ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 90 騎士になったセラウェ

この一週間、俺はクレッドの従騎士になるというヘンテコな任務のため、血の滲むような訓練を行ってきたーーわけでは勿論ない。
運動嫌いでどちらかというとガリ勉タイプの俺が、一朝一夕で身に付けられるほど騎士の鍛練は甘くないからだ。

とはいえ、俺だって一応騎士の家系に生まれた身だ。ガキの頃は毎日木刀で稽古してたしな。
体にしみついた剣技や感覚なるものが、油断すると出ちゃったりするかもしんないし。

のんきに考えながら、外面だけは取り繕おうと騎士の所作や騎士団の規則などを勉強し、準備を終えた。もちろんこの男の監視のもとで。

「うわ……兄貴、すごく似合ってる……格好いいよ!!」
「……えっ。そう? なんか俺の装備、気合い入りすぎじゃね? やたら鎧ピカピカしてるし。下っぱの従者なのにこんな高そうな剣持っちゃっていいのかな〜」
「そのぐらい身を守るには当然だよ。それに、この日の為に兄貴に見合うプレートアーマーを厳選したんだ。これでもう心配いらないぞ」

満足げに微笑む弟だが、どこか浮き足立っているようにも見える。
こいつ、ひょっとして俺が騎士に扮するの嬉しいのかな?

まぁ中身はしがない魔導師なんだが……複雑な思いを抱えながら、いや今の俺は、実はただの一般人なんだと思い出す。
何故なら、さっきこの控え室にイヴァンがやって来て、俺から一時的に魔力を奪い去るという、恐ろしい術式をかけていったのだ。

「はぁ……明日まで魔法がまったく使えないなんて、酷い仕打ちだと思わないか? クレッド。魔力をゼロに見せかける必要があるとはいえ……俺、いつもより更に心もとないよ」
「大丈夫だよ兄貴。その為の装備だし、俺の従騎士なんだから。ほら、一緒にいれば安全だ」

頼もしい弟に抱き寄せられ、優しく励ましの声をかけられる。
安心を得たのは事実だが、俺から魔術を取ったら、もうこいつの愛しか残ってないんだが。

とりあえず頑張るしかない。仕える側の自分がヘマしたら、弟も責任を被ってしまう重大な任務なのだ。






我らがリメリア教会ソラサーグ聖騎士団を招待した、新興の「ラザエル騎士団」ーー。午前に本拠地を出発して到着が夕頃になるほど、その所在は山奥の辺鄙な場所にあった。

山を越え谷を越え、なんで格上であろう俺達が苦労をして訪れなきゃいけないんだと悪態をつきたくなるが、あくまで潜入任務なのだと我慢する。

「ハイデル団長、結構遠いっすね。そろそろ休憩挟みませんか? 後続の皆さんも辛そうな顔してるし」
「直に着く、セラン。うちの団はこのぐらいで疲労を感じることはない。心配するな」

黒い馬に跨がり、少し前を歩く団長にぴしゃりとたしなめられる。
懐かしの偽名で呼ばれ、兄弟でなんのロールプレイをしてるんだと思うが、さすがに任務中は弟も団長モードを貫くつもりらしい。

しばらくして鬱蒼と繁る森の真ん中に突如現れた、獣骨で作られた大きな門。
その奥に連なる大小様々な木造の建築物の前には、まるで盗賊団のような出で立ちをした強面の男たちが勢揃いしていた。

……えっ。
ここまじで騎士団なの? どこかの犯罪者集団の罠だったんじゃないのかコレ、と失礼なことを思いつつ、俺達はすんなり中に通された。

案内された厩舎に団長と自分の馬を持っていき、他の騎士と共にせっせと荷物を屋内に運び出す。
合間にクレッドを目で追うと、幹部を引き連れ、すでに相手の上層部らしき人々と挨拶を交わしていた。

少し離れた柱のそばで待ちながら、脱いだ仮面を両手に抱え、ぼうっとしている俺に誰かが近づいてきた。

「こんにちは。ラザエル騎士団へようこそ。僕はここの参謀を務めるヘーゲルといいます」
「へっ? ……あ、どうも。ただの従騎士のセランと申します。よろしく」

反射的に挨拶をすると、目の前の男の涼やかな目元が眼鏡の奥で細められた。
ここの盗賊団からは若干浮いて見える細身の男だが、おい参謀ならあっちに加わらなくていいのかよと目を泳がせる。

「あなた、ハイデル殿の従者ですよね。さきほど一緒に入ってくるのが見えたので」
「はぁ、まあそうですが……な、何か問題でもおありですか」
「とんでもありません。ただ前情報にはなかったので驚きまして」

ひっ。やべえ、なんかすでに怪しまれてんのか。
どうしよう誰か助けてと辺りに目を動かすと、背後からガシャっと鎧の音が響いた。

「セラン。もう誰かと知り合ったのか? そばを離れるなと言ったはずだが」
「ああぁッ! ーーあ、団長か、びっくりした。……いえ、あの……こちら参謀のヘー…なんでしたっけ?」
「ヘーゲルです。はじめましてハイデル殿、ソラサーグの地に君臨する¨安寧の星¨にお会い出来て光栄です」

え、なにその微妙な二つ名、こいつ裏でそんな風に呼ばれてんのか。
クレッドも納得いかないのか、形のよい金の眉を一瞬煩わしそうに上げた。

「こちらこそ貴団への招待という良い機会を与えてもらい、感謝します。ヘーゲル殿。ところで彼は、私の従騎士になってからまだ日が浅いのです。とはいえ人格・素質ともに申し分ないものを備えていますが。これはあり得ないことですが、万が一失礼にあたるようなことがあれば、私が全て責任を負いますので」

普段は口数がけして多い方ではない弟が、ぺらぺらと長文を述べている。
参謀の男もわずかに驚いた表情を見せたが、すぐに静かな笑みを作った。

「失礼などと、全くそんな事はございませんが、承知しました。互いに緊張感を取り払い親交を深めようというのが、今回の趣旨でもありますからね。あなたもすでに、我々の団長にしつこく聞かされたと思いますが…」

苦笑したヘーゲルの視線が、クレッドの背後のやや高いところへ向けられる。
その時俺は、なにかぞわっとした大きなものの気配を感じ取った。

「はっはっは! その言い草はないだろう参謀。大体まだ話途中だったハイデル殿を俺から奪うな。血相を変えてそこの従者殿に向かっていくのでな、何事かと思ったぞ」

むき出しの太い腕をがっちり組み、眼前に立ちはだかる山のように巨大な男。
赤みがかった短髪に、額から目にかけて物々しい傷跡がある。

ーー明らかにカタギに見えない。まさかこれが団長?

言っちゃ悪いが隣に立つ外見上は清廉潔白のうちの弟と、ほんとに同職なのだろうか。

「申し訳ありません。ええっと……団長殿。以後お邪魔は致しませんので…」
「ハハハ! そう畏まらないでください、従者殿。ここでは、皆さんには我が家のように寛いで頂きたい。では一同揃ったことだし、騎士団内をご案内したいのですが、よろしいですか? ハイデル殿」
「ええ。よろしくお願いします。ーー皆、我々が明日まで厄介になるラザエル騎士団団長、ヴェスキア殿だ。くれぐれも失礼のないようにしろ」

いつの間にか広間に集まっていた両団の騎士達が見守る中、クレッドがよく通る声で命じる。
一斉に背筋を正し、敬礼をする騎士達を見て、俺も慌てて流れに倣う。

「遠方よりはるばる来ていただき、誠にありがたい。ソラサーグ聖騎士団を我々は心より歓迎します」

にかっと歯を見せて屈託なく笑う相手の団長が、なぜかただの従騎士である俺にも丁寧な応対を見せ、俺達は先頭をきって連れ立っていくことになった。

ちらっと後ろを振り向くと、四騎士であるユトナとグレモリーの面々も少数の騎士を連れ、きちんと列にいる。
ぱちっとウインクをしてくる美形の騎士は置いといて、なんとなく、すでに荷が重い感じが身体中に染み渡っていた。



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