ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 12 ちょっと羨ましい

さっきまで存在していた小柄な少年の代わりに、突如として俺の前に現れたのは、若干の不遜さが滲み出た男性的な魅力たっぷりの美青年だった。
まあよく見ると、少年だった姿が男らしく成長を遂げればこうなるのかな、と想像できなくも無い。

「あ、アルメア……さん?」
「なんだ、セラウェ。お前は顔色だけじゃなく、態度もコロコロ変わるんだな。少しは落ち着いたらどうだ」

放たれた冷ややかな台詞に眉をぴくりと上げる。
お前の態度こそ変わらずでかいんだが。嫌味なとこも同じだし。

「凄いな。でもなんで口調まで変わってんの? つうかなんでいつも子供の姿なんだよ。もしかしてノイシュさん、少年好き? ははっ」

完全に馬鹿にした体で尋ねると、アルメアにぎろりと睨まれた。
だがやがて言葉に詰まったように、目を伏せて静かになる。

「……小さいほうが可愛いだろ」

ーーえ?
今この立派な成人男性、ぼそっと耳を疑うようなことを言わなかったか。

「まあ確かに、可愛いけどさ……。な、なあ、エブラル」
「えっ、なぜ私に振るんです。はいと言ったら怪しいじゃないですか。私、そういう趣味ないので」

それまで落ち着き払っていた大人の呪術師が、急に困惑顔で否定をする。
すると美青年はドン!と机を拳で叩き激高した。

「ふざけるな、ノイシュだってそんな趣味はない! 俺だって、いつも子供の姿でいるわけじゃないからなッ」

俺たち一体なんの話してるんだよ。
アルメアのやつ、真っ白な肌をバッと赤らめている。こいつ本気で執事が好きなのか。
なんだか生温かい気持ちになってきた。

「まあさ、好きな姿でいればいいじゃん。二人が幸せならそれで、いいんじゃないかな?」
「……セラウェ。お前は何様だ? 自分が幸せだからといって、俺に先輩風を吹かすな」
「なんだとこの野郎、やっぱお前ただの生意気なクソガキじゃねーか!」
「ふん、俺はこの場の誰よりも格上だぞ。身の程を知れよ」

赤い瞳を細め、威厳たっぷりに凄みをきかせてくる。
くそっ。
やっぱ俺様気質のイケメンは腹立つな、俺の好みじゃねえ。

「二人共、すごく仲が深まってきたようで何よりです。今日は我々魔術師の記念すべき懇談会ですね。さあまた乾杯しませんか」

楽しげにグラスをかざすこの美形紳士は、頭が湧いてるのか? どこをどう捉えれば仲良く見えるんだ。
なんかこうなったら、少年のこいつのほうがまだ可愛げがあった気がする。
でも戻れよなんて恥ずかしいこと、言うの癪だし。


俺たちはその後もやいやい言いながら酒を進めた。
例のごとく、俺は飲みすぎてしまっていた。

考えてみたら専門の違う魔術師と酒を交わすのは珍しい。
師匠といる場合は一方的に俺が虐げられていることが多いし、こうして対等な関係で過ごすのは、中々良いものなのかもしれない。

「セラウェ。飲みすぎるなよ。お前は学習しない奴だな」
「うるせー。お前こそ大人の姿に戻った途端ぐいぐい飲みやがって。卑怯だぞッ」
「意味不明なことを言うな。俺はノイシュが迎えに来るからいいんだ」
「……は?」

な、なに。
今堂々と惚気けたの? この人。
いくら飲んでも執事が来てくれるから安心だとでも?

「エブラル! おらもっと酒出せよ! 俺が持ってきたぶどう酒開けろよッ」
「セラウェさん、あれは貴方が私にくれた高級品でしょう。もっと特別な日に二人で開けませんか?」

この男はなにを言っているんだ? いくら酒が回っていても、さすがにおかしいと言う事には気がつくぞ。

「おい、それは俺が邪魔だという意味か、エブラル。お前も生意気を言うようになったな」
「まあそうだが。それは褒め言葉だな、アルメア。いいからセラウェさんをあまり飲ませるな。私がハイデル殿に怒られるだろう」
「何言ってんだよ、お前ら……今日ここにいる事あいつ知らねーし。……俺は一人寂しく帰るんだよ」

ぽつりと感傷的に呟くと、二人の魔術師に憐れみの目を向けられた。
余計に惨めになったその時、豪邸のチャイムが鳴り響いた。

エブラルが「失礼」と言って食卓を後にする。
まさか……悔しさを滲ませながらアルメアを見やると、奴は涼しい顔をしていた。

しばらくして、黒スーツにびしっと身を固めた長身の男が現れた。
長い髪を後ろで結わえ、全ての所作に無駄がなく礼節をわきまえている。
執事は俺に会釈をし、アルメアのそばに寄り添った。

「アルメア様。お迎えに上がりました」
「ああ。時間通りだな」
「今日は本来のお姿なのですね」
「ただの気まぐれだ。セラウェが見たい見たいと駄々をこねたからな」

なんだと? 聞き捨てならない台詞を平気で並べやがって。
執事は微笑みを浮かべ、俺に向き直った。

「セラウェ様、お久しぶりです。今宵は私の主がお世話になりました。深くお礼を申し上げます」
「へっ。いやそんな、俺もまあまあ楽しかったですから。そういやノイシュさん、アルメアの姿って、子供と大人どっちが好きなんですか?」

俺は酔った勢いで突然ぶっこんだ。
目を丸くした執事に対し、アルメアは咄嗟に立ち上がり、尋常じゃなく慌てだした。

「おいセラウェ! お前は急に何を言い出すんだ!」
「別に良いだろ、素朴な疑問だよ。ねえどっちですか、ノイシュさん。俺のオススメはぶっちゃけ少年姿なんですけどね」
「ええっと、そうですね……」

一瞬驚いた様子の執事だったが、すぐに顎に指を当て熟考する素振りを見せる。
隣のアルメアは口を閉ざしながらも、その様子をちらちらと窺う。
なんだ、やっぱりこいつも知りたいんじゃないか。

「やはり、どちらか一方を選ぶことは出来ませんね。アルメア様はどんなお姿でも美しく気品に溢れ、同時にとても可愛らしい面を持ったお方なので……両方ともお慕いしております」
「そうっすか……いや完璧な答えなんですけど、僕はそれじゃ納得出来ません。早く教えて下さいよ。なあアルメア、お前も聞きたいだろ」
「せ、セラウェ様」

執事には悪いが俺は完全に酔っ払いのごとく絡んでいた。
けれどアルメアはなんと俺の言い分に、こくりと頭を頷けた。

「……ああ。俺も聞きたいな。お前はどっちが好みなんだ。答えによっては、今後の参考にさせてもらう」

え!?
こいつ結構大胆だな。いくら恋しているとはいえ、本来は主だからか。

「そうですか。でははっきり申し上げますが……今のお姿のほうが私の好みです。なぜならこうして、思うままに貴方に触れることが出来るのでーー」

ノイシュさんは滑らかな動作でアルメアの頬に指先を添えた。
途端に主の顔がサッと赤く染まる。

えええええ!
ちょっとちょっと。この二人、完全にそういう関係なのかーー

「そ、そうか。それもそうだな。そこまで言うならもっと長くこの姿でいよう。……くそ、俺は勘違いしていたみたいだ。時間を無駄にしたな」
「どういう事です? アルメア様」
「別に、何でもないぞっ」

アルメアは素っ気なく顔をそむけた。執事はにこにこしながら、幸せそうに主の世話を焼いている。

あっそう。
ふーん、いいね人前でイチャイチャして。
俺まだここにいるけどね。二人の甘い会話聞いてるけどね。

自分で始めておきながら、なんだか白けてきた。
俺は他人の前でここまで弟とイチャついたりしてない……とは思うが、師匠がうるさく言う気持ちが少しは分かった気がする。
なんか寂しくなるのかもな。


「じゃあ俺たちは先に帰るぞ。またな、セラウェ。エブラル」
「おー。気をつけて。今度はお前も高い酒とか希少な魔法薬持ってこいよ。飲み比べしようぜ」
「それはいいが、また誰かが潰れたときの後始末が不安だな。お前も保護者を連れてくるといい」

また余計なことを言いやがって。
まあ別に良いけど。

二人を適当にエブラルと見送り、俺たちは広い居間に取り残された。
なんとなく飲み足りなかった俺は、しばらくうだうだと呪術師に絡みながら過ごしていた。

「おい、エブラル、今何時?」
「もう深夜ですよ、セラウェさん。……ああ、こんなにベロベロになって。どうしましょうかね」

他人の家でソファにごろごろと横になっていると、心配そうな面持ちの呪術師が見下ろしてきた。

「あー……。クレッド……なんで来ないんだよ。早く来いよ……」

ぼうっとしながら、呟きが虚しくこだまする。
するとエブラルがぶつぶつと独り言を言い出した。

「……私が送っていけば、きっとハイデル殿に見つかるだろう。不要な諍いは避けたほうがいいか……。セラウェさん。すぐ戻りますから、ここでじっとしていて下さいね」

そう言ってブランケットを体にかけてきた呪術師は、どこかへ消えてしまった。
体温が上がっていた俺は、ぬくぬくと眠りに落ちていった。


しばらくして体をゆさゆさと揺さぶられた。

「ーー兄貴、……起きろ、兄貴」

ん?
まさかこの声は。俺の弟?

重いまぶたを開けると、眉間に皺を寄せたクレッドの顔があった。

「クレッド!」
「……ぅわッ!」

俺は咄嗟にソファのそばでしゃがみこんでいる弟の首に手を回し、抱きついた。

頭をぽんぽんと触られ、途端に馴染みのある安心感に包まれる。
これは夢か?
そう思ったが、近くに不思議な顔で俺たちを見ている呪術師がいた。

「うわあああ!」

俺はクレッドを突き飛ばし、自分はすぐにソファから起き上がろうとした。

「痛いぞ、何するんだ兄貴ッ」
「お前が、アレだからだろっ」
「なんだアレって。兄貴が抱きついてきたんだろ」
「ちょ、黙れっ恥ずかしいだろ!」

二人でもみ合っていると、くすくすと笑い声が聞こえた。

「ほんとに仲が宜しいですね。ハイデル殿、明日も仕事でしょう? そろそろお帰りになったほうが……」
「ああ、そうだな。今日は兄貴が世話になった。礼を言う」
「え!? あなたが私に感謝の気持ちを?」
「そこまでは言ってない。単なる礼だ。こんなに兄貴が酔ってることには腹が立つが、兄貴は人の言う事を聞かないからな。もう半分諦めた」
「ふふ。それが懸命でしょうね。でも可愛らしかったですよ、あなたのお兄さんは」
「余計なことを言うな、エブラル」

おいなんだその恥ずかしい会話は。
だが文句を言おうにも言葉が浮かばない。図星すぎて。

「クレッド、おんぶして」
「うん。じゃあ掴まって」

もう別にいいや。どうせエブラルだし。あの師匠と付き合ってる男なんだから、何を見ても動じないだろう。
恥も外聞も捨てて、俺は弟の背に体を預けた。

「じゃあな、エブラル。ごちそうさま。今度はうちに来いよ、オズが料理作ってやるから。おやすみ〜」
「それは楽しみにしています。おやすみなさい、セラウェさん。ハイデル殿。……ってちょっと待ってください。貴方、そんな酔ってたら転移魔法使えないでしょう。私が騎士団領内まで送りますから」

あ、ほんとだ。
俺馬鹿じゃねえのか。

三人で乾いた笑いをこぼしながら、俺は呪術師の言葉に甘えることにした。
同僚の前でこんな姿を見られて、かなり恥ずかしい状況だ。
でも弟が来てくれたことが嬉しくて、背中の温もりも心地良い。

今日は友人関係になったともいえる魔術師と執事を見て羨ましくなり、自分も早く弟に会いたくなってしまった。
けれどその事は、もう少し秘密にしていようと思った。



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