▼ 8 止められない ※ (弟視点)
ああ、俺は本当に馬鹿だ。
ちゃぷちゃぷと風呂に溜まったローションに腰の上まで浸し、俺の上に跨っている兄は、さっきから「やだ、やめろっ」と訴えている。
いつか本当に嫌われてしまうかもしれない。
それだけは絶対に駄目だ。
けれど俺の首にぎゅっと腕を回し、時折耳元で切なそうに名前を呼ばれると、自分を抑えるなんて到底出来なくなる。
欲望を沸々と滾らせながら、こんな卑猥な入浴剤を俺の兄に渡すとは、あの魔術師は一体何を考えているのかと怒りが湧いてくる。
だがそう思う資格は俺にはない。
淫らな兄の姿を愉しみ、与えられるものを享受しようと考えている、愚かな自分には。
もっと色んな兄が見たい。まだ知らない顔を見せてほしい。
自分勝手な思いをどこまで受け入れてくれるのだろう?
子供のように甘えれば、許してもらえるだろうか。
それは小さな頃から俺に備わった、愚かな性質だった。
「兄貴。指、入ってくよ」
「んんっ、お前、バカだ……っ」
とろついたお湯の中で、いつもより弾力を感じる尻を弄りながら、指を奥までぐぷり、と挿し入れる。
すると途端に兄の上半身がビクっと震え出す。
ぐるぐると掻き混ぜる動きに合わせるように、やらしく濡れた胸の先に口を這わせ、舌で執拗に舐め上げる。
「ぅ、あぁぁっ」
可愛く漏れる声が耳の奥まで痺れさせ、さらに愛撫を強めたくなる。
「あっ、んぁ、やめ、ろ」
「これ……やだ?」
控えめに尋ねると、兄は目を合わせることを避けるように、上半身をぴたりとくっつけてきた。
はあはあと短い息づかいを聞かせながら、回された腕に強く力が込められる。
「……お前が、することは、やじゃない……でも俺は、恥ずかしいんだ、ばか野郎ッ」
喘ぎながら語気を強め、怒りを表している。
悪いことをしていると思いつつ、愛しい気持ちがみるみるうちに心を満たす俺は、本当に救いようがない。
「大丈夫。ここには俺しかいないよ。兄貴のこと見てるの、俺だけだよ」
それはいつも思うことだった。
だから安心して全てを曝け出してほしい。
けれど傲慢ともいえる俺の思いを、兄は予想外の主張で揺さぶってくる。
「お前だから、だろ……好きな奴、だからだ……っ」
胸を撃たれるようなことを言われ、頭の中を一気に混乱が襲った。
だが今の自分は、甘美な言葉に酔いしれる前に、内側に渦巻く欲望に忠実になってしまう。
体を開かせようと、きつく口付けを施す。唾液を混じらせ、舌をかすめ取る。
吐息とともに漏れる声を逃すまいと、奥深くまで絡ませた。
「んふ、……っう、ぅ」
ああ、繋がりたい。
無理やりするのは簡単だ。
けれど、こんな状況に持ち込んだ自分が言えることではないが、兄の許しが欲しい。
腰を押し付け、首筋や胸元への愛撫を続ける。
時折思いを伝えるように見つめると、兄の息づかいも激しさを増した。
ぴちゃぴちゃと、とろついた水音が浴室に響く。
甘い香りの中で揺らめく兄の肢体を、一心に見上げる。
「兄貴、入れていい?」
限界を悟り尋ねても、すぐに答えは返ってこなかった。
だが程なくして、ぐっと身を寄せられた。
少し腰を上げ、濡れた唇を俺の耳にくっつけてくる。
「……んん……入れ、て」
小さな声で許可をもらい、腰を支えながら、ゆっくりと中心に押し当てた。
粘りのあるお湯の中で、いつもより圧迫感がすごい。
兄も普段見せることのない表情で、ぎゅっと眉根を寄せている。
「大丈夫? きつい?」
「う、うあ……なんか、変……」
奥まで達したのを感じると、少しずつ動かした。
途端にたぷっ、たぷっと淫らな音が響き渡る。
温かいのは湯のせいだけじゃない。
俺を全て包み込むような兄の中がたまらなく気持ちいい。
羞恥に耳まで染める兄が、口を大きく開けて喘ぎ始めた。
「ああ! だ、めっ、まって……!」
肌にぬらぬらとローションを纏わせ、前後に揺らめく姿は欲情を掻き立てる。
滑りのせいで後ろに傾く背に、とっさに手をのばし自分のほうに引き寄せる。
「ん、ああぁっ、クレッド!」
兄は俺にしがみつき、下からの突き上げに必死に耐えていた。
縋りつくように何度も俺の名前を呼び、つらそうに声を上げる。
「ん、んっ、もう、いくッ」
きゅうきゅうと締め上げながら、湯の中でぴちゃぴちゃと上半身を跳ね上げる。
中の激しい収縮で兄が達したことを悟ると、自分も途端に余裕がなくなる。
でもまだ、もっと長く兄の中にいたい。
この幸福と快感を手放し、果ててしまいたくない。
いつもそう考えているのに、滑らかに絡みつく体はそれを許さない。
俺自身を優しく包み込み、最後の一滴まで受け入れてくれる。
昂りがおさまり、二人で激しく息をついていると、兄が俺の肩にのせていた頬を上げた。
「クレッド、ベッドでもして……」
躊躇いがちに告げられた言葉に、大きく気を取られた。
その思いに応えたくて、体を強く抱き寄せる。
「分かった。いっぱいするよ」
兄は元々、風呂でするのが得意ではない。
音が響く明るい場所で、身を晒すのを好まないことは知っている。
ベッドの上でゆっくり愛し合うのが好きなんだ。
今までの触れ合いから、兄がそう言ってくれているような気がして、さらに愛しさが募ってくる。
濡れた髪を撫でていると、兄が体を少し離した。
目元を赤らめて、顔を近づけたかと思うと、唇を塞がれた。
吐息を漏らし、熱のこもった口付けにされるがままになる。
「……兄貴?」
唇からも伝わる兄の体温に、今度は自分が伝染してしまったかのようにぼうっとする。
兄はゆっくりと俺の頬にキスをした。
「クレッド、早く、もういきたい……」
うっとりとした目つきで誘われ、まだ繋がったままの体の芯が再び熱を帯び始める。
兄の言うことを聞き、すぐに風呂から上がるべきだったのに。
止まらなくなってしまった。
結局我慢出来ず俺はその後も兄を貪った。
後背位で浴槽の縁に手をつかせ、何度も後ろから突き立てる。
「あ、あぁっ、もう、や、ああッ」
背中を震わす兄を見て堪えきれず中に注ぎ込む。
ほんのり赤く染まった肌をなぞり、びくりと仰け反る体に口づけを落としていく。
せっかく許しを得たと思ったのに、自らの失態で台無しにしてしまった。
「んん、ん……もう、お前やだ……」
くたっと俺に抱きついて、浅い息をつく。
兄にせがまれ、中に出したものを丁寧に掻き出していく。
「あぁ、全部、出して」
腰をくねらせ発する台詞に頭のぐらつきを抑えながら、無心で続けようとした。
出来るだけ中のを掻き出したが、兄の機嫌が悪い。
浴室から出て体を拭き、寄りかかってくる兄の体をそっと抱き上げ、寝室へと連れて行く。
ベッドの上に横たえ、そばに座った。
兄は体を重たそうに身じろぎさせたかと思うと、がばっと布団をかぶる。
「……お前バカだっ」
「うん。ごめん兄貴」
はっきりと告げられ、素直に謝る。
今日は何度もその言葉を言われた。その通りだと思う。
「だって兄貴がかわいくて……」
「俺のせいにすんなっ」
「そうだな。本当にごめん」
「謝るなっ」
何も言えなくなってしまった。
背を向けていた兄がごろっとこちらに寝返りをうった。
布団から顔を出し、疲れているのか、瞼がとろんとして見える。
その姿を見て、また体の芯が熱くなりそうな自分に呆れる。
けれど兄は平気で俺を煽る言葉を告げてきた。
「なあ、来ないのか……? 俺、あれで終わりじゃ嫌だ」
突然の甘い言葉に目が眩んできた。
もう怒ってないのか?
また触れてもいいのだろうか。
驚きから黙っていると、そろそろと兄の手が俺の腕に伸ばされた。
血管をなぞるように指先で触れられ、じわりと汗ばんでくる。
「俺、お前の素肌好きなんだ。しっとりしてて……」
思いがけず気持ちを告げられ、心の中で喜びと焦りが入り混じる。
「俺も兄貴のこと好き。全部好きだよ」
「……それだけか?」
なぜか不服そうに聞き返され、一瞬声を詰まらせる。
問いへの答えに対し、必死で考えを巡らせた。
確固たる意志を胸に、俺は一か八かの賭けに出た。
「それだけじゃない。全部愛してるよ、兄貴」
それは常に心にある言葉だ。
けれど今日の愚かな振る舞いに相応しいのか自信がない。
兄は顔を上げた。
どことなく冷たさが消え、目に輝きが戻ったような表情をしている。
俺のほうにもぞもぞと体を寄せ、じっと見つめてくる。
「俺も愛してる……お前のこと」
少し恥ずかしそうに瞳を潤ませ、甘い声音で告げてくる。
こんな事をした俺に言葉を返してくれるなんて。
嬉しさで爆発しそうな心を抑え、ゆっくりと身を屈めた。
頬に手を当て、ぼうっと見つめてくる瞳を覗きこみ、柔らかな唇を捕らえる。
俺の予期せぬところで、兄はいつも新しい面を見せてくれる。
そういう人だというのを知ってるはずだったのに。
兄を腕に抱き、幸せを十分に噛みしめながら反省する。
本当に今日の俺は、バカだった。
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