ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 91 小ピンチ

ラザエル騎士団の内部は、一見して迷路のように入り組んだ要塞になっていた。
日が落ちてきて至るところに松明が灯る中、戦闘によって得た巨大な獣の剥製が飾られ、床には獣皮で作られた絨毯が敷き詰められている。

なんというか、洗練されたうちの騎士団とは違い、ここは原始的な野生集団の匂いがぷんぷんする。騎士達の格好も、浅黒い筋肉を見せつけるような革装備に身を包んでるし。

夕食を準備中だという炊事場を通り、ご丁寧に露天つき大浴場や、訓練などを行っているという草原とみまごうばかりの演習場など、様々な場所を案内された。

潜入捜査の観点からすれば、今のところ怪しげな動きはないのだがーー。

「うぉっ、すげえ! これ西の谷に住まう、かの有名な黒竜種の翼じゃないっすか、どうやって獲ったんだこんなの」
「はっはっは、従者殿やけに詳しいですな。これはさほど大きなものではありません。とはいえ、うちの精鋭部隊総掛かりでなんとか仕留めたという経緯がありますが」

自分の立場を忘れ、興奮気味にヴェスキア団長と話してしまう。
隣のクレッドの蒼目が一瞬きらりと光ったことにビクついた俺は、すぐに顔を引っ込め、奴の後ろに隠れた。

「ほう。しかし素晴らしい。よほど統制のとれた部隊でなければ、一定してこうした戦歴を上げることは難しいでしょう。ましてや団外からの支援が一切望めないのならば」

弟が鋭い目付きで探りを入れると、ヴェスキアの顔つきが変わった。

「それは魔術師らの支援が、ということですな。正直言うと、我々はその手の人種が得意ではないのですよ。教会に属する貴殿方なら分かると思いますが、彼らの独善的な思考がどうも肌に合わないというか……そうだ。ハイデル殿にもずばりお聞きしたいのだが、本音では彼らの下で働くことをどうお考えなのですか?」

この男、普通に魔術師をディスってやがる。古くさい考え方は俺の親父そっくりだ。

だがふと立ち止まった弟が、ある意味核心をつく質問にどう答えるのか、俺は気になっていた。

「我が騎士団には、魔術師の下で働いているという意識の人間はいません。騎士の基本は¨共闘¨だといえば聞こえはいいですが。人には向き不向きがありますし、各々が得意なことをすればいい。どこかに無理を強いればいずれ歪みが生じ、組織は立ち行かなくなる。そうなれば、結果的にはまとめられないトップが無能だということの証明になります」
「……なるほど。結構辛辣だな…。いや、私が思うより貴方は合理的な方らしい。華やかなソラサーグのイメージとは異なりますな」
「無駄に兵を疲弊させることが嫌いなんです。それを避けられるのならば、何でも使いますよ」
「はっはっは! 今のが本音ですね、中々正直な方だ」

なんだこの二人、ぴりっとした空気を漂わせたかと思えば、いつの間にか和気あいあいと談義を始めている。

「ハイデル殿。私は自らの方針として、これからも外部の手を入れさせるつもりはないが、貴方の意見が聞けたことは嬉しいのです。ーーところで、もうひとつ気になることが。良ければ、あの有名な炎の魔女、タルヤを討伐した時のことをお聞かせ願いたい」
「ああ、あの女ですか。あれは正直色々な面で困難を強いられた敵でしたね。ただ私の人生を完全に変えたという意味では、生涯忘れることのできない特別な死闘でありーー」

おいおいタルヤのことまで話しちゃって大丈夫か。呪いのことは言うなよ。
騎士の性分なのか段々団長の目がぎらついてきたことに、従者の俺も戦々恐々とする。

しかし考えてみればこの任務の目的は、ラザエル騎士団の内部調査なのだ。
普段よりお喋りに見える弟も、全て作戦のうちなのかもしれない。

ーーだがやはり計算外のことが起ころうとしていた。

夜の森が不気味に風の音を響かせる中、金属同士が激しく鳴り合う場所に出た。
屋内にある騎士達の訓練所だ。剣のほかにも弓や槍といった多様な武器を使い、筋肉質な男達が剣術を競いあっている。

「わ〜すごい、精が出ますね。こんな夜まで汗水流して。もうすぐ寝る時間なのに」
「ふふ。夜間の戦闘も多いですからね。あなたも興味がおありですか」
「うぉ! びっくりした! …えっと、ヘーゲルさん?」

ソラサーグの騎士達が横並びに稽古を眺める中、俺の真後ろに参謀の人が立っていた。
なんだこの人、やっぱ俺に目つけてんのか。

「セラン殿も従騎士として団長に仕える身となれば、さぞや稽古のほうも大変でしょう。いかがですか、もし宜しければ少し混じってみては?」

……はっ?

まさかと思うがこの運動オンチの俺に勧めてんのか?
これやっぱ完全に俺がニセモノだってバレてる? バレてるよなーーと死んだ目で勢いよく顔を横に振る。

「いいいいえそのぉ、僕荷物運びで今日ちょっと疲れちゃってるんで。情けなく聞こえるかもしんないですけど無理はしない主義なんでスミマセン」

早口でまくしたてるが、参謀のいやらしい細目は笑みを張り付けたままだ。
困り果てる俺のもとに、再び救世主がやって来た。

鎧の上からだが、後ろから腰にそっと手が添えられる。

「セラン、どうした。顔色がよくないぞ」
「あっ団長。そーなんす、騎士の皆さんの熱気に当てられたのか、急にめまいが襲ってきまして」
「それは大変だ。君は自分が思う以上に頑張り屋さんだからな、少し休んでいたほうがいい」
「でもぉ…僕だけそういうわけには……どうしよっかなぁ…」
「これは俺の命令だ。素直に聞かなきゃダメだよ、いいね?」

えっ。なんかこいつ、急にきらきら眩しい優しげな団長オーラを出している。
厳しい上司風から作戦変えたのか? やべー弟なのに惚れそう。

二人の三文芝居は参謀だけでなく、気がつくと他の騎士達の注目を浴びていた。

「団長。セランの具合が悪いなら、俺が部屋まで運ぼうか? 遠慮しないで言ってくれ」
「いや遠慮する。ーーそうだ、ユトナ。せっかくだからお前が騎士団の皆さんに相手をしてもらったらどうだ? 日々俺に挑んでくるお前だ、素晴らしい機会じゃないか」

突然のクレッドの言葉に、ユトナが淡茶の瞳を見開いた。
相変わらず容赦ねえな…と思いつつ、なんとか剣術素人の俺から注意が逸れてほしいとセコく願っていると、美形の騎士は思案顔で腕を組んだ。

「まあ、それでもいいが……ここに俺の相手がいるかどうか…」
「おいユトナ、招待先の騎士団に失礼なこと言うんじゃねえよ」
「じゃあグレモリー、お前はどうなんだ。誰か目ぼしいのがいるか?」
「いや、いねえ。……ん? 一人だけいるかな、いかにも強そうな男が」

うちの団の巨体の騎士が、好戦的な金色の瞳をある人物へと向ける。
それはあろうことか、もう一人の巨体、ヴェスキア団長を指していた。

おいこの騎士達、今まで不自然に大人しくしていたかと思えば、なにやっと出番が回ってきたぜ的に元気出し始めてんだ。

「はっはっはっは! これは面白い! ハイデル殿。貴方の部下の皆さんは意外に威勢がよろしいんですな」

一気に緊張が走る空気を、男の豪胆な笑い声が切り裂く。
クレッドは呆れた顔を隠さなかった。

「ええ。実力からすれば自慢の部下ですが、他は不満だらけですよ。分かって頂けますか」
「無論です。実は私にも一人、紹介が遅れてしまいましたが、やや手のつけられない部下がいましてね。……宜しければ、皆さんに相手をして頂ければ、奴も喜ぶと思うのですが」

そう言いながら、ヴェスキアが稽古場の奥を見やる。
騎士達の視線は一斉にそちらに向けられた。

まさか、まだ面倒くさい新たな人物がこの団には隠れてんのか?
どうでもいいが俺には絡まないでくれ、頼むから。

神に祈りながら俺は人知れず両手をぶるぶると震わせ、クレッドの背後に身を潜めた。



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