I'm so happy | ナノ


▼ 1 診察

リメリア教会に所属してもう三年目。この職場での新人という立場から脱却し、中堅どころとして仕事にマンネリすら感じ始めてきた頃。騎士団と教会に従事する者たちに「精神カウンセリング」が行われる時期がやってきた。

いわゆるストレスチェックを行い、騎士や魔術師の心身の健康を計り、問題解決や職場の改善などを促す目的がある。

しかし俺はそんなのただの口実で、無能な奴らをふるいにかける審査なのではと毎年疑心暗鬼になっている。

「ーー失礼します。セラウェ・ハイデルと申します。今年31才のO型、性格は控えめで温厚、わりと空気が読めるタイプです。教会では補助的役割を担う魔導師として地味に活躍しております。よろしくお願いします」
「はい。どうも、ハイデルさん。ではそちらにお座りください」

書類から顔を上げた色素の薄い金髪の男性が、重厚な机を挟み向かいの椅子を勧めてくる。

大人しく座った俺は数才年上だろう白衣の男を眺めた。名をジスという彼の簡単な自己紹介によると、今年から新任の白魔法術師でこの大規模な調査の後そのまま教会の同僚になるのだという。

そんなやつに個人情報から情緒的問題まで全て明かさなければならないのは正直居心地が悪いが、当たり障りなく突破しなければ。

「……なるほど。あなたの問診票によると、仕事の頻度に不満はないが、ときおり激しい任務による体力の消耗、また教会から示された条件と実際の齟齬、加えてイレギュラーに対する教会の対応などに強く憤りを感じていると……」
「はぁ。まあそうなんですけど、いずれもギリ許容範囲なんで大丈夫です。僕ももう大人なんで慣れましたから」
「そうですか……少し気になったのは、上司に対する批判が多いですね。あなたの上司というと、イヴァン司祭ですが。彼は問題が起きた時、あなたに親身になってくれますか?」

表情のあまり変わらない涼しげな瞳に尋ねられ、俺は一瞬言葉を選んだ。問診票ではここぞとばかりに色々正直に書いてしまったが、やはり面と向かって文句を垂れると問題かもしれない。

「そうっすね。まあまあかな。時と場合によります。一度俺と弟のことを助けてくれた時は、かなり感謝しましたけど。日頃の行いがなぁ…」
「ほう。どんなことを助けてくれたんです? あなたの弟さんとは、騎士団の団長を務めてらっしゃる方ですよね」
「はい。プライベートなので詳しくは言えませんがそんな大したことではありません。とにかく上司との間に大きな問題はないので心配しないでください。ただ愚痴りたかっただけなんで…。あ、この話の内容秘密にしてくれますよね? 口外しませんよね?」

我に返った俺が念を押すと、男は冷静な顔で頷いた。

「ーーふむ。同僚との人間関係や家庭内のことも含め全体的に見て、ハイデルさんに由々しき問題はないと考えられます。仕事のストレスは少しあるようですが、十分改善が見込める程度です。私が報告をしておきましょう」
「ありがとうございます、先生。…あ、それとひとつ質問が。俺実は白虎の使役獣を飼ってるんですが、あいつも診察するんですか? やめといたほうがいいと思うんですけどねぇ。イライラするだけっすよ、はは」

自分が無事にこの場を切り抜けたことには安堵したが、まだ危惧が残るのは問題児ロイザのことだ。
そもそも人間との、しかも嫌っている魔術師との長く心情を探るような対話に耐えられるとは思えなかった。しかし。

「ああ、彼とはもう面談しました。何も問題のない、いい人でしたよ。獣とは思えぬほど冷静で人間らしく、周りとの協調の重要性についても説かれてました」
「……は!? まじすか? あ、はは……まあそれならいいんですけど」

とても信じられない診断だとは思いつつも、大方弟子のオズが会話内容を叩き込んだのだろう。あいつら俺のいない間に徹底して準備しやがって。

少し疎外感を感じながらも俺は結果的に救われたと思い直し、腰を上げた。
弟のことも気になったがあいつは完璧な奴だし、団長だから最後に行われるはずだ。

「じゃあジス先生。俺はまだここで働けるっていうことですよね。これからは同僚としてよろしくお願いします。さよなら」
「ええ、お疲れ様です。ハイデルさん」

彼は背もたれに体をゆったり預け、白衣の下のシャツのネクタイをゆるめ、診察中よりどこか人間らしい態度で挨拶をした。

まともな人間に見えるが、どうなんだ。
新しい同僚を見る俺の目はまだ些か訝しんでいた。





午後の診察後、俺はそのまま魔術師別館の休憩室へ向かった。ここは騎士団本部の食堂より豪華ではないが、白の綺麗な家具に囲まれ軽食も常備されており、過ごしやすい。それに筋骨粒々な強面たちがいないため絵面も落ち着く。

ああ、朝から面倒くせえアンケートと面談に時間を奪われて疲労困憊だ。甘いものでも取ってしばらくさぼるか。

窓際のカウンターで空を見ながら茶を飲んでいると、廊下から若い話し声が聞こえた。声の主は金髪の少年で、山のような巨体の茶髪男(召喚獣の人型)と楽しそうに扉の中に入ってくる。

「あっ。セラウェさん! お疲れさまです。もう面談は済んだんですか?」
「おう。お前らもか? で、どうだったよ。俺はクビは免れたけどな〜たぶん」
「はは。僕らも一応問題なく終わりましたけど。セラウェさんは絶対大丈夫ですよ、弟さんが団長っていう鉄壁の守りがありますし。ねっ。ラーム」
「そうだな。ある意味一番強いコネだ。セラウェの後ろには常にクレッドが控えている。俺がいつもレニを隣で守っているように」
「確かにそうかも、ラームってば饒舌だなぁ」

入るなりイチャつき出した主と獣を俺は白けた目で見ていた。こいつら、自分だって司祭の甥という最上のコネを使ってやがるくせに。

「はあ、若い奴らはいいねえのんきで。っていうかさ、お前ら最近調子乗ってない? 魔力が増えてきたからってもう一人前みたいな顔しちゃって。わかってる? まだ数ヵ月の新人だからね君達は」
「わかっているセラウェ。先輩のくせにレニをいびるな、かわいそうだろう」
「お前も入ってんだけどなぁこの発情狼ッ」
「ちょ! ひどいですよセラウェさんっ、僕のことはいいですけどラームにも優しくしてあげてくださいっ」

まだ心の汚れなき少年に目を潤まされ、俺はケッと息を吐いた。確かにこいつらがバイトとして入ってきた時俺は気持ち悪いぐらいに優しく親身な先輩だった。

しかし今は裏切られた気分である。この異常強者のさばる教会にせっかく自分より弱く真面目そうな後輩が入ってきたと思ったのに、結局血筋のせいか将来性の豊かなただのエリートだと判明したんだから腹立たしくないわけがない。 

その上魔力供給を肉体で行っているというなんともハレンチな野郎どもだ。自分のことは棚に上げて主にそのポテンシャルを苦々しく思っていた。

「まあいいや。自分の年齢の半分ほどのガキに色々当たっても大人げないよな。ごめんねレニくん。あ、そうだ。そういや教会に新しく魔術師入ってくるんだよな、あの先生いれて三人も。お前なんか伯父さんに教えてもらってないの? そのへんの情報」
「うーん。実は僕もあまり知らないんですよね。伯父さんが言うにはサプライズ…らしいんですが」
「なんだよそれ、不気味だな。早く教えろっつうんだよ。対策立てられねえだろうが」

斜め前のソファに座った二人に向けて貧乏ゆすりをしながら愚痴る。
そう、俺が最近異様に心落ち着かないのはこの知らせのせいだ。

ただでさえ変人が集まるリメリア教会の専属魔術師が、一気に三人も増えるとは。
戦力補充なのは分かるが、だとしたら戦力の平凡な俺はきっと真っ先に足切りに合うと思われた。しかし今日の感じだとそういうわけでもないらしい。

「まあまだ騎士さんや職員たちの調査が全て終わってから発表されるらしいですから。気長に待ちましょうよセラウェさん。大丈夫ですよ、僕は皆さん優しい人だと思います、今の先輩方のように」
「……は、はは。レニ。お前は心の無垢な子だなぁ。育ちの違いなのかな、いや、俺も結構悪くない家だと思うんだけどね…」

若者の純粋な志がやや眩しすぎると感じつつも、俺もそんな希望あるいは奇跡を持ちたいと思ったのだった。





夜になると、俺は騎士団本部最上階にある弟の部屋へと向かった。ここに通ってもう三年目か。
そろそろ同居生活を始めたいと思っているのだが、長期遠征や色んな事柄が立て込んでいてまだ実現出来ていなかった。

今年こそはと思いながらも、俺はいつものように一人居間で待っていた。

弟はやたらとその日の帰宅が遅く、青い制服姿のまま呆然とした様子で帰ってきた。

「おっ、クレッド。おかえり、どうした? そんな暗い顔して」
「……兄貴……ただいま」

金髪が麗しく容貌も人目を引きまくる美男子の奴だが、表情がいつもと違いおかしい。蒼の瞳はどこか思い詰めた様子で、俺の肩ごと体重をかけるように抱きしめてきた。

「おいおい。そんなに仕事疲れたか。今日何やったんだよ」
「いや……仕事は大丈夫だ。ただ、夕方にあの例の面談が、回ってきてな。それで……」

打ち明けるクレッドに俺は目をぱちぱちとさせる。
どういうことだ。一番何も問題のないと思われた弟に、何か起きたのか。

「あ、わかったぞ。部下のことか。ヤバイやつらの問題行動でお前の責任が問われたとか。そんなのお前のせいじゃないから気にすんなよ。…つってもそんなわけにいかないか。団長だもんな。ええと、なに言われたんだよ先生に。優しい人じゃなかったっけ? あの人」

心配になった俺はまくしたてるように話し、ひとまず弟を食卓の椅子に座らせて休ませた。
すると奴は上着を脱ぎ、だがまた背を丸めるように苦悩した顔つきで頷いた。

「分からない……俺の何が問題なんだ。……クソッ……こんなことは初めてだ。どうしたらいい、兄貴……」

大きな手を組み、苦悶の表情で問われる。
えっ。まじでどうした。
まさかこいつ、なんか精神上に問題が見つかったのか?

考えられることは全くないわけじゃないが、大事な弟だし今軽く言える雰囲気でもない。
なによりこいつ、仕事大丈夫か。俺じゃなくてお前のほうがやばかったのかよ。

一気に共に窮地に立たされた気分の俺は、懸命に頭を整理させようとしていた。



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