異母弟に会いたいと言われて。 | ナノ


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エリアンは三人家族の一人息子として生まれた。父は企業の会社員で母は結婚前同じ会社で働いていたが、今は別の場所でパート勤務をしている。

高校二年生のエリアンは、大きな一軒家の二階を自由に使えるほど、何不自由ない生活をさせてもらっていた。
学校終わりのこの日、広い自室のベッドの上で、彼は大柄な体躯を横たわらせていた。

手には携帯を持ち、画面を見つめる。
さきほど異母兄のファースにメールを送信したばかりだ。待っている時間は、いつもそわそわして落ち着かなかった。

だが、違う相手からメッセージが入った。
エリアンの表情は冷めたもので、内容を目にしてすぐに返信する。

「ねえ、今度いつにする?」
「もう会わない」
「またぁ? 彼女出来たの? 別にいいじゃん、会おうよ」
「ごめん。その気がないんだ」

打ち終わると、相手からの返信もなくなった。
携帯を脇に投げて天井にある白色のランプを見つめる。心の中には虚しさと、ファースへの飢えが同時に在った。

兄は、自分を好青年だと思っているが、実情はまるで違う。
ネットで知り合った女性と関係を持ち、適当に性の捌け口にするといった事を繰り返していた最低の人間だ。

相手はどれも年上で、互いに本気ではないから楽でもあった。
エリアンはちゃんとした恋愛をしたことがなく、またする気もなかった。兄に会い始めてからも女性とは関係を持っていたが、やがて行為中におかしな事を考えるようになり、最近はすっかり遠ざけていた。

ベッドに横になり、体を丸める。布団の下に隠してあるのは布が所々剥がれた小さな熊のぬいぐるみだ。
それを手に取り、時々するように眺めた。

エリアンにはファースへの秘密がたくさんあった。まず、両親は自分達の出会いを知らないと話したが、父は知っている。
兄の住所を教えてくれたのは父だったからだ。

父は昔から、エリアンが腹違いの兄に関心を持っていることを分かっていた。高校に上がり、連絡を取りたいと相談してからも、反対はしなかった。

仕事がいつも忙しい人間だから、こうした兄弟の頻繁なやり取りには気づいていないだろうが、例え知っても放っておいてくれるだろうとも感じていた。

しかし、母親は違う。

「ちょっと、また出かけるの? 最近多くない? 高二なんだから遊び歩いてないで、勉強も大事よ。どんなお友だちなの? もしかして、彼女とか出来たのかしら」
「そんなんじゃないよ。仲がいい友達。行ってきます」

うるさい。そう思いながら玄関を出るまで話しかけてくる母親を振り切り、外に出て直進した。
何が彼女だ。どいつもこいつも、うるさいんだよ。

ファースはそんな安っぽいものではない。
血が繋がったのは半分だが、代わるものなどない大切な存在だ。

忌み嫌ってもおかしくない自分のような相手にも、優しくしてくれて、心配までしてくれるような良い人間だ。

そんな人に自分はなぜ甘えられるんだろう?
どの面を下げて、強い好意などを持って、接することが出来るんだ。

喜びをもたらす異母兄との密会は、会う度に幸せを感じるほど、エリアンの心を苦しめるようになっていた。



その日は学校が早く終わったので、午後にいつもの駅でファースと待ち合わせをした。
同じ柱の前で腕を組み、クールな顔立ちで立っている兄の姿。それを見ると自然と頬が緩んでいた。

しかし、この日は違う光景を目にした。
ファースの前にはショートパンツ姿の大人の女性がいて、会話をしていた。兄は帽子を取り金髪を掻き上げ、時おり楽しそうに歯を見せて笑う。

足がぴたりと止まったエリアンは、近づいていいものか分からなくなった。すると兄の瞳がふとこちらに流れてくる。
そのまま女性に何かを言い、二人は挨拶をして離れた。かと思えば、最後に女性は腕を広げてファースをハグした。

やや顔を背けた兄は片腕を女性の背に軽く添え、受け流した。

「ーーよっ、エリアン。悪い、今知り合いに会ってな」
「ごめん、邪魔したかな」
「ばーか。んなわけねえだろ」

笑ったファースだが些か気まずそうな顔つきだった。
エリアンは気になってしまい、立ち止まって兄にどんな知り合いかと尋ねた。親しそうに見えたからと。

「行きつけのバーのただの店員だよ」
「そっか。綺麗な人だったな。バーによく行ってるの?」
「まあな。仕事終わりとかに。暇潰しだけどな」

急に声のトーンが落ちたこともエリアンは気にした。
普段は互いに私生活を詮索したりしないが、自分の行いもあってかやたらと胸がざわついた。

「お前ああいうのがタイプなのか? やめとけあんな尻軽」
「……尻軽なの? あの人」
「いや知らねえよ。ベタベタしてただろうが今。お前も見ただろ? なぁエリアン」

肩を組んできて珍しく絡むように話す兄を見た。何を言うべきか迷い、視線を合わせたままにする。

「お前にはもっと清楚な子がいいと思うぞ。女はちゃんと選べよ、な」
「ははっ」
「なぜそこで笑う。俺は真剣にアドバイスをな…」

二人はとりあえず駅から歩き出す。
ファースはまだ話し足りなかったのか、やたらとこの話題を引きずった様子で、カフェに入ってからも身を乗り出してきた。

「どうしたんだよ。俺の女関係とかそこまで気になる? 悪いけど俺、ファースが考えてるほどまったく品行方正とかじゃないよ」
「えっ、マジか?」
「うん」

穏やかな表情で頷くものの、口の中に苦味が広がっていく。珈琲のせいじゃなくて、兄を目の前に慣れない話をしているからだった。

「彼女いんの?」
「いないけど……」
「けど、なんだよ。遊び友達がたくさんいるとか?」

言葉に詰まってしまった。そこだけは知られたくなかった。
でも簡単に嘘がつけず、なるべく表情を苦笑にとどめる。

「がっかりした? そういうことやってないよ、今はね」

つい最近までやっていたとは無論言えなかったが、ファースの反応への恐れは消えずにいた。

「ふーん……いや別にがっかりとかねえから。俺も若い時はあれだったしよ。まあ未経験よりいいんじゃねえの、知らねえが。はは。……あー。わりい、エリアン。俺気持ち悪いよな? 弟のそういう問題に口出したりして。自分も干渉されんの嫌いなんだけどな。なんかお前といると、つい構いたくなっちまうっつーか……」

金髪をぽりぽり掻いて微妙な顔つきをしている。
ファースは二ヶ月ほど前に初めて会ったときから、随分と変わった。
いや、変わったのではなく元々こういう懐の深い人間なのだろう。

二人の関係性はまだ新しいのに、彼の根はしっかりしていて、同時に優しい心を持ち、お兄さん的な性格の人なのだと感じる。

「俺も構ってほしい。ファースに甘えたい」

エリアンは自分の脳が言うことを聞かなくなるのを感じた。
真正面に座る、机の上の兄の手に触れる。握ってまっすぐ瞳を見つめた。
客は周りにたくさんいたが、話し声に紛れ、自分の鼓動の音しか響かなかった。

「おう、いいぜ。甘えろよエリアン。何も悪いことなんかねえからさ」

ファースはにっと瞳を細めて、ゆっくり瞬きで合図をした。
その飾り気のない笑みが、再びどうしようもなくエリアンの心を奪った。




「エリアン、おい、寝てんのか? エリアン!」
「…………っ」

揺れていたはずの車内で、急に肩を揺さぶられ起こされた。
隣の運転席にはファースがいて、車が見慣れた住宅街で完全に停まっていることを悟る。

「ごめん、寝ちゃったみたいだ」
「いいよ。疲れてるか? 平気かよ」

優しい兄の指先が頬の肌に触れ、ぴりりと何かを走らせた。
頭が熱い。少しぼうっとする。
今日は電車で帰るつもりだったが、夜に仕事があるからと車で来ていた兄の好意に甘え、ここまで送ってもらった。

「ファース、仕事何時からだっけ」
「十時。まだ時間だいぶあるから心配すんな」

頭をくしゃりとやられ、エリアンは目を閉じた。そしてシートベルトを外し、無言で腕を伸ばして兄をまた抱きしめた。

別れる際がいつもひどく辛く感じる。
ファースの体は強張っていなくて、自然にそれを受け入れているのも、離れがたくなる理由だった。

「お前はほんと、帰り際に甘えてくるよな。まあいいけどよ」

少し上から声をかけられて、頭を抱くように撫でられた。
エリアンの全身が熱くなる。離れようかとも思ったが、その考えは消えていった。

ずっとこうしていたい。
同じ家に帰れたら、どんなに幸せを感じるだろう。

「ねえ、俺の部屋に上がる? 少しだけ」
「……えっ! いやいや、それはやめとこうぜ。万が一見つかったらお前に迷惑がかかる」

言葉尻が少し、他人行儀のようにも感じたが、首を振ったファースの意見は正しかった。
夕方のこの時間ならまだ両親とも帰ってこない。しかし家に上がるリスクは大きい。

「そうだよな。ごめん、俺」
「いや、ありがとな。……そうだなぁ、俺も一人暮らしするか、そろそろ。そしたら自由にお前に会えるだろ?」

安心させるように覗き込んでくる兄の顔。
エリアンは彼の頬に手を届かせようとした。距離をもっと、縮めたくなった。

しかし視界の隅にさっと人影が映った。
振り向くと街灯の向こうに立ち止まった者が、じっとこちらを見ている。

「…………?」

よく見ると、それは母親だった。仕事帰りのようで、険しい瞳は明らかに自分達を睨み付けていた。とくに、隣にいたファースのことを。



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