Undying | ナノ


▼ 43 自由

明くる日の早朝、一行はべタニール山脈の赤夢湖を目指し、州境にある検問所にいた。頑丈な橋の先は一般道と湖への山道に分かれており、武装した国軍が管理している。

「そこの集団止まれ。どこへ向かう」
「我々は湖周辺へ行く予定だ。この魔物憑きの青年を除霊する目的でな。許可証もあるぞ」

剣士ゾークが紙を渡すと、兵士が鋭い視線を男達にやった。皆一様に黒いマント姿で魔術師だと分かる。
だが一人だけ所々裂けた服の若者アディルに、彼は眉間を寄せて指さした。

「そいつが魔物憑きか? ひどい有り様だな」
「ガルァァッ、ガウッ」

瞳が真っ黒ににじむアディルが正気を失った様子で威嚇すると、兵士は思わず手を引っ込める。

「こら、大人しくしていろ」

アディルの首に括り付けられた鎖を握るのはシグリエルだ。容赦なく引き締め挙動を制限する。

「ったく、ちゃんと押さえとけよ…」

舌打ちして書類に目を通す間、他の兵士は銃を向けて警戒していた。

「栄誉連盟か。全員か?」
「いや。俺の仕事だ。彼らは個人的に雇った仲間でね」
「そうか。……それにしても大所帯だな。そんなに大変な案件とは」

中々通そうとしない兵士はゾークが提示した連盟の記章をじろじろと確認し、男達を眺める。
アディルに緊張が走るが、傍らにいた黒魔術師のシスタが兵士の注意を引いた。

「君も見るか? 彼の腹を。憑依の際に呪いがかけられてな、可哀想だろう。早く治さなければ手遅れになる」

じっと瞳を見つめられた兵士は、シスタによってまくられたアディルの服の下を見た。
そこには真っ白な肌の腹筋があっただけだが、兵士は顔を引きつらせ叫んだ。

「ぁあッ! なんだそれは………ッ、うっ、蛆が湧いている……あんたらよく平気だな、もういい、行け!」

えづく男がたまらず通らせようとすると、皆安堵した。

「いいか、あんた達が戻らなくても捜索隊は出ないぞ、入山するなら自己責任だからな!」
「もちろんだとも。感謝する。では」

剣士が皆を引き連れ、無事に全員足を踏み入れることが出来た。

しばらくゆるやかな山道を登り、追手がこないことを確認すると一行は立ち止まる。
兄による術を解かれ、金の瞳に戻ったアディルは盛大に溜息を吐いた。

「はあよかったぜ。俺の情けねえ芝居の甲斐があったな」
「すまない、アディル。お前にこんなことを」

鎖もシグリエルの優しい手に外され、首を撫でられて苦笑いを浮かべた。

「まあいいって。妙にドキドキしたよ」
「何言ってんだお前。…あれ? 綺麗な腹じゃねえか」
「ただの暗示だ。火力にばかりかまけてこちらの方は疎いみたいだな。お前にもかけてやろうか?」

シスタが不死者を確認するフィトに冷ややかな顔を向けると、二人はまた「うるせえ!」「お前のほうがけたたましい」と口論を始めた。

黒いローブを面倒そうに外し、いつもの青いローブをまとうサウレスは剣士の背を小突く。

「あんた本当に有能だな。その許可証はどうしたんだ?」
「これは精巧な偽物さ。連盟に手先が器用な知り合いがいてね。助け合いってやつだよ。心配しないでいい、こういうのは慣れてるんだ」

この男の台詞にはいつも妙に信憑性があり皆は感心する。
栄誉連盟は国とのパイプを持つ巨大な傭兵組織で、熟練の戦士や魔術師、冒険者らが所属しており世界でも名高い。

そんな組織の一員を帯同しているだけで、兄弟も今となっては心強く感じていた。



六人の男達はミズカの助言を元に山道を登った。季節は秋で標高が高くなるにつれ寒風が吹く。なるべく無駄な戦いはせず、効率よく進んでいく。

しかし、どうしても避けられない場所に手強い敵がいて、そこではこの魔術師が活躍を見せた。

「おお、すげえ! こういうデカブツは俺の得意分野だ、お前らは支援に回れ!」

一人小高い崖から飛び出したのはフィトで、小柄ながら魔法を宿した双剣を振りかざし瞬速で戦う。

対象は硬い光沢に全身ぎらつく巨大トカゲだった。青黒い皮と顔は醜くただれ口から瘴気を撒き散らしている。

フィトは敵の体当たりや尻尾のなぎ倒しを軽々とかわし、表皮を駆け上がって頭部に魔力をこめた剣を突き刺した。

「おりゃああぁッ!!」

トカゲの頭から青い血が吹き出る。だがそれは浴びれば人間の肌が溶け出す劇薬だった。フィトは自身にあらかじめ特殊防護を施していたが、周りで補助をしていた男達を焦って見やる。

「こりゃ毒だ、お前ら避けろ!」

鯨の噴水のように空高く吹き上がった血が降り注ぐ。異変を察知したシグリエルはとっさに外套を広げ近くのアディルを体ごと隠した。

そこへ光の半透明なドームが作られる。ちょうど人数分の範囲ほどに青い血がぼたぼたと落ちてきて、皆は守られた。

作ったのは白魔法を使ったゾークだ。
彼は不気味な雨が収まるのを待つと汗を拭った。

「はあ。間一髪だったな」
「ーーおっさん、すげえ! 今のどうやるんだ!?」
「白魔術の結界だよ。君は簡単なことでも感動してくれるな」

兄のマントから顔を出したアディルに剣士は笑う。獲物から飛び降りたフィトがやって来て剣をしまった。

「簡単じゃないだろ、あんた中年のわりに反射神経いいじゃねえか。助かったよ」
「いやいや、君のおかげで我々も楽が出来た。なあ皆」
「ああ。こんな小物相手に僕の力を使いたくないんでな。よくやった、フィト」
「なんだとてめえ偉そうに、今のは小物じゃねえぞ、俺の力量で簡単に見えたけどなぁ!」

涼しい顔のサウレスは功労者を憤らせていたが、その視線がシグリエルを捕らえる。

「それにしてもお前、咄嗟のときに弟しかかばわないとは。こんな冷たい奴がリーダーでいいのか?」
「俺は攻撃型なんだ。フィトのように。お前こそ突っ立ってただけだろう」
「ふふっ。僕は皆の行動を見ようとしていただけさ。この面々で戦うのは初めてだからな」

サウレスはとくに新参の若い魔術師二人に注目していた。一人はだいたい分かったが、残りの寡黙なシスタを見やる。

「お前も戦闘に血が滾るタイプではなさそうだな。もっと大物を待ってるのか? この僕みたいに」
「……そうかもしれない。ただ、私も信用しているだけだ。この場の皆を。君のようにな」

青年に見返された黒目は見開かれる。
そのまま踵を返した黒ローブを、サウレスはしばらく意外さと訝しみで追った。



薄暗くなってきた休憩時。木々を抜けて開けた場所で火を焚き、皆姿が見える距離でそれぞれ休息を取った。

「くそっ。野郎共の気配を感じながらケツ拭かなきゃいけねえっつうのも嫌だよな。いつも一人で気楽なのによーー」

用を足し、茂みから立ち上がり出てきたフィトのそばに、男が歩み寄る。

「さっきはよくやったな、フィト」
「うおぉっ! ……な、なんだびっくりさせんなよ。お前か。…あ? 人のプライバシーを覗いてたのかてめえ!」

切れやすく好戦的な魔術師はズボンを整えながらシスタに文句を言う。
だが珍しい男の台詞を思い返した。

「へっ。今更俺に取り入ったって遅いぜ。まあ俺が強いのは当たってるけどよ」
「お前は家族のために金が必要なのか」

突然の指摘にフィトの顔色が変わる。シスタに店でのやり取りを見ていたと明かされ、舌打ちをした。

「お前が考えてるのとは、ちと違うけどな。俺はあいつらと縁を切りたいんだ。手切れ金だよ、稼いだら全部与えてあとは消えるつもりだ」

そう話す青年の横顔はいつもと異なりほの暗く、負の部分が滲み出ていた。

「……だいたいよ、なんで俺が作り出したもんじゃねえのに面倒みなきゃいけないんだ? おかしいだろうが。これ以上人生を狂わされてたまるかよ」
「そうだな……だが、今まで投げ出さなかったのは偉いじゃないか」

シスタの言葉がちくりと胸を刺す。フィトは自嘲した。

「偉いだの良い人だの、何の慰めにもならねえ。虫唾が走るだけだね。俺は自由がほしい。手に入るなら悪人だっていいさ。……お前はどうなんだ? どうしてこの仕事に志願した。まともじゃねえだろ、こんなイカれた難易度の案件は。一か八かってレベルだぜ」

尋ねるとシスタは黙った。だが落ち着いた表情は変わらず、ぽつりとこぼす。

「私はーー。お前のように現実を生きている人間からすれば、取るに足らないことさ」
「あぁ? はっきり言えよ。人のこと探っておいて」

フィトは、どうせまたいつもの格好つけだと気に留めず、つま先で土を蹴って歩き出した。





一日目の夜は野営をし、睡眠が不要なアディルと二人ずつ見張りを行った一行は、翌日さらに山の上を目指して進んだ。
すっかり気温も下がり、足元は枯れ葉が落ち霜も張っている。

「うう、寒っ……くそ、戦う前に風邪引いちまうよ」

防寒はしてきたつもりが鼻水をたらす金髪青年の近くに、ふと白髪の男が歩み寄る。
彼は掌から炎の明かりを発現させ、フィトの近くにまとわせた。すると体がみるみるうちに温かくなり、滅入った気も回復してくる。

「マジか、あんた意外と優しいとこあんだな。んで? 金なら払わねえぞ」
「僕をなんだと思っている。僕はな、使えそうな奴への投資は惜しまないんだ」
「ほんとかっ? じゃあ勝ったらあんたからもボーナスくれねえか。もっとやる気出るんだけどな」

急に元気に語り始めた魔術師に呆れた目が向けられた。

「僕と契約するなら死んでも勝ってもらうぞ。ラノウほど甘くはないんでな」
「はは、あんたマジで気前いいよな。こっちは元から命賭けてるし、パトロンは多いほうがいいんだよ」

上機嫌に話していたフィトだったが、ふとサウレスの隣を並行して歩く小さな女の子に目がいった。途端に視線がうつろになる。

『そうそう。早くお金持ってきてよ、お兄ちゃん。私の学費、まだ払えてないの』

夏服を着て跳ねながら話す少女は、後ろを振り返ってほかの兄弟を呼んだ。
まだ小さい子たちがよちよち歩きをしたり、活発に走り回った様子でついてくる。

フィトが無視するように前を向くと、遠くに今度は体格のいい腹違いの弟が立っていた。いつも生意気なやつだ。

『なあ腹減った。こんなもんしかないの? なんでうちだけ貧乏なんだよ。近所のやつはもっといいもん着てるし食ってるのに!』
「……うるせえ……自分で稼げよ……」

聞こえないように呟くが、目がどんどん据わってきて歯軋りしてくる。
サウレスはいつの間にかおらず、フィトは列の一番後ろでぶつぶつと喋りながら歩いていた。

やがて、アディルと先頭を行っていたシグリエルが彼に気づき、近づいてくる。
フィトは静かな黒装束が様子をうかがってきたことを遅れて知り、見やった。

「な、なんだよ。どうした。俺は平気だ」
「……フィト。大丈夫か。何かを見たか」
「いいや、見てねえ」

すぐに否定をし視線を足元に移す。
シグリエルと二人きりで話したことはあまりなかった。激しい戦闘の場数なら誰よりも踏んできた自負があるフィトは、中級悪魔が取り憑いている死霊術師のことを、完全に信用できているわけではない。

少なからず、恐れのようなものはあった。隠してはいたが。

「少し待て。お前の体を調べさせてくれ。悪いことはしない」
「……ああ。いいけど」

観念して立ち止まる。皆も振り返り、二人の動向を察知したがシグリエルは追い払った。
休憩のつもりでそれぞれが遠くから岩に座ったりして眺めていた。

シグリエルは手をかざし、フィトを観察する。
居心地はものすごく悪いが、幻覚を見ているのが自分だけならば異常が起きたのだとフィトも落ち込む。

「何も憑いていない。……しかし、何か視えているか。他の者には話さないから、教えてほしい」

親身な様子の男に参り、結局フィトは話した。

「それは死者でないなら、生霊だと言いたいところだが。俺に知覚出来ないとなると、この山が見せている幻覚だ」
「悪魔じゃねえのか?」
「違う。アディルが何も感じていない。……どうする、気を和らげることは出来るぞ」

手をかざそうとするが、首を振った。術の類は自分の気が鈍ってしまうと知っている。

「いいよ。俺はあんなもんに左右されねえ。肩入れもしない。別に愛情もねえから心配すんな」

告げるとシグリエルに複雑な顔をされる。腹違いの兄弟が大事だと思える側面は、素直に羨ましいと思った。

やり取りを終え、遠くにいたシスタに近づいていく。

「シスタ。俺が狂ってあいつらを襲ったら殺してくれ」
「なぜ私に言う」
「お前が一番私情を挟まなそうだからだよ。あいつら、なんだかんだ、甘そうだろ」

そう言って苦し気に兄弟たちを見やった。

「そうか。だが、甘いのはお前の考えじゃないか。私がやる前に皆に殺られると思うがな」
「マジでむかつくヤローだなお前」

口では気丈に振舞っていたが、フィトの孤独な闘いは続いた。




午後になり、標高が上がるにつれて湖の区域に近づいていく。空気は明らかに淀みはじめ、不気味に風が吹きすさんでいた。

フィトの青い瞳は虚ろだ。
シグリエルの助言通り、幻覚を相手にはせず無心で進んでいたが、隣で絶えず泣き言を言う年頃の女には困り果てていた。

『あぁ。いつまでこんな暮らししなきゃいけないんだろう。私お嫁に行けないよ、ねえどうするのお兄ちゃん』
「……悪かったよ。もう少し我慢してくれ」

いつものように呟くと、家で母親代わりをしているすぐ下の妹が泣き出す。唯一両親が同じ本当の家族だ。

下の奴らのせいで二人の仲も壊れた。
やってくれてるのは分かるが、自分だって本当は同じ立場なのに、男女じゃ役割も違い、傷も舐め合えない。

フィトは木々が並ぶ砂利道で足を止めた。
遅れてしまったのか、周りには誰もいない。

ーーいや、少し先の木陰でひょろっとした優男風の父が立っていた。

『悪いな、フィト。いつもお前に面倒かけてさ。……今の仕事が終わったら帰るからな。また一緒に暮らそう』
「…………ああ。待ってるよ、親父。……ほら、ガキ共も親父がいないとうるさいんだ。俺達だけじゃ代わりなんて……無理だよ」

絶対に父も母も帰ってこないのに。フィトは親を責めたことがなかった。

頑張ってるのに気にされない自分。
やって当たり前で、扱いはぞんざい。皆に頼られ、与えるだけ。
それでも状況を変える方法が分からなくて、抜け出せないでいた。

「ははっ……俺は霊感なんてねえのに。恐ろしいとこだな、ここは」

前を向くと見知った男達の背中がある。安堵と同時に不安も残った。こう見えて安易に周りを頼れない性格だった。

フィトのそんな癖は、次の戦闘時にも現れた。
湿地帯からどろどろと湧き出る水生魔物を前にして。

「今度はこいつらか。俺がやる、お前らは温存してろよ。ちょうど体も温まるしな」

そう言って掌をこすり合わせ、剣を抜き出そうとした時。
アディルが止めた。

「いやあんた働きすぎだよ。あんたこそ休めよ」
「……あ?」

そんな事を誰かに言われたことが無かったが、皆も頷く。

「俺は一番若いし体力もある。なんだ、信用してねえのか? 俺は仕事は全うする。投げ出したりしねえぞ」

凄んで睨むが、段々こういう性格だから結局全てから逃げられないんじゃないかと思ってくる。

「誰もそんなこと言ってねえよ。でもあんたはもう仲間だろ? ここは俺がやるからさ。全部を一人でやる必要なんて、どこにもねえんだから」

やけに刺さるその台詞に、フィトは目を丸くした。毒気を抜かれ、甘いやつだとアディルとその兄を見る。
出しゃばらないがリーダーであるシグリエルの反応も「同意」だ。
 
居心地の悪さと同時に罪悪感が漂った。侮られたという怒りは不思議となかった。

仲間なんていたことがない。一人が好きで、気楽。
つきまとうものが多すぎて、いつも一人になりたい人生だった。

それなのに。

「ははっ不思議だ、どういうわけか、お前らには頼られたくなってきたぜ……!」

湧き出る闘志を感じたフィトは皆で共闘する。アディルは次々と敵をなぎ倒していき、近くで戦っていて頼もしく、心が踊った。

最後の魔物を斬り、勝ったと思った直後。アディルが急に呻いて膝をつく。様子がおかしい。手首の紋章が痛み出したようだ。

「おい、どうした!」

叫ぶフィトの周りには誰もいなかった。おどろおどろしく泡を出す黒の沼地だけだ。

「……おい、まさかまた全部幻覚じゃねえよな……」

緊張から目を擦る余裕もなく剣を構え、気配に集中してじっと動かないでいた。

すると突然、後ろから黒い影に斬り込まれる。
素早く反応をし飛び退ったフィトの眼の前に、金髪の男が現れた。

「ふっふっふ……よく避けたな」

にじむ汗が冷える。黒い外套に青白い肌をした、小綺麗で理知的な男。聞いていた特徴と合致する。

だが、まとっている膨大な魔力と生を感じられない冷たい表情は、初めて目にする不死の魔術師のイメージそのものだった。

「これはお前が見せている術か、あいつらはどこへ行った」
「さあな。今から死ぬ奴に教える意味があるか?」

答えた直後にフィトが突き出した剣は男の魔剣で受け止められ、強い力で押される。小柄なフィトは魔力で腕を強化し、振り絞るパワーで跳ね返そうとする。

「無駄だ、無駄だ。さあお前を搾取されるだけの人生から解放してやろう。お前のように何も変えられない敗者は、これ以上生きていても無意味なんだよ。あのうるさい餓鬼共をどうせ見捨てられずに、共倒れするならまだしも、社会に負の連鎖を生み出していく」
「うるせえ、負そのものの悪であるお前に言われたかねえッ!」

叫ぶフィトは口撃で滅入る相手ではないと、マルグスは些か物足りなさとつまらなさを感じつつ、黒い魔剣の剣先をぐにゃりと変成させる。

それは急激に伸びてフィトの心臓を狙う鋭利な針となった。
フィトは既のところでかわす。しかし繰り出されるスピードと勢いにやがて体勢が崩れ、後ろの大木まで追い詰められた。

まずい。そう思った瞬間だった。
鋼鉄の針はフィトの肩を貫き、木に張り付けにするように突き刺す。

「ガッ、ハァ……ッ」

血が流れ、口からも吐き出す。
手の力で抜き出そうとするが、マルグスの手先から伸びたそれはえぐるように回転しフィトの絶叫を誘う。

「ああ、ああ、うるさい声だ。お前を痛めつけてる暇はないんだよ。早く死ね」
「うる……さいのは……お前だ。これは幻影だ……あいつらが……全員、簡単に……やられるはずがねえ……」

しぶとく魔力で抵抗する魔術師にマルグスの舌打ちが響く。

「では本物の幻影を見せてやろうか?」

手を伸ばしフィトの目を覆おうとした。精神攻撃にさらされそうな絶体絶命の眼差しが、男の背後の黒いローブを捕らえる。

そこには暗がりに佇むシスタがいた。
彼はマルグスの左手の甲に広がる、ただれた皮膚傷を見つめ黙っている。

「くっ、どうやってここに入り込んだ!」

マルグスが叫び振り返った瞬間、その身体は強張り拘束された。

「この中のお前は、さほど強くないようだな。それとも、息子の仲間につけられた傷痕のおかげか」

ゲーナ族の反撃の印を指摘され、マルグスの顔が憎悪に歪む。
シスタは詠唱をし、同じく口元を動かすマルグスの呪文をかき消した。
奴の姿はおぼろげに消えていく。

「……どういうことだ、何が……」

意識がぐらつくフィトを黒魔術師は横目で見下ろす。

「私は職業柄、なんとなく分かるんだ。人々の死相がな。お前が一番死に近い。だから見ていた」
「な……何言ってやがる」
「お前は生きるべきだ。自由になれ、フィト」
「やめろ、シスタ……!」

仲間の声を振り払い、声高に叫びだす。

「ベルンホーン! 私の前に姿を現せ! 私の望みはお前だ!」

すると無風だった沼地に突風が立ち上がった。



prev / list / next

back to top



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -