫉妬心は悪魔の力がなくなってもまだ、胸の中には存在している。
けれど相手の弟への関わり方を見てきたし、なにより今は、弟の気持ちのほうが大切だった。

心細い思いはもうしないでいいのだと、この新しい世界では知っていてほしかったのだ。

陰りのある表情で佇んでいると、研究室の分厚い鉄扉が叩かれる。
シグリエルは不意を突かれ、すぐに向かった。

「アディル。どうした」
「いや、なんかぶつぶつ喋ってる音が聞こえて。…大丈夫か?」
「ーーああ、大丈夫だ。籠っていてすまない。仕事の関係で、連絡を取っていただけだ」

弟はほっとした様子で「そっか、邪魔してごめんな」と頭を掻いた。
ひょっとすると、また自分がよからぬ存在に惑わされ、独り言を言っていると心配させたのではと考え、シグリエルは反省した。

「邪魔じゃない。いつでも来い。……そうだ、そろそろ寝る時間だな。もう休もう」
「……ああ、そうだな」

寝る、という言葉を使う兄にアディルはふっと笑う。
二人は不死者になってから、夜の数時間は休むことにしていた。昼夜の感覚を失わず、なるべく人らしい生活を続けるためだ。

家の明かりをすべて落とし、一階の広い寝室に行った。
ここはシグリエルの部屋で殺風景だが大きめのベッドがある。

薄い寝間着を着て、真ん中に寄り添い兄弟は寝そべる。
目を閉じて横向きに丸まっているアディルの黒髪を、シグリエルはしばらく撫でていた。

「アディル。今度、もう少し大きいベッドを買おう。それに家具も新調しよう。お前好みのものを選ぶのはどうだ」

頭の片隅にあったことだが、弟を少しでも元気づけようと提案した。
するとアディルはぱちりと目を開ける。

「えっ? 兄貴、どうしたんだよ。……どうせなら一緒に選ぼうぜ、あんたの趣味も悪くないよ」
「そうか。わからないが、では一緒に選ぼう。お前がそう言うのなら。……一緒に暮らし始めるんだ、他にもお前の好きなことをやって構わないぞ。なんでも自由にしろ、アディル」

頭をそっと触るとアディルは嬉しそうに笑い、屈託のない表情を見せた。

「はは、やったぜ。じゃあ俺も色んなこと始めようかな。まずは訓練場作って、あの部屋と外のあそこにもーー」

わくわくして目を輝かせる弟は微笑ましい。

素直で愛らしい姿を閉じ込めようと、シグリエルは胸元に抱きしめる。
ベッドで二人でお喋りをしていると昔を思い出す。こういう瞬間が幸せなのだとあらためて気づかされた。

アディルも黙って兄の温もりを感じているようだ。

「でも兄貴の体温、まだ低いな……」

こぼれた台詞に兄が一瞬躊躇する。
入浴は何度かしたが、改良した薬品のためアディルの時より体温上昇の反応が遅めだ。

「ああ。お前のように改善されるには、もう少し時間がかかりそうだ…」

緩やかな変化は肉体にはいいことだが、その話題になるとシグリエルは歯切れが悪くなった。

弟にはまだ言っていないが、気づいているかもしれない。
本当はすぐにでも弟をまた、この手に抱きたい。自分の手で愛したい。

アディルが再び許すとするならば、だが。

しかし今は落ち込んでいる弟に対し、自分の問題を話すべきでないと考えた。

「大丈夫だよ、すぐに俺みたいに良くなるって。兄貴の治療はすげえんだからさ。俺が保証する」

予期せず明るく弟に励まされ、気が抜けそうになる。
向けられた優しい笑顔は、いっそうのことシグリエルに弟への愛情を抱かせ、心も急かされた。





それからまた二週間ほどが経ち、ようやく兄弟は屋敷から一報を得る。
アディルとシグリエルは当主の邸宅へ呼び出され、大理石が広がる客間にいた。

長く待っていると、部下が扉を開ける。
その後ろからゆっくりした足取りで現れたのは、杖をついた当主ラノウだった。

「…………っ」

覚悟をしていたはずのアディルは絶句し、すぐに動けなかった。
茶髪に髭面のすらっとした壮年の男は、以前より痩せていたが、部下の助けも借りず一歩一歩自力で歩みを進める。

相当悪いのだと分かる。背後から現れたサウレスはその様子を見ていたが、彼は外見だけなら前と変わらないようだ。

その時、ラノウの引きずっていた片足がふらつく。アディルが駆け寄ろうとすると、「いい」と言われ、またソファに力なく腰を落とした。

「……久しぶりだな。お前らは元気そうじゃねえか。……大丈夫か、シグリエル」
「ああ。俺は平気だ」

言葉少なに答えるシグリエルも当主を心配していた。そして、隣で動揺しているアディルのことも。

想像よりも物静かな再会となってしまい、部下が消えると四人は重い空気に残された。
ラノウはひとり煙草を取り出し火をつけ、煙を吐きだす。

サウレスは窓際に寄りかかり、全体を眺めていた。

「おい、アディル。なんでずっと黙ってるんだ?」

突然そう話しかけられ、弟の瞳が揺れる。
アディルの表情は、後悔と自責から、だんだんと怒りへと変わっていく。

「俺は……あんたに早く会いたかったんだよ! どうして一人でッ……無茶すんじゃねえよ! 見てみろよその風貌を! 俺なんか役に立たないかもしれねえけど、前みたいに使えよ! なんか出来ることあんだろ!」
「……おいおい。いきなり切れられてるんだが。お前どんな教育してんだよ弟に。癇癪起こしやがって」

シグリエルは何も答えなかった。弟の気持ちがわかるからだ。
それは当主も本当は同じで、ばつが悪い顔をする。

「だからよ、兄貴が死んじまったお前に、これ以上負担かけられねえだろ……それぐらい想像しろよ」
「あんたは俺の負担にはならない。兄貴だってそうだ。どんな時でも俺には絶対大事な存在だって分かってんだろうが!」
「ああ、わかってるよ。悪かった。泣くな。……くそ、こんなガキに怒られちまった。俺は今弱ってるんだ、助けてくれサウレス」

ガキと言われ憤慨するアディルだが、無理やり近くに行き力強くハグをして、どうにか許そうとしていた。
サウレスはその様子をからかったりせず、同情的な視線だ。

「だから言っただろう。子供にはストレートな愛情しか通用しないんだよ。今回はお前が悪い。調子が悪いときぐらい周りに甘えろよ」

当主は何も言い返せない。
ふとシグリエルが口を開いた。

「お前はどうなんだ、サウレス。……腕はどうなった?」

問うと肩を竦められる。白髪の魔術師は青いローブを翻すと、皆の強い視線を受けながらも淡々と告げた。

「腕はない。すでに使いものにならなかった。残念だが、敗北とは失うことだ」

彼はあの不死の右腕を失っていた。肩から下の空所は、見た者の胸を容赦なく突く。
シグリエルは「…そうか」と深い無念を表した。

「僕は言い訳のしようもないほど奴に完敗だった。ここまで無様に敗けるとはな……自分を過信しすぎていたようだ。正直、もっと出来ると思っていたよ。……もう僕は自分に自信がない。ただの無能なクソ野郎さ」

あまりの発言に、アディルは急に立ち上がる。

「そんなことねえよ!! お前すげえ強いし、あいつは一筋縄じゃいかない野郎だった、今俺達がこうしているのは皆の協力があったからでーー」
「ふん。お前に励まされたら終わりだな。……僕とラノウがここにいるのはジャスパーのおかげだ。奴がいなかったら僕らはあのまま死んでいたさ」

ラノウもうつむき、指を強く絡ませる。

「そうだ。あの野郎、勝手なことしやがって……俺等のために、てめえの大事な命減らしてどうすんだよ、馬鹿野郎が……」

声に悔しさをにじませ、肩を落とす。
皆、それぞれが彼に思いを馳せていた。いつでも組織の仲間を支えてくれたジャスパーの存在を。

もう二度と会えない彼の控えめな微笑みを想像するだけで、どうしようもない悲しみに包まれた。

「ああクソッ……もう辛気臭い面するのはやめだ。俺達が生かされたことには意味がある。…いや、意味を作らなきゃあいつらが浮かばれねえ。そうだろ、お前ら」

まっすぐ見つめられた兄弟は、迷いなく頷く。

「へへっ、いい顔だ。ほんとにお前ら死んでんのか? 信じられねぇ、俺には肌の色以外見分けがつかねえよ。やっぱり若さのおかげかねえ? なぁサウレス」
「妖術師の腕だろ。シグリエル、今度そいつに会わせろよ。転生したんだって? この中で一番のヤバイ奴だ」

師への嘲りには怒りそうになったが、シグリエルはすぐに拒否しなかった。

「彼も機会があれば、お前に会いたいと言っている。だが失礼な態度は取るな。エルゲは人格者だ」
「はっ、妖術師に人格者などいるものか。……まあお前がやけに信奉するその男のことが、僕も気になってるんだ。よろしく伝えてくれ」

にやりと笑う相手に微かなため息を吐いた。

サウレスは疲れたのか、皆が座るソファに自身も腰を下ろした。
隣にいるラノウの視線を感じ、怪訝に見返す。

「ーーそれで、なんだったんだよ」
「何が」
「お前の願い事だよ。早く言えよ。この後皆に金を配る予定だが、お前はそんもんじゃ喜ばねえと思ってな」

サウレスは口をつぐむ。
だが話が分からず混乱気味のアディルを見ると、邪悪な笑みが生まれた。

「相変わらずムードを考えない奴だ。だがそんなに知りたいなら仕方がない。……僕の願いはな、お前を抱くことだよ」

アディルは必要ないのに思いきり咳き込んだ。
そして顔を変なふうに歪め、二人を汚物でも見るかのように眺めたーーように当主には見えた。

「俺を……なんだって? 聞き間違いか。おいシグリエル、こいつ今なんと言ったんだ」
「……俺に気色の悪いことを繰り返させるな」
「いいから言えッ!」

組の頭の怒号に押され、仕方なくシグリエルは言うことを聞いた。するとラノウは真顔で首を振り始める。

「いいかサウレス。百歩譲ってお前が俺に抱かれたいというのなら俺もやぶさかではない。お前は綺麗な顔をしているし、裸も知ってるがいい体だ。中身も気の合う男なら、そんなに悪くねえ」
「ラノウ…? 何言ってんだあんた、あんたら友達じゃねえのか…?」
「まあ聞け、アディル。お前にもまだ分からない世界があるんだよ」

アディルは黙ってしまった。兄としていることは誰にも言えないことだ。

「だがな、俺が男に抱かれるわけがねえ。たとえお前でもだ、サウレス。いいか、この話は忘れろ」
「へえ。お前でも叶えられない望みがあるんだな。失望したよ、ラノウ」
「うるせえ! お前杖ついたおっさんに向かって何言ってるんだ? 俺はお前のサドっ気が好きだがな、それは他人に向けられたのを見るときだけだ。まったく酷なこと考えるよな、この可哀想な姿が見えねーのかよ!」
「はあ。散々自分を憐れむなと言ったのを即撤回か。やはりお前相当弱ってるようだな。心配だ」

ひとり笑い始める。
それがあまりに普段のサウレスに不似合いな、くすくすとした笑みだったため、アディルは冗談だったのかと拍子抜けしてきた。

「なんだよ、そういうことか。サウレス、ラノウを元気づけたかったんだろ?」
「お前俺が元気出てるように見えるのか、アディル!」
「見えるけど……お、落ち着けよラノウ、血圧上がるぞ」

必死になだめながら、アディルはこんな風に焦りを隠さず抵抗する当主を初めて目にした。

シグリエルはくだらないやり取りに付き合わされ、心底呆れて深く腰かけていたが、ちょうど扉の外から足音が重なるのが聞こえた。

扉を開けたのはさっきの若い部下の男だ。

「ラノウ。魔術師が来たぜ」
「ああそうだった、遅いじゃねえか。入れろ」

強引に気を落ち着かせた当主が促す。
すると軽装備姿の金髪の青年が入ってきた。

「よお。にぎやかだな、あんたら。調子よさそうでよかったぜ」

疲れた表情で場に加わったフィトは、手をあげてそれぞれに目線で挨拶した後、シグリエルのもとに行き握手を交わした。

「男前は変わんねえな。なに、たいしたことねえよ。あんま気にすんな」

自分も大変な目にあったのに、それについては全く触れず優しく声をかける。

「やっと来たな、フィト。ほら、約束の金だ」

当主は任務のメンバーが揃ったのを見計らって、二人の男に金を持ってこさせた。
低いテーブルの上には、大きい手荷物鞄がここにいる全員分、のはずが五つあった。

サウレスは受け取らなかったが、当主は兄弟が拒否することを許さなかった。見舞金だと言われ押し付けられる。

残りの鞄は二つだ。

「もうゾークとゾルタンには渡してある。ゾルタンはもうすぐ退院出来そうでな、また会ったときは迎えてやってくれ」

精神病院に入った元傭兵は自分が離脱した後の戦いの結果に心を痛めていたが、体は元気そうだという。

「それで、フィト。もうひとつなんだが、シスタはお前にやると言っていた」
「はっ……? 何言ってんだ? いらねえよ馬鹿じゃねえの!」

つっぱねるが皆は静かに行方を見守る。

「いいから受け取ってやれよ。あいつの気持ちだろ」
「なんのだよ! ずっと冷たかったぞあの野郎、延々と嫌味言いやがって、そんで、いきなり消えやがって!」

気持ちが溢れ出してしまったようでフィトは怒りに震えた。

だが、当主は追い打ちをかけるように別室からある男を呼ぶ。スーツ姿の小綺麗な男で、彼はケースから書類を取り出した。

「この人はな、シスタの弁護士だ。お前に話があるんだとよ」

会釈をする男を、魔術師は疑いの目で見つめ返す。

「フィト・オーランド様。シスタ・レイズワルドより、遺言書を預かっております。急遽口頭で伝えられましたので、私が文書を作成いたしました。ーーここに、シスタ・レイズワルドの全資産をあなたに遺贈する、と書かれています。ご確認を」

淀みなく伝えられ、フィトは呆然とする。

「意味が分からねえ……あいつ、頭イカレちまったのか?」
「いいえ、確かに出発日の前夜に私は御本人のメッセージを受け取りました。確かに遺言書の効力があります」

紙を握りしめ、無言になったフィトはようやく彼が本気だったと理解した。
そしてあの日、やはり最初から覚悟を決めていたのだと。

「なあ、誰か教えてくれ。簡単に死にやがってよ、人の目の前で……この世への執着をそんなふうに捨てられるものなのか? 俺にはわからねえよ……」

ラノウが同じく遠い目つきで口を開く。

「捨てたんじゃなくて選んだんだろ。あいつ自身の信念のために。……お前のことも助けられる、一番いいタイミングでな」

フィトは声を殺して呻く。
皆はそれをただ黙って受け入れていた。

シスタは今、どうしているのだろう。
ばらばらになった遺体は集められず、心に残ったのは空虚と、黒いローブをはおり常に冷静に、整った顔立ちで皮肉を言う彼の姿だけだ。

しばらくして、フィトは金をどうするか考えた。遺産については要らないと何度も断ろうとしたが、当主やサウレス、そしてシグリエルにも止められた。

「フィト。彼はお前を気にしていた。前の日、夜に話したんだ。お前に注意したほうがいいと」
「俺はそんなこと聞いてねえっ」
「彼も素直な男じゃなかったんだろう。……金はもらってやれ。それに、いつかまた戻るかもしれない。形を変えて。そのときにまだ残っていたら、返してやればいい」

不死者のシグリエルに穏やかに助言されて、顔を上げる。

「あいつ、帰って来ることありえるのか?」
「ありえないだろ。魂を持ってかれたんだぞ」

非情に突っ込むサウレスを、フィトはむすっと見返した。

「へっ。少しは夢を見させろよ。不死者だって目の前に二人もいるんだ。あの野郎が嫌味満載で化けて出ても不思議じゃねーよな」

彼は不気味に笑い出す。

「しょうがねえ。俺が受け取らなきゃ終わらなそうだしな。資産運用しといてやるよ。あーあ、金いきなり持ちすぎてわけわかんねえ」
「全部賭博に使ったりするなよ」
「するわけねえだろ! 俺はすげえ倹約家なんだよ!」

当主に言い返すが、実際不安は残る。フィトはまだ二十歳そこそこで、年上のシスタが残したのは数件の不動産や、歳の割に膨大な資産だった。

それを知った当主にこう提案される。

「仲間のよしみだ。うちの弁護士つけてやろうか?」
「そりゃありがたいけどよ。どうせお高いんだろ? 弁護士料負けてくれるなら頼むわ」

相変わらず守銭奴の彼に皆は肩をがくんと落とす。
だが新しい役目を持った若い魔術師が、前を向こうとしているのを見て、元気づけられたのは確かだ。



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