▼ 112 ベストカップル
カップルコンテストにおいて最後の試練も無事に終え、後は結果を待つばかり。
あれから他のペア二組も同じような秘術をかけられていたが、吸血鬼もホムンクルスも魔族の意地を見せつけ、華麗に正解を果たしていた。
俺達はというと、結果的にミスしたのは一度だけで、観客の反応もまあまあ良い。こんだけ羞恥にまみれたのだ、頼む優勝させてくれ……!
「え〜参加者の皆様、そして観客の皆さん、長らくお付き合いありがとうございました。いよいよ第2861回カップル・ナイト・コンテスト in トリアンの優勝者を発表いたします! 栄誉あるベストカップルのお二人はーー」
ドコドコドコ……と鳴るドラムロールに、心臓の音が重なりあう。俺は隣にいる弟の手を、ぎゅっと握った。
「ーー猫耳獣人&闇落ちした元ホーリーナイトのカップル、ハイデル兄弟です!!」
魔族の司会者が叫ぶと同時に、横一列に並んだ参加者のうち、俺たち二人に眩いスポットライトが照らされた。一瞬にして観客たちの歓声と拍手が場内にとどろく。
え、マジで優勝したの?
嬉しいけど本名呼ぶのやめてくれ。誰か見てたらどうすんだ。
突っ込みつつも俺は喜びのあまり、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。
「うおおお、よっしゃーっ!! 勝ったぞクレッド! 全部お前のおかげーーんむぅっ!」
気がつくと俺はひょいっと弟の腕に持ち上げられ、唇を黒い仮面に塞がれていた。
金属に触れただけだがキスのつもりだろうから、逆にすごい恥ずかしい。
「やったな、兄貴……! 俺めちゃくちゃ嬉しい!」
「う、うん! 俺も嬉しいよクレッド!」
珍しく大声で喜ぶ弟に、俺も気分が最高潮に達し、広い胸に飛び込んだ。
「あらぁ、坊や達に負けちゃったわね、悔しい」
「ふむ。仕方がない。我々は少々やる気とインパクトに欠けてたかもしれん」
吸血鬼夫婦はぼやきながらも、俺たちの前まで来て「おめでとう」と労ってくれた。一瞬取り殺されるかと思ったが、からかい好きというだけで、そんなに悪い人達でもないようだ。
「負けてしまったか、16号。活躍の場をほとんど兄弟に奪われてしまったな。まあいい、貴重なデータは手に入った。あの猫耳の生態をお前にも反映させてみよう」
「はい、マスター。僕を好きにして、元気を出してくださいね」
ホムンクルス達の恐ろしい会話を小耳に挟んだが、聞いてないふりをした。
魔界にはあんまり関わっちゃいけない系のカップルが多すぎる。
ステージ上に真っ黒な祝福の羽が舞い落ちる中、俺達は漆黒のトロフィーを手渡された。
おい魔界の秘宝ってまさかこれじゃないよなぁ? そう思いつつワクワク待っていると、司会者がマイクを握った。
「さて、ぶっちぎりで観客の投票を得たお二人には、素晴らしい優勝商品を贈呈いたします! 飲んだ者に奇想天外な効能をもたらすといわれる赤狼族の秘酒50本と、魔界の高位術者によって織り込まれた秘宝『変幻自在ローブ』です!」
なになになにそれ。
俺の三角耳がびくびくと反応し始める。
今すぐ全部早く試したい…。はやる気持ちを抑え、無事にベストカップルの称号を得た俺達二人は、こうして満足のいく終幕を迎えたのだった。
◇
「おめでとう〜セラウと幽霊さん、ほんとに優勝しちゃったね!」
「ああ、観客席で見てたけど、お前ら一番目立ってたぞ! やっぱり俺が見込んだカップルだったな!」
ステージを降りてさっさと帰ろうとした時。
設営所の階段付近に、あの狼の半獣人兄弟ニークとユンが待ちぶせていた。
「お、おいおい。大きな声でやめてくれ恥ずかしいから」
「何言ってるんだ兄貴、さっきはあんなに可愛くジャンプしてたのに。もう終わっちゃったのか?」
弟に背中を抱き寄せられる。こいつはイベント後も普段通りだが、俺は一生分のノロケを使い果たしてしまったというぐらい、勇気を出していたのだ。
「そうだよっ、俺実はフラフラだからな! もう素に戻っちゃったんだよ!」
「寂しいな。二人の夜はこれからだろ? もう少し俺に付き合ってくれ」
クレッドに甘い声で囁かれ、ぐっと言葉を飲み込んだ。
目の前の兄弟はにやにやしながら見てくる。
「なにイチャついてんだ? なあそんなことより、俺にも分け前くれるか?」
「あー、酒ね。何本欲しいんだ。悪いけどこの不思議ローブは俺のもんだぞ」
「勿論、お前たちががんばったんだもんな。20本くれ。後で氏族内で飲むって約束しちゃったんだ」
この野郎、結構がめついな。
そう思いつつ、礼も兼ねて30本あげた。荷物になるからと思ったのだが、運営から渡された特殊な袋にいれれば、持ち運び自由なサイズに収まるのでびっくり安心だ。
「はぁ。とんでもない一日だったな。もう帰ろうぜクレッド」
「ちょっと待てよ、良かったら俺達の宴会に参加してかないか?」
「いやいいです。おれベッドで寝たい」
「え、もう寝るの兄貴? まだ全然眠くないけど」
「ちょお前話合わせろよ、お前とイチャイチャしたいんだよ俺は」
開き直って言うと兄弟にまた笑われた。
クレッドも「ほんとか? 俺も……!」と感激した様子で興奮している。
そんなとき、大人の会話をはてなマークで見上げていた小さな半獣人ユンが、兄の服を引っ張った。
「ねえねえお兄ちゃん、セラウたち人間なんでしょう? 僕もいつか地上に行きたい!」
「おお、それいいな。俺達もう友達だからな。今度行ってみるか」
嬉々として話す二人に驚愕する。
いつ友達になったんだと突っ込みたくなったが、無邪気に目を輝かせるユンの顔を見ていると、どうも昔の弟にかぶって否定できない。
結局俺達は変な縁ということで、半ば強引に彼らと連絡先の交換を行うことにした。
「よし。じゃあセラウェとクレッド、元気でな。いつかまた会おうぜ!」
「ああ、二人とも今回は助かった。素晴らしい思い出になったよ、感謝する」
珍しく上機嫌な弟につられ、俺も別れの挨拶を告げた。
「おう。じゃあな、気をつけて帰れよ〜。あ、こっちに来るときは魔法鳥飛ばせよ。あと遅すぎんなよ、年月が違うんだから俺達が若いうちに来い」
笑って片手をあげる半獣人兄弟を見送った後、俺もクレッドに再び手を引かれる。
なんだか魔界で奇妙な知り合いが結構出来ちゃったな。
これもハネムーンならではかもしれない。
「あー腹減った! クレッド」
「うん。お疲れ様、兄貴。船に戻って食べようか」
「そうしよ。俺風呂も入りたいよ」
「俺も。一緒に入ろ」
「うん」
手を繋いで帰り道を行きながら、ふと思い返す。
そうだった。
非日常が続き忘れそうになっていたが、明日まで二人の変幻の術は解けないのだ。
つまりクレッドも、まだ透明なまま。
はあ。また思い出して寂しくなってきた。
せっかく祭りを楽しんで、優勝も出来て、早く弟の笑った顔が見たいのに。
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