▼ 7 新たな扉 ※
その日俺は、騎士団本部から離れた場所にある魔術師用の別館にいた。
ちょうど今、上司の司祭に呼び出され、今後の任務の話し合いを終えて部屋を出たところなのだがーー
俺が所属する教会には、基本的に変人奇人の魔術師どもしかいない。
廊下の向こうから飄々と歩いてくる若き黒魔術師の男も、例に漏れない存在だ。
「おっ、兄ちゃん。珍しいな。こんな場所にいんの」
「イスティフ。お前こそ何してんだよ」
また馴れ馴れしく面倒くさい奴に見つかった。
鮮やかな赤髪の魔術師は、なにやら手に大きな紙袋を抱えている。
「ん? ちょっと面白いもん手に入れてさ。ほら、これ」
翡翠色の目をにやっと細め、袋の中身を見せてくる。
覗き込むと、そこには大量の怪しげなグッズが詰められていた。
詳しく口にするのは憚れるが、一般的な知識から察するに、いわゆる大人の玩具というやつだ。
「な、なんだこれ。お前仕事場にこんなもん、やめろよ」
「違うよ、私物じゃねえって。この前の任務で成人向けの玩具屋を摘発したとき、押収したんだよ。司祭が余ったやつ好きにしていいって言うからさ。あ、そうだ。セラウェにも分けてやるよ」
言いながら袋に手を突っ込み、俺に手渡そうとしてくる。
馬鹿じゃねえのかこいつは。
剥き出しの様々な玩具を胸に押し付けられ、俺は目をひん剥いた。
「いらねーよ! 使わねえしこんなのっ」
「何照れてんだよ。別に男同士なんだから恥ずかしがんなよ。あ、そうか。兄ちゃん彼女いないって前言ってたもんな。まだ出来ないの?」
妙に上から目線の年下男がにやついている。
うるせえな、いっつもそういう話題をふっかけてきやがって……
「ああ? べ、別に。俺もういるから。恋人出来たから」
彼女じゃなくて弟だけどこの際構わない。
しつこい同僚には、はっきり宣言しといたほうがいいと思った。
開き直って告げると、イスティフは「おおー!」と大声を出し肩をバンバン叩いてきた。
「へえ、良かったな! いやあ心配してたんだよ俺。兄ちゃん奥手そうだから。じゃあこのグッズ、その子と使ってみろよ」
「……は? いやいいよ。たぶんそういうの興味ないから」
「なんで? 一人で決めないほうがいいぞ。一応持っとけよ」
おいふざけんな。
こんなの持ってる事がクレッドにバレたら……なんか俺たち違う方向に向かっちゃう気がする。
「ほら見て、例えばこれさあ。魔力を通じて数段回の振動をもたらす魔石なんだよ、面白くねえ? あと高濃度の媚薬オイルもあるぞ、これは色んな使い方がーー」
楽しそうに説明を始める同僚の魔術師を真顔で見る。
俺すでに呪いの効能で弟の天然媚薬成分もってるから。これ以上必要ないからマジで。
「あれ、興味ないの? あんた堅物だなあ。まあいいや。じゃあまずはこの入浴剤試してみろよ。ほら、普通に良い香りするし、疲れも取れるぞ。兄ちゃん純粋そうだから、二人でお風呂ぐらいが限界だろ。はは」
「んだとコラ! 馬鹿にすんじゃねえ! 俺はお前より大人なんだぞッ」
小馬鹿にされブチっと切れると、魔術師はふっと意味深な笑いをこぼした。
「へえそうか。じゃあこれ使いこなせるよな。はい。俺まだ他に持ってるし、全部やるから」
「えっ。……ちょ、ちょっと待て」
「ちゃんと感想教えろよ、セラウェ」
イスティフは余裕の笑みを浮かべ、俺に紙袋を押し付けた。
満足そうにその場を去って行く魔術師を呆然と見送る。
どうすんだ、この卑猥なグッズ。
早く家帰って誰にも見つからないうちに自室のクローゼット奥に隠さなきゃ……
俺は一瞬のうちに証拠隠滅の方法に頭を巡らせ、踵を返した。
◆
数日後の夜。俺は弟の部屋を訪れた。
何故かポケットには、黒魔術師からもらった入浴剤が入っている。
玩具を使う気はさらさら無かったが、俺はもともとお風呂が好きで、バスエッセンスにも興味があった。
男らしい嗜好とは言えないが、風呂ぐらい好きに入ったっていいだろう。
しかし今日は、普段の俺とはちょっと違う考えが湧いていた。
「なー、クレッド。あのさ……一緒に、風呂入んない?」
寝間着とタオルを小脇に抱え、おずおずと誘ってみた。
弟はすぐに驚愕の目を向けてきた。
普段の俺は弟の動きを警戒し、一人で入るようにしてるので信じられないのだろう。
「兄貴。もちろん俺も一緒に入りたい」
真剣な表情でしっかり頷くと、さっと俺の手を引いて浴室に連れて行った。
二人で服を脱いでる間、なんとなくクレッドの視線に邪なものを感じた。
「おい。なんか変なこと考えてないか? 普通に入るだけだぞ」
「……えっ? それはもう決まってるのか?」
「うん」
じろっと見ながら答えると、弟は明らかに悔しそうな面持ちになった。
こいつ……油断も隙もない奴だな。
今日の俺には、弟と一緒にごく普通に入浴を楽しむという目的があるのだ。
それを分からせなければ。
「ほら、この入浴剤入れようと思うんだ。イスティフにもらったんだけど」
「えっ。あの魔術師か? なんであいつが……それ本当に入浴剤か。何も説明書きとかないぞ」
クレッドが訝しげに粉の入った透明な袋を調べている。
げ、こいつが慎重深いの忘れてた。なんで余計なこと言っちゃったんだ俺。
「大丈夫だよ。リラックス効果があって、恋人と一緒に入ると良いんだって」
「……そうなのか?」
その言葉の響きに完全に口が滑ったと感じ、恥ずかしくなった。
何故か弟まで頬を赤らめさせ、照れた顔をしている。
裸のままぎゅうっと抱きしめられ、なんかこの雰囲気やばいと感じた俺は「もう入るぞっ」と言いながら逃げるように浴室へ向かった。
「ちょっと、なんで俺の体洗ってくるんだよっ」
「だって背中届かないだろ。俺がやってあげるから」
温かい湯気が立ちこめる空間で、弟は速攻自分のペースに持ち込もうとしてくる。
俺は急いで髪を洗いシャワーで流し、絡みついてくるクレッドの腕を振りほどき、お湯が入った浴槽のそばに膝をついた。
入浴剤の袋を開け、さらさらと回し入れる。
イスティフに聞いたように、素早くかき混ぜると良いらしい。
途端に花の蜜のような甘い香りが漂ってきた。
粉は白く湯の色が変わらないことに多少がっかりしたが、香りに誘われて足をそろっと入れた。
お湯に胸の下まで浸かり、一気に体の凝りがほぐれていくような感覚がする。
「ああー……気持ちいい……」
「え、本当に? 待って、俺も入るから」
まだ体を洗っていたクレッドが、慌てた声を出す。
弟の部屋の浴槽は、俺達ふたりが入っても余りあるぐらい広い。
だが図体のデカいこいつが入って来る前に、堪能しようとのびのびとする。
しかし、異変は突然起こった。
腕を何気なく上げると、どろっとした液体がこぼれ落ちた。
おかしいと思い手で触ると、なんか……ぬるぬるしている。
腕だけじゃなく、気がつくとお湯の中全体がとろみを帯びていた。
「えっ……なんだこれ……」
びっくりしてガバッと立ち上がる。
体に纏わりついた透明な液体は、もはや水ではなく粘度を保ったローションになっていた。
嘘だろ。
何この卑猥なちゃぷちゃぷ感。
まずい、こんな状態をクレッドに知られたら……
恐る恐る横を見ると、弟がすでに俺の身体をじっくりと凝視していた。
蒼い目を潤ませ顔を上気させ、喉をごくりと鳴らす。
「あ、兄貴……エロい……」
……え!?
心の声が漏れたかのごとくぽつりと呟く弟に慄く。
色々な意味で身の危険を感じ、俺は慌てて浴槽から出ようと足をかけた。
するとつるんと滑りそうになる。
「う、うわぁッ」
咄嗟に腕を伸ばした弟に支えられ、抱きとめられる。
けれど体はぬるついてるし、不安定な足場のせいでちゃんと立てない。
「うぅ、気持ちわりぃ……」
「大丈夫か兄貴、滑るからあんまり動かないで」
「でも、なんだよこれ、俺もうやだ……出るっ」
俺が無理やり動こうとしても、クレッドはしっかりと腕の中に捕まえ、微動だにせず見下ろしていた。
ん?
なんか目の奥がぎらついている。
不審に思う俺を、浴槽のすぐそばのスペースに座らせた。
クレッドも縁に腰を下ろし、中の液体に手首まで浸して確かめている。
すくい上げてドロっとした液体が指の間から垂れると、なんだかイケないものを見てる気がして目を伏せた。
「……ああ、これローションになってるな」
そんなこと見りゃ分かるんだが。
イスティフの野郎、やっぱりこれ普通の入浴剤じゃねーじゃねえか。
クレッドがにやりとこっちを見た。
おもむろに液体が絡まった手を俺の方に伸ばす。
いきなり腹の上に手のひらをぐっと押し付けられ、身じろいだ。
「な、にすんだっ」
そのまま胸へと滑らせ、揉むように撫でてくる。
何やってんだこの変態ッ!
「やめろ……っ」
「これ、良くない? ほら、ぬるぬる」
淫らな言葉で迫ってくる弟の胸を押し返そうと手を当てると、ずるっと滑る。
クレッドの胸板にも液がついてしまい、全部が卑猥な想像に繋がってしまう。
「なあ兄貴。気持ちいいことする?」
「バカかっ、俺はこんな……へ、変態プレイ嫌だぞ!」
「でも兄貴が俺と一緒にお風呂の中で楽しみたいって、言ってくれたんだろ?」
俺そこまで言った覚えないんだけど。
隣に座った弟が背に腕を回し、体を支える。もう片方の手は俺の下半身に伸ばされた。
太ももの内側に、また風呂からすくい上げた液を塗りつけてくる。
「あぁぁ……いや、だ……」
手のひらがゆっくりと肌の表面を行き来し、クレッドの唇が俺の首筋を辿る。
舌でぺろりと舐め上げられ、顎を反らせる。
見計らったように喉元にちゅう、と吸い付かれた。
「んぁっ、んん、やめ……っ」
ぞくぞくと全身に伝わる刺激に身悶えてしまう。
こんな明るいとこで、べとつく体を撫で回され、やらしい愛撫を受けるなんて。
羞恥に目が眩んでいると、顎をぐいっと取られ、強引にキスされた。
濡れた舌を入れられ強く中を吸われる。
いつもより弟の息が上がっていて、振る舞いも性急に感じる。
苦しいほどの口付けから解放され、はぁはぁと息づいていると、また貪られた。
「ここも弄ってあげる」
ぼうっととろけていると、ぬるついた手が性器に触れられた。
「あ、あぁ、いい、から」
「でも、もうこんなに兄貴の……硬くなってるよ」
艶めいた声で囁かれ、体がわずかに震える。
べっとりと液を纏った性器が、弟の手の中でぐちゅぐちゅと扱かれる。
「あっあっ嫌だ、そんなに、するなっ」
文句を言う口をまた塞がれた。
舌の湿り気を直接感じて、さらに体の奥が疼いてくる。
「ン、ンンっ、ふ」
激しいキスに翻弄され腰を前後にビクつかせる。
弟の手と口にもたらされる快感が受け止めきれず溢れそうになる。
「っふぁ……ん、あぁ、で、出ちゃう」
すぐにでも達しそうになっていたものが、出していいよ、という弟の甘い囁きに陥落する。
大きく喘ぎ、我慢できずにビクビクっと痙攣した後、先端から白く濁った液を思いきり吐き出した。
「はぁ、はぁ……っ」
またやってしまった。
いつも弟に翻弄されながら、好き勝手にいかされる。
すうっと頭を冷やして冷静に考えようとする俺を、クレッドはまだ放っておいてくれない。
「……兄貴がイクとき、いつもかわいい」
にこりと羞恥を誘うことを言って、指に纏わりついた液を、舌先でやらしく舐めていく。
上体を屈め、俺の下半身に顔を迫らせると、へその辺りに飛び散った精液までも舐め取ろうとした。
「んあぁ! やめろ馬鹿ッ」
頭を押さえて追いやろうとするが、腰をがっしりと掴まれた。
腹の上をぴちゃぴちゃと淫らな音が這い回り、そのまま俺の性器に口をつける。
イッたばかりで敏感な先を、優しく咥えて舌の上で弄んでくる。
「んぅ、っう、ぅあ、や、だぁ」
満足のいくまで綺麗に拭いとると、クレッドは顔を上げて妖艶に微笑んだ。
俺は黙ったまま何も言えなくなる。
こいつがしてくれる事は、全部気持ちいい。
でもやっぱりお風呂でこんなこと、恥ずかしくてたまらない。
そんな俺の考えを分かってるはずなのに、手を伸ばしてくる弟の目論見は、もちろんこれで終わりじゃなかった。
「こっちおいで、兄貴。……ほら、俺の上にまたがって」
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