ハイデル兄弟 | ナノ


▼  0 どぎまぎする魔導師

ベッドの中で掴まっていた温かな体が、俺の腕からするりと抜け出した。
怪訝に思い薄目を開けると、額にそっと唇が触れた。
弟が俺の髪を撫で、にこりと微笑みを向けてくる。

「ごめん、起こしたか? 寝てていいよ」
「……う、ん……」

今度は頬にちゅっとキスをされて、布団をかけ直された。
温もりを失い心細くなるが、またすぐに眠気が襲う。

しばらくして遠くからシャワーの音が聞こえた。あいつ、風呂に入ってるんだ。
そのまま、うとうとして寝てしまった。

でもちゃんと弟が出ていく時間には起きた。
頭もボサボサでだらしない寝間着姿の俺を、びしっと制服を着込んだ弟は、全く気にせず腕の中におさめる。

「行ってきます。兄貴」
「行ってらっしゃい、クレッド」

笑顔で口づけを交わした。
触れるだけに留めて名残惜しそうな顔をする弟を、可愛いと思いながら頭を撫でて送り出す。

扉がパタンと締まり、なんとなく寂しさが募った。
ベッドに飛び込み、ごろごろと身を持て余す。


呪いが解けてから二週間が経った。
今やすっかり頭を悩ませるものがなくなり、平穏な日々を過ごしている。
こうして時々弟の部屋を訪れては、朝まで二人の時間を過ごし、ただただ幸せな毎日だ。

こんなに満たされてて、いいのだろうか。
また何か起こるんじゃーー

ぶんぶんと頭を振り払い、二度寝することにした。


目が覚めて、腹が減り一度家に昼飯を食べに帰ろうかと思ったが、今日は弟子が不在だったと思い出す。

「どうしよっかなぁ。また優雅にブランチでもするか」

身支度を整えると、浮足立つ気持ちを胸に、弟の部屋を出た。


騎士団本部の食堂内にある、豪華なラウンジだ。ビュッフェ形式で食べ物を選び、奥のガラス扉の中にあるソファ席に一人で陣取る。
人もほとんど居ないし最高だ。この妙な教会に所属して唯一良かったと思える点だな。

弟は働いているというのに、なんだか申し訳ない。
怠惰な兄を許してくれ。謝りながらパクパクと料理を頬張る。
でも今日任務ないし、まあいいか。

脳内で一人言い訳がましく喋っていると、すっと人影が横切った。
顔を上げた俺に、見知らぬ男がにこっと笑いかけてくる。

長めの上質なローブをまとった、背の高い大人の男。
柔らかな銀髪が白い肌に映え、鼻筋の通った品の良い顔立ちに、濃い紫の瞳が神秘的な雰囲気を際立たせている。

……誰だろう。ものすごい美形だ。
教会の関係者か? この職場、顔で選んでないか。

その人はなぜか他にも席があるのに、隣のテーブルについた。
何故か俺の真横に腰を下ろし、異様な接近ぶりと妙な視線にどぎまぎする。

「……えっ。あの……」
「こんにちは。今日はお一人なんですか?」

心地よい低音で話しかけられ更に混乱が襲う。
もしや俺の知り合い? いや、こんな美オーラを放つ人間を忘れるはずがない。
弟に負けず劣らずの美男子だが、大人の色気がムンムンしている。

「はい、まあ。一人ですけど。ブランチ中です」
「では私もご一緒させてください。セラウェさん」
「……あ、あの。なぜ僕の名前を……知り合いですか? すみません全然覚えがないんですけど」

若干の馴れ馴れしさに狼狽えつつ、正直に告げた。
ずいっと顔を覗き込まれ、思わず息を飲む。

「ふふ。まだ分かりませんか? 私ですよ、マキア・エブラルです」

妖艶な笑みと共に放たれた言葉に、驚愕のあまり目が飛び出そうになった。

う、うそ……あの不気味な美少年の呪術師か?
確かに瞳と髪の色に既視感がある。

「エブラル……さん?」

なぜか丁寧語になってしまった。さすがにクソガキと呼ぶのは憚れる容姿だ。
緊張気味に全身を眺めると、呪術師は堪えていた笑いをくく、とこぼした。

「どうしたんです、そんなに動揺して。以前は私にぞんざいな態度だったのに。……ふふ、可愛い方だ。姿を変えたのは私なのに、貴方もまるで違って見えますね」

えっお前こそどうした。キャラが変わってんぞ、この中年紳士。

「てことは……呪いが、とけたのか。だから大人に戻ったのか」
「はい。どうですこの姿。これこそ本来の私なのですよ、セラウェさん」

自信に満ちた顔でにやりと銀色の眉を上げる呪術師。
ぞくっと背筋に何かが走り抜ける。
でもあれか、もう少年の呪術師に会うことはなくなったんだな。そう考えると、なんか寂し……くねえよッ。

「お、おめでとうございます。エブラルさん。良かったですね、はは」
「なんですか、その他人行儀な話し方は」

不服そうに身を乗り出され、思わず腰が引ける。
この美貌と威圧感、以前のこいつの魔力量さえ上回る気迫。同じ魔術を嗜む者として格の違いをひしひしと感じる。

師匠の同門という事実やその外見から、二人は同年代なのだろうが……
なんだろう、底の深さは感じるが上品で落ち着いた物腰ーーあのおっさんと大違いだ。

そういや師匠はどうしてんだろう。あれ以来音沙汰なしだけど元気なのかな。
などと考え始めた俺が馬鹿だった。

ガラス張りの空間の外に、異様に馬鹿デカい何かが歩いてくるのが見えた。
屈強な肩幅に鍛えられた肉体、顔は整ってるが残念な中身の暴君ーー

「げっ。なんで師匠が。隠れなきゃ」

気が動転し咄嗟に立ち上がり、数歩歩き出す。だがその一瞬のうちに、何故か目の前に巨体が立ちはだかっていた。

「よおセラウェ。どこ行くんだ。さっさと座れ」
「…………はい師匠」

この変わり身の早さ、俺もまだまだ奴隷根性が捨てきれないようだ。
すとんと師匠の隣に座らされるが、様子を見ていた薄ら笑いの呪術師が口を開く。

「お前が私を呼び出すとは、珍しいと思ったが。ひょっとして、弟子の顔見たさに私を利用したのか」
「……ちげえよ。お前の解呪後の経過を確認しに来ただけだ」

ぴりぴりと重苦しい空気が漂う。
魔術師達が放つ重圧に耐えきれなくなった俺は、二人の顔を交互に見やった。

「あのーそういや、どうやってエブラルの呪いといたんだ? 後学のために教えてくれよ師匠」

「ああ? すげえ面倒だったよ。そもそもこいつの呪いは、未開の部族の儀式を俺がぶち壊した際に受けたんだ。奴らに呪詛返しをしたら間違ってエブラルに当たっちゃってな。元々は連中が悪どい風習に使うブツが足りないってんで、俺達が集めた素材を横取りしやがったから、全員滅ぼしてやったんだよ。だがそのせいで、ガキの姿になったエブラルの解呪が出来なくなってな。んでこの前俺達はやっと奴らの末裔である若いシャーマンを見つけ出して、強引に呪いをとく方法を吐かせたってわけだ」

不服そうな面で長々と語る自分の師を、唖然として見つめる。
……やっぱり最初から最後まで師匠のせいじゃないか。エブラルが不憫過ぎる。
もうメチャクチャだこの男。俺、本当に弟子でいいのかな。

「ふうん……何て言っていいか分からないけど、大変だったんだな。お疲れさま」
「こいつがうるせえからな。一生付きまとわれたら、たまったもんじゃねえ。さっさとカタをつけてやったんだよ」
「その言い草はなんだ。そもそも全てお前のせいだろう。だいたい昔からーー」

また始まった。
壮年の男二人の口論は聞いていて楽しいものではない。
何気なく腰を上げようとすると、目ざとい師匠の視線が突き刺さった。

「つーかお前の呪いはどうなったんだ」

ぎろりと睨まれ、首をすくめる。呪いの顛末を言えるわけがない。
焦った俺は不審がられながらも、ただ一言「うまくいったよ」とだけ答えた。

すると師匠は途端に凄い怒り顔となった。
テーブルに肘をつき考え込んだ表情で顎に手を添えている。

恐ろしくなった俺は俊敏な小動物のごとく、その場から逃げ出そうとした。
だが何故かエブラルが一緒に立ち上がり、俺の腕をガッと掴んだ。

「はいっ? なんすか、一体」
「待ってくださいセラウェさん。もう少しお茶でもいかがですか?」
「いえもう結構です。僕用事あるんで」
「そんな事言わずに。この無法者と二人にしないで下さいよ」

にこりと笑いかけられる。どうして食い下がってくるんだ。
相手はあの小柄な美少年エブラルのはずなのに、深い藤色の瞳に魅了され、どぎまぎしてしまう。

間近で見るとすげえまつ毛バサバサで、クレッドみたいだ。
あ、やっぱ俺、美形に弱いのかな。
無性に弟に対する罪悪感がこみ上げてきた。

「おいエブラル。弟子を離せ」
「ふふ。どうした? 本気で苛ついたりして。まだセラウェさん達のことを認められないのか」
「……なんだとてめえ」

師匠も立ち上がり恐ろしくなった俺は、掴まれたままの腕を振り解こうともがくが難しい。
険悪という言葉では済まされない雰囲気に背筋が凍る。

「ちょ、喧嘩なら外でやってくれ、離してぇッ」

情けない声で叫んでいる間、ガラス越しに数人の騎士の姿が目に入った。
食堂の奥から、背の高い金髪の男と部下らしき者達が連れ立って歩いてくる。

あ、うそ。弟じゃん。

涙顔で助けを求めると、仕事モードだったクレッドがこちらに気付き、冷静だった表情が一変した。
周りの騎士達に何かを告げ、すぐに彼らがその場を後にする。

弟は今朝の天使のような顔を一切なくし、ガンガンと近づいてきて、勢いよく扉を開け放った。

「貴様らッこんな所で何をーー」
「うわああぁクレッド!」

俺は兄貴だ。
だがこの時は兄としての誇りを瞬時に捨て去り、周囲に人目がないのを素早く確認し、勢いよくクレッドに飛びついた。

「……っ!?」

腰に腕を回し抱きつくと、びくっと弟の体が震えた。
固まる弟を見上げ、じっと目で訴えて助けを求める。

「……っあ、兄貴。もう大丈夫だ。俺がいるから」

しっかりと抱擁を返され、なだめるように頭を撫でられる。

分かっていた。
この場でこんな振る舞い、自殺行為だと。
呪術師のくすくすとした不気味な笑いと、隠すつもりのない師匠の殺気が辺り一帯を支配する。

「ほう。いい度胸だな、てめえら。この俺の前でイチャイチャするとは」

光光と燃え上がる憤怒の声に、危機を察知したクレッドが俺を背後へ隠す。
こっそり師匠を窺うと、血管が浮き上がっているのに口元は吊り上がっていた。

「聖騎士。お前は一回シメとかなきゃなんねえと思ってたんだ。おいコラ外出ろ若造」
「望むところだ。これ以上兄貴に手出しはさせん。もう完全に俺のものなのだからな」

余裕に満ちた言い方が師匠をかなり煽っている。

「てめえ、この間は俺に泣きついてきやがったくせに……マジでムカつく野郎だな。いいか、こいつが一生俺の所有物だという事に変わりはねえんだよ。つーかお前ら、俺に世話になっておきながら菓子折りひとつも持ってこねえのか」

へっ? 確かにすっかり忘れてたが、あんたエブラルと忙しかったんだろう。
呪術師を見やると愉しそうに目を細められた。

「メルエアデ。お前は本当に弟子のこととなると、狭い心が更に縮まるな。見ていてこれほど愉快なことはないぞ」
「うるせえ、部外者は黙ってろ。どうなんだセラウェ」
「えーと。挨拶に行けばいいの? なんかおかしくない、それ」

ちらっと弟に視線を移すと、不満げに黙ったまま鋭い目つきを師匠に向けている。

「ああいい事考えたわ。バカ弟子、お前俺のとこに里帰りしろよ。ロイザも連れてな」
「は? 何言ってんだ師匠。……言葉の使い方間違ってないか」

まじでどういう意味だ。俺と弟の里っていうか実家はちゃんとあるんだけど。

「ふざけるなよ、貴様。また兄貴をこき使うつもりか」
「そんな事しねえよ。今回はたっぷりと甘やかして、俺の包容力を見せてやるよ。お前に邪魔される筋合いはねえ」

師匠は明らかに嫌だなんて言わねえよな?という目つきで俺を見据えた。
甘やかす? そんなのされた事、一度もないんだが。

けれどあの琥珀色の瞳に命じられると、俺はいいえと言えない。
師匠に対し何でも従順だった昔の自分を思い出し、身震いする。

今俺は幸せに違いないが、師匠には今回の呪いの件に関して、どこか負い目のようなものを感じていたのかもしれない。

「ど、どうしよっかな……」
「兄貴? 行くつもりなのか」

眉間に皺を寄せて訴えてくる弟に、言葉が詰まる。

「おい勘違いすんな。俺が言った時点で決まってんだよ。師弟の取り決めだ。なあセラウェ?」

そんなのあったっけ。
いや、師匠は正しい。
ごめん、クレッド……。俺はまだこの男に売り渡した魂を、当分返してもらえそうにない。

申し訳無さを感じ、人前なのにも関わらず、弟の頭をなでなでした。
クレッドは頬を赤く染め上げたが、若干ふくれっ面で俺を見ている。

「そんな顔すんなよ、すぐ帰るから。な?」
「……何日?」
「それは……」
「だって心配だ。あんな魑魅魍魎としたところに兄貴を置いておくなんて……」
「おい聞こえてんぞ、このブラコン野郎」

師匠の罵声が飛んでくる。
まあただの里帰り?だから。別に大したことないだろ。

俺はぎりぎりと不快そうな表情を浮かべるクレッドに許しを乞うように、大きな手をぎゅっと握りしめた。



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