I'm so happy | ナノ


▼ 2 弟は病気じゃねえ

「とにかくだ。何があったか俺に全部話してみろ。恥ずかしいかもしれないが俺とお前の仲なんだし、絶対に笑ったりしない。なっ?」

どうにかドス暗い雰囲気の弟を励まし心を開かせようとすると、奴は虚ろな眼差しで食卓の横に立つ俺を見上げた。

「とてもじゃないが俺には笑えることじゃない……あの医術師に言われたのはこうだ。ーーお前の兄に対する信奉はよく分かったが、それは重度の依存であり執着であり、激しい干渉は兄の負担になっている。さらにこのままいけば二人とも共依存で共倒れになると。だからすぐに止めろってな……」

そう消え入りそうな声で告げる弟の様子に俺は度肝を抜かれる。というかお前また大事な面談で俺のことをぺらぺらと喋ったのか?という突っ込みが一瞬浮かんだが、そんなことよりも想像よりヘビーな言葉の羅列に絶句した。

あの医術師、涼しげな顔してそんな惨い人格批判みたいなことをこいつにしやがったのかよ。

「……えっ? それまじで? いやいや、そこまで言われる筋合いないだろうどう考えても。まぁ百歩譲ってお前の感情がかなり強いタイプなのは認めるが共依存っておい……俺らのこと馬鹿にしてんのか?」

話しながら段々と冷静になり怒りが湧いてきた。何も知らない初対面の野郎がと俺が罵ろうとすると、クレッドが力ない様子で口を挟む。

「そうだ、今日初めて会った男だ。だからむしろショックなのかもしれない……奴は団員の調査結果をもとに俺の評価も大体知っていて、仕事上も人格も問題ないと言ってきた。だが、兄に関する思考だけは異常だと指摘されてな……」

まずい。どう答えりゃいいんだ、と動揺する。
確かに少しは…なんて冗談のぶっこみは今の弟に通用しないだろう。まさかここまで真剣に落ち込んでしまうとは。

「兄貴、俺はそんなに依存していると思うか? 今までそんな認識はなかった。これが愛だと思っていた。でも俺はやっぱりおかしいのか…?」
「……お、おい! そんな思い詰めた顔すんなよ、おかしくないって、つうかちょっとおかしいぐらいがお前の魅力っていうかね」

しどろもどろになりながら何とか言葉を選びなだめようとする。しかし、クレッドは尋常じゃなく俺の目をがっちりと捕らえていた。

「兄貴の負担になりたくない。それに二人で共倒れなんてことになったら、俺は……兄貴に顔向けができない。どうすればいいんだ、俺のせいで二人が不幸になったら……!!」

クレッドはそのまま頭を抱え発狂してしまったようだった。
俺は呆然とその様子を眺める。

いや、分かっているのだこいつの性格は。
少し思い込みが激しいところがあるし、いつもは冷静沈着で物事に対し熱しにくく冷たいほどの性質なのに、時に極端な思考に走ることがある。とくに俺に関しては。

全部あの医術師ジスのせいだ。
新任だかなんだか知らないが、俺の弟をこんな状態にしやがって何か裏があるのかもしれない。ぶっ潰してやるーー。

メラメラ怒りを溜め込みながら、俺は一人計画を練り始めていた。





数日後、考え込んだ挙げ句やはり俺は医術師のもとを訪れた。奴はすでに教会の施設で働いており、任務に参加というよりは司祭の助手として研究に従事しているらしい。

だから捕まえるのは苦労したが、ようやく研究室にいる白衣の男に相対した。

「ああ、ハイデルさん。私に何か用か」
「そうなんだ。弟のことでちょっと聞きたいことがあってな。……単刀直入に言うが、この間随分あいつにズケズケと見当違いの助言をしてくれたみたいじゃないか。あれは本当にあんたの所見なのか?」

一言目から俺は本題を切り出し、勝手にソファに腰を下ろして意見を仰いだ。するとジスは顔色をとくに変えず、研究の手を止めて椅子ごと俺に振り返る。

「そうだよ。私が言ったことは事実だ。その事が気になってわざわざ訪ねてきてくれたのか。あなたも十分過保護な気があるらしい」

奴は薄く微笑みを浮かべたようだが俺は癪に障ったのを隠そうとはしなかった。眉をぴくりと上げ臨戦態勢に入る。

「はは、過保護ねえ。どの辺が? いいか、先生。弟は一般の人には変に見えるかもしれないがあれが普通の状態なんだ。俺は昔から見てるからよく分かる。現にあんたの診察のせいでおかしくなっちゃっただろ。奴の業務に支障をきたすのがあんたの目的なのか? ええ? 誰の差し金だコラ」

自分の評価は捨て素を出して精一杯柄悪く凄むと、ようやく奴は何かを考え、静かに口を開いた。

「驚いたな。あなたは面談の時には至って平凡な青年という印象を受けたが、こうも牙を剥かれるとは。ーーしかし、弟さんを操れるような才までは感じられない。逆に容易にコントロールされやすい純朴な印象も受けない……となると…」
「おいあんた失礼だぞッ面と向かって俺を侮るんじゃねえッ」
「失礼。どうか怒りを静めてくれ。冷静に話がしたい。ハイデルさん」

その一声で俺は苦虫を噛む。
ひとまず深呼吸をし俺達はソファに向かい合って座った。セットされた金髪と涼しげな緑の目元がまっすぐに見据える。

「まず釈明したいのは、私の目的はハイデル団長をその地位から引きずり落とすことではないんだ。あなたはきっと一番にその事を危惧したのだろう。この間の面談の時も弟を守るような素振りを見せたからな」
「まあな。それは否定しない。……本当なのか先生。てことは回し者じゃないんだな」
「ああ。私は純粋に彼が心配になっただけだ。ああいう極端な性格はいつかきっと破滅に陥る。たとえばあなたを失ったとき。彼はどうなってしまうと思う? だから私は忠告したんだ。今のうちに依存心を捨てろと」

真面目に話す医術師を前に、頭に急にどんよりしたものが襲った。今度は俺の目が虚ろになり、遠くを見たくなる。

そんな重い話をされてもな……。しかもあいつのいない所で。精神科医というのは皆こうなのか。少なくとも俺もあいつも心が軽くなったりしてないんだが。

「ジス先生。あんたの話こそ極端だ。今が充実して周囲ともうまくやってりゃそれでいいじゃないか。……まああれだな。とにかく先生が言いたいのは、俺だけじゃなく他にも目を向けろってことだろ? 心身の健康のために」
「ああ。優しく言えばその通りだ」
「じゃあそう言ってくれよ! あんたの診察はほぼ脅しだぞ! あいつの異常な落ち込みどうしてくれんだよ、早く治せよ薬だせ薬!」

俺が声をあらげると奴はお手上げのように背もたれに背を預け、「薬はない」と言った。
この無責任野郎あんまりだと掴みかかりたくなったが堪える。俺まで妙な診断下されたらたまったもんじゃない。

「弟さんは重病だ。あの男が言った通りだな」
「……あ? 誰だあの男って」
「あなたも直に分かるさ」

最後まで冷静で主導権を握ったような話ぶりに我慢の限界だった。こいつ、やっぱり裏に誰かいるのか。こういう攻撃の仕方は新しいが今までなかったのがおかしかったのかもしれない。

とにかくクレッドは病気なんかじゃねえ。俺が一番よく知っている。大体二人の本当の関係も知らない人間に何を言っても無駄だし言ったらヤバイから言えねえし。

しばらく睨み合っていた俺達だったが時間の無駄なので俺は適当に捨て台詞を吐いて部屋を出た。





その足で領内の建物を移動し、騎士団本部をうろつく。弟に声をかけようと執務室に向かおうとした。しかし廊下の奥に二人の青い制服姿の騎士が見えた。なにやら難しい顔をした仕事モードの弟と側近のネイドだ。

俺は反射的に曲がり角に隠れてしまった。二人の足音が近づき、声が聞こえる距離で停止する。

「どうしたんです、団長。差し出がましいかもしれませんが、ここ数日元気がないようですね。セラウェさんのことですか?」
「……いや、そんなことはない」

当たり前のように俺を話題にした側近に心臓が跳ねる。弟はまだ塞ぎ込んでいる声音だった。というかあいつは聖力の能力により意識すれば俺の位置が分かるはずなのだが、気配に全く気づかないということはそれだけ精神がまだズタボロなのだろうか。

「そうですか? 少し心配ですが……。ところで、今回のセラウェさんの任務提案が上がってきました。いつも通り私がチェックしておきましたが、これで大丈夫でしょうか。ご確認を」

ーーえっ?
いきなり何言い出すんだこいつ。なぜ教会の魔術師の任務割り当てにネイドが出てくるのかと思ったが、二人のやり取りを聞いて俺は愕然とした。

「……ネイド。ご苦労と言いたいんだが、もうこんなことはやめようと思うんだ」
「えぇ!? ……ど、どうしてですか。何があったんです団長、セラウェさんにバレましたか?」
「そうじゃない。だが……勝手に裏で俺がこんなことをして、本来いいわけがない。立派な干渉と人権侵害だ。兄貴の仕事内容を裏で操るとは……俺は私利私欲に満ちた化け物なのではないか…?」
「……ちょっ、なにもそこまで……団長!」

おいおい。すごい事になっている。
あいつがそんなことをしていたのも全然気がつかなかったが、もう俺の弟人生を後悔するような勢いで落ちていってないか。

「しかし、これは実際にセラウェさんにとっていいことだと思うんですよ。失礼ながら少し無防備な所がありますし、出来るだけ難しい任務を排除するというのは団長の兄への愛情と優しさなのでは……」
「……そんな立派なものじゃないさ。確かに兄貴の安全は第一でそれはこれからも一生変わることはない俺の信条だ。だがな……俺の存在が兄の活動や成長発展に妨げになってるんだとしたら、俺はもはや害悪だ……」

な、なに言い出すんだよお前。頼むからそのままでいいから!俺もうこの年になって自身に過度な成長とか期待してないしそもそもきつい任務なんかしたくねえよ!

そう身を乗り出して表明したくなったものの、ここでこっそり聞いてることも言えないしどうすることも出来ない。

ああどうすればいい。奴は俺から自立しようとしているのか。俺を自立させようとしているのか。それとも両方か。
これは喜ばしいことなのか?

それは今後起きることによる。そして結果は神のみぞ知るのだと気が遠くなった。



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