I'm so happy | ナノ


▼ 5 罪人の正体

教会の新メンバーとなる者の解放を求め、俺達は郊外の森に建つ収容所へやって来た。ここは治安維持の下に国家憲兵の下位組織が運用している施設で、入るときはやけに緊張を要した。

「我々はリメリア教会から派遣された職員だ。収容者と面会がしたい」
「……ああ、あんたらか。必要書類は持ってきたかな」
「もちろんだ」
「そうか。では手荷物検査をやる。所持品は全てこの箱に」

二重扉の玄関を通り、受付でガタイのいい制服姿の男に指示される。他にも数人に見張られながら言う通りにしたが、奴らはただの隊員らしく魔力はないようだ。だから大丈夫だと思った。

「おい、あんた服の中に異常に色々詰め込んでるな。本に酒に……これはなんだ?」
「お、お守りだ」
「そうかい。悪いが規則なんでな、預かっとくぜ」

男が俺の魔石を手にし、無遠慮に宙へかざして眺めた。くそっ。あれは魔界で手に入れた通話装置だ。あとで弟に連絡しようと思ったのに。さっきのゴタゴタで時間が取れなかったことが悔やまれる。
でもこいつらには石の重要性は分からないだろうし平気だろう。

検査が終わり、石粒ひとつまで没収された俺達は古びた収容所内を男の案内で進んだ。

「おいイスティフ。お前口笛なんか吹いてるけど怖くないのか? 罪人が俺らの仲間になんだぞ」
「まぁ確かにやばそうな奴だけどなぁ、教会がそれでも引き取るっつうことはかなりの価値があんだろ。俺は強い奴の引き抜きには賛成だぜ」

好戦的に話す赤髪の男の目はやけに真剣で、楽しんでいるようにすら見えた。聞く男を間違えたと思った俺は医術師ジスにこっそり声をかける。

「先生。そいつの名前なんて言うんだ? さっきの口ぶりではあんた知り合いみたいだったよな」
「ああ、よく知っているよ。詳しくは後で話すが、彼のことはアーゲンと呼んでいる。やや自己中心的な所がありながら魔術師としての腕は信用できる奴さ。安心してくれ、ハイデルさん」

品の良さを醸す金髪を揺らし微笑まれたような気がしたが、また性格に難があるやつなのかよ。まったく安心できない。せめて絡まれる前に大人しくしてようと心に決めた時だった。

先導していた隊員がやらしい笑みで振り向き、こう言った。

「この部屋だ、入れ。……有能な魔術師だかなんだか知らんがな、この収容所内は一切の魔術が使えない。妙な気を起こしても無駄だからな」

そう忠告したあと、俺ら三人の男を暗がりの部屋に閉じ込めて鍵をかける。え、魔力使えないのここ?とあたふたする俺とは反対に、先生も同僚も普通にしていた。

やべえじゃねえかよ。何かあったらどうすんだと思いながら、部屋を振り返ると奥の方に大きなガラス窓がある。
中には広い別室が映っていて、寝台と机、洗面所のみで簡素な作りだった。

「うわ、ここから見えるのか? マジで刑務所じゃねーか」 
「その一歩手前の施設だけれどね。向こうからはこの部屋が見えないようになっているようだ」

医術師ジスはガラスの向こうを慎重に見やり、材質を確かめていた。悪趣味な事この上ないが、それは事実でここはおそらく監視部屋なのだろう。

「つうか人いなくね? ……あっ! いた、おいあんた! そこの、なぁ!」
「ちょっ、セラウェ叩くんじゃねえよ、人が来るだろうが」

イスティフに注意されたがこんな所早く出たいとせっかちな俺は構わず内部の男の気を引こうとした。冷静になれば聞こえるはずはないのだが、端のほうで外に続く小窓を見上げていた黒髪の男が振り向く。

「おいあいつこっち来るぞ。気づいたのかーー」

防音防護が頑丈なはずな窓でそんなことあるわけないと訝しむ俺は、男の顔を見た途端に言葉を失った。
真ん中分けのさらっとした黒い髪、肌は白く一見ただの儚げな顔の良い男だ。
しかし。完全に奴は俺の知り合いだった。しかも相当昔からの。

「え? あっ……。先生、中からは俺達のこと見えないよな……」
「そのはずだけどね。どうしたんだ、ハイデルさん。顔色が薄いぞ」

なんだ薄いって。俺は今顔面蒼白なはずだ。
こいつはアーゲンなんて名前じゃない。ルカ・ファラトだ。俺が普通学校に通ってた時から知っている、魔術仲間の一人だった。

最高潮の疑いの目で先生を睨む。この男、絶対俺とルカが知り合いだと知っていたはずだ。こんな偶然があるわけがない。
でも今そんなことを尋ねられない。捕まっているルカをここから出す前に、俺との友人関係がバレたら俺まで仲間と見なされて捕まるかもしれない。今はともかくこいつは弟子時代の俺の活動を色々と知っているのだ。

「おい兄ちゃん? どうしたよ、怖いのかこいつが。よし俺が試してやろう、おーいそこの男! アーゲン!」

さっきは静かにとかほざいてたイスティフが調子に乗って手を振った。しかしルカはまだ俺をじっと見ている。やばい、まじで俺に気づいてるみたいだ。
こいつそんなに力あったっけ?

内心ガクガクしていると、急に監視部屋の扉が開いた。立っていたのは制服姿の中年の男で、見るからに収容所内での高い地位を示す風格がある。

「お待たせして悪かったね、ジスさん。では話し合いを始めましょうか」

彼は職員を部屋の外に待機させ、一人で室内に入ってきた。近くにある机前に代表者の先生を座らせて書類を取り出し、話し始める。
俺とイスティフはルカの様子に注意しながら、彼らの話に耳を傾けた。

「我々リメリア教会は、アーゲンの解放の手はずを完全に整えています。必要なものもお渡ししました。今すぐにでも彼を引き渡して頂けますか」
「……ふむ。そうですね。わかりました、と言いたいところだが…」

机上で手を組んだ男はわざとらしく残念そうな顔を作る。

「こちらで精査し直してみた所、提示された金額は相場より多少良いぐらいで中々簡単にはいと言えないんです。どうですか、倍で」
「……なっ……それはあまりに法外だ。私達は国や教会領に正しく申請をし、正規の手続きであなた方に配慮を申し込んでいる。彼は確かに違法行為を犯したが、それを鑑みてもこれからの魔術研究への大きな助けになるとーー」

ジスが珍しく前のめりで主張すると、明らかに体育会系な所長は大口で笑いだした。

「ははっ、先生。私達には魔術師の貢献などどうでもいい話だ。いいから奴を監獄に送ってほしくなければ金をよこせ。これは上とは関係なく、収容所とあんた方との取引だよ」

本性を出した男が下劣な笑みを見せる。
つまりこいつらは元々賄賂で私腹を肥やすつもりだったのだろう。どっちが犯罪者なのだと怒りたい気持ちはわくが、俺としてはもうルカには悪いがこのままここに置いといてもらえないだろうかと保身を考え始めていた。

「あんたなぁ、そんな金が俺達に払えるわけないだろ! ここだけの話給料だってそんな高くねえんだ、聖騎士何人抱えてると思ってんだよ、健康男子たちの生活費すげえんだぞ!」
「生活費、ねえ。君達の騎士団は国からの保護も厚く寄付金だってかなり集めてるよね。白々しい嘘はやめたまえ、ここでケチるとケチなイメージついちゃうよ?」

へらへらしだす中年男に切れそうになる。俺はそのまま先生に「クソ! とりあえずこの話は持ち帰って教会で案を練り直そうぜ!」と提案したが厳しい顔で却下された。

「それは出来ない。私はイヴァン司祭に約束したんだ、ずっと夢だった研究を共に行ってもらうために。必ずアーゲンを引き入れると」

危機迫った表情に俺とイスティフは圧される。
だが、そういうことか。この男はやはり目的があったんだ。まともそうなナリして裏で独自に取引してたとは。

「所長。他に方法はないか? 金を倍にするのは単純に難しい。私は教会の運営に口が出せる立場じゃない」
「じゃあ口が出せる奴を連れてこい。司祭を呼んでもいいぞ」
「それは難しい。そもそも彼は今違う重要な会合に参加していて……。そうだ、ハイデルさん。団長に来てもらえないだろうか?」
「……はっ? 何言い出すんだあんた。頭大丈夫か?」
「君の頼みなら彼はすぐに言うことを聞くだろう。そうだ、それがいい」

あくまで冷静な口調で切り出す白衣の男に俺は堪忍袋の緒が切れそうになる。つい机をドンッと叩いて奴に詰め寄った。

「はぁ? あんたな、さんざん俺達のことを責めておいてこんな時だけ利用する気か? もっとまともな人間かと思ったが私利私欲すぎんだろうが!」
「私のことは何と言ってくれてもかまわない。研究のためなら、子供たちを守るためなら何だってしよう」

いきなり神妙になった医術師が、自身が目指す研究内容を語り始めた。それを聞いて段々と頭を抱えたくなる。

なんでも奴の崇高な思考と活動は本物のようで、この国の難病に苦しむ子供のために治癒研究を進めたいらしい。司祭にその知恵を借りること、また孤児院の支援拡大なども奴の雇用契約には含まれているようだった。

「司祭は尊敬すべき方だが、研究にはかなり慎重で自らの指針を常に優先させる人だ。そこをなんとか頼み込み、私は自分の所属を申し込んだ。そのためにアーゲンの引き入れはもっとも重要なことなんだ。彼の力を教会は真に欲している」

そんなにすごい奴なのかよ、あいつ。
呆然とする俺は、医術師ジスの並々ならぬ覚悟と目的を知る。そして簡単に…では実はないかもしれないが弟のコネと成り行きで教会に入った自分のことも若干恥ずかしくなる。

「ふ、ふーん。なるほどな。……それはうまくいくといいけどさ。……あぁ、くそっ! なんでこんなことに…っ。もうわかったよ、あいつ呼んでくればいいんだろ!」
「ありがとう、ハイデルさん。頼んだよ、君にかかってるんだ」

握手する勢いで頼まれるものの、今から戻ってあいつを探すわけには…。あ、そうだ。あの魔石を使って連絡を……でも今あいつ任務中だよな。どうしよう。

「ふふ、精々頑張ってくれ。だが契約の締め切りは夕方五時だ。今は午後二時。間に合うかな?」

意地悪そうに笑う所長に舌打ちをする。
俺は壁に寄りかかり退屈そうに様子を見ていたイスティフを連れ出し、部屋の外に出た。

「どうすんだよ、セラウェ。ハイデルマジで呼ぶのか?」
「ああ。お前に頼みがある。協力してくれ」

廊下を歩きながら俺は奴に今から行うことを告げた。
うまくいってくれと祈るが、弟と連絡できてもそこからどうするのかまだ全然考えていない。
それに犯罪者を仲間にするなど、団長のあいつはそもそも知っているのか?

今は俺達の関係にナイーブになっているクレッドだが、さすがにこの任務の内容を知ってたら俺を止めたんじゃないか。

ぐだぐだ考えつつ、俺達はさっきの荷物検査の時の男を探しだした。イスティフが奴に声をかける。

「よお、面会の件なんだが、まだまだ時間がかかりそうだ。さっき俺のタバコをそこに入れたんだが、取り出してもいいか?」
「ああ? タバコか。ここは禁煙だ。吸うなら外で吸え」

受付の椅子に座っていた職員の男は立ち上がり、所持品の入った箱をがさがさやりだした。しかしイスティフは大袈裟に声を上げた。

「あれ? 俺のタバコ一本なくなってんじゃねえか! あんたか? あれ金持ちの依頼主にもらった貴重なやつなんだぞ!」
「知るか、俺じゃない。ああもううるさいな、俺の一本やるから黙ってくれよ」
「そんな安物で許せるかよおい!」

ごねるイスティフが箱を漁ってるうちに俺の魔石をくすね、後ろ手でこっそり放り投げてきた。慌ててキャッチした俺は服にしまいこみ、さすが詐欺がよく似合う奴だと感謝した。

それから職員をうまく外に一服しようと誘い出す。彼は受付に違う男を置き、高いタバコにつられて誘いに乗った。俺も何食わぬ顔でついていく。外に出ないと魔力が使えないからだ。

施設の裏口で男三人、一服し始めた。

「おお、本当にうまいな。これは一級品だ。本当にいいのか一本もらっちゃって」
「なあに、いいって。さっきのは俺の勘違いだったかもしれん。お詫びだ」
「ほんとだ、うめえ〜。……ごほっ、げほっ。……やべえな肺に入っちまった、ちょっとお手洗いに行ってくるわ」

普段タバコを吸わない俺は素でむせた後、何も疑われることなく施設のさらなる裏に回り、周囲を確認したあと魔石を取り出した。

呪文を唱え、魔石の先端が紫色に光ったことを確認する。よかった、ここでは繋がるらしい。

「あー、もしもし? クレッドか?」
「ーー兄貴か。遅かったな。どうかしたか」

ものの五秒ほどで通話ができ、びっくりしたがどう話し始めようか戸惑った。しかし話をかいつまみ、ひとまず弟の力が必要だと告げた。

「悪い、今任務中だよな。少しの時間でいいんだ。場所を言ってくれれば俺が迎えに行くよ。ただ急いでて、あと三時間を切ってる。でも重要な任務でさーー」
「どこにいるんだ」
「えっ。あー、えーと……郊外の収容所だ」
「ーー収容所?」

そこで一端、奴の言葉が途切れた。魔力の回線が悪いのか、奴がどうかしたのかわからない。だが間が長く感じて恐ろしくなる。

「すぐに向かう。兄貴はそこにいろ」

心なしか怖い低音の声が聞こえ、俺が返事をする前に奴は行動し始めたようだった。



prev / list / next

back to top



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -