I'm so happy | ナノ


▼ 32 弟子と使役獣への接待

後日、俺とクレッドはある食事処にいた。こんなメンバーで外食も中々珍しいことだ。
俺達兄弟の前には、おめかししたオズと普段着のロイザが座っている。

「うわあ、こんな高そうなレストランで本当にご馳走してもらえるんですか? 誕生日でもないし、普段はケチで出不精なマスターなのに!」

久々に毒舌が飛び出した弟子に対しても俺は微笑ましく頷き、メニューを見せてやる。

「そうだぞ。今日はお前の労いの日だ。なんでも好きなもの食え」
「兄貴。もうコースを頼んであるぞ」
「あっ、そうだった。じゃあお飲み物頼め。オレンジジュースでいいか?」
「いやですよ、なんで子供扱いするんですか。じゃあ俺ここのイチオシの高級白ワインで」

浮かれた弟子が勝手に注文しやがる。まぁ今日は許してやるか。こいつを接待し、喜ばせる目的があるのだ。

隔離されたテーブル席で乾杯をする。料理が続々と運ばれ、肉料理の美味しさに舌鼓を打っているとき。俺とクレッドは密かに目で合図をした。

「あのな、オズ。実は話があるんだ」
「はいっ。もしかして、お二人が同居するって話ですか?」
「……まあそうだが。なに、気づいてた?」
「もちろんですよ。最近のマスターの言動でさらにまる分かりです。それにこんな美味しいご馳走まで。いいんですよ、俺にそんな気使わなくて」

オズは優しい笑みで俺達を見て、うんうんと頷く。大人な弟子でよかったが、本題はここからなのだ。
若干緊張していると、隣でやけに気合の入った様子のクレッドが話しかける。

「そのことなんだがな、オズ。実は俺達、兄貴の家に住むのはどうかと、話し合ってたんだ。仕事や住居、白虎の環境的にもいいんじゃないかと思って」
「え!? あそこに住むんですかお二人とも?」
「そうしたいと思っている。オズさえ良ければな。改装したり、増設したり出来たらと考えているんだが……。俺はやっぱりお前の気持ちが気になるんだ。俺があの家に割り込んで、お前を追い出すみたいな形になるのはすごく心苦しい。だからーー」
「ちょっ、待ってください! クレッドさんっ」

弟子はフォークを置き、低姿勢の弟に対しさらに身を低くして片手を振った。

「あなたが心苦しく思う必要なんてないですからっ。俺は弟子としてマスターのお家にお世話になってたんですよ! なのでもちろん決定権はマスターとその配偶者、クレッドさんにあるんです、俺に反対する権利なんてないですよ! そんな気も最初からないですし!」
「は、配偶者? はは。そんな風に言ってくれるとは……まああながち間違ってもないが…」
「おい話に戻れクレッド。……じゃあオズ、俺らの考えお前は大丈夫ってことでいいのか?」

念を押すと弟子は真剣に「はい!」と了承してくれた。少しも罪悪感がないわけじゃない。こいつが十六の時から一緒に暮らした家だし、例えばこのまま皆で暮らすという手もある。しかし弟とはいえ深い関係となったクレッドに、それは失礼だと思うのだ。

ロイザは俺のペットの括りだから、もう互いに同居を受け入れてもらうしかないのだが。

「でもそうかぁ。いい頃合いですよね。確かにちょびっと寂しいですけど。俺ももう大人だし、住むところも見つけないとな。クレッドさん、しばらく仮住まいに住んでても大丈夫なんですかね?」
「もちろんだ。あの場所は三人のために準備した家だから、好きなだけ使ってくれ。お前は教会のためにも日々尽力してくれている。兄貴のことのみならず、俺はそういう面でもオズに感謝してるんだ」

弟が半分団長モードで奴に優しく告げ、オズもぽっと頬を染め「えっそんな~」とまんざらでもない顔をしている。

俺達が自宅に住むにしても、一階の改装も考えてるし、弟はとくに多忙なため引っ越しもやや時間がかかる。

「だから誰も焦る必要はないんだけどさ。お前にもうひとつ話があって」

またクレッドと顔を見合わせ、俺はある事を伝え始めた。

「まあお前に格好つけてもしょうがねえし、正直余裕が出来たからっつうのもあるんだが。ここはマスターの俺が弟子のお前に住居をプレゼントしてやろうと思う。伝統的に。どうだ? すごくないか?」
「えっ? ええー!!」
「おいおい、驚きすぎだろ。あ、言っとくけど今の家レベルは無理だから。師匠と俺の格差考えてくれ。といっても、まぁまぁお前が満足できるのを色々考えてる。しかも寂しいっつうなら俺達の近所でな。別に場所は好きなとこでいいけど。あとこれは俺もさすがに断ったんだが、クレッドもどうしても力になりたいとか言い出してさ~」

ぺらぺらと長話をし、照れを隠す。弟子の大きな瞳は潤み始め、俺と弟を交互に見ていた。

「そっそんなあ、いいんですよ俺なんかに気を使わなくてもっ。そりゃ嬉しいですけど、申し訳ないですって! 家を贈ってもらえるような働きなんか全然……っ」
「いやしてると思うぞ。すごく。俺から見てもそうなんだから、きっと兄貴は物凄くそう感じてるんじゃないか?」

いい感じにアシストしてくれる弟に神妙に頷き、弟子をちらちら見る。ぶっちゃけ感謝を表すのは気恥ずかしいがめちゃくちゃしている。こんな時にしか年下の弟子には表せないものだ。

「確かにね。俺口下手だから。お前も分かってんだろ? そんぐらい。もう長い付き合いなんだからさ」
「……はいっ。分かってますよ、マスターの思考なんて!」

互いに笑いがもれ、和やかな雰囲気になる。ああ素直で可愛げのある弟子でほんとによかった。よくこんな師匠についてきてくれたもんだと有難くもなる。

「えーっ、どうしようっ。どんな家にしよっかなぁ。あ、マスター、家具は俺自分で買いますからねっ。これでも教会から結構もらってますし♪」
「当たり前だろっ、つか知ってるわ! ったく自慢しやがって、いい気なもんだなぁ」

すっかりその気の弟子に呆れつつもほっとする。

「よかったな、クレッド。受け取ってもらえて」
「ああ。やっぱりオズは大切な身内というか、家族だからな、もう」
「……え! 今の聞いちゃいましたよクレッドさん! 俺ハイデル家に入っちゃっていいんですか? 五男になっちゃったりして!」
「いいよ。入れ。お前は俺の弟みたいなものだ」
「やったあ!」

何馬鹿なこと言ってるんだと突っ込みたくなるものの、まあいいかと見守る。
すると、オズの隣でふと無表情な使役獣が気になった。奴のご飯は魔力なのでこの場に座ってるだけなのも今更気づく。

「あれ? ロイザ。なんか放置しちゃったけど、お前元気か?」
「元気だ。話がまとまってよかったな、セラウェ」
「お、おう」

白髪褐色肌の男をじっと見ると、奴も俺をじっと見返す。ううん? なんか思うことがあるのだろうか。

「おい、クレッド。やべえよ。なんかオズだけもてなしてるけど、こいつにもなんか釣れるもん用意しとくべきだったか」
「え? あ、そうか。何がよかったんだ。ええと……」
「お前達。全部聞こえているぞ。俺は獣だと忘れたか」

ちくりと言ってくる白虎に俺等も口ごもる。どうしよ。獣だからいいかと思ってとくに何も考えてなかった。

「でもロイザ、お前も嬉しいんじゃないか? せめて家があそこになってさ。お前森とかも気に入ってるだろ?」
「……それはな。俺のことも考えてくれるとは、いい主だな、お前は。しかし……問題は小僧のことだ」

ちらっと灰色の瞳が俺の弟を見やる。クレッドの瞳も一瞬見開き、珍しく油断しているのか瞬きした。こいつの使役獣に対する殺気も前は凄かったのに、今は身内と判断してるようで俺は安心していたのだが。

ロイザは違うのか?と不安がよぎる。

「俺と小僧は本当にうまくいくのだろうか……」
「おいおい、何言い出すんだお前、そのわざとらしい哀愁漂う顔つきはやめろよ」
「仕方がないだろう、心配なんだ。俺のルールについてこれるのか、この弟がーー」

そこまで言うとさすがのクレッドも眉をぴくりと上げ、美しい顔立ちを奴にまっすぐ向ける。

「ん? どういう意味だ、白虎。何か言いたいことがあるなら言え」
「ほら、その言い方だ。セラウェやオズに対してとはまるで違う、なんとも圧のある態度。それが同居生活で終始続くのならば、俺も友好的でいられるかどうか」

しおらしく話しているが、腕を組み、弟を見据える姿は相手の出方を愉しんでいるようにしか見えない。こいつまた始める気かと頭を抱えたくなっていると、弟が信じられない態度に出た。

「そうか、それは悪かった。態度はなるべく直そう。こんなこと言いたくないが、俺達は鏡みたいなものだ。互いに直せばもっとよくなる。そう思わないか? お前も」

にこりと笑うその顔に血管が浮き出てないか俺も目を凝らす。
だがクレッドは本気で取り組んでくれているようだった。ロイザとの仲構築に。

「ふふふ。俺も同感だ。鏡のようとは、いい表現だな。気に入ったぞ。……そうだ、交友を深めるために、俺からひとつ提案がある」
「なんだ。喧嘩の類ならしないぞ」
「そうではない。俺はセラウェのであってお前のペットではないから、名称で呼ぶのはどうかと思うのだ。だから名前で呼べ」
「……はっ? お前をか? お前だって俺のことを小僧だのなんだの、もっとひどい呼び方してないか」
「嫌なら改めよう。なあ、クレッド」

にやりと使役獣が口にすると、分かりやすく弟はぶるるっと肩を震わせた。

「なぜだかすごく居心地が悪いな……無理するなよ。小僧でいいぞ」
「いいや、この方がいいだろう。俺達は対等なんだ。ここから始めよう、クレッド」

奴がそう言う度に俺も違和感を感じる。明らかにクレッドは嫌がっているし、なんか奴を焚き付けて問題起こそうとしてるんじゃないかと使役獣に疑った見方さえしそうになる。

「いいじゃねえかよ、呼び名なんてどうでも。それにそんなに急がなくても。あとさ、お前らは絶対名前で呼ばないとこが尖った男のアイデンティティみたいなとこあったじゃん? だからさぁ」

間に入って取り持とうとすると、クレッドがずいっと前に出る。

「わかった……負けてたまるか。俺も名前で呼んでやるよ。ロイザ。これでいいか」

うわっ。こいつ勝負を受けやがった。ほんとにどうでもいいけど。
だが両者とも、いつの間にか見えない火花みたいなの散らしてる。ロイザは愉悦に満ちているが、クレッドは若干屈辱的だ。

「わあ、クレッドさんが言うとなんか格好いい! でもロイザが言うのなんか違和感があるなぁ~。年長者だからかな」

空気を読まないオズが明るい声で茶化し始める。
するとロイザの機嫌が悪くなり、オズを見やる。

「年長者? お前、年で判断する気か。俺は対等の話をしているんだが」
「そう言う割に偉そうじゃん、ロイザ。あ、わかった。ナザレスのときみたいに焼きもち焼いてるのか? マスター取られちゃうと思って!」

楽しそうに話す弟子に俺も久々引く。そんなわけないと思っていたら、白虎も余裕の顔で同じことを言う。

「ふっふっふ、やはり年も判断に重要だな。若輩者めが。俺は小僧には嫉妬はしない。なぜなら俺は、セラウェ寄りだからだ。俺の心は主とともにあり、直接的に影響を受ける。俺が分離していたら、別の感情を持っていたかもしれんがな。喜べ、小僧」
「……ああ、喜んでいいのか。確かにな。というかもう名前の話はいいのか、助かった」

胸をなでおろし納得する弟の一方、俺は真新しい気持ちでロイザを見る。

「へえー。そういえばそうかもなぁ。お前俺側なんだ。なんかいい事聞けたわ。嬉しいぜ、ロイザ。でもそれならもっと俺の気持ち考えて騎士団でも暴れないように出来そうなんだけどね」
「それはそれだ。獣の習性は抑えられん。しかし人間の心に寄り添う時は、お前に従っているつもりだ。……だから小僧。安心しろ。俺達の同居も許してやる。ただ最低限のルールは守ってもらうぞ」
「だからそのルールってなんなんだ、怖いんだが。……まあいいか、俺を受け入れてくれることには礼を言うよ、白虎。……あとな、お前も俺の言う一言二言は守れよ。多くはないから」

クレッドはまだ大人なやり取りをしてくれている。
使役獣もなんだかんだいって、認めてくれているようだ。
この二人、大丈夫かと思っていたが、思ったよりもうまくいくのかもしれないな。俺はそんな風に楽観視していた。



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