Undying | ナノ


▼ 27 ゲーナ族と仲間

弟のルーツであるゲーナ族との面会を求め、一行は馬車に乗っていた。
傭兵二人を含め皆物静かなタイプだったが、普段は明るい弟も、エルキの前で兄と会話するのに気が引けた様子だった。

一方で元々無言のシグリエルは、側近から受けとった物を大事にしまってあり、二人きりになったら弟に渡そうと考えていた。

「エルキ。お前、武器を変えたのか」
「ん? ……ああ、そうだよ」
「それはヘンスがよく使ってた小銃だな。銃剣に適したやつだ。……ただ、あいつはダサいと言ってナイフを装着しなかったが」

強面スキンヘッドのゼスが隣で指摘すると、エルキは微かに笑った。

「そうだな。ああ見えて外見にこだわってさ。これは初めてあいつが手にした武器で、使うことが多かったけど……結局素手で戦うのが一番好きな奴だった」

懐かしく語る様子に皆引き込まれたが、エルキの表情はやはり陰り、銃身を撫でる手つきが物悲しかった。

「ふっ。あいつはこの俺にも拳で挑んできた。初々しい少年がな。お前は必死に止めていたよな」
「そりゃそうさ。四つ上の俺は、敵う相手と敵わない相手ぐらい分かっていた。昔のヘンスは所かまわずっていう面があったからな……」

正面で昔話をする二人を、アディルは落ち着かない様子で眺める。
だがゼスにいきなり話を振られ、動かない心臓が跳ね上がった。

「お前もそうだったな、アディル。入隊したばかりの頃、一番細身だったにも関わらずヘンスと同じように挑んできた。……だからあいつも、お前によく絡んでいたんじゃないか?」
「……そうか? 知らねえけど。……今日はあんたよく喋るな…」

どう答えていいか分からない様子の弟を、シグリエルは気にして見やる。
だが先に口を開いたのは、エルキだ。

「俺も似たところがあると思っていたよ。だから、時々アディルのことを褒めるとヘンスは機嫌が悪くなってさ。勝手にライバル視してたのかもな。……俺のせいで」

エルキは思い出して小さく笑った。アディルは言葉が見つからず、うつむきそうになるが出来なかった。
一瞬だけ視線が合ったエルキの瞳は、まだヘンスの姿を探しているように見えたのだ。



二日後にようやくガラニ郡に着き、紹介人と落ち合うことが出来た。
彼はゲーナ族につてのある現地の行商だったが、金を渡すと親切に村まで案内してくれた。

砂漠の乾燥地帯にある集落は隔離され、住居のドーム型テントが点在していた。
一番奥のそれに近づいた一行の周りを、紅色の民族衣装の人々が遠目に見ていた。

「長老、お連れしましたよ」

紹介人が声をかけると、中から皺の刻まれた老婆が出てきた。
続く一族の男女らも、皆すぐにアディルに注目する。同じ濃い黒髪、そして金の瞳をもつ青年に。

「おお、あなたが……肌が真っ白い……だが我らと同じ、確かにゲーナの一員だ。伝承にあるように、不死者として蘇った奇跡のお方だ……」

おぼつかない足取りの長老は、アディルの前で背を屈め、手をさすって見つめた。
他の皆も拝むような仕草で神聖な雰囲気を醸している。

「……ええと……どうすりゃいいんだよこれ。……俺が不死者って、分かるのか?」
「ああ。分かるとも。言い伝えの通り、不死者を率いるゲーナの英雄が、我らの加護を与えるべき存在が、まさに現れたようだ。……さあ、中に入ってくれ。他の者たちも迎えよう」

長老はシグリエル達のことも歓迎した。
一行はよく事態が呑み込めていなかったが、ひとまず敵対はされず胸を撫でおろした。

一族に白色の連結したドーム内で歓待される。
不思議な色の茶を飲み干した男達は、アディルの扱いに注意して耳を傾けていた。

「では、俺達の事情はもう知ってくれているのか」
「そうだ。紹介人を通じて、サウレスという魔術師から伝えられた。あなた達兄弟の父親が、悪魔に取り憑かれ皆に災いをもたらしていると。忌々しい事態だな」

白髪の長老が眉をひそめ頷く。
悪魔、という言葉に緊張感が走った。彼らゲーナ族は、いわば悪魔退治の専門家だと聞いている。

「あのさ……俺達も実は、違う悪魔と契約をしてるんだ。親父を倒すために、他に方法がなくて」
「そうだね。分かっているよ。けれど心配しなくてよい。そいつは親父の後に皆で倒そう。アディル」
「えっ」

ふいに口調を柔らかくし、大胆なことを言ってきた長老にアディルは瞬きする。
シグリエルは彼らにその糸口があるのだと、確信した。

話を聞いていた傭兵のうち、ゼスは小声で「悪魔とは、例のやつか」とエルキに尋ねる。すると彼は「ああ。今日は出てこないな。…居心地が悪いのかもな」とこっそり返事をした。

「マルグスは、かなり強い。上級の悪魔がついているんだ。まだ姿を見た者はいない」
「……ふむ。実は、我らに一人だけいるのだ。予知した者がな。その悪魔かどうか、はっきりとは言えないが」

思わぬ知らせに、兄弟は大きな関心を示す。長老がお付きの者に、奥の部屋からある人物を呼ばせた。
すると褐色肌で上背のある、後ろに三つ編みを結んだ女性が現れた。

切れ長の瞳は一同を見た後、アディルに視線を向ける。

「ディガだ。よろしく」
「あっ…ああ。よろしく」

アディルは独特な佇まいに押され、頭を下げた。
長老らとは違い、表情の固い彼女には歓迎されていないように見えた。

「この子は今の代の巫女だ。儀式や預言を行う者として特別な地位にいる。きっとあなた方の役に立ってくれるだろう」

長老が彼女を隣に座らせると、シグリエルは念を押して尋ねる。

「本当にいいのか? 協力を要請しても」
「もちろんだ。悪魔を駆逐するのは我らの使命。この辺では、伝統的な集落はもう我々のみになってしまったが。……今日は記念すべき日だ。生きているうちに迎えられて、嬉しく思うよ」

侘しさの中に、輝かしい希望が映し出された長老の金の瞳は、皆を引きつけた。

その後、ディガと男達四人は親睦を深めるようにと、同じ部屋に残された。
習性的にゼスを始めとする傭兵は警戒していたが、シグリエルは積極的に会話を始めた。

「さっきの話だが、あなたが悪魔を見たというのは事実か」
「ああ。その敵かどうか、保証は出来ないが」
「本当かっ? よかったらもっと詳しく教えてくれないか?」
「それは出来ない。私は見たもの、感じたものの詳細を他者に告げることを禁じられているんだ」

すらすらと、相手の言葉を受け流す不変的な声質に、アディルはがっくりと肩を落とす。

「あんたはこの話に賛同していないのか。ディガ」

ゼスが落ち着いた口調で真っすぐ尋ねた。すると彼女は一転、鋭い瞳を向けた。

「心配いらない。私にはその覚悟がある。だが時として、心と頭は同一ではない。あなた方なら、そのことは分かるだろう」

ディガは兄弟を見てそう言い、立ち上がった。去ってしまうのかと皆は目で追ったが、テントの入り口に別の娘が立っていた。

「あ、あの。皆さんにお酒を……」
「ありがとう。アイーシャ。振舞ってあげてくれ」

途端に優しい声音がカーテンの裏から聞こえ、二人の女性に視線は注がれた。

お盆を持って入ってきたのは同じく褐色肌で巻き髪の、華奢な若い娘だった。
普段接することのない異国人の男達に恥じらいを見せながら、笑顔で酒を配ってくれた。

ディガの彼女を見る瞳は優しい。だがそれが弟に移された時、複雑さをはらんだ思念に変わるのをシグリエルは見抜いていた。

このシャーマンの娘には何か気がかりがあるのかもしれない。それを可能なら知りたいと思った。





夜、ゲーナ族の末裔による宴が始まった。
総勢三十人ほどの村人が集まり、踊りや火を囲んだ人々の詩が唄われる。

シグリエル達は皆大人しくそれに参加していた。
神々との対話のため、一心不乱に身を投じる様を眺める。

同じく野外で火の周りに座るアディルを見やると、片膝を立てて頬を乗せ、神秘に体を委ねていた。
同じ血が流れる民族への共感と癒やしがあるのだろう。

夜も更けてくると、シグリエルは村の中を散歩することにした。普段ならば死霊を使い好きに調べるのだが、客人として礼儀を示されている人々にそんなことはしない。

月明かりの下、砂丘の夜風にあたりながら歩く。すると、一つのテントから気配がした。

通り過ぎる時にちらりと見えたのは、さきほど二人で宴を抜け出した巫女のディガと、仲のよさそうな娘アイーシャだ。

言葉はなかったが、暗がりの中で椅子に腰かけるアイーシャの傍で、床に座り込み彼女の膝に腕を伸ばしもたれかかるディガの横顔が印象的だった。

なにか、秘められた光景を目にしてしまった気がして、シグリエルはその場を離れた。
どこかその場面が、寂しさを表しているようにも見えた。

やがてシグリエルは一周し、自分達のテントに戻ろうとした。だが道の途中で、炊事場にいる弟とエルキの姿を発見し、思わず足が止まる。

「エルキ、疲れてないか? 何か必要なことがあったら、雑用でもなんでも言ってくれよ。あ、そうだ。お前が好きなベッド使っていいからな。お前最近寝てなかったみたいだから、ちょっと心配でさ」
「寝れるかよ。俺は平気だから構わないでいい」

水を飲み、ひりついた言葉を吐いたエルキに、弟は立ち止まる。黙っているアディルに彼は振りむいた。やるせない表情で。

「……アディル。分かってるんだ。お前は悪くない。だが、お前を見るのはつらい。俺はまだ、ヘンスがこの世にいないことが信じられないんだ……あいつに会いたい。あいつに……」

エルキは目尻をつたう涙を拭った。
アディルは今度こそ何も言えず、その場に立ち尽くす。

先に休むと言って、エルキは去った。茫然と取り残された弟を、シグリエルは遠くから見ていた。

それ以上立ち止まっていられなくなり、弟のもとに向かう。

「アディル」

弟は兄が近くに来てもうつむいていた。
触れたら壊れそうなほど脆く見えたのは、再会して初めてのことだった。

「俺は最低なんだ、兄貴。……エルキに申し訳ないと思う。どんなことをしてでも、償えるなら償いたいと思う。……それなのに、あいつが、兄貴に重なる。……俺を亡くしたあんたに、見えちまう……だから余計に苦しい……」

顔をくしゃりと歪める弟を、抱き寄せる。
しっかりと腕に力を込めて。そうすることしか自分には出来なかった。

夜空の下の草花が揺れ、風の音が二人を包む。

「……アディル」
「あんたがどんな気持ちで、俺を待っていたか、最近考える。俺は一度死んだ。皆を悲しませた。あんたのことを一番、悲しませた……」
「よく聞け。お前は戻ってきてくれた。それがどんなに俺を救ったか分かるか? お前に会うためだけに、俺は……こんな世界で生きることができたんだよ」

今がふさわしいのか分からなかった。だが、少しでも弟のことを支えたかった。
だから持っていた母の形見を取り出し、アディルの手を開かせて握らせた。

「……これ……どうして兄貴が……」
「ジャスパーが直してくれたんだ。お前が大事に持っていてくれたと聞いて……もう一度、受け取ってくれるか」

泣きそうな顔で見上げる弟に、経緯を伝えた。
アディルは衝撃に肩を震わせる。失ったはずの兄からの贈り物を見つめて。

「これしかなかったんだ。兄貴のものは……だからずっと……本当は諦めきれなかった。また俺を必要としてくれるんじゃないかって……」
「アディル。お前がずっと必要だったよ。俺にはお前しかいらなかった。今もそうだ」

肩を掴み、ずっと胸にあった想いを一心に伝える。

弟は兄の胸に飛び込んだ。泣き叫んでいたのかもしれない。
本当は変わっていなかった兄の愛。返ってこれた自分と、返ってこなかったエルキの弟。

運命に翻弄されるだけの自分達が、未だ手に出来ているのは、互いへの愛だけ。
二人はそれでもいいと、しばらく抱きしめ合った。




宴は夜通し続く。
火を囲むシグリエルは落ち着いた弟に安心した様子で、あくびをかみ殺した。

「兄貴、もう寝てこいよ。俺はまだ見張りするからさ」
「お前も来い、アディル」 

手を引こうとしたが、弟は微笑んで首を振った。

まだここで過ごしたいのだろうと諦め、シグリエルは名残惜しくもテントに戻る。

すると小さな明かりが灯る屋内では、ゼスが武器の手入れをしていた。彼は隣の寝台に横たわるエルキに時折目をやり、こちらに気づいて振り向いた。

「あんたか。もういいのか?」
「ああ。エルキはもう寝たのか」
「俺が眠らせたんだ。魔法薬でな。最近寝れないと相談されて」

ゼスは温かい眼差しで後輩を見やり、薬は身体に影響のない特別に調合したものだと述べた。
シグリエルも斜め向かいの寝台の端に座り、エルキを見つめる。

彼の不憫な状況は痛いほど理解出来た。
自分は何年もの間、弟を失う恐怖にさらされた。そして実際に失う場面にも遭遇した。

だがエルキは、突然そうなった。
そしてもう二度と、大事な弟が帰らない世界で生きている。

アディルと同じく、自分の父親のせいで申し訳ないという思いと、深い同情心が湧く。
しかし、シグリエルは冷酷だと思いながらも、エルキは救えないことが分かっていた。

彼は救えない。
自分だったら決して救われないからだ。

「……冷たい顔だ。どうした、大丈夫か」

気がつくと、ゼスはエルキの寝台のほうに座り、自分に向き合っていた。
入れ墨だらけの厳めしい風貌の男だが、その眼差しは心配げに見つめている。

「俺を気にしてくれるのか。外部の者を」
「あんたはもう仲間だ。それにアディルの兄貴だ」

そう率直に弟のことを言われるほうが、信じられる気がした。

「……彼の弟を、ヘンスを不死者には出来なかった。俺の力では、魔力の維持は一人しかもたない。それに、覚醒させたって本人や、彼自身が……いや、そんなことは本当は、どうでもいい。……俺は冷たい人間だ。自分と弟以外のことなんて、どうでもいいんだ」

シグリエルはうつむき、金髪を無造作に触り掴む。
他人の前で何を懺悔のようなことをしているんだと、後悔した。

だがゼスは真剣に向き合っていた。顔を上げると、どこか穏やかな顔つきで見られていた。

「何見てるんだよ……」
「……いや。弱みを見せてもらえると、俺は安心するんでな。……すまない、揶揄してるわけじゃない。本心でそう思ったんだ」

ゼスはシグリエルのことをもっと壁のある、捉えどころのない人間だと想像していた。
だからむしろ良い驚きだと感じた様子だった。

「エルキは立ち直るよ。時間はかかるがな。一見地味だが、結構頑固でこいつも弟と同じく負けん気が強い。大丈夫だ、俺が見ている」

断言されてシグリエルは呆気に取られる。

「信じられないといった顔だな。だが、周りが信じることが大切だ。そしてなにより本人もな」

支える気力があるのだと、圧倒された。
自分と変わらぬ年の男の包容力に尊敬すら覚える。

「……ゼス。あんた、老婦人に覚えはあるか」

突然の問いに一瞬首をひねった傭兵は、ふいに思い当たった様子で停止した。

「それは、年寄りの女ってことか? ……あんた、死霊術師だったな。何か見えるのか?」
「彼女は死霊じゃない。守護霊だ。はっきりと姿形が視えるわけじゃなく、発するオーラが情報を伝えている。……優しく、あんたを守っているような老齢の女性がいる」

抽象的な言い回しになるが、説明をした。するとみるみるうちに、ゼスの表情がまるで鎧が取れたように緩まっていく。

「信じられねえ……。俺の祖母かもしれない。いや、そう思いたい。……俺は親に捨てられて、婆さんに育てられたんだ。……十四の時に死んじまったが。当時俺はすでに悪いガキで、よく困らせた。一人きりの大事な存在だったのに、家出して、死に目にも会えなかった」

彼は目を押さえ、巨体を丸めて大きな悔いを示す。
死霊とは違い、いわば高位の存在である守護霊と話すことまでは出来ないシグリエルは、祖母であろう彼女の思いを伝えることが出来ず、残念に思った。

しかしゼスは家族がきっとそばにいてくれると知っただけで、喜んだ表情を見せる。

「ははっ……シグリエル、あんたすごいな。今、俺に計り知れない希望を与えたぞ」
「大げさだ。俺はただ視えるだけだよ」

自分のわずかな行動が相手の助けになったことは、不思議な感覚だった。
その後も少し会話をしていたが、段々と眠気が襲ってくる。

「引き留めて悪かった。あんたはもう休め。俺はもう少し見張っているから」
「……ああ。じゃあ先に失礼するよ」

解放されたシグリエルは、ようやく自分のベッドの中へと潜り込んだ。

久しぶりの心地よいふかふかの寝床に、身をゆだねて目を閉じる。
仲間として接してくれる者達や、弟を受け入れてくれた部族達をすっかり信用していたのもある。

しかしシグリエルはその夜、久しぶりに夢を見た。
疲れによる、または神秘的な雰囲気にのまれたのだろうと、半覚醒の酔夢に漂う。

現れたのは、黒い悪魔だった。
それは人の形をしていて、金髪に青い瞳の父だった。

激しい憎悪の対象であるマルグスは、通常夢には出ない。なのにその日は、横たわるシグリエルに話しかけてきた。

『…………シグリエル。呑気に寝ていていいのか? 宴はまだ終わっていないぞ』

『…………シグリエル。私はずっとお前を見ていた。お前が悪魔から力を手に入れる様を。……お前が弟を犯す様を。……私が悪だというのなら、お前は一体なんだ?』

『………シグリエル。くだらない傭兵共や、取るに足らない部族を仲間にして、まだ私に敵うと思っているのか? お前は弱くて、不幸で、愛に飢えた可哀想な男だ。……誰も救えない。弟さえも』

ばっと目が開いた。紫の瞳は、金縛りにあったように動けない。暗闇のテント内は、風景が同じで静けさに包まれている。

全身に精神を集中させ体を解放した時、また声が聞こえた。

『私は言ったはずだ。お前に関わる者は皆殺しにすると』

男の笑い声とともに、外から衝撃音が響いた。



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