I'm so happy | ナノ


▼ 30 俺の家

合宿が無事に終わり、任務の合間を縫って俺は師匠と会うことにした。魔法鳥を飛ばし、いつ都合がいいか聞いたら、あのおっさんにとある場所を指定される。

そこは俺もいきつけの魔術師専用バーだった。玄関扉には特殊な結界が張ってあり、解除できないと入る資格すらない洒落た酒場だ。

少し遅れてやってくると、カウンターには長めの金髪の男の姿があった。遠くから見ても分かるほどのガタイの良さと美男子ぶりで、見える武器を携帯しておらず、ラフなシャツ姿というのも珍しい。

「よお、師匠。待った?」
「俺を待たせるとはいい度胸だなてめえ。ほら飲め」

有無を言わさず頼んであった酒をひとつ回され、遠慮なく頂く。不思議な味でうまい。

辺りを見渡すと、獣人やら魔族やらが普通に騒がしくしていて、さらに最恐最悪の師匠の存在も加わり混沌とした雰囲気だ。

「話ってなんだよ。くだらないことなら承知しねえぞ」
「すげえ真面目な話だって。俺もうすぐ弟とついに同居すんだけどさ、あの家どうしたらいいと思う?」

爽やかに聞こえるように尋ねたのだが、案の定冷たい顔で見据えられた。

「どうするってどういう意味だ? あの家は俺のだが」
「いや共同名義だろ! 売るのか? 処分するのかよ?」
「さあねえ。どうしようかな」

顎をさすり意味深に笑む師匠をじっと見やる。かなり支援してもらったが俺も費用出してんだから意見言う権利はあるだろう。

「んな悔しいネズミみたいな顔すんなよ。安心しろ。あそこは売らねえ。なんでだか分かるか? お前がいつ破局しても戻ってこれるように保持しといてやろうという、俺様の尊い親心だ」

朗らかに似合わない笑顔で言われ、俺はめまいに陥る。言ってることは優しいのだが言葉に気をつけろよ。

「は、は、破局だと? バカ師匠、縁起でもないこと言うな!」
「なに動揺してんだよ。あいつとうまくいってないのか? もしかして。ハハッ」
「ちげえよ!」

もう疲れてきたが懸命に平静を保ち流そうとする。

「とにかく、じゃああのままってことか。俺が管理しとけばいいよな?」
「おう。俺は全国に、いや全世界に家を所有しているからな、忙しくて手が回らねえ。今まで通り好きに使え」

そう話す師匠は葉巻を取り出し、火をつけて哀愁を漂わせ吸い始める。なんだか横顔が寂しそうだ。やっぱり少し複雑なのだろうか。

この前師匠が倒れたのを見たから、こちらまで勝手に切ない気分になってくる。
だが次の一言で引き戻された。

「それで、あいつはなんで今日いねえんだ?」
「はっ? クレッドか? な、なんでそんなこと気にするんだよ。あいつは来ないだろ、あんたにわざわざ会いに。……まあ行こうか?とは言ってたけどさ」
「へえ。じゃあ呼べよ。ほら今すぐ」

……えっ?
そんな予定の無かった俺は固まる。だが師匠の琥珀色の瞳が本気な眼差しで命じている。これを断ることは昔からの習性でできなかった。

「しょうがねえなぁ、聞くだけ聞いてみるか。忙しい奴だから来るかは未知数だけど」
「来るだろ。俺からの誘いだぞ。今後に関わるからな」

またそういう言い方をするから警戒するのだ。
俺は席を外し、お手洗いへと向かった。転移魔法を使うよりも、店内でこっそり通話装置の魔石を使い、弟に連絡をする。

すると奴は短い呼び出しで出た。

「兄貴? 大丈夫か。今どこだ?」
「例の酒場だよ。実はさ、あのおっさんがお前に会いたいんだって。嫌なら断っていいから」
「……そうか。いや、行くよ」
「え! いいのか…? ええと、じゃあ俺が迎えに行くからーー」

素直すぎる弟の対応に驚きながらも、ひとまず感謝をして切った。クレッドのやつ、最近はとくに師匠に対しても気を使ってくれている。すごいことだ。

「皆大人になったってことかなぁ……」
「何がだ?」
「ひえっ!!」

気づけば背後を大きな影に覆われていた。背の高すぎる男に見下され、魔石をぱしっと取り上げられる。やばいこの存在が見つかった。

「これ魔界の通話装置じゃねえか。お前持ってたのかよ。ひでえな、早く認証呪文教えろよ」
「いっ、嫌だね! それだけは無理!」
「おいおい。バカ弟子。お前に拒否権はねえ。呼んだらすぐ来る。それが俺等の鉄則だろう?」

ふっふっふ、と悪い笑みで悪魔に囁かれる。
終わった。よりによって連絡手段が知られてしまうとは。まあ本気出されたら普通に居場所なんて割られるだろうが、出来れば新居も隠したかったぐらいなのに。

とにかくクレッドを呼んでくるように言われ、俺は従った。
数分後、酒場に現れた弟を師匠は隅のテーブル席で迎えた。

「よう、聖騎士。わりいな、急に呼び出して」
「いや……もう体はいいのか?」
「おうよ。心配かけちまったなぁ。あんなのはちょっとした休息のようなもんだ。ああでもしないと俺は休めないからな」

いや強制的に罠にかけられたんだろと思いつつ、普通に話している二人にドキドキする。喧嘩にならなければいいが。
しかしこざっぱりした格好のクレッドは、終始穏やかな様子だった。

「それで、話ってなんだ? 俺達はもうすぐ一緒に暮らそうと思ってるんだが。以前話した通り」
「そうそう。聞いたぜ。おめでとう。お前らもようやく一人前だな。まあ頑張れよ。俺も応援してやりたいんだが……あの家、売ろうと思ってな」

は!?
全然さっきと違うことを言っている。口をパクパクしていると、弟が心配げに俺を見てきた。

「そうなのか? でも、兄貴のお気に入りの家なんじゃ……」
「しょうがねえだろう。確かに俺らの思い出がたっぷり詰まった家だがなぁ…」
「あんたのは別に詰まってないだろ! 俺とオズとロイザのだ!」
「冷たいやつだな。施行から手伝ってやっただろうが。まだ若く未熟なお前に弟子が出来たつっつうんで、祝いと激励も兼ねてな」

確かにそうだ。田舎旅で知り合ったオズに急遽弟子入りをせがまれ、最初は断ったんだがすごい熱意にまんざらでもなくなった俺が、考えてみたらまだ師匠の家に住んでたため、新しい家を見繕ってもらったようなものなのだ。

「そんな大事な家だったのか……やっぱり売ってしまうのは残念だな。メルエアデ、いくらなんだ?」
「ん? 何故そんなことを聞く」
「俺が買い戻せるならそうしたい」

はっきり答えるクレッドを二度見する。すぐにテーブルをがしんと叩き立ち上がった。

「何言ってんだよ馬鹿な事言うな!」
「まあ待てよセラウェ。俺はこいつと話してるんだ。……聖騎士、あれは魔術師に特化した作りなんでな。結構高いんだよ。お前そんな稼ぎあんのか? 他に家は?」
「ひとつある。一軒家だ。俺は昔から大金叩いたのはそれぐらいで、普段あまり金は使わない。兄貴の家なら買う価値はある」
「おいマジで怒るぞ、んなことする必要ねえからッ」

俺が脅威に感じ腹立ったのは師匠の動きだ。この男なら法外な値段で売りつけそうだし、しかも弟もおかしいから買ってしまいそうなのだ。そんな馬鹿なことがあってたまるか。

睨みつけていたが、男二人は俺を差し置いて酒場の隅に行き話し始めた。なにやら交渉をしているようだ。俺は奴らの背後に近づき聞き耳を立てる。

「えっ!? そんなにするのか、俺の家より高いな」
「だから言ってんだろう。こだわり抜いた物件だからな。どうする? あいつが出てくっつうなら他の魔術師にでも売りつけようかと思ったんだが」
「それは……やっぱり防ぎたいな。わかった。俺に買わせてくれ。あの場所は兄貴のために作られたんだから」
「ほう? お前なかなか根性あるじゃねえか。悪いけど購入は一括でーー」
「売らねえぞ!!」

突然大声で切れた俺に二人が振り返る。
血管がこれでもかというぐらい膨張していた。ふざけんな。張本人を差し置いて決めやがって。

「勝手に話を進めんじゃねえ! あれは俺の家だ、売らねえぞ! クレッド、お前も騙されんな!」
「あ、兄貴ーーでも、こいつのものでもあるんだろう? もし無理やり誰かに売られてしまったら……」
「そん時はしょうがねえよ、でもお前が身銭切る必要なんてどこにもねえ、確かにすげえ大事な思い入れのある家だが、俺は未来だって同じぐらい大事にしてるんだ、お前と暮らす家をな!」

酒場で恥ずかしい台詞を言い放ち、弟は赤らみ感動の面持ちだったが、師匠はいつもの白けた顔で立っていた。

「ああはいはい、そうかよ。本気になりやがって。お前ら似すぎだろ、冗談も通じねえんだからよ。ほらあっちに戻るぞ」

はあっ?冗談だと?
興奮冷めやらぬまま三人で席に戻り、また顔を突き合わせる。

「本気じゃなかったのか」
「ああ。最後に意地悪しただけだろうが。あそこはセラウェの家だ、好きにしろ」

ようやく師匠が落ち着いたトーンでそう話したため、俺は心底安堵し、またパアっと感謝の念も湧いてきた。
師匠はクレッドをじっと見やり、グラスを傾けてこう話す。

「少なくとも、お前がケチな野郎じゃないってことはわかったわ。こいつのために自分のもん差し出せない奴は男じゃねえ。そんな野郎は俺は認めねえから」

偉そうに言ってるが、弟は真面目に受け取り、しっかり頷いている。

「俺は本気で兄貴と一緒になりたい。その準備も覚悟もあるぞ。それをお前に解ってもらえたならよかった」
「へっ。やけに素直な態度じゃねえか。まああれだ、抜き打ちテストはまたするかもしれねえがな。とりあえずは合格にしてやるか」

こいつマジで何様のつもりなんだと突っ込むのを我慢する。せっかく大人なクレッドのおかげでいい雰囲気になったのを壊すのもあれなので、俺も同調して頷いていた。

「はあー。飲み過ぎたわ、眠くなっちまった。じゃあな、俺は行く。……あっそうだ。お前ら通話魔石の呪文教えろよ。それが最後の交換条件な」

立ち上がり何を言うのかと思いきや、弟も怪訝な顔をした。

「まだ忘れてなかったのかよ、嫌だって! あんたずっとかけてくるだろ」
「俺はそんな暇じゃねえ。緊急用にだ。お前が捕まらなかったら困るだろ、俺が」
「……通話魔石って、俺もお前に教えなきゃいけないのか?」
「なんだその心から嫌そうな顔は。舐めてんのかてめえ、若造。あれだぞ? セラウェに何かあった場合、お前に一番に連絡出来るだろう。お互い知ってて損はないんじゃないか? あ、お前は魔力ないから通話を受け取るだけだろうが」

一方的な師匠に俺はまたメラメラと興奮してくる。

「あんたなぁっ、そうやっていつも俺で釣ろうとすんな!」
「お前でしか釣れねえだろ、この男は。なぁどうだ聖騎士」
「……わかった。やむを得ないな。兄貴のためだ。だが本当に緊急以外はかけてくるなよ。ああ、兄貴に関することならどんな些細なことでもいいが」

真剣に話す弟にがっくり来るが、師匠は満足気に笑っていた。もう嫌だこの二人。話を聞かない奴らの筆頭だ。

「よし、決まりだ。ははっ。気分がいい。やはり交渉は五分じゃねえとな。じゃあな、気をつけて帰れよ」

俺達は呪文を交換させられたあと、師匠は風を切るように爽やかに帰っていった。
いつものごとくドッと疲れる。俺は弟を横目で見やった。

「お前な……本当にいいのか。あのおっさんと繋がることのヤバさ分かってないだろ……」
「分かってるさ。だが俺も兄貴との同居を許してもらった。だからこれぐらいは譲歩しないとな」

机に少し身を乗り出し、隣の俺に笑いかけるクレッド。
その笑みを見ていたら、なんだか力が抜けてきた。そこまで覚悟してくれてたとはーー。

「お前、いいヤツすぎだろ。そのうち身を滅ぼすぞ。あの男によって……」
「ははっ。なんだそれは。俺は大丈夫だよ。二人でいられれば。元気いっぱいだ。力がみなぎってくる」

その姿はまるで頼もしい団長を見ているようで、俺も段々と緊張が解け、表情が緩む。
何はともあれ、俺の家もこのまま残せるのは朗報だ。

「もちろん兄貴のためが一番なんだけどさ。あの家は、その……こんな風に言っていいのか分からないが、自分にも思い出深いというか……兄貴と久しぶりに再会出来た場所だったからな」

少し遠慮がちに明かす弟に、俺も合点がいった。
確かにそうだ。あの一連のことは怒涛の出来事だったが、そういう意味でも俺達にとって非常に思い出深いのだ。

「そうだよな。今では懐かしいわ、お前が突然やって来てーー」
「ああっ、ごめんっ!」
「なんで謝るんだよ。いいって。今思えばそこから始まったんだから。お前が来てくれてよかったわ。まぁビビったけどな、マジで。捕まえにきたのかと思ったし」

ある意味それも間違ってないけどな。そう笑うとなんだかあの場所にまた戻りたくなってきた。

「そうだ、今から行かないか? 俺の家。二人で見に行こうぜ」
「えっ。今から?」
「おう!」

家を決めるためにも、何かのヒントが掴めるかもしれない。そう伝えると、クレッドも納得をして乗り気な様子だった。

こうして俺達は夜、酒場を抜け出してあの懐かしの家に向かった。



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