I'm so happy | ナノ


▼ 31 家ツアー

「兄貴、鍵持ってるのか?」
「いや、持ってねえ。でも大丈夫だよ」

もう夜も遅くなってきた頃、俺は人っ子一人いない森林に建つ自宅へやって来た。ここへは普段研究の時しか来ない為、鍵は仮住まいに置いてある。でもそれも予備に過ぎないのだ。

「ほーら見てろよ、じゃーん!」

子供にやるように魔法を使い玄関扉を解錠する。すると弟は率直に「すごい!」と驚き、さすが魔術師の家だと防犯意識を含め感心してくれる。

この家屋は石造りで、一階建ての平屋だ。だが部屋数は多く、敷地も広いのでかなり開放感がある。
廊下を通り居間へ抜けると、木の家具を中心として温かみのある雰囲気だ。

「ほら、使ってないわりに綺麗だろ? オズが掃除してくれてんだ」

自分でしろよと思いつついつも弟子に甘えている。
クレッドは新鮮な様子で、かなり高い天井から台所に続くカウンターまで見渡していた。

「すごい懐かしいな。久々に入るよ、兄貴の家」

まじまじと見つめる弟を視界に入れた俺のほうこそ、かなり感慨深く感じた。
三年前。この野郎が突然来た時はこの世の終わりかとぶっちゃけ思ったが、今ではこんなに仲良く、生涯の伴侶レベルで過ごしているとは。

「壁一面の蔵書もすごいな。兄貴は本読むの好きだもんな」
「ああ。でもこれは入り切らないやつ出してるだけだから。研究部屋も含め三部屋埋まってんだ」
「え!? 図書館じゃないかもう」
「ははっ。誰にも貸し出さねーよ。汚れとかついたら俺マジでキレるから」

そう言うと弟はビビっていたが、身内なら全然許せるし他人が嫌なだけなのだ。
考えてみれば、弟子や使役獣は特殊だとして、俺は本来人と住むなんてのは難しい人間だと思う。夜型だし自由に過ごしたいし。

でも不思議だ。クレッドとなら大丈夫なのだから。やっぱ元々家族だからだろうか。

「……とはいえ、一応聞いとかないとな。なあなあクレッド。そういや俺夜中研究とかする時あるけどお前大丈夫か? イライラしない?」
「大丈夫だよ。毎日だったら寂しいかもしれないけど」
「それが連日ってこともあるんだよ。お前ほんとに俺と住み始めたら引くかもな。参っちゃうかも」

自宅をもう一度見て心配し始める。もちろん自重はするが、愛想尽かされたらどうしよう。

「兄貴……俺のことは心配しないでいい。ただ体壊すのはだめだぞ、それさえ気をつけてくれればな……よし、俺も気をつけよう。だから好きなように過ごしてくれ」

にこりと笑う弟の余裕が優しく嬉しい。お互いへの思いやりは絶対忘れないぞと俺も深く胸に刻んだ。

その後も居間に隣接した台所や、外に繋がるテラス、そして中庭なども案内した。
弟が来たときと変わってないと思うが、あの時は短い滞在だったのだ。

俺の研究室も見てもらい、地下にある怪しげな空間も教える。酒や備蓄など一軒家ならだいたいが保有しているスペースの他に、防音・防護の地下部屋は師匠が特別に作ってくれたのだ。

譲り受けた実験器具や本、収集した素材なども綺麗に専用の棚へ並んでいる。

「うわ、なんだここは……プロ仕様だな。さすがだ。あいつを初めて尊敬したよ」
「はは。あのおっさんここだけは自分でやるって言って何日も頑張ってたよ。俺もさすがにこのレベルは無理だわ」

自慢の部屋を見せたあとは、また地上に戻り他の空き部屋を見て回る。

蔵書部屋以外は全てゲストルームのような空き部屋なのだが、俺達はある場所で立ち止まった。
クレッドは耳まで赤くなり、申し訳無さそうにしている。

「もしかして、気づいたか? ここがかの有名な、お前が俺を連れ込んで二人で初めてxxxをしたーー」
「ああっ! 悪かったよ兄貴っ! ものすごく反省している!」

だが後悔はしていないといった弟の顔立ちに吹き出す。
別に俺は責めていない。酷い目にはあったが、こいつは呪いの症状にやられていたし、そもそもは兄弟の呪いだったからだ。

「まあまあ。いいじゃねえか。思い出の場所ってことで。他の奴は入れないって決めてるんだ、ここは。特別だからな」

笑って奴の肩を叩く。赤くなっているクレッドの手を引いて、俺は廊下から外に繋がる大きな庭に出た。

「ここはロイザが走ったり、そのまま森で狩りしたりしてたな。あとすごい星綺麗なんだよ、この場所。自然も豊かでさぁ。我ながらいい家だわほんと」

俺は何の他意もなくそう言って腕を組み頷いていたのだが、クレッドは黙って静かになった。何かを熟考しているようだ。

「兄貴……まずいな」
「え? 何が?」
「この家は本当に素晴らしい。間取りもデザインも、用途も導線も。さすが兄貴……とメルエアデ、もだな。俺は正直、ここより良い家を作れる自信がなくなってきた」

若干の悔しさと、だが尊敬の眼差しで述べる弟に驚愕する。

「ちょっ、何言い出すんだよ、そんなことないって!」
「いや、そうだ。ここが一番だ。……あそこも悪くないと思っていたが、兄貴にずっと領内の仮住まいに住んでもらっていたことも申し訳なく感じる」

切羽詰まった表情で言うので俺は焦った。まずい。まったくそんなつもりではなかった。軽い家自慢みたいなことを連発してたのが仇になったか。

「違う違う! 俺仮住まい好きだし! それにお前と近いし! って何回も言ってるだろ、これも! あとさ、本当はここ二階作りたかったんだよ、俺作りたい部屋あって。屋上も欲しいんだけど、寝転びながら星見られる天窓とかもいいな~ってさ」

必死に説明する。弟のやる気がなくなりやっぱ同居やーめたとか言われたら俺はショックで倒れてしまう。

「そうなのか?」
「そうだよ! だからやめるとか言うなよ!」
「いや、それはもちろん言わないけど……やっぱりここ以上の物件は……」

涙目で弟を見守る。こんな家に連れてくるんじゃなかったと早とちりしていると、クレッドが何かを思いついたように、俺を見やる。

「なあ、兄貴。ここに住むか?」
「はっ?」
「いや、予算が下げられそうだとかそういう事じゃまったくないんだが、兄貴の仕事の事とか、自然に満ちた風土とか、白虎に合う環境とかも考えたら、やっぱりこの土地は物凄く良い場所なんじゃないかって思うんだよな」

冷静に判断している弟の前で、しばらく固まってしまった。

「え。ここに住むの? そりゃ環境的には最高だろうけど、お前嫌だろそんなの、ここ俺んちだぞ」
「嫌ではないよ、全然。むしろ気に入っている。静かで自然が溢れてるところは特に好きだ。鍛錬も思う存分出来るし、理想的だよ。勿論新しい家を建てたかったらそうしよう。でも、例えば二階を増設するとかも、出来るんじゃないか?」

具体的に言ってくれた言葉に、単純な俺は一瞬目が輝く。それは昔からの自分の夢だったのだ。
前は若く金がなくて叶わなかったけど、この場所に理想的な落ち着ける空間を作ることは。

それに弟の言う通り、魔術を生業とする俺やロイザにとってはここが一番いい環境なのは確かだった。

「でも、でもさ……お前本当にいいの? 俺に合わせてくれてるんじゃ……。確かに二階も作りたかったし、ここなら全部の問題は解決するけど……」
「本当か? 俺は本当に心からOKだ。二階も一緒に作ろう。他に改装したいとこもあったら出来るよ」

弟が嬉しそうに笑う。まじか……。
なんか俺もすげえ喜びにわき、段々と興奮してくる。

正直、家を新しく作ることには全く不安がないわけではなかった。きっと弟もそうだと思うが、こいつが気に入ってくれるだろうか、満足のいくものが作れるかどうかと、ずっと考えていたのだ。

「……おしっ。いいかもしんねえ。あと金が浮くっていうのもいいことだよな、その分貯蓄出来てまた二人のために使えるしさ!」
「そうだな。それに、もし将来的に新しく家を建てたいってなった時も、二人で一緒に住んでからのほうがもっと取り組みやすくなるんじゃないかと思うんだ。そういう可能性も含めて、なんでも出来るんだからな、これから俺達は」

弟の言葉が心強い。こいつも同棲なんか初めてだろうに、さすが俺よりしっかりしてる奴でよかったと安堵する。

「あ、でもひとつだけ、申し訳ないことがある。兄貴」
「えっ、なんだよ? もう全部決まっただろ」
「そうなんだが……俺がここに住んだら、オズを追い出すみたいで、すごく悪い気持ちだ。オズがこの案を気に入らなかったらやめよう、潔く」

クレッドが真摯に申し出てくれるが、俺は大丈夫だと思っていた。弟にはもう話していたが、あいつは一人暮らしすることに前から了承している。もう二十三だし、俺もそれより早く師匠の家を出た。

「だからな、あいつ寂しがり屋だから近所に住むことになるかもしれないが、それは許してやってくれ。あとさーー」

すぐに「それは勿論だ」と言ってくれたクレッドに、俺は少し前から考えていたことを話し始める。正直、実現しようと思ったのはこいつが今、住むのはここでもいいと言ってくれたからだが。

「実は、オズのことなんだが……」
「兄貴。もしかしてそれって……こういうことか? 俺も賛成だ」
「まじで?」

こそこそと誰もいないのに夜の庭で二人で話す。
なんと、俺達は同じことを考えていた。

こうなったら、俺の弟子に近いうちに話さないとな。



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