ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 4 騎士と一緒

ぽかぽかと心地よい春の陽気に包まれている。
俺は騎士団領内にある庭園で一人、木陰のベンチに座っていた。

クレッドと再会したのは冬の寒い時期で、それ程長い時が経ってない事に驚く。
弟への愛情は急激に大きくなったけれど、今もぐんぐん広がっている。

日々幸せを噛み締めている俺に、この間こんなことが起こった。

「なあクレッド。あのさ……来週、休みがあるだろ。二人でどこか行かないか? そ、そんなの初めてだけど……」

俺がもじもじしながら切り出すと、弟は目を見開いた。
黙ったまま微妙に震えだす弟を心配し、顔を覗き込む。

「あの、大丈夫か」
「兄貴。それって、デートだよな?」
「えっ。まあ……そうだな」

放たれた言葉の響きに恥ずかしくなり、目をそらして頭を掻く。すると急にがばっと抱きつかれた。
あれ、もしかしてオーケーもらえたのかな。
ほんわりと温かい気持ちで抱擁を返すと、ぎゅっと込められた力とは反対の反応が返ってきた。

「すごく嬉しい。嬉しいんだ、本当に。……でも、ご、ごめん……! 俺、その日はどうしても、抜けられない用があって……」

体を離され、どこか顔面蒼白で告げられる。
胸がずきっとしたのは事実だが、用があるならしょうがない。

「そうなのか。全然いいよ。また今度……ならいいか?」
「うん……! そうだ、再来週休みが取れるんだ。もし兄貴が空いてたらーー」
「え、ほんと!? 空いてるよ俺、暇だから。任務ないし。じゃあその日にしようぜ、クレッド」

俺はいい年してガキのように興奮していた。
弟は一瞬ほっとしたような表情を見せた後、すぐに頬を緩めて笑顔になった。

俺たちは兄弟だというのに、二人きりでごく普通に外出するという初めての約束をとりつけ、互いに喜びあったのだ。

「ふふ……」

その時のことを思い出し、一人で気味悪く笑いをこぼす。
何故だか落ち着かなくなり、地面を見ながら足をばたつかせていると、正面に黒い人影がぬっと現れた。

「やあセラウェ、一人? 俺も隣に座っていいかな」

ひっ……。この柔らかくも劣情をはらんだ声はもしや、あの変態鬼畜の騎士ユトナさんじゃーー

恐る恐る見上げると、俺の嫌な予感は的中した。
制服姿の茶髪の騎士が、端正な顔立ちに甘やかな笑みを浮かべている。

「あ……ユトナくん。ひさ、久しぶり」
「そうだね。二人きりの任務の時以来か」

俺が座っていいよという前にどっしりと腰を下ろし、ものすごい間近でにっこりと見つめてくる。

やべえ。非常に気まずい。
なぜなら前回の任務で、俺はこの騎士に対し、とんでもない暴挙をしでかしてしまったのだ。

まだ呪いに苦しむ中、弟にも会えなくて俺は欲求不満だった。
自分の意志と関係なく、この騎士をクレッドと思い込み……誘惑しようとしていた。
ついでにその時、弟との関係もバレた。

くそ、本音は嫌だがけじめはつけなければーー

「あのっ……ごめん、ユトナ! この前は、俺勘違いして色々……お前に変なことを……」
「ああ。覚えてるのか。君、すごく可愛かったな。謝らなくていいよ、俺も楽しめたから」

あ、そうですか。
さあぁっと頭に冷気が立ち込めるが、目の前の騎士は微笑みを崩さない。

「残念だったけどね。せっかく新しい君が見れて、久しぶりに……誰かに本気になれると思ったから」

射抜くような色気のにじむ眼差しで何を言ってるんだろう、この変態色男は。
まあ人のことをとやかく言える義理じゃないが、俺は男だぞ。

「あんまり俺をからかわないでくれよ、ユトナくん。あの時はどうかしてたんだ」
「真面目に言ってるんだけどな、セラウェ。でも君にはハイデルがいるから、見込みは薄いかな? まあ俺は気に入った相手に恋人がいようが、関係ないけどね」

にやりと妖艶な目つきを向けられ、どきりとする。
どこまで冗談なのか分からない。
つーか今、こいつ俺とクレッドのこと、なんて言ったんだ。

「こ、恋人……?」
「違うのか? だって付き合ってるんだろう」
「えっ。そう……だけど。俺たちは兄弟だから」
「そうか。じゃあ禁じられた関係ってやつだね」

ふふ、と何の躊躇いもなく述べられ面食らう。
急にハッとした。俺は一体、他人と何の話をしてーー

「あのさあ、ユトナ……この事は、ひ、秘密にしてくれないか……ッ」

頼む! と俺は恥も外聞もなく頭を深く下げた。
弟との関係は呪いのゴタゴタで、弟子や師匠など身内には結構知られてしまった。

けれどこの騎士は団長であるクレッドの部下で、小隊をまとめ上げる四騎士の一人だ。
もしこれ以上他の人間にバレたら、弟の立場がやばい。それだけは避けなければーー

「セラウェ、顔を上げて見せてくれないか。今、どんな表情をしているんだ?」
「へっ……?」

低く艶めいた声に問われ、恐る恐る頭を上げる。
真剣な顔をしたユトナが俺の顎に指先をあて、ぐいっと上向かせてきた。

「ああ……良い顔だ。やっぱり怯えた君も、すごくそそられるな……」

やばい。鬼畜な美形騎士に舌なめずりされてる。
本能的に危機を察知した俺は、すぐにベンチから立ち上がった。

じゃあまた今度! そう言って足早に立ち去ろうとすると、突然腕を掴まれる。
おいこんなとこ、万が一にでもクレッドに見つかったら、大変なことになるんだが。

「は、離せよっ、バカヤロー!」
「待ってくれセラウェ。……君とハイデルの関係を誰かに告げる気はないよ。でもちょっとだけ、俺の頼みを聞いてもらえないかな?」

にこりと警戒心をとく目的の笑みが向けられるが、ものすごい嫌な予感がした。

「一応聞くけどなに?」
「今度の休みの日、俺に付き合ってほしいんだ」
「どういう意味だよ。無理だよそんなの」
「どうして? ハイデルに申し訳ない?」

当たり前だ。
そりゃ男同士で出かけたって、端から見たらただの友人だと思われるだけだろう。
けどこの騎士ちょっとやばい奴だし。

「ごめん、でも出来ない。あいつが知ったら怒るし悲しむと思う。俺、そんな事したくない」
「君は……すごく純粋だな。二人きりで出かけるだけなのに、そこまで深く考えてるとは」
「だってお前変態だろ! 知ってるんだぞ俺!」
「酷いな、セラウェ。君がしてる事も、あんまり外には言えないことだろ? 俺は別に気にしないけど」

あくまで柔和な物言いなのに、なぜ脅されてる気になるのだろう。

「頼むよ、一日だけ付き合って欲しい。約束はちゃんと守るから」

その目は暗に、言うことを聞かなければどうなるか分からないぞ、とでも言いたげな騎士の気迫を感じた。
さすがきつい尋問を請け負う男なだけある。
俺は気がつくと涙目になっていた。

「……ううっ……なんで……やだって言ってるだろ……」
「ふふ。そんな可愛い声を出されると、もっと違う要求をしたくなってしまう」

俺が本気で嫌がっても、この男は全然違う受け取り方をするようだ。
結局俺は騎士に言いくるめられ、奴の脅しにのることになってしまった。







ユトナと約束した休日。
俺は待ち合わせ場所となる、街中の喫茶店にいた。注文した珈琲をすすり、深い溜息を吐く。

こんなデートみたいなこと、クレッドともまだした事ないのに。
頭の中は罪悪感でぐるぐるして、胸が苦しい。

弟は今何してるんだろう。
そういえばあいつも今日、ちょうど用があるって言ってたよな。
早く会いたい。こんな妙な用事さっさと済ませて、弟の顔が見たい。

「はあ……」
「どうしたの、浮かない顔して。もしかして、緊張してる?」
「うわあああぁッ」

耳元で囁かれ、公衆の面前で声を張り上げてしまった。
振り向くと、苦笑するユトナが俺を見下ろしていた。
周りの客の目がちらちらとこっちに向けられているのは、俺の醜態のせいだけじゃないだろう。

やや中性的な美しい顔立ちながらも、男らしく引き締まった体躯がラフな服装の上からでも分かる、この色男に皆釘付けになっているのだ。
非常に面白くなくて、舌打ちをする。

「じゃあ行こう、セラウェ」
「は? どこに?」
「俺に付き合ってくれるんだろう。でもきっと、君も興味のあることだと思うよ」

にこっと笑って俺を喫茶店から連れ出し、二人で街中を歩き出す。
青々とした木々が囲む大通りには、様々な店が立ち並んでいる。
一体何が目的なんだ。まさかまじでデートじみた事をする気なんじゃーー

「ああ、居たな。そろそろだと思ったんだ」

急に立ち止まった騎士の背中に鼻先をぶつける。
文句を言おうとして窺い見ると、ユトナの視線の先には目を疑う人物の姿があった。

街中を、体格の良い長身の男が歩いている。
小奇麗な服装で、動作には一切の無駄も隙もない。
行く人が皆視線をやり、振り返る。黄金色の髪が、ちらと見えた端正な顔立ちと振る舞いに華を添えている。

見慣れた容貌のはずなのに、騎士団にいるあいつとは全く違って見える。

「クレッド……なんでここに……」

ぼそりと呟いて血の気が引いた。
やばい、これはまず過ぎる。まさか同じ街にいるなんて。
出くわしたら俺本気で死ぬかもしれん。

「おいユトナ、俺はもう帰る。じゃあな」
「駄目だよセラウェ。これが俺達の目的なんだから」
「は? 何言ってんだ、お前」
「君も気になるだろ? 休日のハイデルの行動。今日は団長を二人で尾行しよう」

笑顔でさらりと告げる騎士の言葉に、俺の頭は最大限に混乱をきたしていた。



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