ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 24 騎士合宿

ジリジリと夏の日差しが照りつく中、俺たちは浜辺で整列させられていた。
目の前には騎士団小隊長のグレモリーとユトナの二人が立っている。

その背後には数十人の筋骨隆々の騎士たちも控えている。ちなみに全員上半身裸の水着姿である。

一体なんの冗談だ。
何が悲しくて男だらけでビーチに……。

「よし。ではこれから毎年恒例ソラサーグ聖騎士団の夏合宿を開始する。内容は単純だ。滞在する三日間、遠泳、格闘技、崖登りなど激しい身体強化訓練を重点的に行う。騎士同士親睦を深めるのも目的の一つではあるが、気を抜くな。以上だ」

大男のグレモリーが偉そうに述べると、騎士達が「はっ!!」と大声で返事した。
俺は隣で震える弟子の肩を掴み、そっこうでその場を立ち去ろうとする。

「へーやっぱ騎士ってすごいなぁ。なにその苦行のオンパレード、尊敬しちゃうね。じゃあ俺たちは関係ないんで、さよなら」
「おい待て魔導師。逃亡は許さねえぞ。まずはあっちの孤島まで遠泳三往復だ。……だがまあ俺も鬼じゃない。一番弱そうなお前は特別に一往復にしてやろう」

は?
情けをかけてやったぞ的に言い放つ騎士を睨みつける。
俺なんかまず孤島までも辿り着けないんですけど。

「グレモリー。兄貴とオズは騎士じゃない。訓練は免除しろ」

弟がすかさず俺たちをかばってくれている。
よしいいぞ、団長の権限でこの窮地から救ってくれと内心ほくそ笑んだ。

「おい小僧、俺はどうなる。遠泳なんて白虎の俺には拷問だぞ」
「拷問だと? お前、このぐらいの事が出来なくて俺に毎回勝負を持ちかけていたのか。笑わせるな」

急遽合宿に巻き込まれた苛立ちのせいか、クレッドがやたら挑発的にロイザを煽った。
無表情だった俺の使役獣の瞳が、途端にメラッと燃え上がる。

「俺に出来ないことなどない。でもそうだな、俺がお前に勝ったら今度本気で俺の相手をしろ」
「ああ、いいぞ。その代わり俺が勝ったらお前は兄貴への態度を改めろ。団内での器物破損もするな」

こいつら子供なのか?
なんだかんだ言って、勝負すんの好きなのかもしれない。負けず嫌いだし。

二人の口論はいつしか騎士たちの注目の的になっていた。
小さな声で「遠泳は団長がいつもトップだぞ、あの男すげえな」「さすがに団長も人外には勝てないんじゃないか」などと聞こえてくる。

「じゃあ話はまとまったな。ユトナ、騎士たちを並ばせて号令をかけろ」
「ああ、分かった。でもセラウェはどうするんだ? あと弟子のオズ君もだ。俺としては可哀想だから休ませてあげたいが」

美形の騎士ユトナが俺に優しく微笑みかける。
ありがたいがなんか裏がありそうでビクビクしてしまう。

しかし俺の仲間だったはずのオズが何気なく手をあげた。

「あ、俺格闘技とかは無理ですけど、遠泳なら参加しますよ。でも一往復でお願いします」
「へえ、ちび助。お前は自分の師匠と違って結構根性あるじゃねえか」
「そうですか? へへ、なんか嬉しいなぁ。あ、そうだ。グレモリーさん。マスターは運動苦手ですけど、炊事は得意ですよ。料理担当とかどうですか」

はああ?
この馬鹿弟子はなに気を良くして、へらっとした顔で余計なこと言ってんだ。

しかしデカ騎士グレモリーは俺を見て不気味に笑った。

「それ良いな。じゃあ魔導師、飯の準備頼んだわ。あそこの食材自由に使え」
「ちょ、ちょっと待てよ。騎士たち全員で20人以上いるだろ。一人で無理だよそんなのッ」
「魔法でも何でも使えばいいじゃねえか。後で手伝いの騎士よこしてやるから。まあ頑張れよ」

そんな。目の前が真っ暗に染まる。
海でのんびりする予定が、なぜ皆のおさんどんをやるハメに。

ユトナの号令で騎士たちが波打ち際へ向かう中、クレッドが俺に近づいてきた。

「兄貴、すまない。あいつは言い出したら聞かないんだ」
「ああ、そうだな。お前もやばい部下をまとめるの大変だろ。……まあいいよ。泳ぐよりマシだからさ。かばってくれてありがとな……」

遠い目を弟の心配そうな顔に覗き込まれ、どきっとする。
ああ、もっと二人きりになりたい。
いちゃいちゃ出来るとは思ってなかったが、弟の顔を見た途端に気持ちが抑えられなくなってくる。

「戻ってきたら俺が手伝うから。無理しないで」
「うん、ありがとう。お前こそ気をつけろよ。つうかまた消えたりすんなよ。ちゃんと戻って来るんだぞ」

腕をがしっと掴んで念を押すと、クレッドは優しげに苦笑して頷いた。

ふと安心するけれど、考えてみたらさっき泳いだばかりなのに、体力どうなってんだ?
驚きと呆れが湧きながらも、無事を祈り見送った。



***


設営された炊事場に向かい、一人ぽつんと立ち尽くす。
マジであいつらの飯作るのかよ。
食材を見て、ああ、もう面倒くせえ。カレーでいいや。

即座に一番楽そうなメニューを選び、でかい深鍋を三個並べた。
野菜を適当に切り、肉の塊も小さい角切りにする。
全部を鍋に入れて炒め、炒ったスパイスで作ったカレーの素を加えて水を注ぐ。

簡単なものだが自分の手際の良さに感心しつつ、暇だからサラダも作るかと思い立つ。
いそいそと頑張っていると、背後に気配を感じた。

この身に馴染んだ、包み込むような長身の人物が立っている。
俺はピンと来た。
同時に嬉しさも湧き起こってくる。

「クレッド、もう終わったのか? おかえりーー」

笑顔で振り向くと、金髪青眼の騎士が俺を見下ろしていた。
白い肌で体つきががっしりした、体格の良い若者。

そうだ、弟より若い。

「あ、団長のお兄さんですよね。はじめまして、第二小隊所属のジャレッドと言います。グレモリー隊長に手伝いに行けと言われて来ました」

爽やかな笑顔で挨拶され、俺は即座に反応出来なかった。
第二小隊ということは、ユトナの部下だ。

しかしこの騎士、背丈といい髪と目の色といい、……似ている。俺の弟に。

なぜ気配まで間違えてしまったのかと、若干の罪悪感が芽生える。

「あ、ああ。そうだったのか、ありがとう。今サラダ作ってんだけど、一通り準備終わったんだ。だから別にやることあんまり……」
「うわ、すごいですね。美味しそうだ。食べるの楽しみだなぁ」
「そ、そう? 簡単なもんだけどね。……つうか君、その手に持ってるの何?」

身を乗り出してカレー鍋を覗き込む騎士、ジャレッドの片手には大きな魚が握られていた。

「これ獲ってきたんですよ。俺だけ手伝いがあるので早めに泳ぐの切り上げて、後は暇だったんで」

え。
どうやって獲ったんだ。釣り道具なんかあったっけ。
やっぱこの騎士団の奴ら行動がちょっとおかしいだろ。

「ユトナ隊長はお魚食べたいらしいです。俺ちょっとそこで捌いてもいいですか?」
「いいけど、お前魚さばけるの?」

当然のごとく包丁を取り出し、炊事場のまな板に魚を置く騎士を見やる。
なんかマイペースな男だな。

「はい。実家は海が近かったんで。セラウェさんはどうですか、魚」
「いや、うちの地方は内陸だからあまり触る機会なくて。ちょっと見てていい?」
「もちろんです。良かったら教えましょうか?」

いつの間にか俺の名を呼んだ隣の騎士が、にこりと笑みを向ける。
なぜかその笑顔が弟に重なり、俺は思わず身を引いた。

やっぱり似ている。
言っちゃ悪いけど、クレッドのほうが顔立ちは何倍も整っている。
口調も性格も違う。

けれどこの騎士は、しなやかな体つきや動作、笑い方なんかが弟にそっくりだ。

「ああ、じゃあ教えてもらおっかな。はは」

俺は動揺をごまかすように、ジャレッドの魚の捌き方を、説明とともに集中して見始めた。

「なあ、お前年いくつ?」
「二十一です」
「そっか、若いな。オズと同い年だ。でもあいつより大人っぽいな」

驚きを混じえ何気なく弟子と比べると、騎士はふふ、と笑った。
クレッドが二十歳を過ぎたばかりの頃も、こんな感じだったのだろうか。

いや、あいつと疎遠になる前、最後に会ったのは弟が……ちょうどこの騎士と同じ年の頃だった。
かなりピリピリした間柄で、お世辞にも仲が良いとは言えなかった。

なんだかあの頃を思い出し、胸の奥がつまされるような感じがする。

「セラウェさん、どうぞ。二枚まで下ろしたんで、最後の一枚」
「ああ、分かった。ちゃんと出来るかな…」

分厚い魚の切り身に手を添え、骨と肉の間に包丁を入れて徐々に刃を引く。
中々難しく、スムーズにいかない。

「上手ですよ。あ、でももう少し刃を倒したほうがいいかも」

そう言って騎士は、ごく自然に包丁の柄をもつ俺の手の上から、そっと握って力を入れてきた。
一瞬息が止まりそうになったが、過剰に反応するのもおかしいと思い、そのまま動作を教えてもらった。

「ん?」

しかし騎士の何か異変を察知したかのような声に、俺もばっと顔を上げる。
若い騎士ジャレッドの目線の先を追うと、違う騎士が立っていた。

今度は俺の、見慣れた騎士だ。
さっき別れた時の笑顔はなく、稀に見るほどの冷たい顔をしている。

「団長、戻られたんですか。今お兄さんに魚の捌き方をーー」
「誰だお前は」

クレッドの抑揚のない声音が容赦なく騎士に注がれる。

やばい。
怒っている。もしや今の一見仲良さげな一部始終を見られていたのか。

俺はなんて迂闊なんだ。

「誰って……ユトナ隊長の部下のジャレッドと申します。配属されてまだ一年足らずですが、団長の関心の端っこにも引っかからないというのは、残念ですね」

騎士は優しげな態度を一変させ、挑戦的な物言いで弟を見据えた。
俺でも怯えてしまうほど冷酷な雰囲気をまとうクレッドに、全く物怖じする様子がない。

「俺の関心を引きたいなら別の方法にしろ。ここはもういい、行け」
「いえ、俺はどっちかと言うとセラウェさんのほうに関心が……。準備がまだ終わってないので、もう少ししたら行きますよ」

この騎士、平然と団長の命令を無視している。

どんな心臓してんだ。今時の若者って怖いものないの?
というか俺に何の関心があんだよ。

俺は無表情で押し黙る弟と騎士の間に入った。
シャツの下の汗がやばい。

「いや、ここはもういいよ。ありがとな、手伝ってくれて。十分助かったから」
「え、でも……大丈夫ですか。一人じゃ大変でしょう」
「おいお前、聞こえなかったか。さっさと行け。後はユトナの指示に従え」

苛立ちを見せる弟が命じると、ようやくジャレッドはその場を去ることを承諾したようだった。

団長に礼をし、俺に笑みを浮かべて「じゃあまた、セラウェさん」と言い残し、さらに火に油を注いで立ち去った。

残された俺たちの間には、重い空気が立ち込めていた。

なぜこんなことに。
ただ手伝われていただけのはずだが。
しかし心の中に残るこの異様な後ろめたさに、余計に焦りが募っていった。

「あ……なんか変なやつだよな、あいつ。妙にお前に突っかかってたな……」

こっそり深呼吸しながら話しかけても、クレッドは眉間に皺を寄せて黙っていた。
ああ、また余計な気を回しているのかもしれない。

「俺になんか言ってたけど、お前をまた煽ろうとしてただけだって。若いのに変に根性あるよな」

だめだ。余計なことを口走っている気がする。
弟の反応が怖い。

「別にただ調理の仕方教わってただけだぞ。なんかあの騎士、ちょっとお前に雰囲気似てるような気がしてさ。ほら、背格好とか。だからーー」

だから何なんだよ。
言い訳のつもりが、完全に口が滑ったとハッとなる。

「……誰と誰が似てるって?」

クレッドは今までのような押し黙った怒り方じゃなく、俺を強い眼差しで睨みつけてきた。

俺はなんて馬鹿なんだろう。
それは言わないほうが良かった。
少し考えれば分かることだったのに。

弟はくるりと背を向けて、俺は一人取り残されてしまった。



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