ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 0 主の心 -ロイザ視点-

最近のセラウェは、常に幸せな思念を漂わせていた。
だが今日は、主の心が薄っすらと不安に覆われている。

「あーほんと嫌な予感する。だって俺、この家来て無事に帰れたことねえもん」
「…………」
「まじで何やらされんだろう。甘やかすとか言って、ぜってー嘘に決まってるよあのオヤジ」

手土産の菓子を抱えたセラウェが、隣でぶつくさ不平を漏らしている。
無反応の俺が気に召さなかったのか、魔力を宿す緑の目が鋭く見上げてきた。

「おい何とか言えよロイザ。今から師匠の家で過ごす三日間、俺の味方はお前だけなんだからな」
「ふっ。そろそろ覚悟を決めたらどうだ。あの破天荒な男を俺達が変えることなど出来ん」
「んな情けないこと言うんじゃねえ。お前は孤高の白虎だろうが」

主の言う事は正しい。だが元主のそばにいると、以前交わした古代契約魔法が枷のように俺の自由を奪う。
それを重々知っているセラウェが、無言の俺を見てさらに深い溜息を吐く。

転移魔法で玄関の前に現れてから、刻々と時間が経過していた。
主はまだ気付いていないが、扉の裏にはしばらく前からグラディオールがいる。
息を殺し俺達の様子を窺うとは、悪趣味な元主だ。

「……おいお前ら。んなとこで喋ってねえで、さっさと中に入れ」

怒り声とともに扉が開き、主の悲鳴がけたたましく鳴り響く。
グラディオールの手には黒兎の首根が収まっていた。俺は顔をしかめたが、元主はその獣をセラウェの胸に押し付けた。

「しっしっ師匠、……お、お邪魔しまーす」

声を裏返しながら兎を受け取り、俺の袖を引っ張って中に入っていく。
俺と主と元主の三日間は、こうして始まった。


「えっ師匠。この料理どうしたんだ? すっげーうまそう!」

その夜、食卓の上に並べられた馳走を前に、主が驚嘆を示した。
グラディオールは不気味に笑みを浮かべ、セラウェの頭をくしゃくしゃと掻き回す。

「俺が作ったに決まってるだろう。お前に食べさせる為にな」
「……冗談だろ? 誰に作らせたんだよ。まさか奴隷とか雇ってるのか?」
「ハッお前一人で十分だそんなの。いいからさっさと食えよ。今日は特別な酒も用意している」

自慢げに述べる元主に疑惑の目を向けつつ、宴会が始まった。
他は獣二匹のため飲食をしているのは人間二人のみだったが、賑やかな空気に主も酔いしれていた。

一日目は普通に終わり、酔っ払った主を運び共にベッドで眠る。
次の日になると、セラウェは頭痛がすると言って昼近くまで寝ていた。


二日目、扉を乱暴に開けたグラディオールが全身プレートアーマーの鎧姿で現れた。

「おい起きろ。今日はお前に良いもん見せてやる」

目をこすりながら寝ぼけている主を叩き起こし、俺達は転移魔法であらゆる場所へと連れて行かれた。
行き先は人が入ることを禁じられた神殿や霊場、秘宝が眠る古代遺跡などだ。
予め目をつけていたという宝類を発掘し、主は珍しい魔石の輝きや石版に目を奪われていた。

終始興奮しっぱなしのセラウェを見ていると、まるで十年ほど前の、何事にも一生懸命だった主の姿を彷彿とさせた。

「ロイザ、俺信じらんねえんだけど。この家でこんなに精神的にゆっくりすんの初めて。あのおっさん何企んでんだろうな?」

その夜、主が風呂で俺の体を洗いながら疑問を口にした。
グラディオールの心の内は、俺にも微量にしか読み取れない。

「さあな。あの男のやり方で、お前をもてなそうとしてるんじゃないのか」
「マジで? そんな気遣いの心あったのか、師匠にも……」

考え込む主には悪いが、このままで済む可能性は低いだろう。
何かを目論んでいるに違いないと俺の経験則が告げている。
そしてやはり直感は当たった。


三日目の夜。
セラウェが居間から席を外した瞬間に、グラディオールが俺を呼び出した。

「いいか。後で俺があいつにやる事に、手出しすんなよ」

それは明らかな命令だった。
何かを企んでいると分かっても、元主を止める手立ては俺にはない。
誇り高き幻獣が一介の妖術師の言いなりになることは、本来嘆かわしいことだ。
だがこの男は人間でいうところの、「普通」ではなかった。 

「何をするつもりだ、グラディオール」
「あいつの本心を聞き出すんだよ。素直な心を暴いてやる」

人間は不思議だ。言葉があるにも関わらず姑息な手を使おうとする。
だがセラウェはいつも、あまり気持ちを明らかにしない。
使役獣として心が繋がっている俺であれば、だいたいの機微は感じ取れるのだが。
この男にそれを言っても無駄だろう。


「セラウェ。お前にそろそろ、新たな秘伝の術を伝授してやろうと思う」
「えっ!? 本当か、師匠! ぜひよろしく頼む!」

目を輝かせて懇願する主には、もはや何の疑いも残っていなかった。
ここ数日のもてなしに魅了され、グラディオールの性質を忘れたのか、完全に油断している。

「落ち着けよ。教えてやるけど、まずは身をもって試さないとな。いつもそうしてきただろ?」
「え……っ。まあそうだけど……でもおかしな事になんないよな。記憶なくすとか、変なことしちゃうとか」

主が怪訝な顔をする。思い当たるフシがあるのだろう。
だがグラディオールは似合わぬ笑みを浮かべ、雄弁に術の概念を語り始め、最終的に主を納得させるに至った。

「うーん……じゃあいっか。こんなチャンスまたとないし……ありがとう師匠!」

好奇心に満ちたセラウェが喜んでいる。

無警戒、不用心ーー主の性質を乏す気はないが、紛うこと無き事実だ。
戦闘においては致命的な要素を、セラウェは併せ持っている。
だから俺が守ってやらねばならない。

契約だからといえばそれまでだが、この男には不思議と「そう思わせる何か」が秘められている。
人でない俺には、実際に何であるかよく分からないのだが。

「よし。目を閉じろ。力を抜け」

主の精神が波紋ひとつ立てず静まる。この瞬間、俺の気分も同調して休まっていく。これは、中々心地の良い状態だ。

グラディオールの詠唱から強い魔力が溢れ出す。途端、セラウェの肩ががくんと脱力した。
うなだれた頭を上向かせられると、見上げた主の顔は紅潮し、瞳は潤みを帯びていた。

「上手くいったな。気分はどうだ、セラウェ」
「気持ちいい。師匠」
「……ああそうか、そりゃ良かった」

一瞬グラディオールの思念が乱れた。
この男の目的は俺に告げた通り、主の本心を聞き出すことだ。
咳払いをし、さっそく問いが投げかけられる。

「お前、今幸せなのか」
「うん。すごく幸せだよ」

主が素直に答える。
気の抜けた笑顔になったセラウェを前に、グラディオールの眉が訝しげに上がった。
本当か? と何度かしつこく尋ねる男に、主は頷きながら同意した。

その答えが真実だという事は、主の次に俺が一番よく知っている。
毎日のように思念がだだ漏れだからだ。

「へえ。じゃあ上手くいってんだな。呪いのことも、問題ないってわけか」

苦々しく口にする元主に、セラウェはへらっと笑いだした。

「まあ細かい問題は色々あるんだけど。でもその度に俺と弟の愛が深まってるって分かーー」
「てめえふざけんじゃねえぞ! 俺はんな事まで聞いてねえッ」

無邪気に話し始める主の口を、激高した元主が勢いよく手のひらで塞いだ。
苦しそうに喘ぐ主を見て反射的に立ち上がった俺を、グラディオールが「お前は動くんじゃねえ」と睨みつける。

「おい。セラウェに当たるな。お前が聞いたんだろう」
「うるせえ。こいつの頭が湧き過ぎなんだよ」

元主は手を離し、呆けた顔をするセラウェに懲りもせず質問を続けた。

「お前、マジであいつが好きなのかよ。どんぐらい本気なんだ」

この男の問いと、微かに漏れ出る思念を読み取ろうとすると面白い。
なぜ人間は知りたくない事を明らかにしようとするのか。理解し難い事だ。

「どんぐらい? すげえ好き。だってあいつ可愛いんだよ。いつもは冷たい顔なのに、俺にだけ笑顔で甘えてくるんだ。優しいし、温かいし、でも時々拗ねたりして。あんなでかい図体なのに」
「……もういい。やっぱ聞いた俺が馬鹿だった」

珍しく脱力したグラディオールが己の非を認めた。愚かな男だ。
対して主からは幸せな思念が溢れ出ている。時折はっきり感じるものと同じ感覚がする。あれは小僧のことを考えていたのか。
俺は衝動的に、主に強い眼差しを向けた。

「セラウェ。お前は甘えられるのが好きなのか?」
「へ? うん、好きだよ。可愛いって思うだろ」

微笑みを向けられ、俺は考えた。そして行動に移す。
瞬時に獣化してみせたが、沈んでいる元主が気に留める様子はない。
あぐらをかいているセラウェの膝の上に、寝そべって喉を鳴らした。

これまでも何気なく行っている行動だが、すぐに主の手が俺の腹に添えられた。

「なんだよロイザ、お前も甘えたいのか? 可愛いやつだなぁ」

普段俺に対し、気持ちいいとか最高だとか叫んでいる主だが、その形容は珍しい。
違う場所が満たされる感覚がした。

毛並みを触られ伸びをしていると、ソファに座っていた黒兎が跳ねながら、主のもう片方の膝に飛び落ちた。

「うわっびっくりした! はは、お前も可愛いって、ナザレス。けど小さくしてろよ」

はしゃぐ小獣の振る舞いに苛立ちが募るが、主が嬉しいのならば仕方がない。
諦めに達した俺とは別に、恨めしそうに無言で目を向ける男の姿があった。

しかしセラウェの主張はその後、思わぬ方向に向かった。

「弟はやっぱり特別だけど俺、周りにいてくれる皆のこと好きなんだ。もちろん師匠もだよ」
「……そうかよ。そりゃどうも」
「なに師匠、照れてるの? 珍しいなぁ、いつもは怖い顔なのに」
「うるせー! お前調子乗んじゃねえぞ!」

主は言う事を聞かず、腰を上げた。挙動を見守る獣達の前で、前に座るグラディオールの肩に手を回し、体を寄せて抱きつく。

「師匠のこと、俺ずっと尊敬してるから。こき使われるのは嫌だけど、師匠の弟子で良かったなって思ってるんだ。昔から、俺のことを受け入れてくれてありがとう、師匠」

グラディオールは硬直していた。思念は混乱を極めている。
満足そうな顔で目を閉じ感謝する主に対し、しばらく真顔で固まっていたが、やがて頭に手のひらを添えた。
軽く撫でた後セラウェを抱え立ち上がり、肩に担いだ。

「うわぁぁっ」という悲鳴とともに足をばたつかせる。
セラウェは訳が分からないといった表情で、目を左右に動かしている。

「ハッ素直な弟子も良いもんだな。だがもう十分だ。おい、寝るぞ」

そう言って、グラディオールはすたすたと歩き出しその場を移動した。
俺達の部屋のベッドにセラウェを投げ込み、腕を組み見下ろす。
俺も素早く主のそばに寄り添った。

「ちょっと、いきなり何? もう寝るのか師匠。今日はお酒飲まないの?」
「いい。お前も大人しく寝ろ」
「まだ眠くないよ。酒飲みたいし。じゃあロイザ付き合って」

撫でながら笑顔で言われるが、元主の眼光鋭い気配が「セラウェを見張れ」と命じている。
俺は結局一人で酒盛りをしようとする主を、布団の中に引き止めた。

主はベッドの中にいる時にしては、珍しく饒舌だった。
術が切れる様子がなく、口が止まらない。普段は思念としか現れない豊かな感情が、初めて色々と語られた。
多くは弟のことだったが、中には俺とグラディオールと共に暮らしていた時の話もあった。

「あーなんか今すげえ気分良い。師匠の家にいるのに、変な感じだなぁ」

俺の主は本来、感情豊かな人間だ。
思念からは怠け心や時折の苛つき、喜びなどの感情が垣間見れる。
心を持たない俺は同調することで同じように感じ、思う感覚が養われていく。

セラウェは弟が現れてから、心の内にある感情の起伏が、さらに激しくなった。
平穏だと思えば、時に傷つき、痛手を負っている。だが再び程なくして、幸せな思念が漂い始める。

使役獣である俺にとっても、主の幸福は喜ばしいことだ。
ただひとつの問題を除いて。

「なあロイザ。俺、ちゃんと魔力供給出来てるよな」
「ああ。こうやって一緒に寝ているだろう」
「ほんとにそれで足りる? だって俺、結構クレッドのとこにも行っちゃってるし」

いつにも増して間の抜けた面を晒す主。
グラディオールが見たらさぞや怒り狂うに違いない。

「直接欲しかったら俺に言えよ。ちゃんとあげるから」
「いや、いい。お前の弟のせいで味が不味いんでな。添い寝のほうがマシだ」
「ええっ? なんだよそれ。ひどいなぁ、お前」

いつもならば激しい剣幕で反論するセラウェが、笑みを浮かべて俺の主張を受け流す。
呆れ顔を向けても、何も気にする様子がない。

素直な主は良いものかもしれないが、俺にとっては張り合いがなく物足りない。
獣の溜息を吐いて主の胸に顔を埋め、じわじわと流れ込む魔力に身を委ねた。

……ああ、やっぱり不味い。
主の幸福は、俺の試練にも直結しているようだ。



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