▼ 35 最終話 I'm so happy
「ハイデルさん」
「……おっ、先生。元気か?」
領内にある魔術師別館を歩いていると、金髪の白衣の男に話しかけられた。彼は薄く微笑み「ああ。あなたも元気そうだね」と答える。
「弟さんから聞いたよ。同居を始めたんだって?」
「そうなんだよ。先生だから言うけど、今すげえ順風満帆なんだ俺達。……あいつはどうだ? 精神状態」
個人情報のため詳しく聞く気はないが、弟はその後も白魔術師ジスに定期的にカウンセリングのようなものをしてもらってるらしい。
「すこぶるいい状態だよ。私も安心してね。もちろん環境の変化により精神の充足を得た面もあると思うけれど、なにより彼自身の思考に柔軟性が加えられている。他者を思うことは、自分を見つめることにもなるからね」
それらしい言葉に俺も神妙に頷き、クレッド自身が心の成長を遂げたことに兄として深く喜びが湧いた。
「ふぅ。最初はどうなることかと思ったが、よかったよかった。俺も奴を見習って頑張らないとな。心配しないでくれ、俺達ブラコンだけど大丈夫だからさ」
「ふふ、了解した。あなた達のような特殊なケースは、私も今後とも同僚として、また医術師としても見守っていく所存だ」
やっぱ特殊なのかよと思いつつ、味方は多いほうがいいと考え俺も礼を言う。
ジスと別れ、俺は再び歩き出した。行く先は事務所にいるはずの弟子の所だ。
一階の待合室に行くと、カウンター前のオズが書類を手にあくせく働いていた。俺が引っ越してからもう一ヶ月ほど経つが、こいつの仕事は変わってないらしい。
「よおオズ。元気か?」
「あ、マスター! また来たんですか? もう寂しがり屋ですねぇ。直近の仕事は入ってませんよ。もうすぐ休憩なんで、そこで待っててください」
「はいはい。暇だからお前にお弁当作ってきてやったんだよ。食うだろ?」
「やったあ食べる!」
可愛らしい弟子の返事にほくそ笑み、俺は律儀に奴を待った。クレッドにはもう届けたし、今日の俺は皆に甲斐甲斐しくする予定だったのだ。
昼時になり、俺達は騎士団領内の庭園のベンチに腰掛けた。一緒に弁当を広げ、世間話をする。
「なんかこういうのも新鮮で良いですね~。俺、もっと寂しい思いするのかなと思ったら、マスターすごい顔出してくるんですもん。びっくりしましたよ」
「いいじゃねえかよ、習慣はそんな簡単に変えられねえんだよ。嬉しいだろお前も」
「はいっもちろん!」
素直な男に満悦し、俺はある事を伝える。
「そういやさ、少し遅くなったけど週末引っ越しパーティーするから来いよ。まあいつもの近しいメンバーだが」
「わかりました! 楽しみだなぁ。まあ俺は頻繁にロイザとも会ってますけどね。あいつマスターが教会にいる時俺のとこにも来るんですよ~。やっぱり少し離れたほうが会いたくなりますよね皆」
奴の言葉に俺もしみじみと同意する。このぐらいの距離感もいいものなのかもしれない。
「あ、そうだ。ところで俺の新しい家こんな感じで、この辺に作りたいなぁと思ってるんですけど、どう思いますか?」
「なになに? ……はぁっ? お前これ、大都会じゃねえかよ! 寂しいから俺の近所に住む~って泣き喚いてたのは何だったんだよ!」
「別に泣き喚いてはないでしょう、大げさだなぁ。だってやっぱり俺も若いし、都会に住んで色々経験してもよくないですか? ねえマスター♪」
キラキラと茶目が輝きだして俺は呆気に取られた。
なんだこいつ。親元を離れた途端、純朴青年の皮が剥がれ出したのかよ。
「……まあしょうがねえか。俺が口出せるような立場でも生き方してるわけでもないし。好きにしろや」
「そんなやさぐれないで。俺達好きに会えるんですから、転移魔法で。ねっ。いつでも来てください、俺の家はマスターの家ですよ、これからも! 実際建ててもらってるし」
舌を出して調子よくはにかむ弟子にポジティブなため息を吐く。
まあそうだな。っていうかこいつも完全に自立心持ってるし師としては喜ばしいことだろう。
それからも俺達は二人騒がしく師弟の時間を過ごしたのだった。
◇
そして週末になり、俺とクレッドは集まりの準備を自宅でしていた。とはいえ俺達の内情を知る静かな魔術師らしか呼んでないので、料理や酒などでもてなすだけだ。
ベルが鳴り、黒マントの少年とスーツを着込んだ長髪執事が玄関前に現れる。
「おおっ、アルメア! 久しぶり。よく来てくれたな。ノイシュさんも一緒か、嬉しいよ!」
「やあ、セラウェ。珍しく幸せが溢れ出てるね。君がどうしてもっていうから、ノイシュも連れてきてあげたよ」
相変わらず少年時にはツンデレの、黒髪赤眼の半魔族の少年に上等な赤ワインを渡され、俺は彼らを居間へ案内した。
「素晴らしいお家ですね、セラウェ様。クレッド様。今日は私共をお二人の愛の巣にお招きして頂き、ありがとうございます」
「いえいえ、そんな畏まらないで。座ってくださいよあなたも」
しつこく勧めるがこの人絶対座らないで主人の斜め後ろに立っている。さすが執事だと諦め、しばらく話をしていた。
クレッドが酒のボトルを手に、居間にやって来る。すると再びベルが鳴った。
「あれ? もう来たみたいだ。皆早いな。魔術師は時間を守らないと思ったが。俺が出るよ」
職業病のようにディスりながら、弟が玄関に向かう。
立っていたのは、俺の弟子と呪術師だった。
「おっ、オズ。お前俺の師匠第二号と一緒だったのか」
「はい! ちょうど教会出るところだったので、送って頂いたんです、エブラルさんに」
「ちょっとセラウェさん、その微妙に不名誉な称号やめてくださいよ。あの男の次なんて縁起が悪いですから」
「すまんすまん。じゃあ永久名誉師匠にしとくから」
適当なことを言いエブラルの機嫌を取ったあと、ようやく全員が集まった。皆行儀よくソファに座り、グラスを片手に乾杯する。
「お引越しおめでとうございます、マスター! クレッドさん! これからも末永くお幸せに! 俺達一同応援してまーす!」
奴の音頭に従ってグラスを打ち鳴らし、俺達は皆よい気分で飲み始めた。魔術師嫌いのロイザはどこかに雲隠れしてしまったようだが、まぁ後で出てくるだろう。
「セラウェ。君から頼まれていた写真機の現像が済んだよ。はい」
「あ、ありがとー。……っておい! 机に恥ずかしい写真ばらまくんじゃねえよ! お前わざとやってんだろッ、早くしまえクレッド!」
「はいはい。……そんなに恥ずかしいか? これなんか、すごく兄貴の顔があどけなくてかわいい。皆もそう思わないか」
「確かに子供っぽいかもマスター! あはは」
「おや、本当だ。二人きりの時は余計に無防備なんですねぇあなた」
「うるせえ! 笑いものにすんな今日は俺達が主役なんだぞ!」
熱くなり吠えるが皆からは「だから話のメインにしてるだろ」と当然のような顔を返される。
だめだだめだ、このままのペースじゃまた俺が疲労するだけになる。
魔術師の大人同士、最近の研究事情やら専門的な話に花を咲かせようと思っていたら、またアルメアがポケットから何かを取り出した。
「はい。これも僕からの新生活への贈り物だよ。君達にというよりは、エブラルとオズにもね」
「ええ! 俺にこれをっ?」
弟子の声が色めき立つ。俺とエブラルも驚いていた。
それは銀色に光る、魔法石だったからだ。俺と弟はすでに持っている、めちゃくちゃ高価な通話装置である。
「すっ、すごっ。お前大判ぶるまいだなぁ。ほら礼言っとけお前ら。俺の交遊録のおかげでこんなレア魔界アイテムをなぁーー」
「ありがとうございますっアルメアさん! でもどうしてこんなすごいものっ」
「セラウェ達がハネムーンに行った時、これを二つだけ買ったって聞いて。オズと離れて住むなら、連絡のためにも必要だろう? ……そ、それに。僕もまだ認証呪文聞いてなかったし。皆で交換すればいいんじゃないか? 仲間のエブラルにも渡したほうがスムーズだからね」
あっちの方を向いて恥ずかしそうに言うチビの少年、アルメアを皆が微笑ましく、優しい瞳で見ている。後ろに立つ執事も「さすがアルメア様です」と同調し、部屋全体がとてもいい雰囲気になった。
俺は感動して拍手をする。すると皆もぱちぱちとやり出し、アルメアは赤くなって「な、なんだよそれっ僕を馬鹿にするなっ」と可愛らしく憤慨する。
「してねえって。お前ほんとにいい奴だな。最初の不穏な出会いからはマジで考えられねえよ。ありがとな。ぶっちゃけこのメンバーなら通話魔石の呪文教えても全然いいわ。なぁクレッド」
「そうだな。皆で交換するか。……って俺はまた一方的にかかってくるのを待つだけなんだが。魔力が欲しいとこんなに思ったのは初めてだ」
弟がまた悔しそうにこぼすが、それから皆の交換大会が始まった。弟とオズだけでなく、高名な呪術師であるアルメアとエブラルまで呼びつけられるのは嬉しいし幸運なことだ。
俺の実力だけでいったら、本来縁のない格上魔術師だからな。
「やっぱ持つべきものは友だよなぁ。なっそうだろ? 俺達友達だよなもう?」
「いきなりどうしたのセラウェ。僕はいつもそう言ってるだろう」
「じゃあ友達の印としてちょっと聞きたいんだけどさ、ノイシュさんとの仲はさすがに進んだんだろ?」
「……えっ。そ、それは……まだ……」
うそ! まだなのっ?
俺は奴の赤らんだ顔に驚愕する。こいつら一体三年間も何やってんだよ。なんで同居までしてる両思い同士で進展しないんだよ。
「あっ……そうか。まああれだよな、お前ら半魔族だし、人間より時間の進みが遅いもんな。まあ気にすんなよ、俺と弟は結構進んじゃったけど、人それぞれペースがあるから。なっ」
無意識の上から目線でふんぞり返ってしまうが、またこいつの呪いにかけられたらやばいと思い返す。
「兄貴、まずいぞ。奴を殺気立たせるな。また兄貴小さくなっちゃうぞ。俺は全然嫌ではないが」
「あ、ああ。気をつけねえとな。……ってお前も発言に気をつけろよっ」
二人でこそこそ話しているが、空気を戻そうと俺は優雅に飲んでいる銀髪の紳士を見た。
「そういやお前もずっと独り身なんだろ? 誰かいないのいい人」
「……セラウェさん。あなた直したほうがいいですよ。幸せな時に気が大きくなってしまうことを。……まあ私が一人なのは否定出来ない事実ですがね。しょうがないんですよ、いい人がいませんから。私が納得し得る」
儚げな銀色のまつ毛が伏せられ、色気すら滲む藤色の瞳に圧倒される。この美貌とキャリアでモテないはずはないだろうし、たぶんよっぽど理想が高い男なんだろうと邪推をした。
「まあね、魔術師って陰気な仕事だししょうがないよね。でも俺は祈ってるから、皆も幸福になりますようにってな、ははは!」
エブラルの忠告を全く聞いていない俺は全員から呆れられたが、今日は非常に気分がいい。もう無礼講だ。そう思って食事も酒も進む。
「何が楽しいってさ、やっぱ師匠がいないってことなんだよね。……いないよな? お前ら」
「いないですよマスター、お師匠様ならこの間遠出するって言ってましたし。ナザレスと」
「あっそうなんだ。良かったわ~なぁクレッド」
「本当だよ。俺がここに住んでるってバレてないのがまだ奇跡みたいなものだしな。時間の問題かもしれないがーー」
クレッドがそう呟いた瞬間、屋外からドンッ!と騒音がした。
……えっ?
俺は顔面から血の気が引いていくが、この場にいる強者達は顔色を一変させ、即座に身構えて周囲を警戒する。
ちょ、ちょっと。今いないって言ったじゃねえかよ。
そう焦った俺は立ち上がり、皆に止められるものの一人勇敢に玄関へ向かった。
開けたら、ぱらぱらと雪が降っていた。
だが目の前に、白虎の使役獣の後ろ姿がある。奴からは本気の殺気は出ていなかったが、薄っすらと積もった雪は枯れ葉と混じりめちゃくちゃになり、俺はため息を吐いた。
「おいロイザ、お前遊ぶ時は気をつけろよ。近所は気にしなくていいけどな、景観を大事にしろっていつも……」
「セラウェ。侵入者だ。俺は番犬のつもりはないが、中々役に立つだろう?」
そう言って振り返る白虎は、無表情ながらも誇り高い様子だった。眉をひそめ目を凝らす俺の肩を、そっと後ろから引いたクレッドが前に出る。
そして奴が、こう言い放った。
「……おい、出てこい! まさか……お前らじゃないだろうな!?」
「へっ、へへ……。よお団長。来ちまったぜ。引っ越しおめでとう。……あのな、俺ら丸腰なんだわ。その危険な獣、引っ込めてくんねえか?」
なんと聞こえてきた声は四騎士の一人グレモリーで、木や草の陰から、巨体の奴だけではなく、美形の騎士ユトナまで苦笑して現れる。
前にいたクレッドがふらりと後ろに倒れてきたので、俺は重い体重を咄嗟に支えようとした。だが到底無理であり、下にいた白虎の毛並みに下敷きになってもらう。
「すごいショックを受けているな。かわいそうな小僧だ」
「……うおおっ、重い! つうかお前ら、団長が倒れたぞ! 助けろよ!」
二人は焦ってこちらへ来た。手土産を俺に渡し、団長を部屋に運んでくれる。そして物陰に隠れていたもう一人が出てきた。
「す、すみません団長!! お許しください! 私のせいでっ!!」
側近のネイドが土下座する勢いで雪の上にへばりつこうとするので、同情した俺は奴を支えて同じく居間へ案内した。
どういうわけか、三騎士も加えて多くの男達が俺たちの新居に集まっている。
「なにこの人達。なんだか急に部屋が狭く暑苦しくなったな。僕たちもう帰ろうか、ノイシュ」
「いけませんよ、アルメア様。途中でお帰りになられては失礼にあたります。それにクレッド様の容態が心配です、お見守りしましょう」
親切な執事に加え、エブラルも憐れみの瞳で静観している。
オズもどうしよう!とあたふたする中、俺はクレッドの額に冷たいタオルを乗せ、看病をした。
すると奴は瞳を開け、座ったまま静かに声を発した。
「どういうことだ、ネイド。なぜバレた……」
「ひぃっ! 申し訳ありません! あの、皆で飲んでいるときに、俺すっごい酔っ払ってしまって、何か最近隠し事があるんじゃないかと責められまして、色々と喋っている内に、お二人のことをぽろっと口から出してしまったようで……本当にすみません団長!」
奴は死にものぐるいで謝罪をしていた。そこまでの問題か?と思ったのも事実だが、弟にとっては死活問題なのもまあ分かる。
「おいおい団長。部下が来ただけで何も倒れなくても。そんなに恥ずかしいか? 兄貴と住んでるとこ見られるの。俺等はもはやあんたに引いたりしねえよ。有名だろ兄貴好きは」
「……あのな。俺は別に何も恥ずかしくはない。本当は自慢したいぐらいだが生活のことを考えて……くそっ。平穏な日常が……っ!」
「いやそんな切迫した表情になるなよ。ただのお祝いだろうが、ほらあんたが欲しがってた短剣だ。いいやつだぜ。値打ちもんだから皆からな」
グレモリーがプレゼントを手渡すと、弟は複雑な表情で受け取った。
「ああ、すごく嬉しい。ありがとうな、お前達……。ああッ」
「ハイデル。すごく悶え苦しんでいるな。そんなお前の姿を見れただけでも、今日は来た甲斐があった。……ふふ、お祝いもこめて、今回はお兄さんに必要以上に絡むのはやめておくか」
茶髪の美形騎士、ユトナが俺を見てそう言ってくれる。有り難くはあるものの、なんでこいつらまで俺の家知っちゃったんだよ。なんか違和感がすごい。今になって弟の気持ちが理解できてきた。
「ま、まあまあ。来ちゃったもんはしょうがないよな。師匠にぶち壊されるよりマシか。お前ら、じゃあ乾杯するか。最初に言っておくけど、頻繁に来るなよ」
「来れねえよ。ここすっげえ来るの大変だぞ。辺境の森の奥だし、馬車がようやく通れるぐらいの道が続いてる。考えたな、団長」
にやりとグレモリーがグラスを傾ける。その言葉に元気を出したのか、クレッドも乾いた笑いを浮かべる。
「ふふ……そうだよな。……逆を言えば、そんな時間をかけてでも俺達に会いに来てくれたのか。いい部下たちだ」
「そうだろう? はあ、やっと許してもらえたぜ。おいネイド、酒持って来い。今日は酒盛りだ」
「はあっ? ここはセラウェさんの家なんだぞっ。お前はもうすこし遠慮ってもんを!」
「いいからいいから。悪いけどネイド手伝ってくれ、今日はすげえ飲むぞあいつら」
謝りまくる側近をなだめ、俺はそんなに悪い気分でもなく奴らをもてなした。予定とは違ってしまったが、俺達を祝ってくれる奴らがこんなにいたということは幸せなことだ。
「はあ、うるさいなぁ。やっぱり騎士ってガサツで品がないよね。君もそう思うだろう、エブラル」
「そうだな。私は耐性があるからあのぐらいなら可愛いものだが。それに今日は友人のために来たのだから、少しぐらい我慢しようか。ーーおや、セラウェさん。そう言えば、以前あげた特別なワイン、今飲みませんか?」
「ええっ、あれすげえいいやつだぞ! それに遠い地下にあんだよ、転移できないとこ」
「分かってますよ。だからハイデル殿と行ってきたらどうです? ここは熟練者の私に任せて」
にこりと奴の親切な助太刀に、俺はぽんと掌を打つ。
いいとこあるじゃねえかと、俺はしばしおさんどんを離れ、クレッドを連れて居間から地下に向かった。
家は広く、ひんやりした廊下を奴と歩く。
「とんでもないことになったな、お前あんだけ隠したがってたのに。一ヶ月しか持たなかったよ」
「確かにな。占い通りだ。俺もお手上げだな。……まあいいか。俺と兄貴のラブラブな暮らしは誰にも壊せはしないよ」
まだちょっとショックなのか、単語がいつもよりおかしい弟が微笑みを見せる。
俺は安心しつつも、地下に入りワインを見つけ出し、手に持った。
「兄貴。五分だけ抜け出そう」
そう言ったクレッドが俺の手を引いて、二階の屋上に向かう。
外は雪が降っていて寒い。だが弟と束の間二人きりになれて、ぽかぽかと心は暖かくなった。
「クレッド。俺、幸せ……」
心の呟きを外に漏らすと、一瞬だけ、素早く隣にいたはずの弟が俺の唇にキスをする。
ものすごく早かった。警戒しているのだろう。
「俺も幸せ。兄貴……」
今度は後ろから俺の背中ごと大きな体で包み、抱きかかえてくる。
警戒してる割にはやりたい放題のいつもの弟だ。
「だよなぁ……。幸せってさぁ、必ずしも見えるものじゃなくて、心で感じるものなんだな……」
しんみりと話し、俺はクレッドの腕に自分の手を置いて握った。
また季節は冬だ。これから俺達の四年目が始まる。
でも時間はもう関係なくて、ずっとこうして日々を重ねていくのだ。
「クレッド。改めてよろしくな。俺のこと一生愛してくれよ。俺もお前のこと一生まるごと愛するからな」
素面ではとても言えない恥ずかしい台詞を後ろの弟に告げる。すると、ぎゅっと抱擁する力が強まり、横からほっぺたに口づけをもらった。
「ああ、兄貴。一生兄貴のことを大切にするよ。今までも、これからもずっと、愛してる」
クレッドはそう伝えたあと、堪えきれなくなったように俺を反転させた。すぐに抱きしめられ、見つめ合ったあと、唇を重ね合わせる。
それは何度目か分からない俺達の大事な誓いだったから、純粋な気持ちで受け止め合った。
こいつといれば、俺はいつでもこう叫べるのだ。
「俺は幸せだーっ!!!!」
「…………うわっ、びっくりした、どうした兄貴! 皆に聞こえるぞっ」
「別にいいだろ。声に出さずにはいられなかったんだよ」
「それは俺も分かる。……俺も叫ぼうかな?」
「おう、やっとけやっとけ」
「……いややっぱ恥ずかしい。止めとこう。そういうキャラじゃないし」
「はあ? さっき何も恥ずかしくないって言ったじゃねえか。じゃあ俺のこと愛してるって叫べないのかお前?」
「でっ、出来るよ」
「おおっ! さすが俺の弟!」
「…………」
「え? まだ?」
「……くっ。俺はまだまだ鍛錬が足りない。今度やるから、兄貴、皆がいない時に!」
「いや別に強要してないから。冗談通じないやつだなーー」
……………。
…………。
……………。
…………。
ーハイデル兄弟・完ー
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