I'm so happy | ナノ


▼ 13 それぞれの関係性

「師匠、あんた治ったのか……!? よかったー!!」

突然殴り込んできたのはもう割と想定内だったが、普段通りのしゃきっとした力強い姿に俺は心の底から安堵した。思わず奴に駆け寄り、巨体の鎧に抱きつく。

「……おっ、おい落ち着けセラウェ。……ふん、当たり前だ。だから言っただろう。俺は力を温存していただけだと。こんなもん自力で治せるわ」

師匠は俺の頭を無遠慮にかき回し更に安心させる言葉を吐く。だが見上げた琥珀色の瞳は、一転して奥にいる学長に険しく睨みをきかせた。

「セラウェ。お前じゃあまだちょっとこいつを相手にするのは早い。この稀に見る性悪女をなあ!」

興奮する師匠が何をしでかすか分からなかったため、俺は急いで止めようとした。

「いやちょっと待ってくれ、あんたの怒りは分かるんだが今違う話してるんだ。大事な封印のーー」
「ふっ。グラディオール。わざわざ私に文句を言いに久々に実家を訪れるとはな。よほど姉に負かされたのが癪に障ったか」

……えっ? 姉?

カドニアーゼの言葉に俺は瞬きを繰り返す。
ちょっと待てよ。驚愕し師匠を見ると否定せずに舌打ちをしている。

「う、嘘だろ。師匠が学長の兄弟なのか?」
「それがどうした。俺はもうファルドゥーニの名前は捨てている。十六で家を出て以来、なんの関係もねえよ」

はっきりと述べ、剣を下ろし太い腕を組み直す。
俺は正直呆然とするしかなかった。このおっさん、こんな由緒正しい名門の出だったのかよ。ファルドゥーニ家のお坊ちゃんじゃねえか。勝手に天涯孤独の荒くれ者みたいなイメージしてたのがガラガラと崩れていく。

「はあマジかよ……あんたも結局血筋だったのか? 超エリート一族じゃねえか! なんで俺に隠してたんだ? こんな凄いニュース!」
「お前は馬鹿か? 俺が天才なこととこの家に産まれたことは何の関係もねえ。俺ひとりの努力と才能によるものだ。家柄にしがみつくバカと俺を一緒にするんじゃねえよ」

いや絶対遺伝もあるだろうと突っ込みたかったが、確かにこの人は変人超人の域なのでファルドゥーニの中でも抜きん出てはいそうだった。

「くっくっく……相変わらず口から産まれたのかというぐらいやかましい男だな。私が父の後を継いで学長を務めているのは、お前が後継から下りて家を飛び出したせいだ。父はずっとお前を望んでいた。一族で最も魔術に秀でたお前をな、グラディオール」

学長は哀愁の漂う瞳を弟に向ける。なんだか兄弟ドラマが始まってしまい、俺は所在なし感がした。クレッドは黙って成り行きを見守っているし、ルカは何かを考えているような雰囲気だ。

「喧嘩はその辺にしておけよ、おっさん。あんたも知ってたんじゃないのか? 封印物のこと。俺は早く仕事に取り掛かりたいから単刀直入に言うが、解除の最終段階ではファルドゥーニの紋章による認証が必要なんだ。学長がだめだったらおっさんにも協力してほしい」

言いたいことを伝えてくれたルカに感謝する。俺も頷き師匠に勧めるが、やっぱり奴は一筋縄ではいかない。

「あの封印物か……昔、一度だけ親父にその話を聞いたことがある。くっだらねえ顛末だと思ったが、俺は笑っちまったね。親父も酷なことするよな、ってな」
「はぁ? あんたひどいぞそんな言い方っ、弟だろ、助けてやれよ!」
「はっ。俺に何の得がある? お宝のような封印物なら俺は何が何でも首を突っ込んで奪ってやるわ。だがアレの中身はしょうもない男だぞ? ……まあ、お前が俺に頭を下げてお願いするっつうなら考えてやらなくもないけどな。カドニアーゼ」

姉に対する態度と口調じゃないと思いつつ、師匠の難しさを知っている俺は奴の譲歩した姿に一瞬歓喜した。
しかし学長カドニアーゼは悔しそうに言葉に詰まる。
まるで弱いものイジメのように見えてしまい師匠に注意した。

「師匠、もういいじゃねえか。姉孝行すると思ってさ、あんた一回もしたことないんだろ? どうせ」
「うるせえ。お前は何も知らないからそういう安易な考えが浮かぶんだ。こういう女にだまされやすいんだよ、お前みたいなお人好しは」
「っそ、そんなことねえよ! どうせこの兄弟仲の悪さだってあんたが九割悪いんだろ! そうに決まってんだよ!」

言い争っていると学長が近くにやって来た。俺を見下ろし見つめてくる。

「もういいのだ。やはり私は、こいつに頼み事をするなど、出来ない……!」
「いや分かりますけどお姉さん、諦めないで。大丈夫っすよ、大事な人なんでしょう? 口だけ言っといて心では馬鹿にしとけばいいんすよ。俺はそうやって弟子時代過ごしてましたから」

胸を張っていると後ろから頭を小突かれる。何もかもがスケールのでかい姉弟に挟まれ、俺は今更首を突っ込みすぎたかと後悔しそうになった。

「てめえ、全部俺が聞いてるぞ。あの優しく俺を世話してくれたお前はどこにいった? どっちの味方なんだお前は」
「へへ。俺は正義の味方だよ。ここはあんたが譲歩するべきだ。お姉さんのためにも、ルカの師匠とルカのためにもな」

そう口にすると、師匠の表情が変わり、段々と棘が抜けてくる。やっぱりこの人もそこまで人間終わってない。やるときはやってくれるのだ。

「君は、セラウェ……だったな。セラウェ・ハイデル。優しい男だ。私達のためにこの荒くれ者に歯向かってくれるとは……。ハイデル殿、いい兄を持ったな」
「えっ? ああ、俺か。もちろん、その通りだ。自慢の兄貴だ」

ずっと影に徹していたクレッドが話しかけられ、騎士然とした態度で堂々とそう言ってくれた。兄弟だとバレていたことにはビビったが、やべえ一番嬉しいかもしれない。

「私ももっといい姉だったならーーいや、グラディオールは理解するのが難しい。……けれど、ここは恥を忍んでお前に頼みたい。どうか私に力を貸してくれ、弟よ」

お姉さんは頭を下げ、俺達は顔を見合わせた。師匠は仏頂面で腕を組んでいたが、やがて面倒くさそうに口を開く。

「ちっ。仕方がねえな。弟子に免じてやってやるよ。ただし俺に助言という名の余計な指図はするな。俺は施術を邪魔されるのが一番嫌いなんだ。……まあ、解除はこいつに任せるがな。出来るだろ、ルカ」
「おう。助かったわ、おっさん。あんたがいれば怖いもんなしだよ」

奴が褒めると師匠が上機嫌に笑む。学長も安堵に襲われた様子で立ち尽くしていた。
ああよかった。これでなんとか話が一気にまとまったな。
他人の兄弟仲の再構築という役柄に加われて俺も興奮してくる。
だがやっぱり師匠は最後に余計な茶々を入れてきた。自分は妨害が嫌だとか言ってたくせに。

「よお聖騎士。なんだお前静かじゃねえか。俺が弱ったときも顔見せに来なかったしよ。見舞いのひとつでも持ってくんのがマナーってもんじゃないのか?」
「……え? ああ、そうか。お前はてっきり俺に最弱の姿を見られるのが嫌だと思って気を使ったんだけどな」
「誰が最弱だ、コラ! お前のような若造なんてな、あの状態で十分なんだよ!」

さっそく喧嘩腰に弟に絡む男に頭を抱えたくなる。まあ元気なのはいいことだが、俺の弟も心配してくれたのにかわいそうだろ。後で師匠にきちんと言っておかないとな。

「あの二人は……仲がいいのか? あいつの相手が出来るなんて、ハイデル殿は流石だな」
「仲良く見えますか? あれが。いつも喧嘩してるんすよ。ソリが絶望的に合わなくて」
「そうなのか。……ではやはり、君はとても信頼のおける立役者なのだな。その名をしっかり覚えておくよ、セラウェ」

学長は俺の目を見て優しく笑った。うわ、まじで美人だ。なんか不謹慎にもドキドキしてしまいそうだ。しかし喧騒の中、すぐに師匠の姉ということで冷静に返った。





数日後、俺達は早速あの森の中の封印物の前にやって来た。騎士団の団員や学院の魔術師らは引き連れておらず、俺と弟、ルカ、学長に師匠、そして監督役として上司の司祭もいる。
こうして個人的な案件として落ち着いたが、俺はひとりの魔導師として何が起こるのかわくわくしてもいた。

「じゃあ、やるぜ。説明した通り、最後の段階で二人は順に詠唱してくれ」
「ああ、承知した」
「任せとけ。どうせ長くなるから眠くなっちまいそうだがな」

ルカが詠唱を始め、そばに師匠と姉がいて俺達は後ろに控えていた。確かにものすごい長くて複雑な詠唱だ。多言語や古代文字なども引用させ、辿り着かせまいと意地の悪ささえ感じてくる。そりゃ稀代の魔術師であり師匠の親父さんだもんな。

静かに観察していると、いよいよ姉弟の番がやってくる。さすが最高位の実力と言ってもいい二人だ、完璧に一族の紋章を認証させてみせた。

「う、うわ、光りだしたぞ……! これイケたんじゃねえかっ? なあイヴァン!」
「ふむ。楽しみだねセラウェ君。こういうのが最高の瞬間というんだよ、魔術師にとって」

愉悦の表情で見つめる司祭に促され、俺もよく目を凝らす。封印物は大きく固い扉のようなものの裏にあるはずだ。金色の眩しい光が洞穴内を照らしたかと思ったら、重い扉がゴゴゴと開く音が鳴り響いた。

そこから出てきたのは、年代物の鎧をまとった若い男だった。ガタイの良さは一目で分かるが、短い金髪に甘そうな顔立ちをした男は目を閉じたまま、眠っているようだった。
血色はよく、二十年もの歳月を経た人物には見えない。

部外者の俺でさえ心にショックが襲い言葉を失う。しかし静寂を破ったのは学長のカドニアーゼの叫ぶ声だった。

「ユーリ! 起きて、ユーリ! もう大丈夫よ、あなたは助かった、ねえ目覚めて!」

泣き崩れそうな勢いで男を抱きとめ、顔を撫でる。もらい泣きしそうになっていると、司祭が前に出て魔法剣士の男をその場に寝かせ、手をかざした。回復魔法で気を送っているのだ。
すると男のまぶたが細かく動く。やがて瞳が薄く開かれ、恋人を目に映したのだった。

「カドニアーゼ……俺は……そうだ、親父さんに拐われて……!」

記憶が止まっているのか、剣士ユーリは慌てて起き上がろうとした。しかし彼女と周りにいる見知らぬ者達を見て、戸惑いを浮かべる。

「あなたは二十年以上眠っていたの……ごめんなさい、こんなに遅くなって……っ」

学長が抱きつくと、彼は全てを悟ったのか顔を青ざめさせる。だがやがて力なく彼女の艷やかな金髪ごと抱擁したのだった。

「二十年……それにしては、君は変わらないな。美しいままだ」
「……どこがよ。私はこんな風に年を取ってしまった。あなたにはもうふさわしくなくなってしまったわね」

涙を拭いて瞳は笑もうとする。ユーリは悲しげに微笑み「馬鹿を言うな」となだめた。だが、彼の視界の端に映ったものに、一転して錯乱しそうになる。

「……えっ? あ、ああ! 親父さんっ、もう、やめてくれ!」
「ああ? 俺のことか。俺が親父に見えたか? ハッハッハ! 腰抜け野郎が、ほんとに俺と同じ魔法剣士なのかお前は」

師匠が感動をぶち壊すように偉そうに見下ろす。助けてくれたのはありがたいが、ここに師匠が入ってきたら面倒なことになると俺は奴をガードして二人の再会の続きを見守ることにした。

「はあ……驚いた。君はあのヤンチャな弟か。じゃあ親父さんは……」
「もう亡くなったわ。だから苦労したの。でもこの人達に助けてもらってねーー」

簡単に経緯を話され、俺達一行は二人から感謝の意を伝えられた。何はともあれ、封印は解けたのだ。俺はとくに何もしてないが、これでようやく肩の荷が下りる。

「ルカ、やったな。さすがだぜ。二人をまた結びつけたんだから。お前の師匠も喜んでくれてるよ」
「ああ、だといいな。一番難しかったぜ、この解除は。文献がパズルみてえに組み合わされてて、骨が折れたわ」

一番の働きをした奴を労り、数年の苦労が報われたことを共に祝った。

「カドニアーゼ……俺を許してくれるか? 君とまた一緒に……」
「それは無理よ。ユーリ」

えっ?
驚きの返しに俺等はまた二人に注目する。彼女は凛として覚悟を決めた面持ちだった。
年の差や立場が問題なのかと思ったが、二人の愛は強そうに見えたのだ。

「私はもう、結婚して子供もいるの。あなたが知っているカドニアーゼはどこかに消えてしまった……。ユーリ、自分の人生を歩んで。まだ遅くないわ、あなたには時間がたくさんある。心から愛する人を見つけるのよ」

吹っ切れた表情で彼女は告げた。そして彼の頬に優しくキスをする。男は泣きそうな顔になっていた。だが何も言い返すことは出来ず、突如としてビターな感じでこの一件は幕が下ろされたのだった。

「だから女って怖えよなぁ。お前も分かっただろ、まあ一番の愚か者はこの野郎だけどな」

嘲笑う師匠の前で呆然とする魔法剣士を、俺はどうにか慰めようとした。確かに二十年もの間、彼を待ち望んでいた学長だが、学院の重要な立場として生活を続けていく義務もあったのだろう。心の在り方は本人にしか分からないことだから、推し量ることしか出来ないが。

カドニアーゼは俺達に挨拶をし、しばらくしてからその場を去った。彼にもう一度抱擁をし、最後の会話をして。

「あのー、あんた大丈夫か? ショックだろうけど、ほんとに彼女はあんたのことをずっと考えてたみたいだぞ。これはもうしょうがねえよ、次探そう次」

軽すぎるかと思いつつユーリに声をかけると、彼は「あ、ああ…」と放心状態だった。

「クレッド、この人どうする? 仕事とかあんのかな。住むとことか」
「そうだな……調査によると当時所属していた魔法師団はすでに解体されている。兄弟が一人いるだけで、彼の家族は消息が分からなかった。……君の希望はあるか? 騎士団として落ち着くまで面倒を見るよ。それでいいだろう、イヴァン」
「もちろん。実を言うとね、僕は最初からそのつもりだったんだ。いやあ本当に今日はめでたい。学院との繋がりを持ち恩を着せることも出来たし、希少な経験をした戦力の高い魔法剣士も手に入った。皆ご苦労さま」

一人で勝手に喋る奴に唖然とする。……まあ、この司祭はこういう奴だよな。空気も読めないし結局は食えない上司なのだ。

「じゃあ司祭、結果的に俺はいい働きをしたっつうことだよな」
「ああ、君が一番素晴らしかったよ、アーゲン。僕は能力だけではなく、価値のある副産物を連れてきてくれる魔術師を特に気に入っているんだ。ぜひ教会に残ってくれ」

認められたルカは満足気に返事し、いつもの調子で俺の弟を見た。奴も視線を感じたようだが、じろりと睨んだ後目線を魔法剣士に戻す。

「ユーリ。ひとつ参考までに聞きたいんだが……一体彼女に何をしたんだ?」
「……えっ……そ、それは……」

周りの男の視線を浴びると、剣士はぎこちなく白状をした。

「俺が浮気をしたんだ。その……結構遊んでしまっていた。だが本当に愛するのはカドニアーゼひとりで……彼女は特別なんだ。それを分かってもらえず……やがて親父さんに見つかって……」
「…………はぁっ? うそだろ、あんたそんなことしたの? マジでクズ野郎じゃねえか!」

彼女の悲しみや罪悪感など近くで感じていたからか、俺は瞬間的に奴の信じられない自白に唾を吐いた。弟も蔑みの顔になり、一転して「お前は最悪な男だな。騎士の風上にも置けん」と軽蔑する。

「俺は騎士じゃなくて剣士なんだって……! 悪かった、本当に悪かったよ、カドニアーゼ……くっ、ううっ」

大の男が弱々しく後悔を滲ませ皆のため息が漏れる。ただの遊び人だったってことか。あんな美貌の真面目な女性をよく裏切れるものだ。

「だから言っただろうが、しょうもない男だと。あーあー、こんな奴やっぱ助けなくて良かっただろ、結局振られてやがるしよ」
「……ぐっ……君の言う通りかもしれないけどな……弟なら慰めてくれてもいいだろう、俺は全部失ったんだ……!」

それでも自業自得だという空気は中々収まらなかった。っていうかこの人、マジで教会か騎士団に入るのか。魔法剣士ならやっぱりうちの管轄になるのかもしれない。

今はうちひしがれているが実力は確からしいし、今後に期待するしかないな、と俺は上から目線で考えていた。



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