I'm so happy | ナノ


▼ 3 ひっそりピンチ

あれから一週間後、さっそく新しい任務の命令が下された。内容は知らない。現地で説明すると言われ余計に悪寒が走る。

「じゃあな、クレッド。行ってくるわ。お前も討伐任務頑張れよ」
「ああ。兄貴こそ気を付けるんだぞ。……少し顔が白いが大丈夫か…?」
「……はは。気のせいだよ。昨日ちょっと眠れなくてな。お前より早起きしちまったしな」

さりげなく異常事態を告げると弟の形良い金の眉が心痛に歪む。だめだだめだ。こいつのメンタルが心配なときに保身を優先させるなど。でも怖い。どうかやばい任務寄越さないでくれよとここ数日の祈りをこっそり継続する。

「明日連絡するからさ。魔石持っとけよ。出れる時でいいから」
「わかった。必ず出る、戦闘中以外の時だったら」

クレッドが真剣に頷き、別れの挨拶として俺にいつものように手を伸ばした。まだあの事を気にしているのかややぎごちなく抱擁される。ここは夕刻の団長の執務室で今日は夜出発の俺が少しだけ顔を出したのだ。

「なぁ、クレッド……本当に大丈夫か? しつこいが何も気にすんなよ。俺はお前との日常が一番大切なんだからな」
「……兄貴。俺は平気だ。考えるべきことは多くあるが、自分の足で立っていられる。兄貴を心配させるのが一番つらい。だから俺を信じてくれ。必ず俺は真人間になってみせるから。な?」

奴の力強い腕の中で囁かれた言葉に顔を上げる。至極澄んだ蒼の瞳がこれでもかと違和感を醸し出し、感じたことのない種類の汗がたらりと垂れる。

「…え? 真人間? 何言ってんだお前、お前より真っ当な人間がいるかこの職場に! あんまり変な言動してんじゃねえぞ! 俺を不安にさせてどうするッ」

溜まった鬱憤を吐き出すかのごとく突如声を張り上げてしまった。しかしクレッドは儚げに微笑むばかりで俺の言うことなど届いてない様子だった。

なんなんだこれは。おかしすぎる。まさかこいつ、本当に洗脳されてしまったのでは。
恐ろしくなった俺はもっと奴と話し合いたい気に駆られたが、任務の時間が迫り泣く泣くその場を後にした。

「くそっ。冗談だよな、あいつがあんな脆い奴なわけがねえっ……、はぁ、はぁ、また呪いでもかけられたんじゃねーかっ、あの白衣野郎に……ッ!」

廊下を走りながら叫びたい気分になる。
けれど。色々なことを乗り越えてきた俺達の信頼関係だけは、少なくともあんな同僚の精神攻撃では揺るがないと俺は確信していた。





夜になり、深く青い空に星々が散りばめられる。こんな夜は一人で酒でも飲みながら窓際でゆっくり研究でもしていたいのだが、俺は野外の渓谷にいた。二人の同僚とともに橋がかけられた崖下を見下ろしている。

任務に参加する魔術師は、革服に身を包んだ赤髪の一番年若いイスティフ、軽装をまとった眼鏡の普通な外見ローエンだ。

「え〜っあの崖の変なとこで待機してるスケルトンとか下の奴等も全部俺らが退治すんの!? 数多すぎだろ、骨折れるって!」

目に映るだけでも骨骨しい死霊達がうじゃうじゃいて、とても三人で間に合うようには思えない。その上今回騎士達は別任務でいないらしい。

「まあまあ、やるしかねえだろ兄ちゃん。この橋通らねえと先生のとこ行けねえんだよ。その先の孤児院で待ち合わせだから」

この中では一番の肉体派イスティフが腕を回しながら答える。奴の台詞にも納得できなかった。なぜかこの後あの医術師ジスと合流予定なのだ。あいつも手伝ってくれればいいのに先に行ってるとは。

「なんで一人だけ安全な昼に向かってんだよ、つうかあいつはどのルートで行ったんだ?」
「さあ、転移魔法じゃないのか。あの人のいつもの往診場所なんだってよ」

じゃあ俺らも送ってくれよと食い下がると次第に二人に呆れられる。

「セラウェ。君の気持ちは分かるぞ。なぜなら君はいつも俺たちのワンランク下の任務担当だからな。でもこういう地道な中等魔物駆除が教会の主要な活動なんだ。一緒に頑張ろう。終わったら俺の体を実験にでも何でも使ってくれてかまわない。研究好きな君が望むなら」
「いや望まねえし。ローエン、お前もどちらかというと戦闘苦手タイプだろう? なんか簡単にカタがつく楽な駆除方法ないかな?」

真面目に尋ねたのだが奴は苦笑して「ないな」と眼鏡を直した。俺はため息を吐く。しかたがない、たぶん数時間かかるだろうがやるしかない。このスケルトンたちはここら一帯の夜の瘴気により強化されており、かなり厄介らしい。

俺達は三ヶ所に分かれそれぞれ戦闘を開始した。崖の上から一気に奴等に攻撃出来ればいいが、そんなのは師匠やエブラルといった化け物魔術師にしか出来ない芸当だ。

それでも支援魔法型の俺は他の二人に下の奴等を任せ、比較的安全な遠距離から敵を攻撃した。体が骨のためすぐに復活する奴等だから、物理系魔法で頭を粉々にして壊していく。

危なそうな塊で襲ってきた場合には最も効力の高い聖力をお見舞いしてやった。

「おい二人とも! 上はもう一掃したぞ、すごくねえか?」
「おー! じゃあ兄ちゃん、こっち降りてこい! まだまだ湧いてくるぞ!」
「やだよ! まぁ半分ぐらいまで降りるからそっから遠隔魔法使っとくわ!」

イスティフに合図をし、夜も更ける中戦いに身を投じる。やっぱ使役獣持ってくりゃよかったなと後悔したのだが、なぜか今回はロイザ帯同の許可が降りなかったのだ。

「ーーあっ、セラウェ、後ろ後ろ!」

考えながら魔法を放っていたら油断してしまったらしい。隣の足場からスケルトンたちがばらばらと渡ってきた。逃げ場がなく焦り転移魔法を使おうとするもそんな詠唱の時間はない。

「ぎゃぁああッくんじゃね骨野郎ッ!」

突発的な事態に弱い俺は後ずさり他の足場に移動しようとするが下は落ちたら死ぬしそんな運動神経もない。
そうこうしているうちに足場の下からもなぜか俺だけ目掛けてわらわらと集まってきた。

ズボンの裾を掴まれ下に引きずられそうになる。そして足が見事滑った。体にスケルトンの骨がまとわりつく中絶叫をする。

すると足場に急遽降りてきてくれたローエンが「セラウェ! 手を取れ!」と片手を差し出してくれた。藁をもつかむ勢いですがる。

しかし俺は自分で言うのもなんだが弱い。本当にこんな任務初っぱなからピンチに陥るとは。やっぱり普段から体を鍛えておかないとだめだわこりゃと走馬灯のようにスケルトンに飲み込まれながらローエンの手を掴み、すんでの所で引っ張りあげられた。

「……くっ、はぁ、はぁ、っはぁッ」
「大丈夫か! 怪我は?」
「ああ、……ちょっと足をやられただけだ。ありがとな、ローエン」

奴は俺の足にすばやく治癒魔法を使い、またすぐにイスティフの加勢に戻った。俺は自分の使えなさに呆然とその光景を眺めていたが、腰をなんとか上げてまた戦いへと向かった。

すべての戦闘が終わったのは二時間後。
思ったより早かったが俺はいつもの何倍も満身創痍だった。

「はーっ、危なかったなぁセラウェ。気づいたらあんた完全に襲われてんだもん。だから言ってんだろ? 最低限の筋トレぐらいはしとけって」
「はは……おっしゃるとおりで。すみませんでした二人とも、完全に足手まといでしたね」
「そんなことはないさ。上からの攻撃は素晴らしかったよ。でもあれだな、やっぱり君は敵から遠くにいたほうがいい。それが一番効力を発揮できる」

優しく正直なローエンの言葉を情けなくもしっかりと噛み締める。

「でもあれだな、あいつ来なかったな」
「は? 誰だよあいつって」
「俺の弟だよ。いつもピンチの時に助けにきてくれてたんだけどな。今俺結構死にそうになってたし」

実際に助けてくれたローエンに失礼だと思いつつも俺はぽつりとそう言った。するとイスティフが鼻で笑う。

「おいおい、団長は今別の任務中だろ。あんたも大概お花畑になってきたなぁ。忘れんなよ、これはソラサーグ聖騎士団とリメリア教会下の任務なんだぞ? いつも弟に守られてるせいか知らねえが油断しすぎだセラウェ」

片眉をやらしく上げて楽しそうに警告する赤髪の男に言葉を奪われる。
確かにその通りだ。俺のほうこそあいつに依存しているのかもしれない。いい年した男で兄貴のくせに。
これはやばいぞと自分で身震いしながら、三人は日が上るまでの間近場で火を焚いて一休みした。

「ところであのジスってやつ。どう思う? あいつなんかおかしくないか」
「……そうか? 俺には普通に見えたが。面談でもいい先生だったよ。俺の結界愛や実験愛を否定せずに応援してくれたのは彼が初めてだ」

眼鏡の奥の瞳を輝かせローエンは語った。俺は驚愕する。どういうことだよ、なんで弟のブラコンはあそこまで否定されたのにこいつはお咎めなしなんだ。実験マゾヒストとして十分やばいやつなのに。

憤慨しようかと思ったが今日の働きとさっきの発言からこれ以上好感度を下げたらまずいと思い俺は意味ありげに黙って相づちをうっていた。

ちなみにイスティフに聞いたら奴は興味なさげだった。こいつは火力第一主義の黒魔術師で好戦的なところがあるため、冷静で研究肌の医術師にはとくに関心もないのだろう。

「まあただの善人だろ。孤児院をまわって見てやってるいい先生らしいからな。同僚としては物足りねえけど。この教会にも一人ぐらいフツーの奴がいてもいいのかもな」
「そうだな。普通に良い魔術師というのは中々貴重だ。思考も腕も水準が高いしな。これから縁の下の力持ちになってくれることを期待するよ」

そう語り合い同調する二人すら俺には怪しく映る。
今まで色々な最悪なことに巻き込まれてきた勘が告げているのだ。

「まあまとめに入るが、俺個人としてはあいつは何かきな臭い感じがする。とくに理由はないがな。それだけ気にとめておいてくれ二人とも」
「おいおい兄ちゃん、出来る新入りが入ってきて焦るのは分かるが余裕ねえなあ。大丈夫だよあんたは団長の溺愛兄ポジとして安泰なんだから。誰の脅威にもならんし。どっしり構えとけ」

なっ!そこまで言うことねえだろこの普段は軟派な野郎のくせして、と歯軋りする。皆して俺を見くびりすぎだろ、と反論したいのだが説得力がないのは自分のせいだと肩を落とした。



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