▼ 67 観察する弟(弟視点)
今日は騎士団と教会の魔術師達による、合同訓練の日だ。
戦闘用ホールの中は、高度な空間魔法により、土埃のする荒野が完全に再現されている。
前衛の騎士と後方の魔術師混合のグループを複数作り、互いに技を披露し攻防を繰り広げ、切磋琢磨するのが目的だ。
団長である俺の役目は、全体の動きを俯瞰し、次戦を視野に入れた戦術を構築することなのだが。
さっきから視線はずっと、自分の兄を追っていた。
珍しくシュッとしたトレーニングパンツとTシャツを着て、機敏に動く仲間達に囲まれながら、あたふたしている。
(ああ、そこに立っていたら駄目だ、兄貴。敵の中距離攻撃の射程内にーー)
兄の反応の遅さにハラハラしながら見守っていると、とっさに防御の壁を作り出し攻撃は避けたものの、後ろに派手にすっ転んでしまった。
「んああぁっ! ……痛ぇー!」
(ああ! やっぱり!)
離れた場所で監督役をしていた俺も、思わず全てを投げ出し、兄のもとへ駆け寄ろうとした時だった。
尻もちをついた兄に、男の腕が差し出された。同グループにいる赤髪の黒魔術師、イスティフだ。
「ったく鈍くせーな、兄ちゃん。ほら掴まれよ」
「はは。わりーわりー。俺やっぱ運動系向いてねえんだよなぁ」
緩い笑みを浮かべ男の手を掴む兄を見て、ぎりりと奥歯を噛む。
心の狭い俺は仲良さげに会話する二人を前に、どす黒い感情が沸き立つのを感じた。
しかしさらなる悪夢が襲い来る。
「あれ、セラウェ。ケツが土で汚れてんぞ、見てみ」
「えっマジで。うわほんとだ、きったねー」
あろうことか突然イスティフの手が兄の後ろに伸ばされた。
パンパンと無造作に尻をはたき、汚れを落としている。
「ちょっ! 何すんだよ、触んじゃねえッ」
「なんだよ、綺麗にしてやったんだろ? なに赤くなってんだ兄ちゃん」
……はっ?
なんだ今のは……ありえ、ありえない。
この男、俺の兄の尻に触ったのか?
しかも何度も。そんな事が許されるとでも思ってるのか…?
急激な怒りに立ちくらみを覚える俺の前で、さらに魔術師はからかうように顔を近づけ、兄の肩を抱いたりしていた。
血管に限界を感じ、あの野郎に一言言うべく歩き出そうとする。
すると背後になにか巨大な気配を察知した。
「おい団長。どこ行くんだよ、次は俺とあんたのチームの番だぞ」
「……あ? グレモリー、今忙しいんだ。後にしてくれないか」
「はぁ? 無理に決まってんだろ、スペース限られてんだぜ。団員も注目してるし、ほら司祭も加わるってよ。面白そうじゃねえ? 行くぞ団長」
強引に肩を掴まれ後ろに引きずられる。力ではぎりぎり敵わないのが腹立たしい男だ。
兄のことならば何よりも優先したいのが本音だが、大勢の部下に待望の目で見られていると、諦めざるをえない。
クソッ。
大きなフラストレーションを抱えながら、俺は戦闘に参加することになり、結局その後兄と言葉を交わすこともなく、訓練を終えた。
** セラウェ視点 **
今日は訓練で久々に体を動かし、すでに疲労困憊だった。
でも夜はクレッドと過ごせるということもあり、それを励みに一日頑張った。
弟の自室に入るとすぐ、珍しく先に帰っていたクレッドから、熱い抱擁を受けた。
加えて熱烈なキスをされ、体がトロンととけてしまう。
「兄貴、こっち来て」
甘い声音で手をつなぎ、ソファに招かれた後、俺はあぐらをかいた弟の上に座らせられた。
抱きかかえたまま口づけを再開され、長く唇を吸われる。
「んんぅ……ん、むぅ」
どうしたのだろう。
今日はしょっぱなから勢いが凄い。
あまり会話もなく、ねっとりとしたキスの合間に、やけに興奮状態の弟と目が合う。
するとお尻をもまれた。
クレッドの手が俺の浮いた尻の下に差し入れられ、やわやわ掴んでくる。
「んん……っ!? ……な、なにしてんだよっ」
「……何って、駄目なのか? 俺が触ったら」
なぜか若干すねたように尋ねられ、俺は瞬きをしてしまった。
「駄目なわけないけど……びっくりしちゃっただけだろ」
「そうか。じゃあもっと触ろう。だって全部俺のだし」
はっきりと主張し、両手で好きなように弄んでくる。
同時に口や首にもちゅっちゅと吸い付かれ、俺は変な声を漏らしながらクレッドの肩に掴まった。
なんかこいつおかしいぞ。
久しぶりに子供っぽい態度で俺の体をしつこく責めてくる。
「……兄貴。今日みたいに、俺以外の奴に触らせたら駄目だ。分かった?」
突然弟から放たれた言葉に、俺の喘ぎが止まった。
一瞬何のことを言われたのか分からなかったが、弟のムスッとした顔を見ながら色々考えて、やっとピンと来た。
「もしかして、お前、俺が転んだの見てたのか?」
「うん。全部見てたよ」
途端に羞恥心が募り、全身が熱くなる。
あんなダサいとこを見られてたとは。今更だが恥ずかしくて穴に入りたくなる。
「もう! 変なとこ見てんじゃねえよ、ちゃんと仕事しろよお前ッ」
「仕事は問題ない。でも兄貴のこと気になっちゃうんだから、しょうがないだろ?」
まだ眉間に皺を寄せたまま、少し目線が高いとこにいる俺を見上げてくる。
たぶん俺がイスティフにケツを叩かれたとこも見てたんだろう。だから不機嫌なんだと分かった。
「お前……そんな事で怒ってたのか? 可愛いやつ…」
子供だなぁと思いつつ愛おしさが増し、弟の頬を優しく撫でた。
クレッドが急に我に返ったかのように赤面する。
「俺はガキだから……けど目の前でやられたら、腹立つだろ? いや見えないとこでも勿論嫌だが」
目を伏せてぶつぶつと語る弟を、思わず抱きしめた。
こういう時、俺は弟に甘えられているかのような感覚に陥ってしまう。
恥ずかしそうにぎこちない動きになるクレッドを腕に収めながら、考えた。
「でもなぁ……ここの奴らって無駄にスキンシップ多いし。俺も嫌いなんだけど、ああいうノリ」
「俺も嫌いだ。まあ俺に絡んでくる奴はあまりいないが、兄貴は隙が多すぎる。だからああやってすぐに馴れ馴れしい輩にーー」
……はい?
いきなり俺の駄目出しが始まってしまった。
日頃の鬱憤が溜まっているのか、クレッドの愚痴が続く恐れがしたので、俺は思い余って奴の唇を塞いだ。
「んん! な、なに兄貴」
「もう分かったよ、今度から気をつけるから! ちゃんとケツも守るしお前にしか触らせないよっ。それでいいだろ?」
「……う、うん。ありがとう。頼む」
なぜか顔を赤らめ、素直に頼まれてしまった。
「はぁ。俺がもっと頼りがいのある男になればいいんだよな。簡単に絡まれないようなさ。ドジとかしないようにして……」
「まぁ、そうかもな。……でも抜けてるとこがなくなったら、そんなの兄貴じゃない気がする」
思慮深い表情で頷かれ、呆気に取られる。
はぁ?
どっちなんだよ。せっかく俺がやる気出そうと思ったのに。
「じゃあどうすりゃいいんだよ? もう面倒くさいからお前が俺のこと守れよっ」
「え? 勿論だ、兄貴。俺と一緒のときはそれでいいけど、一人の時はーー」
「一人にすんじゃねえよ! ずっと一緒にいればいいだろッ」
どういうわけか興奮した状態で俺は弟に迫っていた。
台詞だけ聞いたらすごく甘い言葉なのに、喧嘩腰になってしまった。
弟は一転して瞳を潤ませ、感動した面持ちで俺を見ていた。
「分かった、そうする。絶対に兄貴のこと一人にしないから……」
そう言って言葉よりも甘い口づけを俺に施した。
なんでこういう話になったのかよく分からんが、俺はもしや、また弟を焚きつけるような余計な事を言ったのか……?
いや別にそんな事ないだろう。
愛し合ってるんだし、こいつはいつも通りだし。
「兄貴。ベッド行く?」
「うん……いく」
もう機嫌が直ったのかクレッドの幸せそうな顔を見て、単純な俺もどこかホッとしつつ、納得することにした。
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