ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 20 服選び T

「マスター、これ見てくださいよ。ロイザの服、またボロボロ!」

居間のソファで使役獣とともに寝そべっていた俺に、弟子のオズが珍しく怒り顔で迫ってきた。
両手には、無残に穴の空いたシャツが何枚も掴まれている。
俺は自分の下にいる白虎のもふもふを、じろっと睨みつけた。

「あー、またやったのかお前。暴れるのは勝手だけどな、もっと気使えよ。お前の洋服代、月にいくらかかってると思ってんだ?」
「ふっ。仕方がないだろう。俺の動きについてこれない薄っぺらい服が悪い」

また上から目線で屁理屈こねやがって。
はぁ、と俺とオズのため息が重なった。

戦闘好きのロイザは定期的に騎士団領内を抜け出し、獲物を狩っているようだ。
面倒な俺はもちろん付き合わないが、最近の任務はこの使役獣いわく生温いものばかりなので、自分の狩りでは特にはっちゃけているのだろう。

「服のせいかぁ……そうだ、マスター。ロイザの新しい服、一緒に買いに行ってあげてくれませんか? 俺今日忙しいんで」
「……は? 何言い出すんだお前。なんで俺がそんなクソ面倒くさいこと……」
「それが良いお店があるんですよ。前に教会の人に教えてもらったんですけどね、魔力を練り込んだ特殊素材の洋服屋さん」

いいアイディア浮かんだ的な顔で俺に笑みを向ける弟子。
こいつ、騎士団だけじゃなく教会にもすっかり馴染んでやがる。

「ほう、それはいいな。さっそく俺を連れてけ、セラウェ」
「え。お前なんでそんな乗り気なんだ。服とか全然興味ないだろ」
「戦闘に関することならば別だ。それに……お前と二人で外出するのも久々だろう?」

楽しげに告げた瞬間、奴は主の俺の許可なしに、真っ白な虎の姿から人型へと変化した。
褐色の肌に長めの白髪がさらっとなびく、腹立たしいクールイケメンが現れる。

ていうかちょうど俺の下にいるし。向かい合わせでピタっとくっついちゃってるし。

「ふ、ふざけんな、俺には弟がいるんだぞッ!」

この薄ら寒い体勢か、外出することに向けてかは置いといて、思わず叫び声をあげた。
無表情だったロイザがニヤリと笑う。

「だからなんだ。俺にもお前を独占する権利はある。俺達の主従関係はそういうものだろう、セラウェ」

どういうものだよ。おい主は俺なんだが?
文句を堪えていると、再び頭上から弟子のため息が聞こえた。

「はぁ。二人とも遊んでないで、さっさと行ってらっしゃい。ロイザ、大人しくマスターの言うこと聞くんだぞ」
「それはこいつ次第だな、オズ」

意味深に笑い、ソファから起き上がる使役獣をジト目で見る。
ああ、また嫌な予感しかしない。
こうして俺とロイザは、二人でお出かけすることになったのである。


***


弟子から教えてもらった店は、騎士団から馬車で数十分ほどの、小さな街に存在した。
絵本から抜け出てきたような、メルヘンチックな歴史的家屋が並び、大通りにはこじんまりとした可愛らしい喫茶店や、土産物屋が並んでいる。

これどちらかというと、観光地やデートに赴くような場所じゃないのか……現にカップルがたくさんいるし。

「おい、俺たち場違いじゃねえか。男二人で何すんだよ」
「服を買いに来たんだろう。お前は方向音痴だから俺が連れて行ってやろう、セラウェ」

偉そうに宣う使役獣を睨みつつ、さっさと歩いていってしまう奴を追いかけた。
しばらくして、どう見ても洋服屋には見えない普通の一軒家にたどり着いた。

「いらっしゃーい、あらぁ、新規のお客さん? こんにちわぁ、すごいイケメン」

中から出てきたのは、パツパツのドレスに入ったふくよかな女性……いや、明らかにおっさんだった。
そっち方面の人か。無表情のロイザに釘付けになっている。

「あーそうなんですよ。ソラサーグ聖騎士団の紹介で来たんですけど。こいつ、実は白虎の幻獣なんです。人型の時に着れる、なんか壊れない素材の洋服ありますかね?」

魔術関係者が多く訪れる店なので、最初から率直に要望を述べた。
すると店主はすぐに納得したのか、にっこりと笑顔を向けて、応対を始めてくれた。

「オッケー、私に任せてちょうだい。そうねえ、まず裸になってくれるかしら。採寸しないといけないから」
「なんだと? 断る」

メジャーを取り出しギラついた目で迫る店主に、すかさずロイザが答えた。俺は奴の腕をぐっと掴む。

「おいロイザ、気持ちは分かるがちゃんと言うことを聞け。お前のためのオーダーメイドなんだぞ?」
「それは嬉しいがこんな事まで聞いてないぞ。何か身の危険を感じる」

こいつ普段は短絡的思考だけど、動物らしくわりと繊細なとこもあるんだよな。結構人見知りっていうか。

俺はなんとか奴をなだめ、言うことを聞かせた。
渋々下着だけの裸体を晒し、鍛え抜かれた褐色の肉体が眼前に現れる。
店主が感嘆の声をあげ、俺は反対に舌打ちをする。

くそ、良い体しやがって。こんな奴、何着てもどうせ全部似合うに決まってんだ。
この何もかもがチート野郎。

「はい、出来ました。じゃあ服の型と色も選んでちょうだいね。この中から」
「へー、どれがいいんだ、ロイザ。お前いつも暗い色ばっかり着てるから、淡色系にすれば? 優しく見えてイメージアップすんじゃねえ?」
「何故俺がそんな事を気にしなければならないんだ。白系の服は汚したらオズが文句言うから駄目だな」

あっそう。傍若無人なりにも、弟子の小言はちゃんと耳に入ってるらしい。
何気に感心しつつ、俺たちはあーだこーだ言いながら、結局無難に落ち着いた色合いを選択した。

シャツとパンツ、どれも一見普通の衣服にしか見えないが、特殊防護の呪法を用いて布を織り込むらしい。
この店主もただのオカマではなく、手練の魔術師なのだろう。

「つうかお前、いつまで裸なんだ。もう終わったからいいぞ、服着とけよ」

注文書を作成すると言って店の奥に消えた店主を待ちながら、俺はロイザに話しかけた。
すると奴は、涼やかな瞳を不気味に歪ませた。
俺のほうにゆっくりと迫り、愉悦の笑みで見下ろしてくる。

「えっ……なに。その姿で近寄るなよ、おいッ」
「断る。なあセラウェ、久々に面白いことが起きる予感がしないか?」

使役獣は意味深に呟き、何を思ったのか俺を自らの腕の中に抱き寄せた。
間髪入れず、ぐううっと力強く抱きしめられ、俺はうなり声をあげた。

「は、なせ、あぁぁ゛ッ」

何やってんだこの馬鹿は。
最近弟を重視していたから、寂しさが爆発しちゃったのかな? はは……

思考が止まりそうになった瞬間、背後の扉のバタン!という音に意識を持ってかれた。

「こんにちはー。この前予約したシヴァリエですけど、もう服出来てますかねー?」

……えっ。
完全に聞き覚えのある声音。

シヴァリエって……俺と弟の幼馴染で、教会の同僚でもある、あの女顔のカナンじゃん。
恐る恐る顔だけ振り向かせると、そこには予想通り、金髪ロングヘアの美女にしか見えない男が立っていた。

しかし奴は一人じゃなかった。
隣にもう一人、見慣れた金髪蒼眼の背の高い男がいた。
俺とぱちりと目が合い、みるみるうちに瞳が凍りついていく。

「……な、なんで……クレッド?」

おい!
ちょっと待てよ!

何故またこんなタイミングで。小さな服屋で出くわしちゃったんだ?
ていうか何この二人、こんな可愛いらしい街に二人きりでお出かけしてんの?

「は、離せロイザ……バカヤロー!」

無性にイラッとくる思いを抱えながら、俺はとりあえず裸体の使役獣の腕から逃れ、すぐに服を着るように指示した。
不気味に無言で佇んでいる弟をよそに、俺を見たカナンの顔は、ぱあっと輝き出す。

「お兄ちゃん! 嬉しいなあ、また偶然? なになに、その男もしかして、お兄ちゃんの噂の使役獣だよね。二人でデート?」

いつもの薄ら笑いで問いかけてくる。
何を言い出すの、この無邪気な幼馴染は。
お前の親友でもある俺の弟の前で、冗談でもそういうワード使うなよ頼むから。

「はは、馬鹿かお前。こいつの服がボロボロだから、新しいの買いに来ただけだよ。弟子に言われてな。なあ、ロイザ」
「何を言ってるんだ、セラウェ。お前が俺の服をどうしてもコーディネイトしたいと言ったからだろう? こうして連れ立って歩く時に、恥ずかしくないように」

使役獣が物憂げな表情で、俺をじっとりと見つめた。

は、はああああ? 
この野郎、俺の弟を久しぶりに焚きつけようとしているのか。
ほら見ろ、クレッドの美しい顔に、無惨にも血管が浮き上がってるじゃないかーー

「兄貴……本当なのか、それは」

弟は俺のそばに歩み寄り、冷たい憤怒の面持ちで見下ろしてきた。
ああ、久しぶりにクレッドの近くにいれて、どきどきする。幸せだ……。

たかが服のことなのに、嫉妬してるのか、可愛い……。

いや呆けている場合じゃない。
俺は恐怖と幸福の間で震えながら、久々にちょっとした修羅場を予感した。



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