ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 86 だらしない弟 U

動きやすい服装に着替えた俺とクレッドは、隣に住む老婦人のもとを訪れた。
広い敷地に建つレンガ造りの古風な屋敷に、夫人のホルツさんは普段は夫と二人暮しだという。

「あらあら、ハイデルさんのお兄様もお手伝いに来て下さるなんてねえ、ほんとに助かります。実は見ての通り、この前の嵐で立てかけていた丸太が全部お庭にばらけちゃってねえ。足の踏み場もなくて困ってるんですよ」
「あー……本当ですね、これは大変だ。僕の想像の十倍はめんどうな有り様です。なぁ兄貴」
「えっ。うん、そうだな……。おいやべーぞクレッド、調子のって来ちゃったけど、俺ガテン系の手伝い無理なんだけど」

弟の腕を引き、夫人に隠れてぼそぼそと相談する。
いつもなら男らしい顔つきで「大丈夫だ兄貴。俺に任せろ」と言いそうなクレッドだが、今日は無気力デーなのだ。当然のように「俺もこんなのムリだよ」と小声で同調してきた。

夫人は入院先の夫の見舞いに行くと言い、俺達は庭園に取り残された。
目の前には人間の胴ほどの太さもある長い丸太が、何十本も無限に散らばっている。

「しょうがねえ、やってみっか……俺だって修行中は慣れない薪割りとかやってたし……んっ、んん゛ーっ!!」

とりあえず端を持ちあげてみるがクソ重い。
引きずるようにして移動しようとするが、三メートルでギブアップした。

「兄貴。引きずったら芝生がめちゃくちゃになるぞ。抱えて持ち上げたほうがいい」
「はぁ? んなこと出来たら苦労しねえよーー」

振り向くと煩わしそうな表情をしたクレッドが、丸太をぐっと脇に抱え、普通に歩いていた。

えっ。
なんだよ、さすが腐っても騎士団長だからか? 全然大丈夫じゃないか。
動作は遅めだが二本目、三本目と運んでくれている。

「あーよかった……一瞬今日どうしようかと思っちゃったわ。これなら俺が役に立たなくても平気そうだな」
「あー疲れた……ちょっと休憩しよう、兄貴」

クレッドがのそのそと近づいてきて、俺の手を取りその場にしゃがみこんだ。
俺はなぜか奴の足の間に座り、後ろから抱えられる。

「ちょ、おい! 何すでに休もうとしてんだよっ。つうかここ外だし人んちだぞ! 離せ馬鹿ッ」
「兄貴、静かにしてくれ。いま英気を養ってるところなんだから」

ため息混じりに耳元で囁かれ、背中が跳ねる。

なんなんだ。今日のこいつは行動が読めない。すぐ疲れるのは俺みたいだが、やたらと甘えモードになってる気がする。
ーーいや待てよ。もしかしてこれが弟の真の姿で、普段は無意識に無理してたりするんじゃ……?

「そっか……やっぱ兄弟だもんな。本当は似てるのかも」
「何の話…?  兄貴」
「俺たちの話だよ。大丈夫かクレッド、もう回復したか?」
「いやもうちょっと……まだ足りない」

誰か来やしないかとビクつきながら待ってると、後ろからすーすー寝息が聞こえだした。
え、うそ。まさか寝やがったのか?

「おい起きろよ! まだ全然作業終わってねえぞ!」
「……へ? ああ、ごめん、兄貴の背中気持ちよくって」

へらりと笑う弟の笑顔は新しく、正直可愛かったが、俺まで脱力してきた。まじで調子が狂う。


その後俺たちはまた重い腰を上げ、一本一本丸太を庭の隅まで二人で運んだ。
ほどけないように少しずつ紐で縛り、積み重ねていく。しかし無限地獄は続く。

「ああぁ! 腰いてえ、もう無理だ! こんなんちょっと手伝うってレベルじゃねえぞ!」

根性のない俺は苛つきMAXになり、癇癪を起こした。
するとクレッドが心配げな面持ちで丸太をぽとんと置いた。

「兄貴、大事な腰痛めたら駄目だ。もう休んで。ごめんな、せっかくの休みに付き合わせて…」

てっきり共感されると思ったのに、弟に申し訳なさそうに告げられ、瞬時に自分を恥じる。

「……クレッド。な、何言ってんだよ、ちげーよ。俺がやるって言ったんだし。俺たちいつも一緒だろ? ほら二人でひとつみたいなとこあるし」

焦りながら若干大袈裟な物言いをするが、弟はうんうんと途端に元気よく頷いた。

「それはそうだ。兄貴がいつも一緒にいてくれて、俺は嬉しい。でも今日はやっぱ疲れたよな。俺もなぜか全然力出なくて……そうだ、続きは明日にしよっか。一晩経てばやれる気がする」
「……へ? 明日?」

仕事では常に時間に厳しいこいつが、物事を明日に持ち越すなんて珍しい。
人間的な面を垣間みて、一瞬クレッドに親近感が湧いたのだが、いかんせん俺の足腰はもうボロボロだった。情けないが、たぶん明日は筋肉痛で動けないと思う。

そこでずるい考えが浮かぶ。

「なぁ良いこと考えた。今からロイザ呼んで来ようぜ。あいつなら人外の怪力だし、こんなん全部ちょちょいと片してくれるよ。あーっ、なんで早く思いつかなかったんだ俺、馬鹿すぎ~」

へらへら頭を掻いていると、急に場の空気がビシッと張り詰めた気がした。
目の前に立つ長身の男から、ひんやりとした空気が漂っている。俺を見下ろす蒼目もどことなく据わっている。

「あの獣か…? いいよ呼ばなくて。なんで俺と兄貴の大事な休日に他の野郎が入ってくるんだ? 意味が分からないんだが」
「えっ。でもあいつ俺の使役獣だし、普段手煩わされてるからこういう時に役に立ってもらわねえとーー」
「俺のほうが役に立つよ。こんなのあと十五分で終わらせられるし。全然楽勝だから心配するな兄貴」

なぜかクレッドの瞳がめらめらと燃え上がり、それまでのゆるい動作が嘘のように、はりきって動き出した。
闘争心をにじませる怒り顔で、丸太を軽々と肩に担ぎ運んでいく弟を見て、唖然とする。

……よく分からんが俺の何気ない一言により、奴のやる気が出たのか?

っつーか出来るんなら早くやれよッ。
という自分の非力さを棚に上げたツッコミが生まれるが、やっぱり弟の負けず嫌いは根っからのものなんだろうかと、しみじみ感じた。

それからしばらくして、本当にクレッドは残りをほぼひとりで片付けてしまった。
さすがに疲れたのか地面に座り込み、息をぜえぜえついている。

「うわ、すげえ、マジで綺麗になったな。ありがとクレッド、お疲れ様っ」
「うん……お疲れ……兄貴もありがとう、手伝ってくれて……」

背中をさすり労っていると、そのまま体に手を回され抱きしめられる。
だがその時、庭園の鉄製の門ががちゃりと音を響かせた。「わぁぁっ」と焦り叫んだ俺は奴を突き飛ばし、慌てて距離を取る。

振り向くと身綺麗な老婦人がいて、笑みを浮かべ俺達に会釈をしてきた。

「あらまぁ、凄いわ全部こんなに綺麗に片付いて。本当にありがとうございます、お二人とも……あらハイデルさん地面に倒れてらっしゃるけど大丈夫?」
「あ、はは。はい平気です、いやぁほとんど弟が頑張ってくれたんすけど、さすがに疲れちゃったみたいで。なークレッド!」
「ーーうん。正直疲れましたがなんとか終わりました。兄貴がいてくれたので僕も力が出ましたよ」

むくりと起き上がったクレッドが、俺に向かってにこっと微笑む。

あーやべ。今日は別の意味で俺の疲労もハンパないぞ。

どきまぎする中、何度も礼を述べるホルツ夫人に招かれ、俺達は庭先で二人、紅茶とケーキをいただく事になった。
テーブルの前に腰を落ち着け、労働のあとのお茶タイムを楽しむ。

「はぁ~やっぱ体動かしたあとは美味えなぁ。たまにはこういうのもいいかもな」
「……うん、そうだな兄貴……俺、もうねむい……限界だ」
「はっ? おいお前食いながら寝てんじゃねえよっ。もうちょっと我慢しろって、すぐとなり家だから!」

目は半分でうつらうつらとする弟の隣に移動し、一生懸命支える。

また朝の弟に戻っちゃったらしい。俺の肩に頭を預け、眠たいモードになっている。
ああなんだか、たった一日なのだが、しゃきっとしたクレッドが懐かしくなってきたぞ。

「じゃあもう帰るか。お前その感じじゃ夕飯もいらなそうだな。すぐベッドだろ?」
「いる」
「食べんのかよ。じゃあちゃんと立てよ、ほらまっすぐ」
「……立てない。兄貴おんぶして」
「出来るわけねーだろッ俺つぶれちゃうぞっ」

その後もぐだつく弟と不毛なやり取りを繰り返し、俺達はなんとか家路についたのだった。

まぁ俺はどんな弟でも、好きなことに変わりないし、結局可愛いと思ってしまうのだが。クールでもだらしなくても、どっちみちこうやって、翻弄されちゃうのがオチだしな。



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