ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 15 三兄弟 (回想2)

ある日の朝。
瞼の裏に光を感じ、ぱちっと目を開けた。
隣にクレッドがいないのを見て、昨日は一人で寝たことを思い出す。
まだ七歳だった俺は、早寝早起きの規則正しい生活を送っていた。

「ふわぁ……」

あくびを抑えながらクローゼットに向かう。
寝間着を脱いで、服を探した。でも何故か服がどんどん減っている。

そうだ。
クレッドが夜「お兄ちゃんと寝たい!」と駄々をこねる度、俺の服を一枚一枚あげていたのだった。

俺は残ったシャツとズボンを着込み、真向かいの弟の部屋へ向かった。
こっそり扉を開けると、ベッドの上にクレッドを発見した。
うつ伏せで、布団から金色の髪がちょっとだけ見えている。

「クレッド、起きて。もうすぐ朝ごはんだよ。一緒に下に行こう」

ばさっと布団を剥がすと、大量の俺の服が出てきた。

「うわああっ」

びっくりして大声を上げると、「うぅん…」と言いながら弟が目を覚ました。
俺の服を抱きしめたまま、寝返りをうって、眠そうに目を擦っている。
けれどこちらを見た途端、蒼い瞳をぱっと大きくした。

「お兄ちゃんっ」

そのまま首に抱きついてきた。
俺はちょっぴり苦笑いしながら、頭を撫でた。
昨日も四歳の弟は、寂しい一人寝を我慢して眠っていたのだろう。

「もう、クレッド。僕の服たくさん持ちすぎだよ。服無くなっちゃったよ。一個返して」
「……え? いやだよ、これ全部ボクの。あげないもん」

頬を膨らませ、頑として服を占有しようとする。
いつ弟のものになっちゃったんだろう。
まあいいやと諦め、俺はクレッドを着替えさせて、二人で階下へと向かった。

手を繋いで、リビングに隣接する食事室へと向かう。
食卓にはすでに父の姿があった。
弟と同じ金髪の髪に、青い目が俺たちに気づいてにこりと微笑む。

騎士団の制服姿ではなく、ラフな格好をしている父を見て、今日は休日だと思い出す。

「お父さん。おはよう」
「おお、セラウェ。クレッド。おはよう。こっちにおいで」

二人で歩いていき、立ち上がった父に順番に抱っこされる。
体がぐわんと持ち上げられ、一気に目線が高くなり怖いぐらいだった。

「早く起きて偉いぞ。ちゃんと寝たか?」
「うん。寝たよ。でも面白い夢見たんだ。お父さんがたっっくさんの魔物に囲まれて戦ってるの」
「ははっ。なんだそれは。お前、寝る前絵本読んでたんだろう。俺は勝てたのか?」
「勝てたよ。大きな剣で簡単にやっつけちゃった」

本当は苦戦していたが、俺はその年ですでにリップサービスを覚えていた。
小さい頃から夢を見ることが多く、その内容を父に話すとよく喜ばれた。

普段は厳つい父の柔らかな笑顔を向けられると、子供の自分も嬉しくなった。
満足そうに抱きしめられ、頭を撫でて下ろされる。

「クレッド。お前もちゃんと一人で寝れたか?」
「うん。ボクがんばって一人で寝た。ぜんぜんこわくないよ」

クレッドは父の前ではなぜかいつも強がっていた。
けれど俺より身軽な弟は、高い高いされて、きゃっきゃっと楽しそうにしていた。

「あら、良かったわね。二人とも、お父さんに遊んでもらえて」

母が銀色のトレーにオムレツと焼き立てのパン、ソーセージなどをもって、笑顔で登場した。
乳母のマリアも「はい、坊っちゃんたち」と言いながら飲み物を注いでくれる。

「よし。では朝ごはんにしよう」

四人とも席に着き、父が声をかける。
あれ、でも何かおかしい。

「お父さん、シグ兄ちゃんはどこ? 今日お休みでしょう?」
「ああ、シグリットならまだ寝てるな。まったく、普段はちゃんと稽古してるようだが、休日になるとすぐ気を抜くんだ、あいつはーー」

父がぶつぶつと小言を言い出したのをよそに、俺はすぐにご飯を食べ進めた。
兄はまだ寝ている、何かを始める前に遊んでもらうチャンスだ。

そう、小さい頃の俺は兄大好きな弟だった。
まるで隣でちょびちょびご飯を食べているクレッドのように。

「ごちそうさまぁ! クレッド、一緒にシグ兄ちゃん起こしに行こう?」
「え? うん、分かったっ」

俺の言葉に、弟は慌てて持っていたパンを、もぐもぐと口に入れた。

「ちょっとセラウェ、急がせないの。ゆっくり食べなさい、クレッド」
「そうだぞ。ゆっくり噛んで食べないと、体が大きくならないぞ」

二人が口々に注意してきて、クレッドが目をきょろきょろ動かし困りだす。

「あ、ごめんごめん。じゃあ僕先に行ってるね、クレッド」
「やだ、待ってお兄ちゃん、ボクも行くっ」

頬がいっぱいになったまま、もう食べたよ、と皆にお皿を見せて立ち上がる。
両親は俺たちに向かって、若干呆れ顔で微笑んでいた。


俺はクレッドの手を引いて、三階まで駆け上がった。
兄のシグリットの部屋をコンコン叩き、そっと扉を開ける。
するとベッドの上に明るい金髪の頭が見えた。

さっきの弟と同じで、くすっとおかしくなる。
でも横向きで丸まって寝ている。

「シグ兄ちゃん」

俺はこっそり布団の中に潜り込み、背中にぴたっとくっついた。
八つ年上で当時十五歳だった兄の背中は、父までとはいかなくとも、十分大きな男のものだった。

「起きて、遊ぼうよ、もう朝だよっ」
「う……ん……なに、……セラウェ?」

こんな風にまとわりついて、今思えばクレッドと変わりない。
けれどいつも騎士学校で忙しい兄との貴重な時間を、無駄にしたくなかった。

「ああ、もうそんな時間か。……寝すぎたな。でももうちょっと……」
「ええっ駄目だよシグ兄ちゃん、寝ないで!」

再びすーすー言って寝ようとする兄を、揺さぶって起こそうとした。
すると、布団の上からドサッと大きな衝撃が響いた。

「「ぐうッ!!」」

俺と兄のうめき声が部屋に響く。
二人で顔を上げると、頬を膨らませたクレッドが俺たちを見下ろしていた。

「ずるい! ボクも入るっ」

そう言って真ん中に割り込むと、俺の方を向いてぴたっと胸にくっついてくる。
思えば小さい頃からよくこうやって、邪魔をされたものだった。

「どうしたクレッド。俺の方向いてくれないの?」
「おいちゃんやだ。お兄ちゃんがいい」
「ええ? 酷いなぁお前。つうか、おいちゃんっておじちゃんみたいだし、止めてくれよ」

すっかり目を覚ましたシグリットが、間に入った末っ子に諦め悪く抱きついた。
クレッドは「やだやだっ」と言いながらジタバタして俺にひっついてくる。

「もうっ。なに二人で遊んでるの? ずるい、僕もいれてよッ!」

兄と弟が楽しそうにじゃれあってるのを見て、なぜか疎外感を感じた俺は、珍しく感情を表してガバッと起き上がった。
むっとした顔で見ていると、二人はぽかんと口を開けていた。

「ふふ、お前たちそっくりだな。いいよ、セラウェももっとこっち来て」

シグリットは途端ににこっと笑みを浮かべて、長い腕を伸ばしてきた。
真ん中のクレッドごと俺のことを抱きしめ、三人でぎゅうぎゅうになる。

「うぅ、お兄ちゃん、きつい……」

弟は苦しそうに喘いでいた。
ごめん、と思いながらも、俺は自分も兄の抱擁を得たことが嬉しかった。
そのままぬくぬくと目を閉じそうになるが、やっぱりおかしい。

気がつくと兄はまた寝息を立て始めている。

「あれ? シグ兄ちゃん、寝ないでよ。早く遊ぼうよっ」
「……うう゛ん、……やっぱ気づいてたか。分かった分かった、今起きるから……」

そう言ってまた長い金色のまつ毛を伏せる。
俺は布団を引き剥がし、だらんとした兄の腕から弟と共に抜け出した。

「クレッド。もう一回シグ兄ちゃんにドン!ってやって」
「うん。分かったっ」

むくっと起きた弟がなぜかやる気に満ちた表情で、シグリットの上に飛び乗った。
再び「ぐえっ」と声が聞こえても容赦せず、クレッドが腰の上に跨り揺さぶっている。

「……はいはい、起きるから! まったく、お前たち酷いぞっ。俺かなり年上のお兄ちゃんだぞっ」

ようやく体を起こし、上にいるクレッドを抱き上げてベッドに座らせる。

「ああ、ねむ……。じゃあ起きるか。ご飯食べたら遊んであげるから。……何しよっか?」

ぼさついた頭を掻きながら、俺たち二人の頭を順番に撫でてくる。
俺は嬉しさのあまり兄に抱きついた。
この頃の自分は、今では考えられないほどのブラコンだったのだ。

「わあい、やったー! シグ兄ちゃん大好きっ」
「うわっ。よしよし、可愛いなぁセラウェ」

するとやっぱり弟が対抗するように、俺の背中にドシっと抱きついてきた。

「……お兄ちゃん。ボクも好き?」
「えっ。そうだよ、クレッドも好きだよ」

振り返り、優しく言い聞かせるとと、弟が満面の笑みを浮かべた。
またしっかりと体に腕が絡まる。

「ボクもお兄ちゃん好き!」

小さな弟の真っ直ぐな気持ちに、心が温かくなった。
この年ぐらいから、こういうやり取りが多くなった気がする。
そして弟は、昔から焼きもち焼きだったようだ。

「なぁクレッド。俺のことは? 俺も好き?」
「……おいちゃんも好き」
「え! なんか間が合ったよな今。ちょっとショックなんだけど」

兄のシグリットは若干焦り顔だった。
今思えばちょっとおかしな三兄弟だったが、こうした日々の小さなやり取りも、幸せなことに思えていた。



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