Undying | ナノ


▼ 14 入浴のあと ※

シグリエルは薄目を開けて覚醒した。こちらを向いて横たわるアディルは瞳を閉じている。
曲線がかった柔らかな黒髪に手を伸ばし、そっと梳くと弟はゆっくりと起きた。

「おはよう、兄貴」
「……ああ。おはよう、アディル」

ただ言葉を返したあと、寝起きの悪いシグリエルは頭を整理する。
自分が寝ている時にアディルが傍にいるようになったのは最近のことだ。いつも朝、夢なのではと一度は思う。

「今日は悪い夢見てないか? 大丈夫か」
「たぶん、見ていない。覚えていない」
「そっか」

服を着る兄をアディルははにかんで見上げた。自分が家を出て行った理由を告げて以来、弟は大きく変わった。もともと人を気遣う優しい性格だったが、今は過剰に気遣われているようで、シグリエルは戸惑いも感じていた。

「まーたそんなの食ってんのかよ。あんた人間なんだから、もっとマシなもん食えって」

居間の食卓でシグリエルがつつく皿を見て、前に座った弟が渋い顔をする。
中身は栄養素を含んだ緑色の固形物に、牛乳をかけたものだ。

「お前も人間だろ。俺はこれで十分なんだ。食に興味はない」
「そうかよ。肉とか食わないのか? その割にはいい体してんな」

アディルが兄の腹を指で押し、からかいなのか本気なのか分からない様子で言う。
シグリエルは平静を装って食べていた。この職に関わってから肉を食べようという気はなくなった。
それに弟の前で食事をすることも、本来なら避けていたことだ。もう見つかってしまったが。


午前中は研究室にこもり作業をし、午後になるとシグリエルは一階に上がってきた。
居間で退屈そうにしているアディルに声をかける。今日は初めてある試みをしようと思っていた。

「アディル。風呂に入れ」
「えっ? マジか?」

ソファから飛び起きた弟の瞳が輝く。
だが怪しげな小瓶を手にもち、事情を説明するシグリエルが浴室までついてくると、弟の態度は豹変した。

「嫌だって! ふざけんな、なんで兄貴まで入ってくるんだよッ」
「行程がある。俺の言う通りにやってもらわないと困るんだ」

普段から厳しい兄の紫の瞳が、じっと動かずに見下ろしてくる。
アディルは心底恥ずかしいと感じたが、風呂には入りたかった。だから結局、絶望をまといながら兄と一緒に浴槽に湯を溜めた。

「じろじろ見るなよ。事務的にやってくれ」
「ああ。わかった」

そう答えるものの、シグリエルは服を脱いだ弟の裸体に胸が高鳴る。
施術をする責任感からのみではない。弟は触れたくなるような肌をしていた。

シグリエルは小瓶を湯に溶かし、よくかき混ぜた。色は透明なまま変わらないが、体温調節のための物質が入っている。

「ゆっくりと入れ。そうだ。……そのまま目を開けて、頭まで全部浸るんだ……」

普通の人間なら苦しくてもがくだろうが、アディルは素直に言う事を聞き、白い瞳を開けて真っ白な肌も湯に沈めた。

腕で背を支えるシグリエルは、その様子を静かに眺めていた。
傍から見たら恐ろしい光景もなにか静粛な儀式のように感じる。

いつまでやればいいんだと、アディルの瞳が訴え出す。
するとシグリエルは徐々に体を持ち上げ、水面から出させた。

「気分はどうだ?」
「いや別に……湯がぬるくて全く気持ちよくねえ。これ意味あるのか」

即効性はない、と言おうとしたとこで、ある異変に気付いた。
アディルの顔が少しずつ赤らんでいく。頬や首元、鎖骨あたりに広がり、シグリエルは目を見張った。

これは死霊術を教えてくれた妖術師エルゲの調合をもとに作った液体だが、容量を間違えただろうかと焦る。
しかしアディルは、両手のひらを確かめるように見て、感嘆の声を上げた。

「うおっ、すげえ、なんか体が急にぽかぽかし始めたぞ! どうやってやったんだ兄貴!」

喜びにはしゃぐ弟の赤らみは、段々と落ち着いていった。
どうやら効力があったらしい。ほっとしていると、ふと視線を落としたアディルが黙り込む。

「どうした?」

シグリエルは体温を確かめることに集中していて、弟の額や首の裏に手を当てていた。

「……あっ、ちょっ……出てってくれ。今すぐ!」
「何をーー。まだ入浴は終わっていない」
「いやもう終わりだ! 早く出てけって!」

また顔を真っ赤にして兄を追いやり、仕方なくシグリエルは立ち上がった。だがその時、浴槽の中の弟の変化を目に入れる。

一瞬目を疑ったが、表情は変えず、すぐに合点がいく。

「……無茶はするなよ」

そう釘を差すのが精一杯だったシグリエルを、アディルは「うるせえ!」と喚いて追い出したのだった。

さすがにこの間のようにすぐ外で待っているわけにもいかず、シグリエルはシャツの腕をまくった状態で足を組み、居間のソファに座っていた。

弟が来るのが遅い。何かあったのではと落ち着かなくなる。
しびれを切らし戻ろうとすると、廊下で黒髪から滴をぽたぽたと滴らせるアディルを見つけた。

「おい」

シグリエルはすぐさま駆け寄り、タオルで全身を拭く。
腰には布を巻いていたが、水気を丁寧にふき取っていると、弟の体温がまだ異常に高いことに気づいた。

「大丈夫か、アディル。効き目が強すぎたのかもしれない。俺の不注意だ、すまない」
「……兄貴。頭がぼうっとする。……眠くないけど、すげえ疲れを感じて、目が重い……」

その訴えを聞いたシグリエルは、事の重大さを感じた。すぐに弟を抱き上げ、部屋へ向かった。自分の寝室に。

ベッドの上に寝かせ、まるで朝と反対になったように傍に腰かける。
冷たいタオルで体温を下げることも考えたが、今は発散させて安定させるほうがいい。

「アディル。少し休めば必ずよくなる。俺が見ているから大丈夫だ」

まだ濡れた黒髪を整え、優しく声をかけた。
弟はぼんやりした視線を兄に向け、息はしないものの口を開けてそのように見せる。

「……体が熱いんだ……」
「ああ。わかっている。どうしてほしい?」

心配して、服を着せて寝そべるアディルを見やった。
もしかしたら、弟が自身に触れたことによって、今の異常が起こっているのかもしれない。
血が通っていないため男性的な反応は起こらないはずであったが、シグリエルにも不死者の全貌は分かっていないことのほうが多い。

「俺が触れてやろうか?」

シグリエルはそばに横たわり、弟の胸に手をおいて尋ねた。
そうすることが正解なのかは分からない。けれど弟はつらそうにしている。

アディルは力なく首を振った。白い瞳はまるで涙をためたように苦し気にこちらを見ていて、衝動的にシグリエルは手を下腹部に滑らせた。

後で嫌われてもいい。勃起した性器を見ることはせずにそっと掌で包み、刺激を弱めにして撫でる。

「んっ」

眉根をよせてアディルが声を上げる。弟の鼻にかかった、ハスキーな青年声が自分の愛撫により声をもらしていく様が、シグリエルの心を追い立てていく。

「……アディル……無理をするな。……そのまま感じろ……」

兄の台詞が卑猥なものとして耳に流れ込み、弟の腰は細かく浮き上がりしなる。

「ぅ……あっ……やめ……やめろ……兄貴…っ」

自分に訴える目元を見て、やめられるはずがないと思った。
弟をそんな目で見ていることを恐ろしく感じながら、自分の手でまさぐり、肌を自分のものにし、体を抱いて離したくないという気持ちに支配される。

「口を開けろ、アディル」

兄はベッド脇から違う小瓶を取り出す。とろみのついたその液体を手に出し、アディルの口の中に差し入れて塗りこんだ。

「んっ、んあっ、は、あ」

口の中を手でかき混ぜたあと、シグリエルはそこに口づけをした。
舌を入れて、逃げる弟の舌を捕らえて絡めとる。
液で濡れた互いの唇を吸い合わせ、せきを切ったようにキスをする。

「んんっ! ん、はぁッ、あぁっ、兄貴」

続けると抵抗していた弟の肩がだらりと下がる。上から抱き込んだシグリエルは、好きなように唇をむさぼり、アディルの性器に手を伸ばして上下に扱く。

優しい手つきだが激しくなっていく口づけにつられ、アディルはすぐにビクビクと下半身を跳ねさせた。

「あー…ああ……い、いく……いくっ」

静かに発した弟のペニスは頭をもたげ、細かに痙攣をする。
今、達しているのだとシグリエルは手の中で感じた。
愛しさがわき、また唇を一度塞いだあと、頬を撫でながらキスを落とす。

「……なんで……」

抵抗力を奪われたアディルは脱力し、目線だけを兄に向けた。
している時は、受け入れていた。だが何故こんなことをされたのか、よくわかっていない。

シグリエルは上体を起こし、両手をついて弟を見つめる。
自分の性器はほったらかしだが、心臓はうるさく悲鳴を上げ、金髪はざんばらに乱れ、冷静なはずの自分は消え失せていた。

なぜと言われれば、「お前を愛しているからだ」という言葉しか出てこない。
けれどそれは言えなかった。

「なんとか言えよ……」

手の甲で顔を隠す弟が呟く。
泣かせたかと思い、手を伸ばして頭を触った。しかし振り払われない。

「お前が好きだからそうした。抑えが利かなかった」

そう告げると、アディルは兄の頬に自分から触れる。

「本当なのか? 信じてもいいのか……?」

不安げに問えば、兄は頷く。
アディルはあの夜のことを反芻していた。子供のころ、兄に押し付けるようなキスをされたことを。

今はもう、自分が嫌いになったから置いていったのではないと、分かっている。
だから兄がくれる言葉は、これからは、全部信じていいのだと確認したかった。



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