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▼ 33 同居への道 (クレッド視点)

兄貴との同居の話が進み、俺は近頃活気に満ちていた。
執務室で仕事をし、休憩時間にネイドが入ってきたので呼び止める。

「ネイド。お前に話しておきたいことがあるんだが」
「はい、何でしょうか団長」

茶髪の優男といった風貌の男が、僅かな乱れもなく制服を着込み、上官へきりりとした眼差しを向けて立つ。

「実はな、もうすぐ兄貴と一緒に住もうと思ってるんだ。改装や引っ越しには数ヶ月かかると見込んでいるが……場所は兄貴の自宅なんだ、今は空き家になっている」
「えっ。そうなんですか。それはおめでとうございます、団長」

真摯に敬礼し、祝いの言葉を述べる側近はまるで動揺しておらず、引いてもいない。俺の性質をすでに承知しているためだ。

「ああ。そこでな、お前に二つ頼みたいことがある」
「はっ。なんなりとお申し付けください。買い出しでしょうか? 引っ越しの荷物運びでしょうか? 私得意ですよ」
「いや有難いが違う。一つ目は、この話と俺の居所を誰にも明かすなということだ。とくに三騎士の連中にはな。今の俺の家も保持するつもりだから、引っ越したことは秘密にしてくれ。あとは出勤用の魔術師を手配してほしい」
「そちらでしたか、もちろんです。直ちに手配を済ませておきますので」

話が簡潔に済み感謝する。幸せな同居生活への道から、このことは誰にも洩らしたくないと考えていたが、緊急時のこともあるし、側近のこいつへの信頼度は一番高く問題はなかった。

その後、騎士団領内を歩いているときも、自然と顔が緩みそうになる。兄貴は今何をしてるのだろうかと考えていると、ふと視線が廊下のガラス窓に移った。

中庭を歩いている男が二人いる。一人は兄で、もう一人はアーゲンだ。兄は楽しそうに奴の肩を小突いていて、奴は年上らしくニヒルな笑いを浮かべている。

俺は立ち止まり、その光景をじっと見た。昔の歯がゆい気持ちを思い出す。

あいつを見ると、情けないことに自分が力のない少年に戻ったようで、魔術を知らない疎外感のようなものも未だに蘇る。

だが奴がここに来た当初よりは、俺は落ち着いていた。警戒はしているが理解する気にはなったし、なにより同居が一歩手前だからだ。

俺は変わらなければと努めている。余裕なんてまるでないけれど、兄貴を支えられるような男になりたいと、最近はとくに思う。

そう精神状態を保っていたのだが、階下へ降りていき、団員との会合のために本部ロビーの椅子にゆったり腰かけていると、なんとアーゲンがひとりやって来て、適当な場所に座った。

兄貴と別れたのだろうか、不気味に俺の視界に入りこっちをにやつき顔で見ている。

話しかけたら負けだと思い、俺は無視していた。だが二人きりなのをいいことに、奴はこんな事を言ってきた。

「おい、お前セラウェと住むんだってな」
「……ああ。それがどうかしたか。また文句をつける気か?」

苛立ちを抑えて冷静に返す。すると奴は俺の背後の席に座り、行儀悪く身をこちらに乗り出して様子を伺ってくる。

「兄弟で同居ねえ。イカれてるぜ」
「そうか? 悔しいのか。来るなよ」

はっきりと述べると、奴もむかついた表情を見せる。

「別に? お前言ったよな。あいつに手出さなきゃ不問にするって。俺にとってはラッキーだわ」
「……なんだとッ」
「切れるなよ。お前ってほんと沸点低いな。ははっ。俺はさ、恋愛とか愛とか信じてねえから。あいつと縁さえ切れなけりゃ、満足なんだよ。関わり方は……まだ分かんねえけどな?」

そこまで聞いて俺は握った拳が壊れるかと思ったが、すぐに優しい兄の顔を思い出す。
深呼吸して落ち着きを取り戻し、本当にこの手合いは嫌いだとしみじみ考えた。

「アーゲン。お前の在り方は自由だ。好きにすればいい。各々が幸せを感じていればそれでいいんじゃないか? 一番よくないのは己の不満足と不幸だ。お互いそれに足元をすくわれないようにしたいものだな」

そう告げて立ち上がり、俺は奴をもう一度見た。すると奴は不満げな顔つきをしていた。その時点で、俺達は違うのだ。
俺は今ある幸せを大事にしたい。兄貴と俺に伝わる、大切な愛情を。





強敵は増える一方だが、日々の多忙と疲れも、兄貴と過ごす一日の前には吹っ飛んでしまう。
今日は二人で外出し、ミーティングを行った。厳選した施工業者との話し合いがあるのだ。

目的はもちろん、二階の増築についてだった。

「それで、まあだいたい予算はこれぐらいなんですけど、いけますかねぇ?」
「うーん。ちょっと無理ですねえ。どのぐらいの広さを住居部分と屋上に分けるかという事にもよりますが、一階の土台も補強工事を行いますので。敷地も広いですし、浴室も豪華なものを希望ということで……およそ予算の二倍は見てもらうといいかと」
「二倍!? それぼったくってません? 僕そういうの厳しいんで、ごまかせないっすよ、こう見えて素人じゃないですから」

まくしたてる兄をなだめ、俺も見積書と図案を見て熟考する。自身も以前家を建てた経験から、正直そのぐらいはすると思っていた。それにあの場所は森深くにあり、工事も人件費もかさむ。
だが兄とも話したが、ここの業者は魔術師も雇っていてその道にも詳しいのだ。

「なるほど。分かりました。一度持ち帰り、再び検討をしてみます。増築の件はそちらにお任せしたいと思っているので、よろしくお願いします」
「ええ、ええ。お兄様。こちらこそ、ぜひ宜しくお願い致します」
「いや弟です。じゃあまた来ようか、兄貴」
「おう!」

書類を手に、大通りの店を出る。二人で街を歩き帰る途中、兄がため息を吐いた。

「すっげえ高かったなぁ。俺もあそこ良いと思うし決めたいけどさぁ。せっかく増築で済んだのにあんなに取るか?」
「そうだな。兄貴の家広いからな、その分工事も大掛かりだ。でも俺は兄貴の夢が叶うなら安いぐらいだと思う。俺に任せてくれよ、な」

肩を寄せて微笑むと、兄も表情が柔らかくなり照れたように笑う。この笑顔がもっと見れるなら、どんな苦労だって厭わない。

俺が家に住まわせてもらう形だから、改築部分は当然俺が担当したいと言い、兄にもなんとか了承を得た。無論間取りやデザインは兄の希望に則している。俺より向いているからだ。

二人で力を合わせ、とびきりいいものを作りたい。
初めての共同作業のような感じがして、今回の事はやはりいい案だと思った。

「じゃあ風呂は俺に任せてくれよ。一階も作り直したいし、二階にもすげえの作りたいんだ、贅沢だろ」

子供のようにはにかむ姿が本当にかわいい。
顔を見るたびに愛してるという文字しか浮かばない。もうすぐ毎日起床就寝時も見られるのだから夢みたいだ。

「ああ。一緒にゆっくり入れるの楽しみだ。……まさかあいつは入ってこないよな?」
「こねえよ! ……あ、でもそんなに大きい風呂場だったら、獣の姿なら問題ないか?」
「あるに決まってるだろ、何言ってるんだ兄貴ッ」

卒倒しそうになりつい大声で突っ込む。すると兄は激震して「だよな」と引き笑いをしていた。

今のは過剰反応しすぎたか? 
いやそんなことないだろう。何が悲しくて知らない男と風呂にーーしかも愛する人との入浴を許さなければならないんだ?

沸々と湧いてくる感情を必死に抑える。
だが俺がこんな風に考えても無駄といえば無駄だ。
兄貴は普段あいつを、もちろん白虎の姿でだが、風呂に入れて洗ってやってるらしいから。

「はあ……大人になるのは容易じゃないな。俺は元々幼稚なやつだ」
「えっ。ちょっと、そんな落ち込むなよ。お風呂ごときで。……そうだっ、じゃあ俺が入るのあれなら、お前が洗ってやったら? ほら仲も深まるだろうし」

この人は本当に何を言っているんだ?と目を見張る。
俺が白虎を洗うのか?

……でも、兄貴と二人にするぐらいならーー。

「おい何真剣に思い悩んでんだよ。冗談だろ普通に考えて。お前にそんな苦行させねえよ、あいつ俺の使役獣だしさ。なっ?」

明るい兄に気を使わせてしまった。
自分も年下の弟だが、大人で頼りがいのある男を目指すのならば、そのぐらい「任せてくれ!」と言わなきゃ駄目なんじゃないか?

「……うっ……せめてあいつが喋らなければ……。だめだ、人型のあの男を触ってると思うと……俺は兄貴以外の男になんて触りたくもない!」
「わかったわかった、はい深呼吸、クレッド。大丈夫だから、お前は俺が守るから。……でもなぁ、そんなんで平気かよ? あいつと同居したらどうなっちゃうんだよお前。獣だからな、人間の常識通じねえんだよ。あーやっぱ心配になってきた」

家の話はうまくいってたのに、二人の中で不安が募っていく。
俺もなんとも言えない。前よりは話が通じるようになったと思うのだが、この前のあいつの、ルールがどうのという話には引っかかっていた。

本当に同居が始まる前に、明らかにしたほうがいいのかもしれない。



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