愛すべきもの | ナノ


▼ 2 窮地

大体決まった時間に餌をもらいに行くことが習慣づいた頃、クローデはぱたりと姿を見せなくなった。
藁の壁を取り除いて外に出て待ってみても、彼は来ない。僕はとぼとぼと巣穴へと戻り、丸まって眠った。

でも、次の日も彼は現れず不安になる。残りの木の実は少なくなってきて、節約すればよかったと後悔した。
ここで目覚めた時からお腹一杯食べれていたから、初めてのことにどうしようと焦った。

「お腹空いたなぁ……」

ずっと穴蔵で眠っていても仕方がないと思い、僕は外に出ることにした。
外は寒くて空もどんよりしている。
クローデはどこにいるんだろう。ご飯を集めるのに苦労しているのかもしれない。
それかひょっとして、……僕が名前をつけてなんて頼んだから、面倒になったのかもしれない。餌を持ってくるのだって、親切でやってくれていただけで、もういいかって思ったのかも。

「僕、わがままだったな。自分のご飯なんだから、自分で探さないと……」

もっとありがとうって言えばよかった。
そう後悔しながら、周囲を見渡して一歩を踏み出す。
知らない世界だから怖いけど、どこかに食べ物が落ちてるかもしれない。何度も振り向いて巣穴の場所を確認しながら、僕は森を歩き回った。

森の中はいろんな匂いがあった。冷たい風や空気、植物や木の匂い。湿った土の匂い。樹木の足元に木の実を発見すると、僕は嬉しくてすぐに頬張りかじった。
それが辺りに散らばっていて、口の中がどんどんいっぱいになっていく。

よかった、これならしばらく生きていけそう。
満足して進んでいくと、枯れ葉の下から銀色の金属の輪が光っているのが見えた。
なんだろう? そう思って警戒し、近づかないようにする。

すると近くから人間の匂いがした。クローデかと思ったけど、似ているようで違う。
しかも気配は二人ぶんだった。
急に怖くなり僕は引き返そうとする。だが二人の足音は近づいてきた。

「……あれえ? おー! 見つかったぞ、おい! 来てみろ!」
「本当か? ああ、なんだまだ子供じゃないか。親がいないなんて珍しいな」

二人は森に溶け込む色の服を着込んでいて、傍らに長い槍のような武器を持っている。これはクローデが持ってるやつと似ているものだ。
もしかして、彼の仲間?

「こんにちは。クローデを知ってる?」
「あ? 知らねえよ。なんだ、警戒心のない奴だな」
「……そうか? 尻尾が震えているぞ」

背の高い二人組に囲まれて、一生懸命出していた勇気が萎んでいく。この男達からは彼のような優しさを感じない。すぐに仲間じゃないのだと悟った。

「これじゃあ売れねえな。オスかメスか、どっちだーー」

若そうに見える男が、急に僕の首ねっこを掴む。悲鳴をあげて暴れるけれど、裏返しにされてお腹をじっくり見られてしまった。

「オスだ。こいつはまだサゴだが、もう少し待てば高値で売れる」
「面倒くせえ。……だが親無しなら良いチャンスか」

値踏みする男達を前にようやく僕は強い恐怖に襲われ、掴んでいた男の指を思いきり牙で噛んだ。背後から「いてえッ!この野郎!」と叫ばれ、暴れて地面に落ちた瞬間から全力で走る。

怖い。外の世界はこんなのだったんだ。
早く巣に帰りたい。食べ物を探すのがこれほど大変なことだったとは。

息を切らし前足と後ろ足で疾走する。
だが、走り回ってるうちに巣穴がどこか分からなくなってしまった。土に埋まった金属も至るところにあるし、後ろからも二人組がかけ声を発しながら追いかけてくる。

クローデ。クローデ、助けてーー。

僕は無力すぎて瞳を潤ませながら森を駆け抜けていた。
すると、突然、後ろの男達の音が止まった。どさっ、と大きな物音が二つぶん届く。

振り向くと同時に、「そこを動くな!」と怒鳴られた。その声は低くてハスキーなクローデのものだった。
恐る恐る言うことを聞き、遠くに目を凝らす。ずるずると何かを引きずる音がした。いつもの革服のクローデが現れ、肩の上には一人の男を担ぎ、片手には男の首を掴みこちらへ歩いてきた。

「……二人とも、死んでるの?」
「まだだ」

そう短く答えて、その場に二人を乱暴に下ろした。
意識がなくなった男達は、肩と太ももにそれぞれ裂けた傷跡があった。クローデは荷物から布を取り出し血を止めたあと、二人の手足を慣れた手つきで紐でしばった。

「ついて来い。お前はこっちの肩に乗れ。地面には罠がある、踏んだら足が無くなるぞ」

いつもより怖い表情で僕を脅したあと、背の毛並みを引っ張って彼の肩に乗せられた。大人の男二人をやっつけ、僕まで体につけて運んでいく力持ちなクローデは、森の開けたとこで待っていた馬と台車に辿りつくまで、何も話さなかった。



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