I'm so happy | ナノ


▼ 16 罪の意識

犯罪組織に関わる少年アイルに催眠魔法を施し、何か手がかりとなるものを探るように暗示をかけしばらく経過した。
毎日露店で接触するのは怪しいため、少年の帰宅路で落ち合うように設定する。

「よう、アイル。今日もご苦労さまだ。お前の協力には感謝しているよ。今日はさすがに何か持ってきてくれたか?」
「……はい。セラウェさん。前にお話したお茶を持ってきました……」

抑揚はないものの催眠中だというのに滑らかに話す奴から、袋に入った茶葉を受け取る。これは奴らが訪問した顧客に出しているという緑色の粉末だ。

「おお、よくやった。顧客名簿も郵便物も手が届かないっつうからどうなることかと思ったが、これはいい戦利品だ。……今日は誰か訪問客が来たか?」
「……はい。体格のいい男性が来ました。最近よく見る人です。……リズドーさんは、『青き秩序』と呼んでいました……」

突如変なワードが飛び出し、俺は首をかしげる。奴ら客にあだ名をつけてんのか? 情報管理に厳しく暗号を用いているのかもしれないが。

「わかった。今日はもう終了だ。引き続きブツについて出来るだけ探ってみてくれ。ありがとな、帰っていいぞ」

命じながら呪文を唱え、奴はまた虚ろな眼差しをしてその場から静かに去った。
もう夕方なので俺も帰宅してこの茶葉を調べようと考えた。

この催眠魔法は無意識下でやってることだから、万一行動がばれても本人はしらを切れる。だから安全であるという保証はまるでないが。

アイルは仕事を普通にこなしつつ、俺の指示もこなす。無論俺の時間帯は記憶が朧気になってるはずだが、その間の整合性にも違和感をもたないように二重に施術している。

今日は剣士ユーリはいない。奴は騎士団での訓練にも参加しているため、極秘任務との両立が何気に忙しいのだ。

騎士団領内の仮住まいに戻ると、俺はすぐに二階の研究室にこもり茶の成分を調べた。実験器具に様々な液体やガスを入れ、精密に抽出していく。

そこで予想外の事実に気がつく。

「なんだこりゃ。増強剤の類かと思いきや、正反対の代物だ。抑制系の鎮静剤、気分がじわじわと落ちるやつだなーー」

絶妙な配分で作られたそれは、薬学に携わる手練の存在を映し出す。
客が自ら欲しがるとは考えづらいし、やはりあの組織の企みがあるのだろう。調査は急いで進めたほうがよさそうだ。

立ち上がり魔術師別館へ向かい、司祭に報告に行こうとする。だが多忙な上司はその時捕まらず、夜遅くになっていたが相棒のユーリを探した。

寮に住む自室を訪れると、奴は驚いた顔で俺を招き入れた。

「そんな薬をお茶にして出してたのか? 信じられないな。何をやってるんだ、奴らは」
「わからねえ。人体実験でもしてるのかね。にしては男だけってとこもあれだし…。つうかさ、あんたに聞きたいんだけど。『青き秩序』って何だと思う? なんか意味あんのかな」

今日アイルから聞いたことを尋ねる。この剣士は二十年封印されていた経緯から、なんとなく含蓄のある知識が得られるかと考えた。
すると奴は分かりやすく驚愕の面持ちをした。

「なぜだ……? 青き秩序って、ソラサーグのことだ。この騎士団の俗称だよ。裏ではそう呼ばれることがある」
「……えっ」

俺は絶句した。ユーリは普通に知識として知っていたらしいが、ということは、顧客の一人がうちの騎士か何かだというのか。

「やべえよ……どうするおい。もしうちの誰かが関わってたら……」

俺はすぐにクレッドの顔が思い浮かんだ。こんな時に保身を考えるべきではないが、これは大事件になる可能性がある。教会に仕える聖騎士が犯罪組織と繋がっているなど許されることではない。

「とにかく詳しく調べてみよう。俺も明日同行するよ。なんとかそいつの名前を見つけないとな」

ユーリの言葉に我に返った俺は、固く頷いたのだった。





翌日、また別の場所に移動した先の街路地で俺とユーリは少年に出会った。そこで事態は大きく進展する。

「アイル。青き秩序のことでなにか分かったことはあるか」
「はい。今日も来ました。……背の高い、黒髪の人です。逞しいけれど、表情が暗くて、口数も少ない。……お茶だけ飲んで帰りました……」

丸眼鏡の少年が淡々と報告をする。重要な特徴は得たが騎士団には百人を超える騎士達が所属しており、絞り込むのも困難そうだ。

「……それで今日は、すごいものがあります。セラウェさんが望んでいた、箱の中身がわかりました……」
「え! すげえじゃん! なんだった?」
「……紙切れが入っていました。そこには住所が書いてありました」
「それだけ?」
「はい……」

余計に腑に落ちない。なんなんだ。この組織は。
住所が記されている配達物を客が受け取る。どこかで落ち合うためだろう。ブツを渡すのにそんなに念入りに準備をしているのか。

奴らに見つからず、怪しまれずその場を抑えるのは難しいかもしれない。やはり疑惑の騎士を探すべきだーー。
 
でも、どうやって?
極秘だし、なぜか司祭はこの任務について騎士団との接触を避けていた。もしかして、なにか知ってるのか?

「なあ、ユーリ。司祭がこのことを知らないとは考えにくいんだよな。時期的に。なんでだと思う?」
「そうだな……なにか感づいているのだとしたら、騎士団を疑ってるんじゃないか? 俺だったら、隠蔽されるのを恐れて少し泳がせるな」

それは十分考えられる。団長のクレッドはどうなのだろう。
あいつが何も把握してないとは考えにくい。
しかし俺は上司に言われたとおり、このことを弟はおろか誰にも話していない。だから聞くことも出来なかった。

「それでいいのかなぁ……いややべえだろ絶対……」
「ーーセラウェ、待て!」

人気のない裏道を歩いていたら突然、小声のユーリに腕を引かれた。慌てて建物の死角に隠れる。

「な、なんだよ?」
「あいつだ。第一小隊長のケール・ファドム……なぜここに」

え!?
度肝を抜かれた俺はギリギリまで顔を出して、道を曲がる黒に包まれた私服姿の騎士を目に入れた。
黒髪の暗そうなクールな男、ファドム。まじであいつだ。

こんなところを偶然歩くか?
しかも勤務とは関係なくプライベートのようだ。

「おいおい、まさかあいつじゃねえだろうな。あいつ、なんか変わった奴なんだよ。仙術にも精通してるらしくて変な団体とかと関わりあるんじゃ……」

過去のやり取りから勝手にスピリチュアル系に傾倒してそうなイメージを作り出した俺は疑念が湧く。

「分からないが……団の実力ナンバー2だろう? こんな馬鹿な事するだろうか? 奴も調査してるんじゃないか、極秘で。私服だし」
「だよな……その線のほうが固いか……」

二人でコソコソしてる間に、奴は消えてしまった。



そして後日、任務が継続される中、驚くべき事が起こる。
アイルは仕事が休日だったのだが、俺とユーリはアリバイ作りのためまた露店を道端に出していた。
アジトに新たな動きがないかも調べる目的で。

すると露店に黒髪の少年アイルと、数人の男女の子どもたちが集まってくる。

「わー! 本当だ、靴がいっぱい! かわいい服もあるよ~全部ただなんだって! ねえそうだよねお兄さんたち!」

元気な男の子女の子が尋ねてきて俺は引いた。アイルが申し訳なさそうな顔をしながら歩み寄る。

「すみません、俺の出身の施設の子たちなんです。靴のこと自慢したら行きたいって聞かなくて。見るだけでいいので」

頭を下げながら話す丸眼鏡の少年は、なぜか顔に怪我のあとがあった。目は腫れていて明らかに誰かに殴られたようだ。

俺は奴の会話よりもまずその憐れな姿に愕然とした。

「おい、なんでお前怪我してんだ? 大丈夫か」
「あ、はは。ちょっと職場でミスしちゃって。平気ですよ」

控えめに微笑む少年に言葉が出ない。完全に俺のせいだと頭が真っ白になった。箱のことが見つかったのかもしれない。こいつは何も知らないのに。

ユーリと目線があったが、奴も気づいて険しい顔をしていた。
このまま調査を続けるのは危険だ。やはり恐れていたことが起きてしまった。

「ええと、お前こいつら連れてきてやるなんていいやつだな。そうだ、皆にも好きなもんやるよ。一人一個だぞ、なんでも持ってけ!」
「おう、そうだな、皆選んでいいぞ!」

行商のふりをした俺達は子供らに選ばせる。彼らは皆大きく喜び、「ええ!いいんですか!」と驚いたアイルも何度も頭を下げて嬉しそうな表情を見せた。

こいつは良いやつなのだ。こんな奴を俺は騙して操ってるなんて。金がないからあんな仕事を何も知らずにやってるんだろう。
この少年だけでも足を洗わせたいと、俺はすでにかなり私情を挟み始めていた。

「いいか頻繁に来んなよ、一番多くても週一な!」
「はーい! ありがとうお兄さんたち!」

皆に感謝されてものすごい罪悪感が襲う。
俺は少年だけ引き留めようとしたが、任務遂行を優先する剣士に止められる。
どうしていいかわからない。こんな苦しい気持ちは初めてだった。





陰鬱とした気分ながら俺は夜は弟の部屋にいた。何の任務なのかは言ってないが、かなり忙しくなったため夜だけでも一緒にいようと寝泊まりをさせてもらっていた。

「うー……うぅー……」
「……兄貴? おい、大丈夫か兄貴」
「操らないで……すみません……操らないでぇ!」

夜うなされているところをクレッドに起こされ、俺は飛び起きた。

「はあ……はあ……」
「どうしたんだ、寝言を言っていたぞ。悪夢を見たのか?」

薄暗いベッドの中で弟が心配に満ちた顔で背中をさする。

「い、いや。なんも……」

寝間着が汗でにじみ、リアルな夢に俺は心臓がバクバクしていた。否定しても弟は全く信じていない顔でじっと瞳を覗き込んでくる。

「最近、忙しいだろう。何の任務をしているんだ?」

初めてその事について問われる。奴は団長で仕事関係の事に理解があるためこれまで何も言わなかった。
しかし近頃の俺は消耗しており、奴を心配させたのかもしれない。

「言えないんだよ……司祭の命令だからさ……」
「いや、言え。兄貴」

はっきりと強い目力の蒼眼に命じられ、俺は背筋がびくりとなった。ただの弟なのに上司よりも効力のある命令に聞こえる。

「わかった……もう無理だ、頭がこんがらがって……俺やっぱよええわ……」

観念して全て話すことにした。
司祭に相談したくてもあいつほぼいないんだからあいつのせいだとなすりつけ、組織のことや少年への催眠魔法など洗いざらい話す。

クレッドは本当に寝耳に水だったようで、俺の話を用心深く聞いていた。

「あいつに何かあったらどうしようってさ……そんな考えじゃだめだって分かってるんだけど……それに、騎士のことが明るみになったら、お前が困るとか……保身も考えちまうし……」

いや、こうなったらもっと早く騎士のことは話すべきだったと思った。ただの被害者の可能性も考えられるからだ。

「ファドムを見たんだよ。お前、何か知らないか?」

核心を尋ねると、今度はクレッドは驚かなかった。それどころか目線を一点に集中させ、思慮深く口を開く。

「そうか……兄貴達もそのことを調べてたのか」
「えっ?」
「俺達の件は少し違ったことだったんだが、繋がっていたのかもな。……少し前の話だが、あの精神カウンセリングの検査があっただろう? あの時に、ある第一小隊の隊員が引っかかったんだ。所見に問題が見られると。それをファドムが気にかけていてな。隊員の様子は一見平常だったんだが、少しずつ気になるところが散見されたらしい」
「そ、それでどうなったんだ。だからファドム、その隊員の動向を追っていたのか?」
「ああ。奴が自分に任せてくれと。あいつはああ見えて、最も隊の結束を大事にしているやつなんだ。第一小隊はとくにきつい任務を請け負っている。だから精神を正常に保つのも容易じゃなくてなーー」

明かしてくれたクレッドの話を聞き、想像とは全く違った内情に驚きを隠せない。騎士は何か裏切りを犯しているのかと考えていたが、内面の問題が生じたせいだったのか?

「だったらまずいな、あのお茶……なんの目的か知らんが、抑制剤の成分が入ってて精神を余計に落とすものだ。あの騎士はよく来ているって言っていた、止めたほうがいい」
「……なんだって?」

俺達二人は詳しく話し合った。本当にこの話を聞いておいてよかったと思う。教会側はきっと騎士団に内通者がいると思って独自に調査したのかもしれない。だが実際は、騎士の行方が心配になってくる。

「住所の件もそうだ。裏で糸を引いてるやつがいるはずだ。だが名簿が見つからなくて、教会の調べでも周辺で行方不明者の話は出ていない。……それにアイルも、心配だーー」

一人で考えこむと、ひとつのアイディアが思い浮かんだ。俺は大きな声でそれを発する。

「……そうだ! 俺が代わりに潜入すればいい、あいつに成り代わるんだよ。全部話して、そうだよ、少年は安全なところに移そう。騎士も保護したほうがいい」
「なっ、何言い出すんだ兄貴!」
「いい考えがある。魔界で手に入れたマントあっただろ? ほらコンテストの景品でもらったやつ。姿形が思い通りになれるっていうさ、あれを使えばあいつのふりが出来る! だからそれが一番ーー」
「駄目だ!!」

大声で怒鳴られ俺はひゅんっと体をすくめた。クレッドの一転して怒りと動揺に満ちた顔が向けられる。

「どうして兄貴はいつもそうなんだ、落ち着いてくれ! 絶対に駄目だ、ひとりで潜入なんて、しかも別人に変身するって……正気じゃないだろ!?」
「は、はは。正気じゃないもんなんだよ魔術師ってのは……ちょ、そんな瞬間的に怒り狂うな怖いから」

奴の背中をなだめるがまるでクレッドは収まらず息が荒い。

「だってそれしかねえだろ? これは俺の任務なんだよ、催眠にも限界がある、いつか潜入して捕まえねえと終わらないだろうが」
「そうだが、それは騎士団の仕事だ! ……もういい、俺が司祭に話す、兄貴は勝手なことするなよ!?」

完全に我を失ってしまった弟に申し訳なく思いながらも、俺の気持ちは変わらなかった。確かに短絡的で馬鹿かもしれない。だが一刻を争う気がするのだ。この件はシンプルに感じるが、底の見えない気持ち悪さがあった。



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