ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 29 騎士と二人

俺とクレッドが抱き合いキスしているところを見て、脅しの言葉をかけてきた聖騎士ジャレッド。
任務地への護衛とはいえ、なぜそんな危ない奴と二人旅する事態に陥ってしまったのか。
弟に会えるかもしれないという期待が、一気に暗黒に包まれていく。

「セラウェさん、休憩しませんか。ずっと馬に乗りっぱなしで、疲れたでしょう」
「……いや、まだ平気だ。先を急ごう」

鎧姿の騎士に馬上から問いかけられ、即答する。

俺たちはその日の内に教会を出発し、二人で馬を走らせ幾つかの村を通り過ぎた。
目的の大聖堂は、以前遠征した聖地のように結界に守られ、人里離れた場所にあるらしいが。

「あの。言うの忘れてましたけど、今日中には着きませんよ」
「は? 何言ってんだお前、冗談やめろ」
「そんな露骨に嫌な顔しなくても。冗談じゃなくて、今夜は泊まりです」

おそらく笑顔だろう騎士の言葉に、顔面が引きつる。
ジャレッドの顔は仮面に覆われ、弟と似た面影を見なくてすむことには安堵していた。

けどまた、この男と一夜をともにしなきゃなんないのか?
いや待て。別々の部屋に決まってるだろう、考えすぎだ。


日が暮れてきて、道のりの悪い山中に入ると、騎士の案内で近くの宿屋へと連れられた。
広い木造の内装は特別綺麗ではなく、可も不可もないといった様相だが、きっと女性は泊まりたがらないだろうという雰囲気だった。

ガタついた扉を抜けると、一階にある酒場から酒と煙草の匂いが充満し、一見して荒くれ者の男たちが騒いでいる。
俺と騎士を見るなり、下卑た笑みでじろじろと見定められ気分が悪い。

入る前にジャレッドは「この辺りはこの宿しかなくて、すみません」と謝ってきた。
別に俺は男だし、一泊ならば構わない。
師匠の旅に付き合っていた時は、もっと酷い環境で修行していたし、野宿は当たり前だったのだ。

魔導師として色々な耐性がついていた俺だが、看過できないことが起こる。

「あ〜悪いねえ。今小さい一人部屋しか空いてなくて。四人用の相部屋はベッド一つ空いてるけど、どっちがどっちにするか決めてくれる?」

受付のカウンターで、にたにた笑う中年親父が尋ねてくる。
他人と相部屋は嫌だが真っ先に個室がいいと述べる図々しさは、俺にはない。

「お前個室にしたら? 図体でかいし相部屋のベッドじゃ狭いだろ」

仮面を脱いだジャレッドは俺を信じられないものでも見るかのように、目を見開いた。

「正気ですか? 俺はあなたの護衛ですよ。……主人、一人部屋に二人で泊まっても構わないな」
「はあ、別にいいけど。部屋は汚さないでくれよ?」

意味深に笑う中年男を見て、俺の思考が停止する。
ちょっと、何を言い出すんだ。二人ってどういう事?

「おい! ふざけんな、なんでそうなるんだよ! 相部屋だって空いてるーー」
「セラウェさん、あそこにいる男達が分かりますか。男でも女でも気にしない奴らですよ。こういう場では、一番華奢なあなたは狙われてしまいます」

耳元で諭すように告げるが、騎士の声色は低くピリピリした空気を放っていた。

聞き捨てならない台詞に反抗しようとするも、周りの男たちの視線が自分たちに向かっていることに気づき、とりあえず身を引いた。

代金を払った騎士は、厨房から出てきた給仕に飲み水と食事を頼み、個室へと運んでもらうよう手配した。
些か過剰な行動だとは思ったが、頑とした護衛に口を出すのは止めた。
部屋の鍵は壊れていて、予想していたらしいジャレッドは短くため息を吐く。

部屋の中は簡素なベッドと棚、床に一人が寝っ転がれるスペースしかなかった。
窓は大きく月明かりが入り込むが、鉄格子つきで穏やかな雰囲気ではない。

騎士はいつの間にか鎧を全て脱ぎ、てきぱきと体を動かす。

「はい。ご飯食べてください。疲れたらそこで休んでくださいね」

ベッドに腰掛けた俺に食事が乗ったトレーを渡すと、騎士は目の前の床にあぐらをかいて座り、自分もパンをかじり始めた。
俺はそんな状況に、拍子抜けしていた。

なんだかこいつ、やっぱり俺の弟に似たところがある。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくる所とか、まさにそうだ。
俺が頼りないからか?

いや、無駄なことに考えを巡らせてもしょうがない。
騎士の振る舞いが意外に感じただけだ。

「お前、普通の騎士だったんだな……」
「? どういう意味ですか」

だって、この前俺たちのことを見つけた時、脅し文句を言ってたじゃないか。
俺は道中酷い目に合わされるのではと、内心怯えていたのだ。

しかし俺の若干ほっとした顔つきに気づいたのか、にやりと目を細める。

「ああ。もう俺のことを信用してくれたんですか? 甘い人だな、あなたは」

途端に若さ特有の爽やかさを消し、裏の性格がにじみ出るような低い声質で呟く。
俺はスープを運ぶ手を止め、後ずさった。

「なんだお前、やっぱ本性が出たのか。……合宿で、クレッドに何したんだよ!」

突然立ち上がり迫ってくる騎士にパニックになり、俺は情けなくも大声で牽制した。
ジャレッドはシーツの上に片膝を沈ませると、俺の頬のそばまで顔を寄せた。

「何って、俺がされたほうなんですけどね」
「あ……?」
「聞いてませんか? 俺、団長に殴られたんですよ」

あっけらかんと言い放つ騎士の目を覗き込む。
クレッドが?
人を殴ったなんて、ロイザに掴みかかった時しか見たことがない。

「俺も殴り返しましたけど。一発しか入りませんでした。腕には結構自信あったのにな。あの人、喧嘩も強いんですね」

騎士は唖然とする俺に、弟と殴り合いに至った経緯を平然と話した。
どうやらそれは合宿の格闘技の訓練で、団長の相手にジャレッドが名乗りを挙げたことに因るらしい。

「馬鹿じゃねえのか……何やってんだよ」

弟には傷跡ひとつなかったが、回復師に治してもらったのだろうか。
なんであいつは、何も言わないんだ。

「ですよね。結局負けちゃいましたけど、団員は盛り上がりましたよ。……でも俺、やっぱり殴られ損だなと思って」

騎士が俺に手を伸ばそうとしてきて、思わず勢いよく振り払った。

「なにすんだッ」
「そんなに怯えないで、セラウェさん。俺まだあなたに何もしてませんよね? あんなに団長に敵意を向けられる筋合い、ないんですが」

なぜか騎士は憂いを帯びた表情で俺を見つめ、小さく呟いた。

筋合いならある。
クレッドが言った通り、俺たち兄弟が愛し合う関係だからだ。

弟は俺に近づく奴を許さない。焦燥に駆られた弟が狂気じみて見えようが、そういう男なんだ。

「弟は俺が好きなんだよ」
「セラウェさんもですか」
「そうだよ、当たり前だろ。弟だからな」
「兄弟でセックスするほどですか?」

間髪入れずに訊かれた問いに、頭が殴られた気がした。
騎士の青い目はわずかに光を映し、真剣な眼差しを向けていた。

「そんなこと、お前に、関係ないだろ!」

張り上げた声が意図せず震える。
なぜすぐに否定しないんだ、俺は馬鹿か。

けれど俺は、はっきり違うと言えなかった。
どんな嘘をついてでも隠し通さなければならない事をしてる事実が、無性に悲しく思えた。

あいつが一緒にいれば、そんなこと微塵も思わないのに。

「……俺だって、純粋にセラウェさんとお話出来たらなって思ってただけです。騎士団内で隊長や他の魔術師たちと仲良さそうに喋ってるの見て、他の人間と雰囲気が違うなって、気になって。……隙だらけなのに、妙に堂々としてたり」

好き勝手に話し始める騎士をじろりと見やると、ジャレッドは急に眉間に強く皺をよせた。

「それなのにまさか、弟である団長に囲われてるなんて、思わないじゃないですか。あんな緩んだ顔して、あの男の上で喘いだりして……」
「……黙れッ」

うるさい。
俺達のことなんて、何も知らないくせに。

「ねえセラウェさん、毎日ああいうことしてるんですか? 団長だけ? それとも、男だったら誰でも良いんですか」

騎士は苛立ちを混じえた表情で、俺の肩をぐっと掴んだ。
痛いぐらいの力に体が強張り、その場からとっさに動けないでいると、騎士は俺のシャツの襟首に指を這わせた。

「やめろ……ッ!」

ぞわっと粟立つ肌をジャレッドがなぞり、首元をひっぱられ鎖骨まで露わにされた。
必死に抵抗するが両腕を掴まれ、舐めるようにじっとり眺められる。

「……痕はついてませんね。意外だな、独占欲強そうなのに」
「っざけんな! 見んじゃねえ!」

その言葉に急激に頭に血が上った俺は、騎士の手が一瞬緩んだのを見計らって立ち上がった。
足がもつれそうになりながら扉に向かい手をかけると、いつの間にか背後に覆うように立つ騎士が、バタンと閉めた。

「どこ行くんです、外に出たら駄目ですよ。言ったでしょう、危険だって」
「うるせー! お前よりマシだ!」

暴れる俺のことを、ジャレッドはいきなり後ろから抱きしめてきた。
耳元に吐息がかかり、心臓がありえない速さで脈を刻む。

なんでそんな事するんだ。
やめろ。
触るな。
弟に似た仕草で、俺にふれるな。

恐ろしくて声が出せない俺を、騎士は構わずぎゅっと腕に抱く。

「セラウェさん。言うこと聞いてください。俺は無理やりしたりしません。お願いだから、戻って」

そう言われて素直に戻れるわけあるか?
この騎士はどうして俺の心につけ入ろうとしてくるんだ。

「お前、何が目的なんだよ。……なんで俺を苦しめるんだ」
「そんなことしないって、言ってるでしょう。それに俺は、団長のせいであなたが苦しむのが嫌なんです」

話がまるで通じない。
俺が弟のことで苦しむだって?
そんなこと起こるわけがない。俺はあいつさえいれば、幸せなんだ。

他人に理解されようなんて思わないから、頼むからもう、放っておいてくれ。



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