ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 23 皆で海で…?

「あー今日くそ暑いなぁ。まだ初夏なのに、気温おかしくねえか。なあロイザ」
「セラウェ。俺にあまりベタベタくっつくな。ただでさえ毛並みのせいで暑苦しいんだ」

薄い本でパタパタ風を起こしながら、俺は白虎の使役獣の上に背中を預け、だらけていた。
オズが作った冷たい茶を飲んでやり過ごそうとするが、ロイザ同様まったく力が出ない。

「マスター、マスター!」

廊下から弟子が大声を出しながら近づいてくる。
居間に現れたオズはなぜか嬉しそうな顔でにまっと笑った。

「二人とも、暑そうですね。俺いい考えがあるんですよ、ねえ」
「いや無理。いま何もする気起きないから。一人でやってくれ」
「もう、最後まで聞いてくださいよ。……皆で海行きませんか?」

信じられない言葉を聞き弟子を二度見した。
だが奴はわくわくして俺の返事を待っている。俺はアクティブな行動嫌いだし答えなんて分かりきってるはずだが。

「嫌に決まってんだろ、お前俺いくつだと思ってんだ! なんで男だけで海なんか行くんだ馬鹿か!」

その後も、日焼けしたくないし泳ぐの得意じゃないし、などと色々御託を並べてみたが、弟子は引き下がらなかった。

「教会の人に穴場スポット教えてもらったんですよ。プライベートビーチっぽくてひと気もあまりないし、水もすごく透明度高いんですって! 行きましょうよ〜ねえマスター!」

また教会の人間に吹き込まれやがって。
ああ、こいつがまだ二十一の若者なの忘れてた。
そもそも外で元気に遊ぶの好きなタイプだし俺と趣味合わねえんだよな。面倒くせえ。

「……しょうがねえな。俺は泳がねえぞ! ついてくだけだからなっ」
「はいはい。でも水着忘れないでくださいね。あ、ロイザもな」
「なぜ俺まで行くんだ、オズ。俺は水が嫌いだと知ってるだろう」
「あーそうだったよな。じゃあお前もマスターと一緒に休んでていいから♪」

結局笑顔の弟子に押し切られ、俺たちは海水浴へと出かけることになってしまったのである。


***


雲ひとつない晴天で、日の光が容赦なく照りつける。
俺は男のくせに日傘を差し、長袖パーカーに半ズボンという出で立ちだった。
歩く度にサンダルから入る砂がまじうぜえ。

目の前には綺麗な浜辺で水とパシャパシャ戯れている弟子がいる。
ロイザは持たされた荷物を降ろし、後ろのほうでシートとパラソルを設営させられていた。

確かにこんなに美しいビーチだというのに、俺たち以外に人はいない。
しかし俺の横にはなぜか……あいつがいた。

「兄貴、もう傘しまえよ。顔が見えないだろ?」

身を屈めて覗き込んできたのは、水着姿で逞しい筋肉美を晒す弟だった。

「クレッド……なんでお前もいるんだよ」
「いちゃ駄目なのか?」
「だ、駄目なわけ無いだろ。嬉しいけどさ……」

じっと見つめられ急に恥ずかしくなり目線をそらす。
てっきり三人だと思っていたから、弟がついて来た事にはびっくりしたのだ。

「俺が兄貴を一人で海に行かせるわけないだろ。何かあったらと思うと心配で気が狂うぞ」

こいつ本気でそう思ってそうだから怖い。
確かに俺はドジなほうだが、たかが海なのに大げさだろう。二人余計なのもついてるし。

「まぁそれはありがたいけどね。でもお前仕事はいいのかよ」
「……ん? ああ……ちょうど夏休みだ」

なつ、やすみ…だと?
ぽつりと低音で呟いたクレッドを驚愕の目で見ると、なぜか気まずそうに目を逸らされた。
おいなんか怪しい。まさか団長のくせにずる休みしたんじゃ……

微妙な空気の中、はしゃぎ過ぎて茶髪まで濡らしたオズが笑顔で駆け寄ってきた。

「クレッドさん、一緒に入りましょうよ! マスターもロイザも付き合ってくれないんですよ〜」
「えっ。俺か? まあいいが……俺は本気で泳ぐことしか出来ないぞ」
「はは、いいですよそれでも。俺も結構泳ぎ得意なんで。そうだ、競争しませんか?」
「俺に勝負を挑むとは、オズはやっぱり度胸が据わってるな。構わないぞ。じゃああっちの孤島まで往復な」
「え゛! 遠すぎでしょそれ、あそこの岩場にしてくださいよ」

なにこの会話。こいつら馬鹿じゃないの。
絶対仲間に入りたくないと思い白けていると、クレッドがじろっと俺を見てきた。

「兄貴は大人しくしてろよ。……あいつと一緒なのは気に食わないが」
「なにそれロイザのこと? へいへい、分かったよ。お前も気をつけろよ」

お互いに釘を差し合うと、弟は俺は平気だ、とニヤリと笑ってオズと泳ぎに行ってしまった。

泳ぎだす二人を眺め、荷物置き場へ戻ると、褐色の使役獣は水着姿で仰向けに寝そべっていた。
こいつは日光は好きなほうだと思うが、海とか川の水辺が嫌いなのだ。

「セラウェ。お前は泳がないのか?」
「うん。海水ってヒリヒリするから嫌いなんだよな。あーなんか腹減ったな。オズの特製サンドでも食うか」

昼食の入ったカゴから一足先にもぐもぐ食べていると、ロイザが物欲しそうに見つめてきた。
この顔はあれだな、俺も餌くれという顔だ。

「なんだよ。魔力なら朝やったばっかりだろ? お前は燃料食いすぎだよなぁ。俺の体力も考えろよ」
「ふっ。これでも我慢してるほうだ。だが今はあいつも居ないしチャンスだな。さっさとよこせ、セラウェ」

それは俺の弟を小うるさい奴と暗に批判してるのか。
ため息を吐きながら仕方なくロイザの言うことを聞くことにした。

二人であぐらをかいて向き合い、額に手を当て精神統一し、使役獣に魔力供給を行う。
俺は一体、晴天のもと浜辺で何をやってるのだろう。
でも海に入るよりマシか。

ぐだぐだ考えつつ供給を終えると、背後から弟子の大きな声が聞こえてきた。

「マスター! 大変です、クレッドさんが……!」

え?
バッと振り向くと、そこにはびしょ濡れで息を切らし真っ青になったオズがいた。

「クレッドさんが海から上がってこないんです、どうしよう!」
「なんだと? 冗談だろ、おいっ」

顔面蒼白の弟子の様子から、どうやら本気なのだと分かった。
そんなまさか、あいつ俺のことを心配してたのに、有り得ないーー

立ち上がり真っ先に海に向かおうとすると、腕をがしっと掴まれた。

「セラウェ。お前は海に入っても満足に泳げないだろう、止めておけ」
「何言ってんだてめえ、離せよッ」
「あいつはこんなとこで死ぬようなタマじゃない」
「うるせー! 冗談でもそういう事言うんじゃねえ!」

揉み合う中で海を見やるが、人影はない。
そばでオズがオロオロする中、いても立ってもいられなくなった俺は、走り出して水の中に飛び込んだ。

水面が胸の下あたりまで達した頃、後ろからロイザが来て俺の体を掴み持ち上げた。

「落ち着け、セラウェ。心配することは何もない、あいつはーー」
「やめろっ離せ馬鹿! クレッドがっ、どうすりゃいいんだ!」

使役獣に捕まりながら涙目でパニックに陥っていると、いきなり両脇を手放され、ドボンと水中に落ちてしまった。
ぶくぶくと息を吐きながら、今度は自分の命を心配する。

すると目の前に白い肌の人影が現れた。
突然伸びてきた長い腕に絡まれ、水面から一緒に引き上げられる。

「ぶ、はぁっっ」

ぜーぜー息を吐くと、目の前には全身を濡らしたクレッドが立っていた。
俺を腕の中に抱きながら、心配げな顔で見つめている。

「大丈夫か兄貴、何やってーー」
「クレッドっ!!」
「う、わッ」

心臓ばくばくの中で必死にしがみついた。
弟は訳がわからないといった様子だったが、なだめるように背中をさすってくる。

「良かったぁ! 生きてて……あぁぁー!」
「な、なんの話だ? 死ぬわけないだろ、こんなとこで」

気が動転してどうにかなりそうだったのに、誰かと同じことを言われ、途端に我に返ったようにムカッときた。

「だって、お前、どこにいたんだよ! 消えちゃったから心配しただろ!」
「えっ……ごめん、戻って来たらオズがまだ居なかったから、岩場まで二往復してたんだ」

……は?
こいつバカなの?
なんでそんな何事にも本気出してんだ。

「ごめんな、兄貴。そんなに心配させちゃったのか、悪かった。ほんとにごめん……」

黙りこくった俺に焦ったのか、クレッドは頭を撫でながら何度も謝ってきた。
俺は人目も気にせず、もう一度無事を確かめるため弟にガバっと抱きついた。

しかし俺たち兄弟の背後には、ふっとため息を吐くもう一人の存在があった。

「だから言っただろう、セラウェ。何も心配いらないと」
「……ロイザ、お前なぁ! 気づいてたのか? 早く教えろよ!」
「お前が話を聞かないからだろう。俺はお前の弟がどこにいるかぐらい察知出来るぞ」

だからそれを早く言えと言ってんだが?
こいつは動物だからしょうがないのかもしれないが、言葉足らず過ぎるんだ。

「おい、小僧。俺の主はお前のこととなると簡単に我を忘れるんだ。行動には気をつけろ」
「……ああ、悪かった。これからは、気をつけるよ」

ーーえ!?

信じられないような素直な言葉が弟から聞こえ、俺だけでなくロイザまで一瞬驚きに目を見開いた。

「なんだよその目は……俺は兄貴を心配させたくないだけだ。……反省だってする」

クレッドはどことなく気落ちした様子だった。
心配のあまり強く言い過ぎたかと若干後悔したが、俺は弟がいなくなったら本気でやばい。
自分でも改めてそう感じたのだ。

そんな時、遠くで様子を見ていた弟子までバシャバシャと海に入ってきた。
しかしまだ奴の顔色が悪い。

「オズ! クレッド無事だったぞ、泳いでただけだってーー」
「ああ! 良かったです! 心配しましたよ、まぁたぶんクレッドさんのことだから大丈夫だろうとは思いましたけど……ってそんなこと言ってる場合じゃないんですよ、マスター!」

まだパニック面の弟子を前に、わけが分からず頭が混乱し始める。
今度は何なんだよ。もう疲れたんだが。

怯えた顔をするオズが指し示す方向を見やると、海岸になにやら人影がわらわらと見えた。

「あ? なんだ、あの集団……なんかやたらマッチョな奴らがたくさん……いねえか」

急激に嫌な予感がし、クレッドに振り向いた。
すると奴は俺以上に真顔で固まっていた。肩をふるふる慄かせている。

「な、なんであいつらがここに……嘘だろ、俺の調べに抜かりはなかったはず……」

ぶつぶつと独り言を喋っている。
海で呆然と立ち尽くす俺たち四人のもとに、やたら馬鹿でかい体つきをした男の大声が響いた。

「ハハッ! よお団長! 奇遇だな、同じビーチで遭遇とは!」

楽しそうに笑う男は、ソラサーグ聖騎士団に所属する弟の部下、グレモリーだった。
隣には当然のようにもう一人の騎士、ユトナの姿もある。

「ああ、本当だ。ハイデルがいるな。グレモリー、団長も俺達の合宿に参加するのか?」
「当たり前だろ、毎年逃げられてるからな。今年こそは参加してもらう。……そうだ、そこの三匹も特別参加でいいぜ」

二人の屈強な男は好き勝手言いながら、しん、と口を閉ざす俺達の前までやって来た。
いや絶対偶然じゃねえだろ。なんかの罠だろこれ。

またなのか?
こいつら騎士たちの妙なイベントに、俺はまた巻き込まれてしまうのか。
海でキャッキャ遊んでたほうがマシなんだけど。



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