▼ 5 秘密の観察
ああ、なんでこんな事になったんだろう。
俺の隣にいる美形の鬼畜騎士、ユトナは真剣な眼差しをある対象に向けている。
街中を颯爽と歩く、麗しい俺の弟だ。
そう。俺達は今、休日のクレッドの行動を調べるために、尾行しているのだ。
こそこそ隠れてこんな事をするなんて、俺は兄貴失格だ。
でもこの騎士の奇妙な提案に従わなければ、兄弟の禁じられた関係がバラされてしまうかもしれない。
大きなジレンマの渦に巻き込まれながら、俺は弟を監視していた。
「あ、セラウェ。見てごらん。団長が店に入って行く」
「えっ。本当だ。……なんだ? 武器屋じゃないか、あれ」
弟は何食わぬ顔で、ガラス張りにずらりと禍々しい刃物類が並ぶ店に立ち寄った。
すぐに店の男に声をかけられ、二人で話し込んでいる。
店主はカウンターの下からものすごい長い刃物を取り出した。
クレッドはそれを手に取ると、興味深そうに眺め、じっくり刀身を確かめている。
しばらくして、その品が気に入ったのか購入を決めたようだった。
ドアから出てきた奴は無表情だったが、手に入れたブツを脇に抱え、俺にはどこか満足げな様子に見えた。
……こいつ、休日に一人でショッピングしてたのか?
「まあ想定の範囲内だな。ハイデルは剣とかナイフ類の収集もしてるから」
「マジ? 俺そんなの知らなかったよ」
「そうか。血生臭い趣味だから知られたくないんじゃないか?」
騎士の言葉に一瞬考え込む。
俺は弟にどんな関心があったとしても、構わないのに。
ただの買い物だったら、自分も付き合えたんだが。
でもこういう男らしい趣味だと、一人のほうが気楽なのかもしれないな。
色々考えつつも、俺達は弟の尾行を続行した。
クレッドはまた違う店へと入って行った。
反対側の大通りから、木陰に潜んで様子を窺う。
「ん? おいユトナ、あれ……精肉屋じゃないか」
「本当だ。ああ、団長は肉が好きで詳しいからな。今日も色々吟味してるんだろう」
騎士がふっと妙な笑いをこぼす。
確かに以前、弟と料理を作り合いっこした際、精肉屋に知り合いがいると言っていた。
だが何か突拍子もない行動のような気がして、奴の意図が読めない。
クレッドはまた店員の男と話し始めた。
奥に入っていった男が、馬鹿でかい骨付きの肉を持って戻る。
弟はそれを注意深く観察した後、またもや当然のごとく購入した。
ぐるぐるに包装された重そうな肉を抱え、もうすでに結構な荷物となっているのに、軽やかな動作で店を後にする。
……おい。あいつ一体何するつもりなんだ。
刃物に巨大な赤身肉って、今から狩猟にでも行くのか?
罠でも作るのか?
前に熊狩リが趣味って聞いたけど、休日も狩りしてんのか。
脳内で様々な憶測が飛び回るが、いくら考えても弟が謎めいている。
「なあユトナ。やっぱこんなの悪趣味だよ。止めよう。あいつの個人行動を盗み見するなんて、良くないだろ」
「しっ。セラウェ、ほら見て。団長が面白そうなとこに入ってくぞ」
「え、何言ってーー」
罪悪感からうつむいていた顔を上げると、弟はいつの間にか歓楽街に足を踏み入れていた。
その路地には怪しげな、というか、いかがわしいピンク系の看板が立ち並んでいる。
一気に目の前が真っ暗になった。
「な、ななな何してんだあいつ。こんなとこに何の用があるんだよ」
「ふふ。ハイデルも男だからな。たまにはそういう時もあるだろう」
「何言ってんだてめえ、クレッドがそんな事するわけないだろ! それにあんな大荷物持って入る場所じゃないだろ!」
「それだけ切羽詰まってるんじゃないか? まあいいから落ち着け、セラウェ。早く後を追おう」
強引に腕を引っ張られ、行きたくもないのに弟が消えた妙な建物の地下に降りていく。
どうしよう、嘘だろ?
変なこと、してないよな。あいつ、会う度に俺のこと好きって言ってくれるし。
うわ、浮気なんか……しないよな。
最悪な想像が止まらなくなり、こんな外なのにじわりと涙が滲んでくる。
「ああ、そんな顔しないでくれ、セラウェ。俺が言ったことは冗談だよ、ほら泣かないでーー」
騎士の手が頬に伸ばされそうになった時、廊下の隅から視線を感じた。
目を向けると、いつの間にか、大きな男が息を殺すようにじっと立っていた。
「おい、お前はなんで俺の兄貴を連れ回してるんだ」
聞き慣れたはずの声は完全に冷えきっていた。
うそ……見つかっちゃった……。
体を硬直させ立ち尽くす俺のそばに、ずかずかとやって来る。
クレッドは躊躇なくユトナの胸ぐらを掴み上げ、壁にドンッと背を押し付けた。
荒々しい弟の振る舞いに愕然とする。
「お前には特別に俺の尋問を受けさせてやろうか。それとも拷問のほうが良いか? 好きなほうを選べ、ユトナ」
「団長、それどっちも同じじゃないか。まあ団長自らやってくれるのなら、俺もちょっと興味あるけど」
「……この変態野郎が。まずその減らず口を封じてやるよ」
変態同士が言い争いをしている。俺はどうすればいいんだ。
あたふたしていると、クレッドが急にこっちに向き直った。
ひっ。顔が超怖い。
いつもの可憐な笑顔なんか影も形も無く、こめかみに青筋立ってる。
「あ、あの……やっぱ怒ってる? ごめん、許して、クレッド」
口元を震わせながら、ぎらぎらと迫りくる騎士然とした眼差しに訴える。
「お前をつけたりして、本当おれ、最低だった……!」
冷酷な顔が近づいたかと思うと、広げた両腕にがばっと抱き締められた。
え、意味が分からん。
だがぎゅうぎゅうと腹が苦しくなるほどの抱擁に、一瞬遠のいた意識が戻ってくる。
「ちょ、お前っ、いてえッ」
「……兄貴。一体何やってるんだ、こんな奴と。頼むからもう馬鹿なことしないでくれ。有り得ないぞ本当に」
一気に告げて顔を上げた弟は、無表情で目が据わっていた。
怒りの滲む気迫にびびり声を出せないでいると、奴の手が不審な動きをし始めた。
「あいつに変な事されなかったか? よく見せて」
「ちょ、おいおいおい何してんだやめろッ! うあぁっこんなとこじゃ嫌だぁっ」
「……ああ、そうだな。この変態を喜ばせることはない。後でじっくり調べよう」
なにそれお仕置き宣言?
愛おしむように頬をなぞりながら、鬼畜な声色が恐ろしいことを告げてくる。
ぶるぶる身を震わせると、横から騎士が興味深げに眺めてる事に気づいた。
「驚いたな、ハイデル。お前完全にセラウェにデレデレじゃないか。信じられないものを見た気がするよ」
「何とでも言え。いいかユトナ、二度と俺の兄貴に手を出すな」
そう言って抱きしめたまま、感触を確かめるように背中を撫で上げる。
首筋に興奮状態の弟の吐息がかかり、びくびくと体が反応してしまう。
力強い言葉にドキッとしたのは事実だが、いい加減羞恥を煽る弟の行動に、逃げ出したくなってきた。
「ばか、何だよもうやめろ、恥ずかしいだろ人前で!」
「いいんだよ、こいつには俺達の愛を見せつけてやったほうがいい」
「ふふ。むしろ逆効果だと思うぞ? 俺は寝取るのも好きだから」
にやりと笑う騎士に、俺達兄弟の凍った視線が注がれる。
何、おぞましい事言い出すの、この人。
クレッドはぱっと俺の体から手を離し、素早く背後に隠した。
「……お前は……俺の逆鱗に触れる才能に、溢れてるな」
「それは嬉しいな。団長、こうやって話してるのも楽しいが、そろそろ時間じゃないか。せっかくだから、セラウェも連れて行こう」
「は? 何の時間? どっか行くの?」
ユトナの言葉に驚き、弟の背を引っ張り確かめる。
一瞬ぎくりと強張ったクレッドの顔を、俺は見逃さなかった。
怪しい。今までの妙な行動と関係があるのか。
「なあどこ行くんだよ、教えろよ」
「別に、どこにも……」
「なんか隠してるだろお前。ねえ何? だいたいこんな変な場所で何するつもりだったんだよ?」
女々しくも気になって仕方がなくなり、弟に詰め寄る。
固まった表情のまま後ずさる弟の後ろで、廊下に並んだ内のひとつの扉が開いた。
中から酒瓶の入ったケースを持った従業員らしき男が出てくる。
「あ、ハイデルさん。お待たせしました! 注文されてた酒類、こちらで宜しいですよね」
「……えっ。ああ、大丈夫だ、ありがとう。世話になったな」
「いえいえ。いつもありがとうございます。じゃあまた是非お願いします!」
男は元気に返事をして戻って行った。
酒類?
なんだ、妙な店に用があったわけじゃなかったのか、ああぁぁ良かった……
だが安心したのも束の間、弟の足元に置かれたケースを見てみると、とても一人じゃ飲みきれない量が収まっている。
「お前普段、酒飲まないよな。こんなに大量に……どうするんだ?」
「そ、それは……気にしないで兄貴」
「セラウェ。実は今日必要なんだよ、団長の家でね。ちょうどいい、君の転移魔法で送ってもらえる?」
弟の家?
予想外の発言に目を見開く。
どういうことだ。パーティーでも始まんのか。
完全に嫌な顔をした弟を不審に思い、俺は無心で「分かった」と頷くと、半ば衝動的に詠唱を始めた。
「ちょ、兄貴やめろって! 行かなくていいから……!」
引き止めようとするクレッドを無視する。
今から家で何があるんだ。俺に隠したいイベントなのか?
こうなったら、突き止めてやる。
俺達は次の瞬間、奴の所有する三階建ての立派な住居の前に転移した。
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