I'm so happy | ナノ


▼ 12 乗り込み

中西部の郊外に広大な敷地を所有するファルドゥーニ学院。あらゆる国や地域からエリート達が集まり、最高峰・最先端の魔術研究を行う、いわば魔術師にとっての羨望の地でもある。

例にもれず俺も一瞬夢見たことはあったが、当然格の違いは承知している。しかしまさか、こんな風に足を踏み入れることになるとは。

「なーんでお前も来るかねえ。そんなに兄貴が心配か? ガキの頃と変わんねえな。笑っちまうぜ」
「俺に構うな。今日は兄貴の護衛で来たんだ。しつこいようなら後で相手してやる」

後ろに控えるクレッドが、何度目か分からないルカの絡みに辛抱強く対応している。注意してもルカはにやにやしているだけだ。
今日は師匠の件で弟と来るはずだったのだが、俺の悪友も古文書の解読にあたり学長に聞きたいことがあるらしい。
なのでこの三人というおかしな取り合わせになったのだ。

二人の関係性にヒヤヒヤしながら、俺はひとまず目的を思い出し学院の門番に近づき声をかけた。制服姿の二人の男、これも明らかに魔術師だが俺達を見て眉を顰める。

「おい。何をしている」
「えーとすみません。予約とかはなんもないんですが学長にお会いしたくて。大事な用です。先日おたくの学長さんが俺の知り合いに奇襲をしかけましてーー」

馬鹿正直に伝えると「そんな話は聞いていない。帰れ」と門前払いを受けてしまった。困っていると見兼ねた弟が前に出る。

「ソラサーグ聖騎士団長のハイデルだ。ファルドゥーニ学長に用件があって来た。この間の件だと言えば伝わるだろう。隊員は引き連れていない、個人的な訪問だと言ってくれ」

そう話した団長は軽装備に携えた長剣の紋章を奴らに示した。顔色が変わった門番達は一旦引き、仲間に確認をして俺達を警戒しながらも中に通してくれた。

物々しい警備の男達がやって来て、屋内に案内してくれるようだ。

「あーよかった。すでにこいつのおかげだよ。ほら言っただろ、頼りになるって」
「そうだな。居てもらってよかったわ、まあ俺だけでも余裕で入れたけどな」

お前は合法的に入るつもりないだろと突っ込みながら、敷地内を進む。
教会に負けず劣らずの豪華な内装と広大な庭園を通り抜け、十分ほど歩いた後ようやく目的地へと辿り着いた。

格調高い図書館かと見紛うほど広い学長室には誰もおらず、書斎の背面には光が差し込む大きな窓がある。

「三人取り残されたな。で、どうだ。結界的には」
「すげえな。高レベルのもんが張り巡らされてやがる。無駄な戦闘は考えられていないようだ」

もちろんそんな事はこちらも願ってない。ただ交渉が出来ればそれでいい。だがあの人すげえ怖そうだったから気を引き締めなければ。

やがてハイヒールの音がこつこつ響いてきた。大きな扉が自動で開かれ、向こうから現れたのは背の高いスタイル抜群の女性だ。

白と黒模様の長いローブを羽織り、あの戦闘時よりももっと気品に満ち溢れている。学長がこんな美貌の持ち主だとは。

「これはこれは……ハイデル殿。わざわざあなたが学院にお出でになるとは。この間の謝罪に来たのか?」

優美な笑みを見せ団長に尋ねる。謝罪をするならそっちだろと思ったが弟は動じずに俺達の背後に立っていた。

「いや、そうではない。関連することではあるが、今日は教会に所属するうちの二人の魔術師が、貴女に話があるんだ。私はその護衛に来たまで」
「……ほう? 手厚い援護だな。先の戦闘を思い出すよ」

表情に苦々しさを浮かばせたファルドゥーニは俺達のことを見た。チャンスだと思い俺は口を開く。

「ええと実は、俺はあなたがこの前襲った男、メルエアデの弟子なんです。かなり病状に参ってまして、よかったら魔法を解除してやってくれませんかね? かなり可哀想なことになってるんで…」

下出に出て頼むと学長がみるみるうちに顔を歪め、まるでこの前の封印物での一件を思わせるような憤怒の表情になる。

「……なんだと? そんなことのためにわざわざ来たのか。あいつの弟子? そんなものが存在するか!」
「い、いやいるんすよここに。あのー、もしかして師匠のこと知ってるんですか? 学長の気持ちは俺は痛いほど分かります。でも反省してるんでどうか…」

頭を下げると彼女はじろりと見てきた。マジで怖い。しかも歩み出し俺の眼前にやってくる。クレッドとあまり背丈が変わらないぐらい高身長で、艷やかな金髪をまとめた美貌の顔立ちにも圧倒される。

「ふん、ただの知り合いならどんなに良いか。あいつが反省などするわけがないだろう」

確かに。と納得しそうなのを堪えて負けじと対峙する。

「……だが、君は弟子といったな。奴隷契約でもしたか? 健気な子羊だ。……しかし、君の瞳には真剣さが見られる。これほど熱心になってくれる人間がいたとはな、グラディオールに」

なぜか憐れみ混じりの眼差しで見つめられてしまった。この人師匠と相当親しそうな間柄だ。まさか前の女とかか? いや、それにしては憎み合ってそうな感じだ。
そう勘ぐっていると、学長はふとルカを見た。

「あの男の弟子が教会で働いていたことも驚きだが。……君のことは調べがついているよ、ルカ・ファラト」

一転穏やかな声音でルカの本名を口にした。ルカは彼女を見据え返す。

「そうかい。それで、俺が集めた文献を横取りしようとしたか?」
「ふふっ。あれは君のものではない。苦労して収集してくれたことは礼を言うが……もともとは私がバルザノに依頼したものだ。君の師にね」

その名が出たとき、一同は騒然とした。

「彼は私達がこの学院で学生だった頃の、旧友の一人なんだ。私達はたまに話をする程度の間柄だったが、あの封印物のことがあってから……彼は私を助けてくれるようになった。私は封印を解けないことも、あのことをまだ引きずっていることも恥じていたから、会うことはなくたまに手紙を送り合うだけだったがね」

思い出すように話してくれたファルドゥーニは、嘘は言っていないように見えた。

「彼は文献を守ろうとしてくれていた。最後の手がかりを得たと私に教えてくれた矢先に、命ともども奪われてしまったが……。彼の死は私にとってもつらいものだった。弟子の君のことはこの間知ったばかりだが、申し訳ないと思っている。しかし私には、封印物を守る使命があったのだーー」

覚悟を滲ませるファルドゥーニの話に俺達は聞き入る。そんな裏話があったとは……ルカを見やると、あいつもさすがに堪えたようで悔しそうに拳を握る姿が映った。

「そうか……じゃあ俺の師匠は、バルザノは……あんたの為に命を張ったっていうわけだな。……あのおっさん、何も言わず死にやがって……」

声を震わせる悪友にどう声をかけていいか分からないでいると、奴は顔を上げてファルドゥーニを睨みつけた。

「あの封印物は、いったい何なんだ? それほど大層な代物だっていうのかよ」
「……ふっ。私にとっては、な。……ただそれだけのものだ。他者には価値はないよ」

静かに述べる学長に俺はそろそろしびれを切らしてくる。

「なんなんだよ、早く教えろよ! ルカの師匠も、こいつも命がけでこの件にかかわってんだぞ!」

憤慨すると学長はびくりと肩を震わせた。そしてようやく白状する。思いもよらぬ事実を。

「あれは……私の恋人なのだ。二十年以上も前に、あの場所に封印された。私の父によってな」

……え?
なんだって?

斜め上の答えに俺達は呆然となったが、彼女の話によるとそれは本当に起きたことらしい。厳重に封印された人物は当時魔法剣士として生きていた男で、ファルドゥーニと交際をしていた。

しかし彼女の父親、先代のファルドゥーニを怒らせ特殊な魔法により強制的に眠らされたのだという。

「マジかよ……じゃあ本当に人間だったんだ、司祭が言うように。……で、でも何も封印されなくても……大変でしたね。なにしたんすか? その人」

周りが唖然としたのか誰も話さないので、俺は学長に尋ねた。
しかし彼女は再び沈黙する。どうやら思い出したくないことらしい。

「学長さんよ、だからあんたはあんなに躍起になってたんだな。俺の師匠も何考えてんのか……要は色恋沙汰じゃねえか」
「お、おいルカ。あんまり言うなよ。恋人が封印されてずっと会えないんだぞ、相当なショックだろう」

フォローすると学長は力なく笑った。
完璧な魔術師という印象だったが、今は無理矢理にでも強く振る舞ってきた一人の女性に見える。

「ふふ……そうだな。こんなくだらない事のために皆を巻き込んで悪いとは思っている。だが、私は封印を解きたいのだ。こんな思いからもう解放されたい……」

段々と可哀想になってきた俺はルカの肘を小突いた。少し聞いた話によればこいつはすでに解除の目処が立ってるはずなのだ。

「ちっ、しょうがねえな。俺も最後まで見届けねえと師匠に面目が立たねえ。……俺ならあんたの恋人を目覚めさせてやれるぜ」
「……ほ、本当か?」
「ああ。だがひとつ問題があってな。封印を解くには、最終的にファルドゥーニ家の紋章が必要なんだ。あんたの父親に頼まねえと」

そう言うと彼女、カドニアーゼ・ファルドゥーニは膝から崩れ落ちた。

「そんな……父はもうすでに亡くなっている。それに、私がいくら頼んでも解いてはくれなかった。魔術師ならば自分で解け、とーー」

どんどん話が沈んでいき、同情心が部屋に満ちる。空気の重さに耐えられず俺は口を開いた。

「うーん、ちょっとひでえなそのお父さん。でもさ、なんかの抜け道用意してくれてると思うんだよな、俺。だって娘の恋人をそんな目に合わせるってことは、良くも悪くも娘が大事だったんだろ? まあ男が極悪人なのか、お父さんが歪んでいたのか知らないけど」

推理しているとカドニアーゼは思い出したように顔を上げる。

「父の遺言には、……なにかあれば兄弟を頼るようにと記されていた。だが私は、あいつとは仲が悪く……いや、しかし、もし私の認証が通らなければーー」

苦悩に満ちた彼女の言葉は、それでも微かな希望が感じられた。

「それだよ! 兄弟って誰? お兄さん? 弟? その人にも一緒に来てもらおうぜ! 大丈夫だよ学長、ルカがやってくれるからさぁ! なぁルカ!」
「お前な……応援するだけだからって急に元気出すんじゃねえよ」

呆れ顔を向けられていると、不意に後ろに立っていたクレッドが俺に顔を近づけあることを耳打ちしてきた。

「兄貴。メルエアデの回復も条件にしたほうがいい」
「えっ? あ、そうそう! 忘れてたわその事、やべえやべえ」

話の濃さに素で頭から抜け落ちてしまったのだが、俺は慌ててその話をしようとした。
だがその時ちょうど、建物内外から警報音のようなものがけたたましく鳴り響く。

俺達は来客だが、非常事態に気づき全員が何事かと身構えた。
クレッドが学長室の扉を中から素早く開ける。すると制服を着た一人の魔術師がぼろぼろになった足取りで駆け込んできた。

「何があった!」
「……きっ、奇襲です、学長! あの男が乗り込んで来ました……!」

そう告げた瞬間、男の上半身が視界から消え床に沈んだ。その背後から現れたのは全身プレートアーマーをまとい大剣を肩に乗せたあの男だった。

「よお。よくもこの俺をコケにしてくれたなあ、クソババアッ!!」

最初から怒り狂った壮年の男、それは他でもない俺の師匠、グラディオール・メルエアデであった。



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