ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 28 甘い時間と

悪夢のような合宿二日目の朝になると、俺は弟子たちと共に解放され、家に帰ってきた。
一日経ってからようやく帰宅したクレッドも、俺たち兄弟の関係を知った騎士とどうなったのか、何も話さない。

気にはなったが、時折険しい顔をして考え込む弟を見ていると、俺も騎士の名前を出すことすら出来なかった。

クレッドはあれから、ほぼ毎晩俺のことを抱いた。
だが激情にかられるような抱き方ではなく、言葉数も少ない。
代わりに何かを確かめるように、訴えかけるように、ゆっくりと大事そうに触れてきた。

「んっ、……あっ、ああ」

今もベッドの上で、俺の上に覆いかぶさり、強く抱きしめている。
少しの隙間も作りたがらないように深く体を密着させ、腰を緩やかに揺らす。

もどかしく感じる動きも、弟の心情が伝わるようで愛おしさが募る。
頭を撫でてやると、ぴくりと反応して手に懐いたあと、首にちゅうと愛撫をしてくる。

「……兄貴、もういい?」

ふと掠れた声で問いかけられる。
中でうごめく弟のモノがびくびくと脈動を始め、その言葉が何を意味するのか悟る。

「いいよ、お前の、ちょうだい」

快感に溺れそうになるのをこらえ、安心させることだけを心がけて、穏やかに告げる。
すると弟は俺を抱く腕の力を強めて、動きを速め出した。
ズッズッと腰を入れられ、体が跳ねてしまう。

「あっ、んぁぁっ! クレッド!」

自分でいいと言ったのに、思わぬ激しさで深いとこを突かれ、途端に思考を手放しそうになる。

「兄貴、奥熱いよ、すごく」

耳元で囁き、教えてくる。
喘ぐことでしか反応出来ない俺を見つめ、愛おしそうに髪を掻き上げてくる。
弟に与えられる刺激で、びりびりと全身が快楽に犯される。

こいつだけだ。
いつもそう思う。心も身体も、こんなに気持ちよくなるのは、弟だけ。

「クレッド、あぁ、もう、だ、めだ……っ」

無意識に目尻が濡れる。
好きだ。好きだ。好き。

声に出そうと思うのに、激しい弟の熱を受け入れることで精一杯になってしまう。
大きな背に腕を回すと、ぎゅうっと抱きしめられた。

「愛してるよ、兄貴」

今この瞬間に同じことを思ってくれたのかと、幸せになる。
その言葉が合図みたいに、互いの熱が弾けるのを感じる。

ほどなくして俺の中を占めていた弟自身から、ドクドクドク、と熱い液がほとばしった。
長く、長く注がれる気持ちの良いそれに、我慢出来ず自分も何度も達してしまう。

「ン、ンンーーッ」

声にならない声を上げ、ぐううっと弟の上半身にしがみつく。
荒い呼吸をおさえ、イクのが治まるまで、そのまま耐えていた。

くっついた胸から鼓動を伝えてくるクレッドも、俺を包み込んでじっと動かずに、待っていてくれるようだった。

「はぁ、はぁ、は、ぁ……」

抱き合ったまま、恥ずかしさから顔を上げることが出来ない。
重い体を俺に乗せているクレッドの、柔らかな髪があたりくすぐったい。

いつもなら悪戯っぽい笑顔で俺をからかってくるのに、弟の様子がやはり普段と違う。

少し心配になりながら、俺は照れを隠すのもあって金色の髪を優しく撫でた。
しばらくそうしていると、弟は埋めていた顔をわずかに浮かせた。
耳にちゅっと口づけされて、甘い刺激に震える。

「兄貴、明日も俺の部屋、来てくれる?」

耳元で、まるで不安げな子供のお願いのように、控えめに尋ねられる。
俺は撫でる手を止めずに頷いた。

「うん。毎日来るよ。俺も、お前と一緒にいたいから」

ごく当たり前のように述べると、さらに強まる抱擁で気持ちが返される。
そんな弟が可愛くて、愛おしい思いが止まらなくなる。

なぜずっと顔を隠しているのか不思議に思うが、甘えてるような態度を自覚して、弟も恥ずかしいのかもしれない。

そろそろ顔が見たいと思い、さりげなく「キスして」と呟いてみた。
弟はのっそりと顔をあげ、ぼうっとしたような赤らんだ表情で、俺の口に優しく触れてくれた。


あの騎士とのことがあって以来、身体を重ねた後、弟はよく同じことを訊いてきた。
確実に会う頻度は多くなったが、クレッドの不安が消えていないことは俺も気づいていた。

一緒にいたらもちろん触れたくなる。
けれど俺の体を気遣ってか、一回抱くと、俺を包み込んで二人で眠りに落ちる。
なんとなく燻る物足りなさよりも、弟の優しさを優先した。

弟が最近俺とそんな風に過ごしたがるのは、もう一つ理由があった。

「なあ、クレッド。荷物ちゃんと持ったか?」
「うん。先に運んだから大丈夫だよ」
「そっか。……任務とはいえ一週間いないなんて、ちょっと寂しいな」

玄関先で、騎士の制服に着替えた弟にぽつりと告げると、ムッとした顔をされた。

「ちょっとじゃないよ。俺は兄貴がいないのは、一日でも嫌だ」

本気で返され、慌てて頭を撫でて落ち着かせる。
こいつは子供か?
強情な性格を分かっていても、可愛いとしか思えない俺は、我ながら相当キテる兄貴だと思う。

「じゃあ帰った日はすぐに会おう? な?」
「うん。すぐに会いたい……」

二人で抱擁し合い、約束を交わす。
珍しく素直に甘えた態度を示すクレッドが、俺は愛おしくてたまらなかった。






その翌日、上司である教会の司祭に呼び出された。
どうやら俺も任務が入ってるらしい。
弟子と使役獣は必要なく俺一人ということから、何やら不穏な匂いがした。

騎士団領内にある魔術師専用の別館に、司祭の部屋がある。
華美な装飾が施された白扉を開けると、聖職者の装束をまとった黒髪の男が振り向いた。

「やあ、セラウェ君。待っていたよ。よく来てくれたね」
「ああ、どうも。イヴァン。で、何の任務?」

いやに上機嫌な男の微笑みを受け、さっそく話を始めようとする。
この司祭は洗練された見目の良い風貌だが、会うたびに俺は警戒している。

なぜなら、今までも潜入任務で騙されて男娼役をやったり、お化け屋敷の調査では騎士のユトナと泊りがけになってしまったりと、こいつには何度もハメられているのだ。

「まあまあ。せっかく僕の部屋に招いたんだから、世間話でもどう? 君は紅茶が好きだったね。美味しいお菓子もあるよ」
「いや、お構いなく。そんな長居しないんで」
「つれないな、君は。実は後からもう一人来るんだよ。それまで親密に話そうじゃないか」

もう一人だと?
何度目か分からない嫌な予感が襲う。

革張りのソファに座り、向かい合わせになった。
二人きりの空間で近い距離の中、我慢して適当に喋っていると、イヴァンはやっと任務の内容を語り始めた。

「場所はある街の大聖堂なんだが。聖職者を招いた式典が行われるんだ。そこでぜひ君に紹介したい人がいるんだよ」
「紹介? なんでわざわざ俺なんだ」
「君は教会に所属して半年以上だけど、まだ我々のことをよく知らないだろう? いい機会だと思ってね」

確かにこの職場、謎めいている。別に詳しく知りたくもないが。
潤沢な資金力や保有する騎士団の戦力を考えると、裏でヤバイことやってそうだもんな。

まあ給料はいいし、任務なら仕方がないと腹をくくる。

「分かったよ。じゃあ行ってくる」
「助かるよ。今回は君の力が必要になりそうだからね」

は?
ただの人の紹介じゃないのかよ。
訝しむと、司祭はやらしく目を細め苦笑した。

「ああ、それに大聖堂にはハイデルも派遣されてるんだ。知ってるだろう?」
「え! クレッドもいるのか?」

初耳の情報に一気に興奮が駆け巡った。俺はなんて単純なんだろう。
司祭は弟の任務の詳細について、何も知らなかった俺を驚いていた。

けれどクレッドは、仕事のことはほとんど話さないのだ。
団長として機密保持の面もあると思うが、話しても面白くないだろうと思われているフシがある。

一番近くに寄り添うものとしては、愚痴ぐらい聞いてあげられたらなとは思うのだが。

「なんだか嬉しそうだね、セラウェ君。ハイデルだけじゃなく、君も弟のことが好きみたいだな」

うるせえな。
この男の含みのある言い方に、真実だとしてもつい反抗心が芽生えてしまう。

でも確かに嬉しい。
お互い任務だというのは分かってるが、もしかしたら会うチャンスがあるかもしれない。
あいつ、どんな顔するかな? びっくりするだろうな。

内心わくわくしていると、俺に笑みを向けたままの司祭に気がついた。
ごまかすように慌てて咳払いをすると、突然「もう一人」の人物が現れた。

コンコン、と叩かれた扉に二人で視線を向ける。

「ああ、ちょうど来たみたいだ。ーー入ってくれ、ジャレッド」

え?
今何つった。

この場で予想だにしない、その騎士の名前を聞いて、俺は卒倒しそうになった。
弟のことでいっぱいだった頭がぐらつき、急に血の気が引いていく。

「失礼します。こんにちは、セラウェさん」

合宿ぶりの再会だ。
青い制服に身を包んだ金髪青眼の若い騎士は、俺を見ても驚くことなく、平然と笑いかけてきた。

なんでだよ。
今、クレッドいないのに。

震える俺にたたみかけるように、今度は司祭の無情な台詞が浴びせられる。

「ではセラウェ君。任務地への護衛はジャレッドに任せるから、二人で仲良く向かってくれ。気をつけてね」

司祭に呼応し、にこりと頷き承諾する騎士を、俺はただ呆然と見つめていた。



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