ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 66 頼ってほしい

仕事の話で上司に呼ばれていた俺は、夕方になってやっと解放され、魔術師専用の別館を出た。
ちょうど夜は弟と会う日だったため、うきうき気分で騎士団本部を目指す。

渡り廊下を歩いていると、後ろから意外な人物に声をかけられた。

「セラウェさん、お疲れ様です。ちょっとお話があるのですが」
「おっネイド。お仕事ご苦労さん。元気か? なに話って」
「あ、はい。私は元気なんですがーー」

長めの茶髪がトレードマークの優男、ネイドは弟の側近だ。ぴしっとした制服姿で凛々しい顔つきをしていたが、突如言葉を詰まらせた。

「実は団長が今夜急用が出来たらしく、セラウェさんとの約束を今度にしてほしいと……」
「えっ。……マジで?」

予期せぬ言葉を騎士から伝えられた事に、ものすごいびっくりした。
急用ってなんだろう。こんなこと初めてで、よく分からない不安が襲ってくる。

「そっか。あいつ、何か急な仕事が入ったのかな…?」
「ああ、いえ、そんなことは……。私には、そのーー」

やけに目を泳がせながら言葉を濁す騎士を見て、なんだか怪しく感じた。もしかして、あいつ何か後ろ暗いことをしているのでは。
いや別に疑うわけではないが、とぐるぐる考えていると、ネイドが少し身を屈め俺にこそっと耳打ちをしてきた。

「すみません。不安にさせてしまいましたね。実は団長には黙ってろと言われたのですが、今日体調が悪いみたいです。風邪を引いたようで」 
「え! ほんとかよ、やばいじゃねえかそれ!」

やや深刻な顔で告げられたせいか、俺は即座にその言葉を受け入れ、くるりと踵を返した。

後ろから「えっどこ行くんですか、セラウェさん!」と慌てる声が聞こえたが「俺あいつの看病しないと、教えてくれてありがとな!」と恥ずかしげもなく騎士に告げ、脇目も振らずに走り出した。

あいつ馬鹿じゃないのか、なんで俺に隠すんだよ。
意味が分からないと思いながら、心配でたまらなくなり、本部最上階にある弟の自室へと足を踏み入れた。

しかし、そこには誰もいなかった。部屋は暗く、音もなくしん、としていて愕然とする。
なにこれ……ずっと前にクレッドと離れ離れになってしまったときの、トラウマが蘇ってくる。

ここに居ないってことは、また自分の家にでも帰ってるのか?
やたらと胸騒ぎがしながら、俺は転移魔法で少し離れた場所にあるクレッドの自宅へと向かった。





三階建ての立派な住居の前にたどり着く。ベルを鳴らすが人の気配がない。
実は俺はこの家の合鍵もクレッドから渡されていたため、意を決して中に入ることにした。

明かりをつけ、静かな廊下を歩いていく。

「おい、クレッド……? いないのか?」

居間や近くの部屋も確認したが、弟の姿がない。
しかし、寝室のほうから微かな物音が聞こえた。俺はなぜか速まる鼓動を抑えながら、そちらに向かった。

恐る恐る扉を開けると、そこには信じられない奴の姿があった。

「はぁ、はぁ……あ、兄貴……?」
「……えっ。クレッド……!!」

大きなベッドの上に、制服の上を脱ぎシャツがはだけた状態のクレッドが、うつ伏せで倒れていた。
真っ赤になった横顔の口元からは、苦しそうな短い息づかいが響いてくる。

「ど、どうしたんだお前、そんなきついのかっ」

普段の涼しげな顔からは想像できない弱りきった姿に、尋常じゃなく心配になった俺は、急いでそばへと駆け寄った。

「いや、大丈夫だから、帰って、兄貴」
「何言ってんだ、大丈夫じゃないだろこんなになって! なんで俺に黙ってたんだよ!」

汗ばんだ額に触れると、明らかに高熱が出ていた。
これはまずいと思い、すぐになんとか寝返りを打たせ、びっちょりと濡れたシャツを着替えさせようとする。

しかしクレッドの態度は頑なだった。

「一人で出来る、兄貴に移したくない、頼むから……」
「バカやろー! そんな事気にしてんじゃねえっ、何のために俺がいんだよッ」

病人にうるさく言うべきではないが、こんな時ぐらい頼ってほしいのに。
こいつはいつもそうだ。体調が悪いときも自分からは決して教えない頑固者なのだ。

「だって……弱ってるとこ、見られたくないんだ」

仰向けになり俺に服を脱がされながら、弟が恥ずかしげに眉を寄せて口にした。
途端に胸が締め付けられる。

「馬鹿だなお前、弱ってる時こそ一緒にいるべきなんだろ。お前だって俺にそうじゃないかよ」
「……俺は、そうしたい……から」
「俺だってそうだよ。大事な弟だし、お前のこと、愛してるんだからさ」

正直な気持ちを告げて顔を覗きこむと、熱で潤んでいたクレッドの蒼目がさらに潤みだした。

「あ、兄貴……、俺も、愛して……っ」

興奮した様子で体を起こそうとしたので、俺は奴の肩を押さえつけてベッドに押し戻した。

クローゼットから取り出した寝間着を着せ、布団を首元まできちんとかけ、用意した冷たいタオルを額に乗せる。

こうしちゃいられない。
早く治るように、俺の全力をもって看病しないと。

「なぁお前なにか食べた? お腹は気持ち悪くないか?」
「……ああ、大丈夫だ。あんまり食べれないと思う、けど……喉は渇いた」
「分かった。じゃあ飲み物はすぐ持ってくる。絶対に動くなよ。あと何かあったらすぐに呼ぶんだぞ」

呼吸は浅いし相当きついのだろうか、クレッドは滅多に見せないような不安げな表情をしていた。

「ありがとう、兄貴……でも無理しないで」
「それはこっちの台詞だバカ」
「……ちょっと、馬鹿って言いすぎだ……」

喋る気力があることに安堵し、微笑みを向けて部屋を後にした。
俺はその後、台所には何も食料がないことに気づき、急いで家に戻り食材を手に入れ、準備を始めた。

あいつ一人でどうするつもりだったんだ? 本当に様子を見に来てよかった。

弟のことを思いながら、病人でも口に出来そうな、野菜を小さく切ったスープを作った。

寝室に戻るとクレッドは寝息を立てていた。
椅子を持ってきてそばに座る。
表情は落ち着いたように見えたが、ふと子供の時もこんな事があったと思い出した。

体が丈夫だった弟も年に一度は大きな風邪を引き、寝込んでいた。俺は母に駄目と言われたのに心配でずっと様子を見ていた。

クレッドも俺が熱を出した時は同じようにしていたのだ。もっと泣きそうな顔だったが。
昔と変わらないことをしてると感慨深くなり、一人懐かしく思う。

やがて弟の目がゆっくりと開いた。
起き抜けにゴホゴホと咳をし始め、再び心配が募る。

「おい大丈夫か? 無理に起きなくていいぞ」
「……う、ん……大丈夫。……作ってくれたのか? 食べたい……」

体を起こすのを手伝い、ベッドの背もたれと背中の間にクッションを挟んだ。
クレッドはゆっくりスープを飲んでいた。昼に帰ってきたらしく何も胃に入れてなかったせいか、予想よりも口に運べていた。

美味しいと礼を言われ少し安心する。
食後しばらくして、持ってきた薬を飲ませた。熱が異様に高い為これで十分かは分からないと言うと、意外なことを告げられた。

「兄貴、俺……毎年こうなるんだ。この前聖職者と騎士団の集会があって……大勢人が集まるから、この時期はいつも風邪引いてる」

え。それって変な細菌拾ってきてるんじゃないかと心配になる。
市販の薬では中々効かないらしく、なんと弟は毎回ほぼ寝るだけで治していたという。

「そうだったのかよ。でもお前、大変だっただろ。誰かの看病とか、なかったのか…?」
「いや……ない。いつも一人で、寝てただけだ。まあ……数日経てば、大丈夫だったから」

淡々と話す弟を見て、そんな瞬間を想像しただけで、心臓がきゅっと痛くなった。

「クレッド……っ!」
「……えっ。どうした、兄貴……」
「もう我慢なんかすんなよ。これからは俺がいるんだから、つらいときは絶対に言うんだぞ」

肩をそっと掴んで真剣な顔で告げる。
俺はどんな時でもこいつのそばにいてやりたいし、些細なことでも出来ることなら何でもしたいと、常に思ってるのだ。

「うん、分かった……ありがとう。……俺、弱いとこ格好悪くて、見せたくないって思ってたけど……兄貴が今そばにいてくれて、嬉しい……」

クレッドがぼうっとした顔で、気恥ずかしそうに呟いた。
俺は我慢できず、その熱いままの体をぎゅっと抱きしめた。

いつもは自分がされてることだから、不思議な感じがする。
でも俺は兄として、こいつを愛する者として、一番近くで支えていきたいと、強く感じたのだった。






その夜は、もちろん弟の家に泊まり込む気だった。
家から簡易ベッドを持ち出し、ベッドの横に準備をすると、依然として辛そうに横たわっているクレッドが目を丸くした。

「……兄貴? 何やってるんだ」
「なにって、一緒に寝るんだよ。大丈夫だ、俺が一晩中ついてるから」
「い、いや……でも、俺咳うるさいし、……もう遅いけど、兄貴に移ったら……」
「いいよ全然、気にするなって。それに俺どんな環境でも寝れるからさ」

あ、すぐ寝たら看病の意味がないか。
ごまかしつつ弟をなだめ、俺は隣で見守るため横になった。

クレッドはまたすぐに寝息を立て始めた。
早く治りますように……。
そう思いながらうつらうつらとし、気がつくと俺も眠りに落ちてしまったようだった。


翌朝、カーテンから差し込む光を感じた。
薄っすらと瞳を開け、ベッドの上にまだ弟が横になってるのを見て、俺は飛び起きた。

昨日よりも穏やかな表情で眠っている。顔色も戻っているように見えた。
額に手を当てると明らかに熱は下がっていて、体の力が抜けたように安堵した。

「ん……兄貴」
「あっ。ごめん起こしたか。大丈夫かクレッド」

ゆっくりと開いた瞳と目が合い、ほっとする。

「……ああ、大丈夫……体が、もっと楽だ」
「そうか。ほんと良かった……。熱も下がったみたいだぞ」

柔らかい金髪を撫でながら話しかけると、布団から出たクレッドの手に、ぎゅっと手を握られた。

「兄貴、一緒にベッド入って」

ん? 弟の言葉に一瞬目を見張る。
病み上がりなのに大丈夫かと思いつつ、少し赤らんだ顔でじっと目を見つめてくるので、言う通りにした。

布団の中で向かい合うと、背中に腕を回され、強く抱きしめられた。

「ありがとう、兄貴。一日で治ったの、初めてだ。兄貴がいてくれたおかげだ……」
「……はは、大げさだなぁ。でも良かった、すっげー心配だったから」

こいつの腕の中にいると、昨日自分が看病してたのが不思議になるぐらい、俺はすぐに与えられる側になってしまう。
でもすごく心地良い。

「もう少し寝るか、クレッド。もうちょっと休んだほうがいいよ」
「うん。……でもキスしたい」
「………。いいよしても」

顔を上げると、すでに弟の唇が近くにあった。触れるだけの口づけをされ、ほんのり温かい体温が伝わる。
どきどきしながら、熱すぎないことに胸をなで下ろす。

「兄貴。俺、なんて言えばいいんだろう……すごく幸せだ」

再び腕の中に収められ、どこか切なげに告げられる。
表情は見えないけれど、きっと昨日よりも安心した顔をしているのだろう。

俺も背中をぽんぽんと触りながら、その気持ちに応えるように、クレッドに同じ思いを伝えることにした。



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