Undying | ナノ


▼ 37 仲間の戦い

シグリエルとミズカは弟達がいる地域周辺まで来ていた。馬を走らせ、夜明け前の田園を抜けていく。
そんな時、先頭を走るシグリエルに青い魔法鳥が飛び込んできた。馬を停止し内容を確認する。

「アディルを見つけたようだ。街の宿に剣士といる」
「おうそうか、よかったよかった。急ごうぜ」

あくびを隠さず目尻を拭ったミズカは、ふと後ろを振り返った。すると黒い霧が立ち込め、何か細長い金属が形成されていくのを目撃する。

「!」

すぐに馬を降りて身構えた。邪気が満ちた灰色の全身鎧だ。人よりも大きい物体が二体現れ、特殊な魔力の匂いからミズカは悪魔由来だと判断した。

静かな友人を見ると、淀んだ目つきで死霊の騎士をじっと捕らえていた。

「マルグスの刺客だ。俺の追跡物を逆に辿ったのかもしれない」
「まじかよ。んなことも出来んのか、そいつは」

舌打ちしたミズカはてっきり二人で片付けるのだと思っていた。だが頭上から無慈悲な言葉が投げられる。

「お前に任せる、ミズカ」
「は? お前な。やっぱ根に持ってんだろ。つうか昔お前をこき使った腹いせか?」

馬から降りないシグリエルは「すまん。頼んだ」と平然と口にし道中を駆けて行ってしまった。

「おい! 面倒くせえだろうが! 二人でやればもっと早くねえ!?」

そう叫ぶももう黒装束の背中は見えない。
脱力した魔術師は亡霊に嫌そうに向き合う。自分の力を信用してのことだろうが、少し冷たいのではと憎らしくなった。

しかしながら、その合理性が本来のシグリエルだと納得もする。弟絡みならば仕方ないと、段々諦めの境地だ。

「はあ。仕方ねえ。俺は肉体派じゃないんだがな……」

そう言う間に助走をつけ、槍を握った騎士が猛スピードで突進してくる。「くッ」とすんでの所で顎を引きかわしたミズカは、そのまましゃがみこみ地面へ向けて術式を組んだ。

両手から凄まじい削れる音を出しながら巨大な氷群が怒涛に道を作り、一体の騎士を瞬く間に凍らせる。氷の波はミズカの背後に回ったもう一体を宙から包み込むように凍結させた。

一瞬の出来事だったが、氷のフープ下に立ったミズカは動かず、前後にいる亡霊を掌から創り出した魔法の刃で真っ二つに切り裂く。

二体の騎士はそれぞれ頭と銅からきれいに割られ、空洞の断面から出た二つの真っ黒な煙が行き場を失い渦巻いた。

「おいおい、くっつくんじゃねえぞ」

こめかみに血管が浮き出るほど力を込め、これでもかというほど鎧を煙ごと強力な氷漬けにする。
ようやく静まった二体の騎士はその後、苛烈な炎を一気に浴びて灰になり、焼失した。

ミズカは難しい顔でしばらく立っていたが、気を取り直して馬に乗り、友人を追った。





シグリエルが数十分かけて馬を走らせ、到着する前のこと。もう日が昇った建物屋上の淵に、中年の剣士は座っていた。さっきまで戦闘をしていた為、まだ少し息が上がっている。
マントの中から小瓶を出し、口に含むと親父くさく息を吐いた。

「ぷハア、やっぱり運動のあとは酒に限るな」

二口目で全部飲んでしまい、疲労を忘れ目も冴えてきた。立ち上がり辺りを見渡すが、起床の遅い街は静かで人気もない。

しかし、地上で馬を駆ける見覚えのある黒装束が通りがかった。

「おーい! シグリエル! こっちだ!」

剣士の声に気づいた金髪頭は上を見上げ、すぐに馬から降りて建物の階段へと向かった。

着くと目に入ったものは、屋上の地面に広がるいくつもの魔法陣の跡だった。シグリエルは剣士を見やる。

「これは……あんたがやったのか」
「そうだ。鎧の騎士が襲ってきてな。悪魔の気配がしたからきっとマルグスじゃないか。君の弟はサウレスが連れていったよ。当主も狙われたようだ」

黒髪と同色の髭を擦りながら思案する剣士をじっと見つめる。
その無遠慮な視線に気づいたゾークは苦い顔つきになった。悪魔つきの男が相手だと妙な汗も感じる。

「おいおい。俺は一人で相手したんだ。もう少し思いやってくれても……君達はやっぱり兄弟だな。俺を疑わないでくれ、ただ君の弟を見張ってただけさ」
「……その話はあとだ。先に当主のもとに向かったアディルを追う」

剣士は些かほっとした表情で頷いた。シグリエルの合流に安堵も増す。彼らを追おうにも、別行動していたため場所の見当がつかなかったのだ。

二人は転移魔法で飛ぶ前に、後から到着するであろうミズカに魔法鳥で行先を知らせた。





アディルを連れたサウレスは昨夜泊まった宿へ戻った。客も少なく、受付にも人が常駐してない寂れた古宿だ。玄関に入ると異様な雰囲気で静まっていた。

ロビーの中央階段には血痕が見られた。アディルは青ざめ、一目散に二階へ行く。それを追うサウレスは、何も考えることが出来なかった。

部屋に入る前にアディルの叫び声が聞こえ、表情が強張るのを感じながら足を踏み入れた。
白い壁は真っ赤に染まり、扉の隅に男が倒れていた。手に魔法銃を握ったまま足を伸ばし、額と腹から血を流している。

「ラノウ」

サウレスは彼の姿を見た瞬間に、短く深く、息を吐いた。

「……おい、大丈夫か、ラノウ! しっかりしろッ」

動転したアディルに壮年の男の体が揺らされる。微かに眉をよせ「……うるせえ」と小さく呟いた。

反対側にしゃみこんだサウレスは、当主に対してすぐに治癒魔法を施そうと試みる。
だが傷は見るからに深く、自分では間に合わないように思った。

「ラノウ。ジャスパーはどこだ」
「……わからねえ……探してくれ」

命じる当主にまだ泣きそうにしがみついていたアディルの尻を、サウレスは思い切りはたく。

「早く探せ」
「……あっ、ああ」

立ち上がったアディルは宿の中へ駆け出した。残された二人はしばらく黙ったまま、やるべき事に集中していた。
やがてうつらうつらとなったラノウに、魔術師は必死さを見せずに声をかける。

「よく生きてたな。まだ踏ん張れよ」
「…………ははっ……お前、死にそうになった俺に……いう事がそれか……」

笑いそうになった当主がむせ、血が吐きだされる。背に手を当てたサウレスは返事をしなかった。
離れるべきではなかったとか、自分のせいだとか、色々考えは巡っていたが、それこそ今言うべきことではない。

やがてアディルが側近のジャスパーを背負って連れてきた。彼もまたスーツのシャツに血が溜まり、腕と足、様々な箇所を激しく損傷していた。

「ジャスパー、おいっ、起きてくれ!」
「……アディル。私は……大丈夫です……当主を……」

眼鏡にヒビが入った側近は倒れるラノウに視線をやり、瞬間的に涙で滲ませた。
その様子を見たサウレスはラノウへの手を止めなかったが、側近にこう告げた。

「よくやったな、ジャスパー」
「…………すみません、サウレスさん……」

そう言って、側近は目を閉じ、静かに息をし始めた。
重症度は同じぐらいに見えたが早く二人を治療しなければならない。

「……くそッ……僕だけでは……」

サウレスが額の汗を拭い、彼らしからぬ焦りを見せる。魔力が溜まっていても魔法も使えず、何の役にも立たないアディルは動揺し右往左往していた。
医者を探そうとしたが、それでは足りないと止められた。

だがここにいても力になれず、アディルが宿の一階に降りていくと、玄関から予想だにしない男が現れた。
Tシャツに上着というラフな姿の経営者だ。

「ミズカ! なんであんたがここにーーまさか、ここもあんたの宿なのか?」
「いや違う。シグリエルに教えられてな。あいつまだ来てないのか? はっ! だから俺と一緒に来ればよかったのに」

余裕で言い放つ表情は、血に染まった宿の惨状に気づいたあと、やや険しくなる。
アディルは重傷者が二人いると説明した。ミズカは即階段を上がり支援に向かった。

無残な姿の男二人を見つけ、当主を治療しているサウレスの隣に腰を下ろしたミズカは、側近の治療を行おうとした。

「ああ、こりゃだめだ。俺らじゃ足りねえ」
「その通りだ。だがお前が来てくれて助かった。僕の知り合いの医者の所にすぐに転移してーー」
「いや俺に任せろ。悪魔の力による傷痕がひどい。適した医院がある」

立ち上がったミズカは皆が承諾する前に、全員を一度の転移魔法で目的地に送ろうとした。

だが先に壁に向かって術を唱える。それは分かれた友人への置き手紙だった。

『シグリエル。じいさんの医院へ来い。当主と側近が負傷した。アディルは無事だ』

そう書き残して、一行は飛び立った。




一瞬暗くなった場面が移り変わる。アディルが見たものは、まったく知らない場所だった。灯りは消え、簡素なベッドが数台向き合って並ぶ病院のようだ。

「なっ……あんた何者だ。病院まで持ってるのか」
「そこまで手広くはねえ。だがここに関わってる。あれ、誰もいないな」

まだ寝てんのか?と一人悠長にガラス戸を開けたミズカは、左右の廊下を確認する。
そのうちにアディルとサウレスは負傷者をベッドの上に運んだ。

当主もジャスパーも呼吸はあるが顔色は最悪で、かなり弱っている。予断を許さない状況だ。

すると廊下の明かりが急に全部つき、遠くからカンカンと鍋を鳴らすような音がけたたましく近づいてきた。

「侵入者だ! 誰だ!」

そう声を張り上げながら現れたのは、パジャマ姿のとても小柄な老人だった。禿げ頭で小太りで、丸渕の眼鏡をかけている。彼は血走らせた目をひん剥き、ミズカを見て怒り狂った。

「お前ぇ、また勝手にワシの診療所に入ったな! 今は受付時間外だッ」
「じいさん、急患だ。あんたじゃないと救えない。見てやってくれ。…つうかこの医院、俺が融資してやったんだろ、太客も連れてきてやってるし」
「もう返済しただろうが! お前の客は皆曲者で面倒くさいんだ!」

その医者はゲインズと言い、彼の後ろから屈強な大柄の男も入ってきた。警備と看護師を兼ねているらしい。
ゲインズは臭い物を見るような顔で横たわる二人の男を睨む。
すぐにアディルは彼のもとに向かい、必死に頭を下げ懇願した。

「頼む先生、ラノウを救ってくれ! なんでもする、お願いだよ! この人を死なせるわけにいかねえんだ!」
「……ラノウだと? あのマフィアのか? 冗談よせ小僧、非道なことをしているから自分もこうなる」
「そうじゃねえ! 俺のせいなんだ、ラノウは助けてくれて…っ!」

耳を貸さない理知的な老人は、そういう人種が嫌いらしかった。ラノウファミリーは確かに武器売買、薬物取引、風俗など違法行為を行う犯罪組織だが、女を薬漬けにして売ったり、市民に暴力を振るうなどの事はしない、マフィアにしては風紀がしっかりしてるほうの組だ。

だがそんな事も普通の人間にとってはどうでもいいことだろうと、アディルは唇を噛んだ。

黙って医者を観察していたサウレスは、すぐに彼の実力を察していた。豊富な魔力とプライドに裏付けされる、頑固な人柄が見てとれる。何よりミズカがすでに信用できる男だという判断に向かっていたため、こう話した。

「ゲインズといったな。僕からも頼む。奴を救ってやってくれ。あんたは金は必要なさそうだが、どの分野でも協力は惜しまない、ささいな事から重大なことまで。マフィアが嫌なら僕を使ってくれ。ただし、一連の事が済んでからだが」

アディルは魔術師に目を見張った。この男がここまで下の立場にさがって頼み事をする所など見たことがない。

「ほう……お前はなにか、不思議なオーラをまとってるな。物騒な腕もついてるし……一連の事とはなんだ?」
「悪魔殺しだ。僕達は皆自分の目的のために殺す男を追っている。だがこの当主はそこにいる死んじまったガキのために命を張ってるんだ。無念を感じさせたくない。あんたなら、後遺症を残さずに救えるだろ?」

サウレスは不死者のアディルを指し、すでにその不自然な存在に気づいていた医者も視線をやった。
アディルは切羽詰まった表情で、頭を下げて何度も頼み込む。

「ふん。今その話を詳しく聞いてる時間はないようだな。……おい、ラノウといったか」

老人は銀の容器を叩いていた器具で当主の頬を突っついた。
唸り声とともに朦朧と開けられた瞳を、指で開いて確認する。

「お前。生きたいか?」
「……あぁ?」
「ちゃんと答えろ」
「生き……たい」

かすれた当主の声を皆が聞いていた。それを受け取った医者は頷き、ベッド近くに立っている看護師の男に合図する。「ネメちゃんも起こしてきてくれ」と声をかけて。

それから集中して体を調べ始めた。男達は邪魔にならないように集まり、その様子をうかがう。どうやら当主は診てもらえるようだ。

ミズカがアディル達にこっそりと教える。

「あのじいさんはいわゆる闇医者ってやつだ。昔医師免許を剥奪されたらしくてな、俺が援助を申し出た。学会で注目を浴びるほどのお人だったんだが、問題行動を起こしてな。なんでも生きたくない患者には平気で安楽死を行ってたんだと。もちろん体や精神に不調があった場合だが。だからああやって毎回芝居じみた質問をーー」
「うるさいぞ! 人の事を面白おかしく説明するな!」

切れた医者のことは何も気にしなかったミズカだが、その事実に唖然とした弟の後ろに、なにかの影が映ったのを見た。

それは紫色の淡い光を放ち、二人の男をその場に発生させた。
シグリエルと剣士のゾークだ。

「よお、早かったな。お前よくも俺に全部押し付けてーーああ、まあいいか。そこのおっさんが一緒だもんな」

自由に話し出すミズカと、現れた突然の気配にアディルはびっくりして振り向く。
それはつい二日ぶりに会った兄の姿だった。

「あ……」

シグリエルは呆然とする弟とばっちり視線を合わせたが、ひとまずその黒髪にそっと手を乗せ、言葉はしまった。

「なんだなんだ、今度は誰だ。……ああ? お前は……また厄介なものになってきたな、シグリエル」
「ゲインズ先生。お久しぶりです。その節は、世話になりました」

知り合いのようである兄はそばに行き当主を見下ろした。息をしていて胸を撫でおろす。
同じように会釈した医者は、一旦手をとめて後ろにいる側近のジャスパーに向き直る。

「おい、この眼鏡はどうでもいいのか? 皆放置じゃないか」
「ちげえよ! もちろんジャスパーも助けてやってくれよ! なあじいさん!」
「ああうるさい小僧だ。お前は活きが良すぎる、不死者の分際で。しかしワシは一人しかおらんからな、こんな重症患者を一度になどど、なんと骨が折れることよ。どっちかの後遺症は残ってしまうかもしれん」

真面目な顔でじらしてくる老人に男達はやきもきする。ただ一人の壮年の男を除いて。

「では俺が協力しよう。先生、白魔術師のゾークだ。きっと役に立てるぞ」
「なんだ馴れ馴れしい。ワシは信用できない者の助けは借りん」
「……信用できるよ! このおっさんは俺達を先にラノウのもとに行かせるために、敵と戦ってくれたんだ! つうか、あんた大丈夫だったのかっ」
「朝飯前さ。それにしても、やっと素直な態度になってくれたな、アディル。嬉しいものだ」

親し気にやり取りをする剣士と弟を、歪んだ目つきでシグリエルは見ていた。
彼の落ち着かない気持ちを皆はつゆとも知らず、ゾークは医者に不躾に観察される。

「はあ……まあえり好みをしている場合ではないな。いいだろう。ワシがまず所見を述べるから、この眼鏡のほうをお前は診てくれ」
「よし分かった。昔いた教会で負傷者の面倒はよく見たから、安心してくれ先生」

無事に担当が決まり、男達は固唾を飲んで見守っていた。しかしミズカが「あれ、こいつには生きたいか聞かなくていいのか?」と水を差した。
ゲインズは呆れ気味にこう話す。

「意識がないだろうが! それにな、こいつは側近なんだろ? 上官が生きてる限り死なないだろうよ」

医者の言葉に皆が納得する。シグリエルもこう添えた。

「ああ。それに以前、彼が『自分の命は当主に捧げる』と言っていたのを俺は聞いた。間違いない」
「そうかい。自分に酔いやがって」

冷たく突っ込んだゲインズだったが、やがて処置が立て込んでくると「邪魔だから全員出てけ」と告げ、シグリエル達は廊下に出た。

入れ替わりで入ってきたやけにスタイルの良い美人看護師を、ただ一人サウレスだけはちらっと目で追って。

「あんたああいうのが好みか」
「……好みではあるが、僕は友人が死にそうなんだ。お前少し頭がずれてないか、ミズカ」
「ひっでえな。大丈夫だよ、ここに来たからには安心だ。俺はじいさんが負傷の類で患者を救えなかったのを見たことがない。自分で殺すのを除いてな。なあシグリエル」
「ああ。彼に任せれば心配いらない」

黒装束の兄が隣で話すたび、アディルの肩がびくりと反応する。こう見えて気遣うタイプのミズカはサウレスに声をかけた。

「俺らはあっちで酒でも飲んでようぜ」
「酒なんかあるのか」
「ある。俺が隠したものが」
「はっ。なら飲もう。すごく飲みたい気分だ。ーーお前らはどうする」

一方は不死者で一方は飲まない人間だということも忘れ、サウレスは尋ねた。
先に首を振ったのはシグリエルだった。

「俺はアディルといる」
「あっそう。じゃあな。なんかあったらすぐ教えろよ」

消えていく三十代の男二人を、残されたアディルは目で追った。
そしてやがてその不安げな視線は、自分を見下ろす兄の紫の瞳と重なった。



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