ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 40 師匠との出会い (セラウェ回想)

十六才の時に普通学校を卒業し、同じ年に師匠ことグラディオール・メルエアデの弟子と認められた俺は、念願の同居生活を始めるに至った。

師匠との出会いからどうやって弟子にしてもらったのかは、話せば長くなるのでダイジェスト風に説明すると。

今も交友の続く魔術師仲間の紹介で、小遣い稼ぎとして低級魔物の捕獲バイトをした時のことだった。

そこは荒野に佇むある魔物ハンターの牧場だった。
用途は知らないが様々な魔獣や動物達を捕らえて飼いならし、世話をする男の手伝いを、他の数人の魔術師見習いの若者とともに、一週間ほど行う予定であった。

「あー結構骨折れるなぁ。金払い良くなきゃやんねえよ、こんな仕事。なぁセラウェ」
「そうかな? 俺は動物好きだから、飼育とか放牧とかすごい楽しいけど」

一緒に来た友人とくっちゃべりながら、およそ百頭以上の赤目のラビッツ達をようやく柵の中に囲い込み、仕事を終えようとしていた。

だがその時、柵の鍵をちゃんと閉めるのを忘れ、一匹の凶暴なやつが出口の木枠にかじりついてるのが目に入った。

「あ、やべえ! あいつ出ちゃうぞ、早く閉めろ!」
「うそっ、どうしよう、ああ間に合わねえよ!」

完全に自分のドジのせいで、気が付くと柵のドアが開け放たれ、そこからなだれ込むように全ラビッツ達があっという間に逃げ出した。
真っ青になり焦りまくる自分たちの背後から、雇用主の男の叫び声が響く。

「おいお前ら! 奴らを野放しにしちゃ駄目だ、術が解ければいずれ人を襲う! 向かう先は民家だ、早く焼き殺せ!」

その台詞を聞き、彼らが逃亡したことよりも更に血の気が引いた。

頭では即座に火炎魔法で対処するのが正しいと分かるのだが、短期間とはいえ愛情込めて世話した魔物達にそんな残酷なこと出来ないと、動物好きの少年だった俺は窮地に立たされた。

「クソ、数が多すぎる、セラウェ、早くやれ!」
「あ、ああ、でもーー」

一瞬の迷いもあってはならない。
理性とは裏腹に体が動かない俺の前で、ラビッツ達に異変が起こった。
四方八方に逃げまくって遠ざかっていた魔物達の動きが、一斉にぴたりと止まる。

その空間だけ時間が停止したかのように見えたのだが、中央から全身プレートアーマーの剣士らしき大柄な人物が歩いてきた。
大剣を携え、覆面から黄金色の髪をなびかせ、威圧感たっぷりにこちらに向かってくる。

「おい。もうじき俺の獲物がここにやって来るんだ。目障りなゴミを散らかすな」

荒っぽく苛立った口調が頭上から降ってきた。

遥か見上げるほど背の高い、その大男こそが師匠だった。
俺たちは顔を見合わせ、すぐさま礼を言って何度も頭を下げた。

「あ、あの、どうやってこんな事を……あなたは騎士ですか? でも、これは魔法……?」
「俺が騎士に見えるか、クソガキ。制限魔法に決まってんだろうが。おら、さっさと獣をその柵にブチこめよ。……それとも攻撃魔法でこの敷地ごと炎上させてやろうか」

男の気迫に気圧され、俺たちは呆然としていたが、慌てて固まったままの魔物たちを全て運び込んだ。

俺はその間、心臓が鳴りっぱなしだった。
自分の窮地をほんの一瞬で救ってくれた人に対し、絶え間ない感謝の気持ちと、間近でものすごい魔術を見せられて尊敬の念が湧き起こる。

内心興奮状態だった俺をよそに、何やら男は現れた雇用主に、半ば恫喝のようなことをし始めた。

「なあ、あんたも見てただろう。この惨状を収めた俺に、礼をして然るべきじゃないか?」
「まあ、そうだな。何が欲しいんだ、金ならあまりないぞ」

俺は衝動的に、緊張感漂う二人の間に割り込んだ。
普段ぼけっとして積極性など皆無の俺が、自分でも驚くべき提案をしようとしていた。

「あの! 俺のせいでこうなったんです、俺に出来ることがあれば言ってください!」
「……ああ? お前みたいなガキに何が出来んだ、引っ込んでろ。俺は金なんかいらねえが、出来ればお宝のようなものが欲しい」
「宝か。悪いけどうちにはそんなもん無いぞ。……どうだ。その少年、目が本気みたいだ。労働力として使ってやればいいんじゃないか」

よくよく考えると、雇用主に体よく売られたような気がしないでもないが、もとは自業自得であるし、俺にはその言葉が大きなチャンスのように思えた。

この人の魔術に興味がある、もっと知りたい。
この人はきっと只者じゃない、態度もでかいし圧倒的にオーラが違う。

俺は気がつくと本能に突き動かされていた。

「お願いします! なんでもやりますから、あなたの役に立てるように頑張ります! 俺を好きなだけ使ってください!」

土下座する勢いで何度も頼み込んだ末、なんとその願いは渋々受け入れられることになった。

舌打ちをした男が覆面を取ると、髪と同じ黄金色の凛々しい眉と琥珀色に輝く力強い瞳が現れた。

険しい表情の男は、彫りの深い精悍な顔立ちをした、とんでもない美男子だった。
昔から美形に弱かったのか、俺はさらに胸を高鳴らせた。

「どうせ役に立たねえとは思うが、まあいいか。ゼロよりマシだ」

煩わしそうに吐き捨てた男は、短く自分の名を告げた。俺もすかさず自己紹介する。

「あ、ありがとうございます、グラディオールさんっ! セラウェ・ハイデル、十六才です!」

その日が俺と師匠の出会いだった。

最初は短期間の労働力としてそばに置いてもらうことが出来た。
バイトと称して実家から一週間ほど猶予をもらっていた俺は、とにかく師匠に気に入られようと、何でもやった。

主な仕事は雑用を含む素材の採取や実験の下準備などだったが、戦闘では逃げるか隠れるばかりでほぼ役に立たなかった。

だが師匠は俺の想像より遥かに強かった。
実際に誰の助けも必要無く、当時齢二十九才ですでに魔術師としても男としても完成していた。

今ちょうど同年代となった自分と比べると、能力も戦闘力も笑えるほど差がある。
だが天才と比較しても仕方がない。

労働期間が終わった後も、思い切って弟子にしてほしいと頭を下げた俺のことを、師匠は鼻で笑ってあしらった。
けれどまだ若かった俺は自分でも異常なまでに師匠に執着し、周りが見えなくなるほどに崇拝し、諦めるなど微塵も考えられなかった。

なんとか認められたくて、進んで師匠の専門である妖術の実験体になるなど、自己犠牲をも顧みず、周囲の魔術師仲間に呆れられるほど、この男にのめり込んでいった。


そうして数ヶ月が経ち、俺はやっとグラディオール・メルエアデに音を吐かせたのだ。

「お前、なんでそんなしつこいんだ? 親の顔が見てみてえよ。いいか、俺はお前のこと使えねえボケガキって本気で思ってるんだ。トロいしすぐ眠くなりやがるし、瞬発力は皆無だわ、身体能力も極めて低い。そんな見込みの薄い奴を弟子にすると思うか?」
「お願いです、グラディオール様。俺はあなたのためならば何でもします。これから訓練して少しでも役に立てるよう精進しますッ! どうか見捨てないでください、おそばに置いてください……!」

最後は必死の形相になり涙目で縋った。
師匠は面倒くさくなったのか、それともいつか諦めて逃げ去るだろうと思ったのか、渋い顔をしたままそれ以上何も言わなくなった。


つきまとってる内に、俺は普通学校の卒業から数ヶ月後、やっと親の許しを強引に得て、弟子として師匠の家に移り住むことが叶った。

母は真剣に話を聞き応援してくれたが、昔から俺が魔術への道を歩むことに猛烈に反対していた父とは、その後も軋轢がなくならなかった。十数年を経て、最近やっと和解できたぐらいだ。

けれど当時の俺は師匠を信じ切っていた。
この人のもとで学べば、俺は違う何かになれる。師匠までとはいかなくとも、隣で新しい世界を見ることが出来ると、本気でそう思っていた。



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