愛すべきもの | ナノ


▼ 3 救出

「クローデ。助けてくれてありがとう」
「気にするな」
「あのね、僕お腹空いて食べ物探してたんだ。そしたら捕まっちゃったんだ」

二頭の馬の手綱を握り、台車を走らせるクローデに話しかける。
なんだか、彼は機嫌が悪いみたいだった。しかめっ面で言葉も少ない。それに隣から鼻をくんくんさせると、血の匂いがした。

「怪我をしたの? 大丈夫?」
「いや、平気だ。……餌をやれなくて悪かったな。仕事で帰れなかったんだ」

そう言うと馬を止め、初めて彼は今日僕の目をじっと見やった。僕は急いで顔を横に振る。今までの分もお礼を言うとクローデは僕の頭をひと撫でした。武骨な手の感触と暖かさに驚く。

「仕事って、何してるの? ご飯を集めるの?」
「ハハッ。そうじゃない。こういう奴らを捕まえることだ」

珍しく笑ったあと、冷たい顔で荷台を示す。そのとき、やっぱり僕はクローデはすごい人なんだと思った。目を輝かせ、強くて優しい、いい人間なのだと興奮した。

しかしその後、びっくりすることが起こる。
僕らは彼の家だという場所に到着した。三階建ての石造りの住居で、そこにはたくさんの人の気配があり騒々しかった。

家の前には巨大な鉄の塊が並んでいてクローデはそれを車だと教えた。他にも初めて見るものがたくさんある。僕は見つかってはいけないらしく、毛布にくるまって彼の荷物の隙間に隠れていた。目だけ出して話し声を聞く。

「ちょっ、お前、なんでここに密猟者持ってきてんだよ」
「先に用があってな。悪いんだがこいつらもセンターまで運んでくれねえか? 金は払う」
「はあ? 自分でやれよ。……しょうがねえな、一人2000な」
「んだと? ぼったくってんじゃねえ、この前てめえの尻拭いしてやったの誰だと思ってんだよ!」
「うっせえな、んなの持ちつ持たれつだろうがこの世界、てめえちょっと顔と成績がいいからって態度でけえんだよ、新人のくせに!」

車の前で縛られた人間達を押し付け合い、二人が口論している。同じぐらい体格のいい怖そうな人がクローデに怒っていて僕は右往左往した。自分に責任があると思ったためだ。

僕は姿を現そうと立ち上がろうとする。しかしこっちを見たクローデに見つかりそうになり、彼は視線で強く制止した。彼は結局「くそっ分かったよほら頼んだ」とお金を握らせ、こちらに戻ってきた。
それから住居の二階に、僕は他の荷物とともに運ばれた。

家の中はたくさんの瓶が転がり、食べかけのご飯や服もそこら辺にあってごちゃごちゃしていた。でも人間用の家具や床にはクローデの匂いがついているから、僕は安心して散策しまわった。

「おい、なるべく大人しくしてろ。大きな音は出すなよ」
「うん。分かったよ。……あれ? どこ行くの?」
「風呂に入る。くせえだろ」

家に戻ったからか、疲れた顔でぶっきらぼうに言うクローデに首を傾げた。風呂ってなにか聞くと、水をあびることと言われ僕も入りたいと思った。

「僕も、僕も!」
「……ああ。まあいいか」

彼はそう呟き、僕の小さい体を軽々と片手ですくい取り、浴室に持ってってくれた。
彼の大きな体で埋ってしまいそうな白い浴槽に、お湯が溜まる。その間にクローデはシャワーというものを浴びていた。

跳ね返る雨の隙間から、僕はわくわくして彼の長い手足を見上げる。
人間の体は毛が少ないけど、しなやかな筋肉で勇ましい。引き締まったおしりや僕のとはまったく違う大きな雄のぺニスも、すごいなぁと引き付けられた。

「クローデ。さっきの話だけど。センターってなに? あの悪い人達、どうなるの?」
「お前は質問ばっかだな……まあしょうがないが」

泡立てていた黒髪を流し、綺麗な肌色になった顔をこちらに向けて息を吐かれる。
彼は床から僕を持ち上げ、石鹸をつけて洗い始めた。

「お前がいた場所は、特別禁漁区だ。だだっ広くて、どれだけハンターを増やしてもああいう輩が入り込んでくる。いたちごっこだが、捕まった場合は厳しく処罰される。どうなろうが、俺の知ったこっちゃない」

吐き捨てて言うけれど、処罰という言葉に僕は震え上がった。
でもあの男達は、確かにひどい奴らだ。僕みたいな非力な子供まで捕まえようとしたんだから。

「ねえねえ。あの人達、僕のことサゴって言ってた。大きくなれば高く売れるって。そうなの…?」
「……サゴは、男の成体カエサゴの子供のことだ。お前はもう安全だから、心配しなくていい」

彼の優しい手からはまだ緊張が伝わったけど、何度か撫でられるうちに、僕の心も落ち着いてきた。

「話はまた明日な。今日はもう風呂入って寝たいんだ」

そう切り上げて、クローデは僕の濡れた体を持ったまま、湯船に入りざばんと腰を沈めた。

「うわー。気持ちいい」
「ふっ。ちっこい体して、熱くねえのかよ」

クローデは風呂が好きなのか、上機嫌に笑われた。その笑顔に僕はときめく。
体も暖かくて、どんどん気が抜けてきた。僕も彼のように、人間の姿だったらもっとお風呂の良さを全身で感じられるかなぁ。

そうふわふわ考えていると、ぽん!と変身してしまった。
湯船からいきなり水が溢れ、体が傾いて「わあっ」と声をあげた僕は彼の腕に掴まる。

「なっ、お前っ」

すっとんきょうな声を出したクローデの青い瞳が最大限に大きくなる。彼のどきまぎした視線は僕の全身に広がっていた。

「見て見て、僕、人間になっちゃったみたい! すごーい、クローデと同じだね!」

頭を触ると耳もあって濡れたしっぽは重いけど、伸びた細い手足を見て大興奮する。まだ子供だけど、人間は人間だ。
反対にクローデはしばらく放心していた。



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