I'm so happy | ナノ


▼ 6 やりたくない交渉

弟に緊急の連絡をしてから二時間、奴はまだ来ない。さすがに任務中に無理を言い過ぎたかと心配しながら、契約破談になるまで残りわずか…と俺達がはらはらしていた時。

収容所の玄関口から物音がした。数人の男の足音が響き、突然監視室のドアが開かれる。
そこにいたのは金髪で青い騎士の制服をまとった団長クレッドと、滅多に姿を現さない四騎士の一人、黒髪長身のファドムだった。

「ソラサーグ聖騎士団団長のハイデルだ。彼は第一小隊隊長ファドム。話し合いが難航しているらしいな、後は俺が引き継ごう」

入るなり緊張感を部屋にもたらした騎士二人は、扉側と廊下に団員を待たせ、また外の敷地内にも小隊を置いていると告げた。
仕事モードのためか俺に目もくれず、威圧感をもってすでに腰の引けた様子の所長を見据える弟。少し怖いがやはり頼りにはなる。

「や、やあ。ハイデル殿。まさか最も残酷と恐れられる第一小隊を引き連れてくるとは……我々は戦争をするつもりなどないんですよ」
「俺達もないさ。さっさと用件を言ってくれ」

椅子に腰を下ろし大きな背の姿勢を伸ばすクレッドに、医術師が見かねて経緯を告げ始めた。その間、ファドムは窓の中の収容者アーゲンを見ている。ひりつく空気を物ともせず馴れ馴れしく話しかけたのはイスティフだった。

「おいファドム。あんたがわざわざ来るなんて珍しいな。俺ももうこの仕事長いが、任務が一緒になったのは数回だったよな。そんなに今回の件は重要なのか?」
「……さあな。団長に命じられたから来ただけだ。だが来て正解だったかもしれないな」

肩までの長髪がわずかに揺れ、鋭利な青目がアーゲンを見つめたあとなぜか俺にも向けられる。びくびくしながら俺は聞いてないフリをした。
しばらくして弟のため息がもれた。

「ーーなるほど。じゃあ先生、今回のことはあんたと司祭の企みだったというわけか。俺は何も聞いていない。相変わらず舐めた聖職者だ、罪人を教会で働かせるとは……」

疲れたように声を吐き、クレッドがしばし考えてから窓の中を見やる。すると遠くで立ち止まっていたはずのルカが弟のことをじっと瞳に映していた。
弟も違和感を感じたのか、いやその前からなのか言葉に詰まったようだった。
しかし急に向き直り、所長にこう言い放つ。

「それで? あんたの言い値は確か契約の倍だったな。先に俺の結論を話そう。俺はあの魔術師はいらん。だから契約が破談になろうがなるまいがどちらでもいい。最初の値で承諾しないならこの話は終わりだ」

冷徹に淡々と述べ、一同は皆騒然となった。おいどういうことだよ、なぜ急に結論を勝手に出してしまったんだと驚いていると、医術師ジスは大声で反応した。

「なぜだ、ハイデルさん! 彼は教会にとって、いや騎士団にとっても必要となる優秀な人材だ。あなたの勝手な判断で決めてしまうのはーー」
「判断は下したが決断は所長に任せている。魔術師を売りたければ正規の値段で売れ。倍払う価値はあの男にはない」

きっぱりと団長が話し、ジスもその貫禄に圧されているようだった。よし、いいぞと俺は内心ほっとする。このままいけばガメつい所長は首を縦に振らないだろう。そう思われたが。

「いやぁ〜セコいな、騎士団長様がそんなしみったれた人間だったとは。私が簡単に諦める人間だとでも? 本当は欲しいんでしょう、駆け引きのつもりなら早く値上げしなさい。正規の値段では取引しません!」
「じゃあもう帰ろう。ファドム、隊を引き上げろ」
「ーーああ! ちょっと待って、気が早い人だな!」

まるで商人のような俗物さを出してきた所長が汗を拭い手を焼いている。一方の団長はイラつきを隠さず長剣に手をかけて睨みを利かせる。

「ではどうする。これは言うつもりはなかったんだが、この収容所の普段の金回りはすでに教会が把握している。俺達はあんた方の利用価値を鑑みて、それを見逃してやってるだけだ。この交渉を断れば困るのはどちらだと思う? 少なくともあんたの都市部に建てられた豪邸は没収され、その地位も剥奪されるだろう」

マフィアさながらの団長の脅し文句に所長はわなわな震え出した。こうなることは予想はついたが、このままじゃルカが出てきちまう。それはそれで俺が困るんだが。

「くっ……くそっ……正規の値段でいい……さっさとその魔術師を持ってけ! 二度とこの収容所には入れるな!」
「ああ。約束しよう。では隊員を中に通させてもらうぞ」

クレッドはファドムに指示をし、第一小隊の屈強な騎士らは続々と隣部屋のアーゲンの元に送られた。
先生は明らかに安堵した表情で弟に向き合う。

「ハイデル団長。助かったよ。あなたが来てくれて本当によかった。これで研究を無事に進められそうだ」
「それはよかったな、先生。冷静な顔をして中々策士な方だ。兄貴から俺を離れさせ、この任務に参加させたのはあの男の指図か?」

え? 
弟の台詞を盗み聞きしていた俺はつい素で「なにそれ?」と間に割り込んだ。
すると先生はわざとらしく首をひねり、金髪に手を添えて「それは…」と口ごもる。

「あの男の指示って、なんだよそれは。司祭じゃねえのか?」
「……兄貴。牢にいる男をよく見ろ。あいつだろう。兄貴の魔術仲間……」

苦々しく口にするクレッドを見て俺は驚愕する。ちょっと待てよ。こいつら面識あったっけ。うそ、全然忘れてた。

……しかし、よーく思い出してみる。
そうだ、すごい昔の話だが、俺がまだ魔術に傾倒し始めた不良少年だった頃。どこだったか、ルカと弟が不穏な感じで会話してた場面が思い浮かぶ。

「お、お前そんな昔のことよく覚えてるな。あいつの雰囲気も結構変わっただろ」
「忘れるわけがない。あの腹の立つ目ーーあの野郎も俺のことを覚えているはずだ。だからこんな真似をしてきたんだろう。兄貴を狙ってな」

ぎりぎりと険しい眼差しで吐き出す弟の蒼い瞳は本気さながらだ。これはまずい。俺は自分の過去の所業がばれるんじゃないかという事ばかり恐れていたが、すでに弟を巻き込んでいる。しかもこいつの最も強い感情の部分も刺激しちまってるし。

「先生。これでもまだ俺が過剰な不安と干渉で身を滅ぼすと憂慮するか? それは違うんだよ。どう考えても兄貴を守るための試練にはこれじゃ足りないぐらいなんだ。ああ、俺は間違ってなかったと今あんたのおかげで改めて分かった。機会をくれてありがとうな、ジス」

クレッドは長々と心情を吐いたあと体中から誰にも止められない熱気を発し、剣を握りしめ部屋を出ていった。
俺と先生は二人だけ取り残される。

「は、はは。なんか知らねえけどクレッドのやつ、また元気になったみたいだ。よかったよかった。はは……」

先生の白衣の肩を叩くと、彼もぎこちなさそうに苦笑をもらす。

「確かに君達二人の関係を利用した面は否定できない。それは申し訳なかった。ただ、私の言葉は本心だけれどね。彼も少しはそれを気にしていたんじゃないかな。……なんにせよ、任務がうまくいってよかったな、ハイデルさんーー」
「よくねえよバッカ野郎!! あんたのせいでプラマイゼロだこの野郎ッ! 結局あいつが教会に入ったらやばいことになるのどうせ俺だろうが!」
「君がやばいことに……? 一体今まで何をしてきたんだ、大丈夫か?」

大丈夫じゃねえよ。親身になられてももう遅い。
怖くなりながら俺もここに残ってたら不自然だと考え別室に向かった。





張り詰めた空気に足を踏み入れると、遠くの壁に寄りかかり静かな笑みを浮かべているルカを、騎士達が囲んでいた。イスティフは少し離れた所で面白そうに見守り、先頭に立つのは団長とファドムだ。

「……これほど大人数で俺のことを迎えに来てくれるとは……。俺は騎士は大っ嫌いなんだがな。まあ感慨深くもあるか」
「そうだろうな。……ルカ・アーゲン。これからお前をソラサーグ領内まで連行する。解放するまでお前は囚人だ。大人しく言う事を聞け」

冷たく命じるクレッドが部下に指示する。するとルカは抵抗する様子もなく両手を差し出し、手錠をかけられていた。
マジで何をやったのか知らんが、悪友とはいえガキの頃から知っている友人のそんな姿は中々ショックなものがある。

そんな風に一瞬でも同情してしまったから俺は甘いのかもしれないが。

「……よお、セラウェ。久しぶりだな。あとでゆっくり話そうぜ」
「ひっ、ひぃっ。……あ、ああ。そうだな、そうしよう。出来たらな」

通りすぎる時、言葉少なに交わした俺達だったが、驚きの声を上げたのはイスティフだけだった。

「え? なにあんたら、知り合い? 早く言えよ兄ちゃん! なんだあれか、昔の悪事がバレるのが怖かったのか」

笑いながら直球を突かれ俺も半笑いになる。
怖かったというか今も怖い。その恐ろしさは段々増している。古い知り合いではあるがあいつはただの魔術仲間で、直近で会ったのはもう七年ほど前になる。当時は別にやばいことをしてるなんて話、まったく聞かなかったが。一体何があったんだ。

ファドムの隊の後ろから団長のクレッドがついていき、俺もひっそりとその背中を追った。こいつ、俺に言いたいことが山ほどあるはずなのに今は妙に静かだ。また怒りを溜め込んでるのだろうか。

「兄貴」
「あっ…はい」
「俺はまた任務に戻る。夜話そう」
「お、おう」

急に話しかけられ、雰囲気はただごとじゃない感じがしたものの、話の場が確約されたことには素直に安心した。けれどクレッドは、その場に一瞬立ち止まった。

「あいつとーーいや、なんでもない」

すぐに切り替え、言葉を閉ざす。周りにはもう誰もいない中、静かな廊下でそっと俺の髪に手を伸ばし、さらりと優しく撫でる。

「……クレッド?」

俺は奴を見上げ声をかけたが、奴は迷った眼差しでただ一言「気をつけろよ」とだけ口にした。そんな弟の立ち去る大きな背中だけを俺はしばらく見ていたのだった。



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