Undying | ナノ


▼ 19 決意

簡素な部屋の中央に、机が置かれていた。その上に黒い布をかけられた頭がある。
瞳が金色のアディルが入ってきて、布をはらりと取った。
現れたのは金髪で肌の白い男の顔。アディルは指の腹でまぶたを上に押しあげた。


シグリエルは男の瞳の色を確認する前に、目が覚めた。
知らない木目の天井だ。視線を動かすと近くにいた弟がすぐに寄ってきた。

「兄貴! 起きたのか、大丈夫か」
「…………アディル」

記憶が戻り、体を起こして弟の顔に手を伸ばした。
夢の中と、さっきまでの現実と同様に金色の瞳をしている。

「お前は平気か。ここはどこだ。あいつは……」
「ここはラノウの隠れ家だ。安全だよ。あいつは消えたんだ。サウレスが言うには、力を使ったからしばらく来ないって」

兄を安心させようとする弟の顔は、不安に満ちていた。シグリエルはまだ痛む頭を無視し、アディルを腕の中に抱きよせる。
きつく抱擁をし、再びそうすることが出来たことに感謝をした。

「……兄貴。ごめんな。何もかも。……俺のせいで、あんたをずっと苦しめて……」

耳元から泣きそうな声が聞こえ、心が焼かれる思いがした。
ずっと避けてきた弟の悲しみはシグリエルにとって最もつらいものだった。

「違う、アディル。お前がいるから俺は今日まで生きてこれた。本当はお前を助けてやりたかった。こんな目に合わせたくなかった。……許してくれ、アディル」

そう口にしたのは、犯してきた自分の罪の為ではない。
父親を殺せなかったこと。昔と同じく、また何も出来なかったことを。

シグリエルは打ちのめされた。だが今は己の苦しみに浸っている場合ではなかった。
怒りが全身を支配する。自分に対して、現世に蘇ったあの男に対して。

「大丈夫だ。お前にはもう触れさせない。俺が殺す。終わらせるから」

頬を優しく撫で、弟に言い聞かせた。
するとアディルは瞳を揺れ動かす。

「兄貴……一緒に殺そう。あんた一人にやらせないよ。ずっと一緒だ、これからは」

少し不安げに、答えを求める弟を前に、シグリエルの鼓動がとくとくと鳴る。
自分一人で背負うはずが、そんなことを思わせてしまった。

けれど、シグリエルはこの時、正面からアディルを受け入れざるを得なくなっていた。弟を全て手にして、すがりたくて、すがってほしいと思っていた。

もういつ死んでしまうか、分からないから。

「ああ。……そうしよう。最後まで一緒だ、アディル」

それはシグリエルなりの愛の言葉だった。
抱きしめると、弟も腕をぐっと背中に回し、想いを与え合う。
こうして二人はとっくの昔にあった決意を、さらに強いものにした。


「おい。僕だ。入るぞ」

つかの間の二人の時間を中断させたのは、浅い息を繰り返す、血の気がないサウレスだ。肩を布で巻き、重い足取りで入ってくる。
シグリエルの座ったベッドに、自分の切断された腕を投げ入れた。

「早くつけろ。お前グロテスクな施術得意だろ」

ぎょっとしたアディルは飛びのき、黒紫に変色していく腕を見やった。

「で、出来るのか? 兄貴」
「やるんだよ。魔術師にとって手は心臓と同じだ」
「……ああ。分かっている。出来るが、お前は死霊術を嫌っているんじゃなかったか」

嫌味ではなく、シグリエルは本心でそう尋ねた。
サウレスは挑戦的な顔つきをし鼻で笑う。

「はっ。あいつを殺すためなら何だってやるさ。お前らの父親の断末魔を聞くためならな」

魔術師の殺意を肌で感じた兄弟は、言葉が出なかった。巻き込んですまなかった、と一言言ったとしてこの男が喜ぶとも思えない。

サウレスは片腕を失い、常人より遥かに高いプライドを蹂躙されたというのに、表情はどこか憎しみと好奇が入り混じっていた。


その後、三人は部屋の外に出る。ラノウの隠れ家は人里離れた山奥にあるログハウスで、施術をするには器具などが揃っている研究室が必要だ。一度家に戻らなければならない。

消えたマルグスの力がまだ存分ではないというのは考えられる。その理由も今のシグリエルには目星がついていた。

居間には当主の姿はなく、側近とともに親類の無事の確保や、人員と武器の調達を行っているらしい。しかし一人だけ、床に力なく座っているエルキがいた。

弟を亡くしたハンガー兄弟の兄だ。
彼はシグリエルを見た途端、すがりつく眼差しで立ち上がった。

「ああ、起きたのか。あんたに頼みがある、お願いだ」

その姿にシグリエルは通り過ぎることが出来ず、立ち止まった。この世にいるのに、いないかのような不安げな視線。よりどころを失った青年の顔立ち。全てが胸に突き刺さる。

「アディルは不死者なんだろう? 死んだのに蘇った。頼むよ、ヘンスも蘇らせてくれ。体は無事だ。綺麗なまま、まだ埋葬もしていない。お願いだ、シグリエル……お願いだ……」

泣き崩れそうなエルキの腕を、そっと掴み上げた。

「すまない。それは出来ない」
「……どうしてだよ! 出来るだろ? あんたの弟は元気じゃないか、ヘンスだって体力はある、丈夫な奴なんだ、早く、早くしないと体が……!」
「無理だって言ってんだろ、エルキ。死んだ奴らの魂は僕らが消滅させた。さもないとあの男の魔力に変換され強化される。それを防いだんだよ。皆の生存のためにな。諦めろ」
「……うそだ、うそだ、……そんなっ」

サウレスの無情な宣告は青年を足元から崩れさせた。弟の本当の死を悟ったのか、床を両手で叩いて泣き叫んでいる。
彼は恨みで真っ赤に腫れた瞳でアディルを睨んだ。アディルは体を動かせずに凍りつく。

「わ……悪い……エルキ……俺は……俺の、せいで……」
「そうだよ! 全部お前のせいだ! どうしてヘンスが死ななけりゃならないんだ! お前とお前の気狂いの親父のせいでッ! 返せよ、俺の弟を返せ! 俺にはあいつしかいないんだ、俺にはもう、あいつしかッ!」

エルキは誰にも見せたことのないような怒りと慟哭に支配されていた。
シグリエルはアディルをかばい、前に出ることしか出来ない。

「……エルキ。こいつは何も知らなかったんだ。恨むなら俺を恨め」
「ああ、ああ。くだらない。何もかも人のせいにしやがって。お前が今生きてんのは誰のおかげだ? 犠牲になった弟のおかげだろうが!」

サウレスが声を荒げたとき、皆が一斉に引きつけられた。

「こいつをここに呼んだのはお前らの当主ラノウなんだよ、僕は教会でアディルを見た時、孤児院出のやつなんか不幸を招くからやめろと言ったんだ。それなのにあいつは絶対に助けていい暮らしをさせるんだって言い切った。お前らはラノウに仕えてんだろう? じゃあ奴を信じろよ! 今もあいつは逃げることなんて考えてねえ、仲間を助けるために動いてんだろ! ならてめえらも少しは役に立つことをしやがれ!」

そう熱く語る様子はシグリエルをも驚かせる。
アディルは目を見開き、真剣な魔術師にしっかりと耳を傾けた。

「……サウレス、すまねえ。俺は皆を巻き込んじまったけど、最後までラノウを守るよ。あの人を死なせたりしないから」
「知るか。あいつに言え。これ以上僕の時間を無駄にするな。行くぞ、シグリエル」

肩を押さえて進もうとする白髪の男を、シグリエルは家に連れていこうと考えたが、床でうつむいたままのエルキが気になった。

「今からサウレスの腕を治すために俺の家に行く。二人も来い」
「……俺はいい。弟を埋めてやるんだ」
「じゃあ俺も残るよ。兄貴たちは行ってきてくれ」

きっと一人にしたらまずいと思ったのだろう、アディルはエルキのそばにいると決めた。だがシグリエルは険しく首を振る。

「別行動はするな。お前も来るんだ」
「出来ねえよ、ここは大丈夫だ。もうすぐラノウ達も戻ってくる」
「アディル、言うことをーー」
「ほんっとにイライラする奴らだお前らはッ、僕の腕が腐っちまうだろうが! 早くしろ!」

限界とばかりに叫ぶ魔術師に押され、シグリエルは決断した。もう弟を一時も危険な状況に晒すことは考えていない。

「ならお前は二人についていてくれ。俺は必要な器具を持ってくる。すぐに戻る」
「……ああ!?」

言うが早いか黒装束をまとったシグリエルはすぐに転移魔法を使った。紫色の光粒がたまり、姿が消える。

朝焼けの森に降り立ち、自宅へと入った。静かで誰もいない。
結界が破られたら感知できるため、ここは安全だと分かっていた。

地下の研究室で器具を揃え、出発する前に魔法鳥を形成する。
メッセージは師であるエルゲ宛だ。簡潔にこう告げた。

『エルゲ、不測の事態だ。父が生きていた。あなた達の無事が心配だ。安全な場所にいてくれ。また連絡する』

自分の声でこれを聞いたとき、さぞ彼に衝撃を与えてしまうだろう。マルグスは関わるもの全てを殺すと言っていた。
己の来た道を悔やむにはもう遅すぎる。
それでもシグリエルは、弟と前に進むしかなかった。



隠れ家に戻ってくると、サウレスは椅子に座りぐったりしていた。急いで彼の体を運び、別室の寝台に乗せる。

アディルとエルキは窓から見える外で埋葬を行っていた。
すでに意識のないサウレスに呪文をかけ、さらに深い眠りに落とす。

均整のとれた上半身を裸にし、切断された箇所をよく調べた。死霊術を知っているだけあって、保存魔法が効いており、取れた腕の状態も見た目よりいい。

これを行ったマルグスへの怒りは滾るばかりだが、今は冷静に持ちうる限りの技術で腕の接着と縫合を試みた。

数時間後、シグリエルは無事に施術を終えた。
すでに右腕は壊死しているため、浅黒く変色したままだが、魔法で神経は繋がっていて動かすことは出来るはずだ。

「兄貴、どうだ? うまくいったか?」
「問題ない。しばらくしたら目覚めるだろう。そっちはどうだ」
「……うん。エルキはまだ外にいる。でも俺が見てるからさ」

辛いものを背負わせた弟を、シグリエルは再びまっすぐと見下ろした。
金色の瞳。自分がいつか治してやろうと思っていた象徴は、あの男に横取られた。

「俺の目……あいつがやったんだな」

視線に気づいたのか、アディルは申し訳無さそうな顔で言った。

「見るたび思い出すだろ。むかつくよな……」

シグリエルは答えずに、アディルの両頬を掌で包む。
顔をじっと見つめていると弟のほうが気まずそうに目を逸らそうとした。

だがもう二度と、離したくなかった。
弟の眼差しも、弟のことも。

「んっ」

突然シグリエルは唇をよせ、口づけをした。
数秒重ね合わせたあと、ゆっくりと解放する。

「な……何やってんだよ。こんなときに」
「したい時に、することにした。いいだろう、アディル」

兄の囁きが懐かしく感じるように、少し前まで時を戻していく。
アディルの顔は薄く赤らみ、切ない気持ちが訪れる。
二人の平和だった時間が、涙の出ない瞳を潤ませようとした。

「……いいよ。兄貴」
「そうか。……よかった」

安心したシグリエルは弟を腕の中に入れて、温もりを享受する。

まだ諦めていない。
諦めきれない。
アディルが自分とともに生きている限り。



prev / list / next

back to top



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -