Undying | ナノ


▼ 20 悪魔

夜、山奥の隠れ家にラノウと側近が帰還した。昨夜から寝ずに奔走していたため、いつもの精力的な顔立ちには疲れが見えていた。

「よお、帰ったぜ。サウレスはどうだ」
「ラノウ! 腕はうまくいったぞ、しばらく休んだら大丈夫だって」

迎えたアディルを片腕で抱き、ほっと胸を撫でおろす。壮年の男は床にしゃがみこんでいるエルキのもとに向かった。

「エルキ」
「……ラノウ。あいつを埋めてやった。ちゃんとした墓を作りたい」
「ああ。立派なもんを作ってやる。お前も少し休め。……いいか、お前にはまだ俺がいる。俺達家族がな。絶対お前を見捨てたりしねえ。離れないでついてこいよ」

彼の黒髪を触り、普段とは違う優しい声音にエルキの涙があふれる。
絶望の中にいるはずの男の言葉には、常に曲がらない真実があった。

シグリエルは「家族」だという彼らの様子を黙って見ていた。表面的な変わらぬ表情にラノウが近づいていく。
相対した二人を前に他の者達は空気が張り詰めるのを感じた。

「お前らの親父を俺は許さねえ」
「……ああ。分かっている。俺もだ」
「人の親父捕まえて言うのもなんだが、必ず殺す。こっちは四人やられた。俺は仲間の死と裏切りだけは許容できないんだ」

男の褐色の瞳は怒りで燃え上がっていた。

「命の補償はできない。それでもいいのか。……すまない」
「ハッ。随分殊勝な態度だな、兄ちゃんよ。俺等の仕事は命なんていつ失ってもおかしくねえんだよ。お前もそうだろ」

シグリエルは同意した。この男は初めからその覚悟が出来ている。仲間の存在が最上位に来ているのだと実感した。

だが弟の表情は浮かないでいる。

「そんな顔するな、アディル。お前にもいつも言ってるだろ? 退いていい戦いと退いちゃいけねえ戦いがあるとな。これは後者だ。全員であいつの頭を取る。分かったな。余計なことを考えるなよ、俺の決めた方針だ」
「分かったよ。ラノウ……すまねえ」
「馬鹿野郎。覇気を見せろ覇気を。ーーああ、腹が減ったろ皆。お前以外だが。ジャスパー、飯を頼む」
「はい」

静かに佇んでいた眼鏡の側近の男が、荷物を持って台所に消えた。
それから皆は遅い食事を食卓で取った。

本格的な作戦会議が始まったのは、目覚めたサウレスが居間に現れた頃だ。
白髪の魔術師の顔色は思ったよりよく、上半身裸にシャツを羽織っている。灰色に変色した腕が見えたときは皆絶句していたが、彼は普通にしていた。

「サウレス、お前変わり果てた姿になっちまったな。不死者二号か?」
「ふざけるな。僕は死んでも不死者にはならない。……するなよ、シグリエル。今約束しろ」
「ああ。約束する」

一応魔術師を気遣ったシグリエルは、隣の椅子を引いてやり彼を座らせた。側近が食事を用意すると施術したばかりの腕で器用に食べている。

「大丈夫なのか? それ。サウレス」
「見りゃ分かるだろ。お前と大差ない。お前の兄貴はこっちの才能が豊富だな。魔術も使えるよ。それどころか……妙な力が腕に漂ってるんだ。悪魔のせいかな?」

鋭い横目に捉えられ、シグリエルはただ一言「その話は後にしてくれ」と言った。だが弟はもちろん聞き逃さずに顔色を変える。

「あ? 悪魔だと? なんの話だ兄貴」
「あとで説明する」

抑揚のない冷たい台詞は魔術師以外の胸をざわつかせた。
もう隠せないところまで来ている。それにシグリエルにとっても、悪魔には疑問と不信を抑えているところだった。

グラスに入った酒を一気にあおったラノウは、皆を注目させる。

「いいか、ここに集まった奴等全員でマルグスを殺る。俺の組の隊も準備していて、あとで合流する予定だ。拠点はその都度変えて連携を取る。文句はねえな?」

当主に問われたシグリエルは、反対に食卓の皆を見つめ返した。腹の内は分からないが、誰も意を唱えていない。本当に無謀とも言える戦いに命を捧げるつもりなのかと、まだ考えていた。

「ああ。無関係の者を巻き込みたくなかったが、あいつにもう目をつけられている。味方がいることは心強い。……けれど、やはり魔術師が足りない。工面する必要がある」

協力してくれる者を探すことすら、本当は嫌だった。シグリエルは諦める気は到底ないが、勝てると信じることがまだ出来ないでいた。それほど父の復活は恐怖に満ちたものだったのだ。

「俺がなんとかする。それに、マルグスについてだが……」

切り出すと、サウレスも頷いた。

「あいつはあの時、完全な実体じゃなかった。転生したのは事実だが、まだ肉体を制御できていないのだろう。魂が必要だというのはきっとそのためで……悪魔との契約継続に必要なんだ」

少し複雑な話になる、と前置きをしてシグリエルは心を平静に保ち、言葉を発した。

「ディーエ。出てこい」
「ーーおおっ! やっとこの俺様を紹介してくれんのか、つれない野郎め、へへへッ」

すぐに背後から現れた長い黒髪の全身革服の男に、男達は椅子をガタンと後ろに引いた。アディルは大げさに「ああッ」と声を上げる。

食卓はしんと静まっていた。不死者とも違う白く人離れした不気味な肌質に、赤い目。歯は鋭く涼やかな美しい顔立ちをしている。

「これは俺が契約している悪魔のディーエだ。父を殺したときに奪い取った。死者覚醒の力を得るために」

普通の人間のエルキは腰を抜かしそうになっており、血気盛んなラノウですら顔を引きつらせている。
だが弟だけは、眉根を強く寄せて悲痛な表情になっていた。

「嘘だろ……あんた……どうしてそんなこと……」

胸が痛んだが、後悔はしていない。どうしても、弟にもう一度会いたかったのだ。

シグリエルは今はそのことに触れずに、冷静に努めて話を進めた。

「俺が今お前を呼び出したのは問いただすためだ。全て正直に答えろ。お前は、マルグスが生きていることを知っていたな? あいつには他の悪魔がついているはずだ。なぜなら、アディルの呪詛はお前ではなくそいつとの契約だったからだ」
 
そう推察を明かした。ずっと考えていた。
悪魔は一人の人間としか契約を交わせない。シグリエルがディーエと契約したからには、マルグスはその間一人だった。肉体も確かに滅ぼした。

しかしアディルが蘇ったタイミングで現れたということは、奴の転生の条件が弟の死だったのだろう。
奴が生きていれば弟の魂を悪魔に餌として与えていたに違いないが、それは防がれた。

父の死霊術師としての誇大化した欲望が、転生して不老不死になる事だというのは容易に想像できた。

「くっくっく……シグリエル。実はなぁ……その通りだ。俺があいつと出会ったのは先代のあとでな。俺とマルグスは大した契約はしてねえ。ちょっと力をくれてやっただけだ。あいつをそそのかしてもっと引き出そうと思ってた矢先に、お前に殺されちまってよぉ」

腹を抱えて笑いながら喋る。男達に睨まれるのも構わず、悪魔の不愉快な自白は続いた。

だがそうした経緯のおかげで、ディーエはその息子の魂を得ることが出来たのだ。その事は今は当事者しか知らないが。

話に納得したサウレスは、体を悪魔に向けて厳しく見据える。

「それで、その悪魔はどんな奴なんだ。僕達はそいつも相手にしなきゃならないのか」
「そーだぜ。つうかそれが本体だろ。マルグスなんか、もとはお前と同じぐらいの上級魔術師レベルだ。へへへッ。安心しろ怖かねえよあんなやつ」

サウレスが激怒した形相になる。
ディーエはその悪魔について口を割らなかった。どうやらいつもの調子でぺらぺら話す余裕はないらしい。

「もうひとつ。あいつには協力者がいるはずだ。人間のな。襲撃を手引した組織の裏切者、エイマンに接触した者だ」

シグリエルは、弟の死の状況は偶然ではないと思っていた。父の事情を知る魔術師が存在し、転生前のお膳立てをしたに違いない。

「さあな。知らねえよ。俺は関与してねえ。自分で調べればぁ? ハハハッ」

そう笑った瞬間、ディーエの頭が撃ち抜かれた。
甲高い発射音が聞こえたあと、皆が即座に腰を浮かせ身構える。振り向いた先には、拳銃を手にしたラノウがいた。

「………おいおいおい。てめえ、俺様の頭に今なにした? 額に穴が開いちゃってんだろうがコラッ!」
「あー本当だ。お前マジで人間じゃねえのか。すげえな。よく見せてくれよ」

動じない当主に皆がざわつくが、シグリエルは言い争う二人を怪訝に見る。ラノウは想像よりも肝が据わっていて、やはり行動が極端だ。

「ら、ラノウ。あんたやり返されたらどうすんだよ。相手人間じゃねえんだぞ」
「だからなんだよ。こいつは今俺達の側だろ? 利益があるからここにいるんだ。取り分持ち帰るまでは食い潰せねえよなぁ? おいこら寄生虫」
「……ああッ?」

悪魔を怒らせるとはたいしたものだ。
頭を抱えたくなったシグリエルだが、一旦皆を落ち着かせた。ディーエは退散させ、話をもとに戻そうとする。

「シグリエル。お前の話によれば、マルグスと数年間一緒にいたんだろ? なにか気づいたことがあれば僕達に教えろ。交友関係とか、計画とか」
「……あいつは、俺を信用していなかった。元々自分だけが優れた存在で、誰かを頼ることもない人間だったが……でも、一度だけ、知り合いらしき男が尋ねてきたことがある」

記憶を辿ると、当時の拠点の屋敷で、年上の学者らしき男を見たのを思い出す。理知的な魔術師で、父と何を話していたかは知らない。だが対等な関係のようだった。

「それと、転生した体が誰なのか調べる必要がある。奴のことだ。無関係の人間だとは思えない」
「そうだな……自分の肉体で蘇るよりも、転生は遥かに難しい死霊術だ。相手の男も豊富な魔力が必要になる。……それも僕達で調べよう」

真剣に話し合うサウレスと兄のことを、アディルは人知れず見つめていた。




明日以降に拠点を移すと決め、皆長い一日を終えて眠りにつくことにした。
睡眠不要のアディルは見張りを買って出て、居間の暖炉前に座っている。

夜中シグリエルは寝室から起きてきて、弟のそばに腰を下ろした。

「まだ寝てろよ、兄貴。ここは大丈夫だから」
「……今日はまだお前に魔力をやっていない。今やろう」

肩を撫でた手が、頬に触れる。唇を指でなぞり、もどかしく視線を合わせた。

アディルは体をぎこちなく木目の床に横たえる。
瞳は伏せがちで少し拗ねたような表情だ。

きっとまだ悪魔の件で納得がいっていないのだろう。
それにシグリエルは気づいていたから、あえて黙っていた。

弟の額と四肢に指文字を刻み、呪文を唱える。
肉体は安定しているため、魔力を与える頻度も減らすことが出来ていた。

「少し眠ってみるか」
「……え?」
「お前も疲れたはずだ。アディル」

そう話す兄の声はほの暗く、孤独を感じさせる。
シグリエルは弟の胸に手を置き、異なる詠唱をした。
すると不死者の体は徐々に落ち着き、まるで眠りに落ちたように意識を失う。

日々が永続する肉体と精神を休ませることは、師のエルゲも稀に行うことだと言っていた。
しかし今の行為は別の目的のためであり、シグリエルは再び自分に強い懲罰を求める感情が湧いた。

眠るアディルをその場に残し、気配を絶って外に出る。
深い森の入り口で、ディーエを呼び出した。彼はすぐにやって来た。

「よう。今からが本題か?」
「ああ。お前の力をもっと俺に与えろ。このままじゃ全員死ぬ。あいつを滅ぼすには力が必要だ」

シグリエルの金髪は森のざわめきに吹かれ、暗く沈んだ紫色の瞳は混沌を映し出す。
悪魔はおぞましく口角を上げ、赤く長い舌で舌なめずりした。

「へっへっへ……いいぜえ。今までお前にくれてやったのはほんの少しの力だ。いらねえっつうんだから俺もしょげてたけどよ……やっと頼ってくれるようになったのか、シグリエル」

ディーエの気安い言葉には返事をしない。
もともとシグリエルには父の遺伝として魔力があり、魔術師としての素質もあったが、それだけでは死霊術による死者覚醒など普通は到達できない。

悪魔はそのために必要だった。しかし父が転生し最大の脅威となった今、もう一段自身を強化しなければならない。
たとえそれが、より闇に近づく行為だとしても。

「さあ、受け取れ。シグリエル」

革服に身を包む悪魔が、真っ白な手を伸ばす。長い爪を不規則に動かしたあと、シグリエルの体に衝撃音が突き抜けた。

「っぐッ」

頭からふらつき、地面に倒れ込む。膝をついて少しずつ起き上がろうとするが、全身が重く、黒色の視界に眩暈が治まらなかった。

「おお、おお。すげえじゃねえか。思ったより持ちこたえてんな。お前は脆いから気を失っちまうかと思ったが。親父による絶望で、逆に心は成長したかぁ? ハハハッ」

成長という言葉に、薄れゆく意識の中、シグリエルに自嘲が漂う。
確実に自分はむしばまれていく。ここから、終わりのときまで。

それでもこうするしかない。今では、望んですらいる。
深い憎悪と苦しみに焼かれても、弟を手離さずにいられるなら。

「……俺は、悪魔にだってなれる」

ゆっくりと立ち上がったシグリエルの瞳は、黒と紫の色がカチカチと不自然に反転していた。



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