ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 89 また変な任務

もうすぐ任務があるということなのだが、なぜか上司のイヴァンに呼び出された場所は魔術師専用の別館でなく、騎士団本部内にある会議室だった。

どことなく不穏な空気を感じつつ扉を開けると、そこにはすでに俺以外の屈強な面々が勢揃いしていた。ーーそう、明らかに幹部的な聖騎士達が。

「やぁセラウェ君、遅かったね。騎士団の人間は僕らより気が短いタイプが多いんだから、気をつけてくれないと」
「あーすまんすまん。いやぁまさか隊長達もお揃いとは夢にも思わなくて……なに、今回どこかに出撃でもすんの? 俺完全に場違いなような…」

長い会議机を囲む騎士達をちらっと見る。
司祭の向かい側には、やらしい微笑みを浮かべる第二隊長のユトナと、第三隊長のグレモリーが偉そうな態度で座っていた。

そしてもちろん、なぜか俺のことを憐れみの混じった瞳で見つめる弟も、中央に腰を下ろしている。

勤務中にクレッドに会えて素直に嬉しいが、団長のこいつがいるってことは、いつぞやの男娼館潜入捜査のように、また面倒な規模の任務なのかもしれない……。

「じゃあ皆集まったね。早速だが来週行われる潜入任務の詳細について、話し合いを始めたい。対象は数ヶ月ほど前からこちらに接触を図ってきている、新興の戦闘集団『ラザエル騎士団』だ。古くから存在する教会派騎士団の解体の際に、少数の騎士達を引き連れ派生した組織であり、団自体の歴史は浅いが着々と功績を立てている」

イヴァンが会議早々ながったらしい説明をしている。
騎士団に潜入捜査って……魔導師の俺まったく関係ねーじゃん。

そう安心しながら神妙な顔つきでふんふん聞いていると、真向かいのグレモリーが突然足を組みかえ、テーブルが若干浮いた。

「へえ、んなならず者集団が、国王にも目をかけてもらってる俺達エリート騎士団に何の用なんだよ。お近づきになりたいってか?」
「ふふ、実際その通りだろうな。ソラサーグ聖騎士団は異教徒の排除や魔術師の粛清など、表立っては言えないような裏の任務が主だが、その筋においては名が知れ渡っている。繋がりを作りたい輩や組織は多いはずだ」

ユトナが真面目に語り、司祭も意味深に頷き同調する。
クレッドに視線を合わせると、奴はまだどこか切羽詰まった顔つきだ。
不思議に思った俺はつい口を開いた。

「つまりただの騎士団同士、親交を深めようぜ〜ってやつだろ? 練習試合でもすればいいじゃねえか。なんで潜入する必要があるんだ」
「それがね、セラウェ君。ラザエル騎士団には常々良くない噂が立っているんだよ。我々が看過できない系統のね。短期間においてあの少数規模で異常なまでの討伐記録を誇っているとか、多数の騎士団から指摘が上がったり……まぁやっかみも含まれているだろうと、様子見をしていたんだがーー今回あちらから正式に、自己紹介がてら是非親睦を深めようとの申し出を受けたんだ」

司祭はあえて詳細を語らなかったが、良くない噂という言葉に俺はすぐピンときた。

「ふうん。なんか裏でやばい事やってるとしたら、おおかた違法薬物で集団ドーピングとかしてんじゃないのか。それか悪魔召還かなんかですげえ強い魔族を飼い慣らしてたりして。はは、さすがにそれはねーか」

魔導師としての安易な考えを示すと、騎士達に鋭い目で見返された。
だが司祭は満足そうに瞳を細める。

「そういった可能性も十分考えられるよ。さすが君は目の付け所がいい。頭が柔軟だね、僕の思った通りだ」
「いやぁそれほどでも……結構安直だし…」
「ではハイデル。騎士達に紛れ込んで一緒に任務を行ってもらうのは、やはり彼にしようと思う。それでいいな?」
「……えっ? 紛れ込んでってなに?」

突然ぶっこまれた言葉に目をきょろきょろと動かす。弟を問いただすように見つめると、奴は深刻な表情のまま言葉を選んでいる様子だった。

「クレッド? オイまじで何すんの」
「……兄貴。実は……今回、兄貴には俺達と行動を共にしてもらいたい。他の魔術師は同行せず、兄貴一人だ。しかし、先方の騎士団を訪れるにあたり、魔術師の帯同は禁じられている」

慎重に話す弟を真っ向から聞いているが、あんまりよく分からない。

「じゃあ俺だめだろ、魔導師だぞ。騎士じゃないし」
「そうだが、我々の作戦としては、兄貴の催眠魔法が必要なんだ。聞き込みと内部調査を行う上でな。……つまり、兄貴には今回の任務において、騎士のフリをしてもらう」

会議が始まって十数分ほどだが、クレッドが浮かない顔をしている訳が分かった。
こいつら、これが言いたかったのか。

「お、俺が騎士って……冗談だろ。対極に存在するものだぞ。そんなんすぐバレるに決まってんだろ」
「ほんとだよ団長。こんなひょろい奴をガチムチ集団に放り込んでも、一発で見抜かれるぞ。どーすんだよ。……まぁ俺が今から鍛えてやってもいいけどよ、一週間じゃ全然足りねえよ」
「待てグレモリー。彼を俺の隊で預かるのはどうだ? お前の隊よりは浮かずに済むだろうし、何より俺が優しく気遣ってあげられる。どう? セラウェ」

好き勝手に話す隊長どもに開いた口が塞がらない。
なんで俺が騎士になること決まってんだ。こいつら本気か? 任務失敗させたいのか?

顔面蒼白になっていると、中央に不気味に佇む男の口から「おい」と恐ろしく低い声音が響いた。
皆の注目が一斉に集まる。

ああ、やっぱり弟は俺の事をいつだって助けてくれる。なんか他に良い方法をいきなり思いついてくれたのかもしんない。

「いいか、この任務の焦点はいかに兄貴を守るかだ。任務においても個人的にもそれが最も重要なのは間違いない。……つまり、兄貴は俺の『従騎士』にする。異存はないな」

早口でまとめあげた弟に唖然とする。
……従騎士だと? それってなに、こいつの小間使いになるの俺?

「いやちょっと待てよクレッド、さすがに俺そんな若く見えねえよ。無理ありすぎだろ」
「全然大丈夫。それに鎧もつけてるし。あとは俺が全面的にフォローするから」
「ハイデル。セラウェを自分の従騎士にするって、すごい発想だな。……ちょっと自分の欲望が入りすぎてないか? 極度な公私混同は身を滅ぼすぞ、団長」
「黙れユトナ。兄貴の身の安全が最優先だと言っただろう。騎士団内において俺のそばより安全な場所があるか? あるなら言ってみろ、隊長」

ぴりりと険しい顔で言い放つ上官の一声に、部下達は決まり悪そうに口を閉ざす。

……え。この流れ、俺まじで団長の側仕えになんのかよ。
まあユトナの隊よりはマシかもしんないけど。妙にはしゃぎそうなジャレッドもいねえし。

「ふむ。僕としては小隊に所属して荒波にもまれるセラウェ君も見てみたかったが、今回はそんな事をしている余裕もなさそうだ。ハイデルのそばにいれば重要人物との接触や、聞き込みのチャンスも回ってくるかもしれない。では、期待しているよ。頑張ってねセラウェ君」

いつもの胡散臭い笑顔で、司祭が会議をまとめあげる。

クレッドにも言いたいことや聞きたいことは山ほどあったが、給料を貰ってる以上、教会に所属するまだまだぺーぺーの俺には上司の決定を覆す権限などない。

はぁ。この任務、俺の想像以上に色々ときついものになりそうだ。



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